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星河の覇皇

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第八部第四章 総動員令その四


「そういえばそうだったな」
「はい」
「ステーキ等もそうだったと記憶しているが」
「ええ、確かそうだったと思います」
 イギリス等ではわりかし昔から食べられていた料理である。スチューダー朝のヘンリー八世はとある司祭とステーキを食べていた時に司祭にこう言われた。
「見事な健啖家ぶりで羨ましいです」
「ほう」
 王はそれを聞いて興味深そうに顔を上げた。
「見ればあまり食べてはいないな」
「胃の調子が思わしくなくて。出来れば陛下の胃を買いたい位です」
「よし、では売ろう」
「えっ!?」
 司祭は思わぬ返答に驚いた。そして次の瞬間には問答無用でいきなり牢獄に叩き込まれたのだ。金は勿論取られた。王はその後でステーキに剣を当ててこう言った。
「美味かったうえに儲けさせてもらった。その褒美にそなたを騎士に任じよう」
 これがサーロインステーキの名の由来である。家臣や妻を次々と断頭台に送った問題の多い王であるがいささか面白いエピソードといえばそうなる。
 アメリカでは比較的よく食べられてきた料理である。シンプルであるがだからこそ美味い。連合においては牛肉だけでなく羊や豚、鳥、蜥蜴、鰐等のステーキがよく食べられる。星によっては恐竜をステーキにしたりする。この場合草食恐竜が人気だがティラノサウルスのような肉食恐竜も食べられないわけではない。イクチオサウルスやモササウルス、エラスモサウルスといった海の恐竜も食べられる場合もある。また魚のステーキもある。
 そして今キロモトのテーブルにもステーキが運ばれてきた。だがそれは肉のステーキではなかった。
「これは何の肉だね」
「肉ではありません」
 ステーキを運んで来たボーイがそう答えた。
「サボテンのステーキです」
「サボテンのか」
「はい。メキシコの料理ですが」
 メキシコではサボテンのステーキもあるのだ。テキーラもサボテンから作られる。
「これはまた面白いな。実はメキシコ料理はタコス以外あまり食べたことがなくてな」
「そうだったのですか」
「ああ。だから食べるのが楽しみだ」
 彼は目の前の湯気を出しているサボテンを見ながらそう言った。
「さて、どんな味かな」
 フォークで押さえてナイフで切る。そして口に入れた。そして食べる。
「ふむ」
「如何ですか」
 周りの者が尋ねる。
「美味いな」
 彼はそう答えた。満足していた。
「肉以外でもステーキができるだけでも意外だが。そのうえ美味いときてはな。これは嬉しい話だ」
「左様ですか」
 ボーイはそれを聞いて喜んだ。
「シェフも喜ぶと思います」
「うむ。ところでだ」
「はい」
 キロモトはここで話を移してきた。
「戦場に行く兵士達もこうしたものが食べられるのだろうな」
「勿論です」
 彼等はその質問の意味がよくわかっていた。キロモトは補給について聞いているのだ。
「八条長官ともよくお話下さい」
「わかった」
 ステーキを食べ終えた。そしてパン、デザートに移る。最後は抹茶アイスであった。
「そういうお話を」
 キロモトはこの時外の料理店で寿司を食べていた。所謂寿司バーである。
「はい。サボテンのステーキを食べながら仰っていましたよ」
「成程」
 彼は今しがた国防省に戻ってきたところである。
「そして長官と是非お話したいそうですが」
「喜んで」
 彼はそれを快諾した。
「こちらも色々とお話したいと思っておりました」
「左様ですか」
「ええ。ではすぐにこちらから電話するとしましょう」
 そして電話を手にとろうとする。だがそれより前に電話が鳴った。
「おや」
 それを受けて電話を手にした。そして出た。
「はい」
「私だ」
 それはキロモトの声であった。
「閣下」
「何故私が電話したかわかっているね」
「はい」
 八条はそれに答えた。
「この度の戦争のことについてですね」
「そうだ。聞いていたか」
「はい。それも補給のことで」
「うむ。今のところ補給は問題なさそうか」
「はい。予算についても。充分であると考えます」
 彼にとっては九割あればそれで充分であった。
「補給もその予算の中で充分やっていけますから」
「そうか」
「はい。お任せ下さい」
「わかった。だが一つ気になることがあってな」
「何でしょうか」
「将兵の食事だ。我々はエウロパの食べ物を知らない」
「はい」
「現地のものを下手に食べて身体を壊すようなことはあってはならない」
「それもわかっております」
 八条はすぐにそう答えた。
「連合のものを補給し食べさせることとなっております」
「そうか」
 将兵の食べる食糧は非常に大きな問題であるのは言うまでもなかった。慣れないものを口に入れて身体を壊したりすることは多い。そしてそれは将兵の士気を大きく損なうのである。古来これによる戦力を落とした例もある。二十世紀後半に八条の祖国である日本の軍隊、当時の呼称で自衛隊が海外に派遣された時レトルト食品やインスタント食品を主に食べていたのを見て軍事マニア達の中には彼等の健康を心配する者もいた。それに士気も心配された。そんなものを食べていて大丈夫なのか、と。だがそれでも現地の合わないものを食べて健康を害されるよりはいいという判断からこうされたのである。結果としてそれは正解であった。なおこの時その日本の平和団体の中には彼等のテントに無断で入り込みビールを盗んだり無礼千万な質問をしていた者もいた。この当時の日本ではこの様な心根の卑しい輩でも平和団体と自称すれば尊敬される場合もあったのである。なおこの団体の代表は女性国会議員になったが汚職で捕まっている。自分自身は汚職を厳しく追求し糾弾していたが正体はこれであった。なおかつこの団体は麻薬の使用やテロリスト、凶悪な犯罪国家との癒着も当時から噂されていた。平和の美名の下にある下劣な素顔はこの時代ではもうはっきりとしている。
「基本的にエウロパのものに触れることがあってはならないでしょう。掠奪を防ぐ為にも」
「そうだな。監督も頼むぞ」
「お任せ下さい」
 八条はまた答えた。
「エウロパの一般市民に対しては決して危害を加えません。それは特に御安心下さい」
「信じているぞ」
「はい」
 八条にも誇りがある。それだけは許すつもりはなかった。
「連合の誇りにかけて」
「うむ」
 こうして電話による会談は終わった。そして八条は仕事に戻った。すぐに憲兵隊に指示が下ったのは言うまでもないことであった。

