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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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16.キメラの産声Ⅲ

19.キメラの産声Ⅲ

・慣熟訓練初日

 翌日からキメラズの訓練は開始された。キメラズは試験期間を短縮するための特別部隊だが、流石に初乗りで実戦というわけにはいかない。撃震と新型の戦術機では構造的にも電子的にも違いが大きすぎるのだ。通常では技術士官からのレクチャーに加えて、分厚い仕様書の熟読、シミュレーターによる操縦技術の習得を経てやっと実機を動かす。しかも戦闘で使うような機動ではなく、低速歩行やマニピュレーター動作の確認などの安全で簡単な動作からである。
 しかしキメラズに課せられたノルマは一週間以内に新型戦術機の慣熟を終了させ、実戦試験に移ることだった。無茶な命令だが軍隊において命令厳守は当然のこと。巧を含むキメラズの面々は事前に用意された訓練課程をこなしていた。

深夜、カルカッタ基地の帝国軍が間借りしているシミュレータールームで、一つの筐体が揺れている。その中で巧は用意された訓練プログラムに四苦八苦していた。訓練プログラムそのものは大した内容ではない。訓練校時代にこなしたものと同じで、市街地を動き回りターゲットを射撃するものや低空跳躍機動の訓練など基本的な戦闘運用を訓練するものだ。しかし撃震と運用思想が違いすぎるために精密な操縦が出来ないのである。
「キメラ5、フォックス1!」
 夕雲の持つ36mm機関砲が火を噴きターゲットを襲うが弾は右に外れた。
『キメラ5、応用課程Cを終了。120mm滑空砲70%、36mm機関砲55%命中。建造物衝突回数2回、レーザー照射危険高度侵入回数1回です。お疲れさまでした遠田少尉。』
 オペレーターである西谷の結果報告を聞きながら巧は項垂れていた。この訓練プログラムは訓練兵向けのためにターゲットの動きは少なく、的も比較的大きい。実戦よりも遙かに簡単なものである。訓練校で撃震のシミュレーター訓練では命中率80%を割ったことはない。装弾数が少なく貴重な120mmでは100%が普通だった。もちろん建造物に衝突することも危険高度侵入も無しでだ。
 簡単なはずのプログラムが上手くこなせない。その事実は巧を大きく動揺させ、同時にプライドを傷つけた。巧はエリートと驕っているわけではないが、SES計画で他人よりも戦術機に人生をかけてきた自負はある。訓練校でも正規部隊に仮編入したときも戦術機操縦でここまで苦労したことはなかった。他の衛士に負けていると思ったことはあっても、それは経験不足からくるものであってセンスで負けていたことはなかった。それが乗って間もないとはいえ、ありとあらゆるスペックで撃震を上回る夕雲を使って訓練校のプログラムを満足にこなせない。こんなに悔しいことはない。
「くそっ、一週間後には実戦なのに…。俺こんな調子で大丈夫なのか?」
『富士教導隊の開発衛士は陽炎での慣熟に一カ月かかったそうです。それを考えれば一日で応用課程C修了というのは驚異的な達成速度だと思います。』
「まあ成績を考えず形だけならなんとか…。他の皆はどうなんですか?」
『皆さん苦労されてますよ。基本課程をクリアできていない人がほとんどです。やっぱり遠田少尉は凄いですよ。』
「うん…そう言ってくれるのは嬉しいですけど実戦があること考えるとやっぱり時間が足りないと思うんですが、どうにかなりませんか?」
『それは私では決められませんね。この開発試験の監督は岩崎参与なので。』
「はぁ…。それは期待薄ですね。まあ今日はこれで上がります。こんな時間まで付き合わせてしまってすいません中尉。」
 キメラズは一週間で実戦に耐えられる程度の錬度を求められているためにシミュレーターを優先で使用することができるため、巧は若さとSES計画で鍛えられた戦術機適性にものを言わせてほぼ一日中訓練していた。その成果か、自身は納得していないものの通常では考えられない速度で訓練課程をクリアしていったのである。
『いえいえ。私たちが作った戦術機をこんなに乗っていただけるなんて嬉しい限りです。少尉もお体には気を付けてくださいね。』
「了解しました。明日もよろしくお願いします。」



巧side

今日の訓練はきつかった…。シミュレーター訓練は得意な方で余りきついという印象はなかったけど、機体が思うように動かせないと精神的に疲れるな。それに強化装備ずっとつけてるから汗が…。ああ早くシャワー浴びたい。
 シャワールームに着くと既に誰かが使っていた。ここを使うのは帝国軍の衛士だけ。しかもこんな時間に入ってるとは…。一人で使えないのは残念だけどしょうがない。
 そう思って入るとそこには白くて大きな形のいい脂肪を二つ胸部に着けた男性ではないナニカが上部から放射される40℃程度の温かいお湯を全身に当てていた。
 うん。要約すると巨乳の女性がシャワー浴びていた。
髪は淡い茶色、身長160、3サイズは推定91・60・87のI、胸もそうだが足首か太腿までのラインも美しい曲線を描き扇情的だ。細眼で目じりが下がっているからか穏やかな印象を感じるが、女性特有のやわらかな肢体の中に確かに見える筋肉が並々ならぬ訓練をこなしてきたことを感じさせる…。
―――などと分析しても状況は変わらない。さてどうするか…。
ちなみに言っておくと浴場で女性と出くわすという帝国では中々起きないイベントも軍に所属していれば日常茶飯事だ。前線では浴場も便所も男女共有なので、そういった状況に慣れるために訓練兵時代からその手の羞恥心をなくすための色々な処置がある。俺もパンサーズに所属していた頃に何度か城井中尉と一緒に風呂に入ったこともある。
ただ城井中尉は男っぽいところがあったし、どちらかというと『カッコイイ』という形容が当てはまる人だったから余り気にならなかった。しかし目の前の女性は何というか、こう……艶めかしい。そういう意味では夕呼以来の衝撃だ。男としては嬉しい状況といえる。
 ただここは軍隊で、裸のインパクトが強すぎてすぐには分からなかったが、よく見ればあの人はキメラズで同じ小隊の春日志乃少尉だ。欲情して下をおったてて良い相手じゃない。気まずすぎる。何とか気をそらして平静を保たねば…。

巧side out



志乃side

 新型の仕様書を熟読していたら遅くなってしまった。キメラズの訓練は三日目か四日目までは個人訓練なので自由に時間を使えるけど、朝は情報共有のためにブリーフィングルームに集まる。そうそう夜更かしはできない。早くシャワー浴びて寝ないといけないわね。
 深夜なのでシャワールームを独占して使える。シャワーハンドルを捻ると温い水が勢い良く出てきて一日の疲れを流してくれる。日本人としてはやはり熱い湯船につかりたいところだけど、ここでは水シャワーなのよね…。まあ最前線ではそれすらもないというしこれでも恵まれている方なのかも知れないけど。
 シャワーを浴びていると浴場に男の子