連合とエウロパがそれぞれ矛を磨いている頃サハラにおいては一つの事件が起ころうとしていた。
「閣下、どうなさるおつもりですかな」
 ブワイフが面白そうな顔でアッディーンに問うていた。
「そう言われましても」
 問われたアッディーンは珍しく困惑した顔をしていた。
「私も悩んでいるところなのです」
「貴官がそうした答えをするのははじめてだな」
「はあ」
 彼は弱い声でそれに答えた。
「晴天の霹靂ですから」
 そしてはじめて口にする言葉を出した。彼にとってシャイターンからの縁談は思いもよらぬ話であったのだ。しかもそれが彼の妹であるからだ。
「貴官はどう考えているのかね」
「私ですか」
「そうだ。まずはそれだろう」
「そう言われましても」
 やはり返答に窮していた。
「そうした年齢だ。全く考えていなかったわけではあるまい」
「それはそうですが」
「では答え給え。どう考えているのかね」
「正直悩んでおります」
 困った顔でそう答えた。
「こんな話はまだまだ先だと考えていましたから」
「ははは、そうしたものだ」
 ブワイフはそれを聞いてそう言った。
「こうした話はよく突然降ってわいてくるものなのだ」
「そういうものですか」
「そうだ。だが一つ問題がある」
「はい」
 アッディーンが悩んでいる理由は一つではなかった。もう一つあったのだ。
 
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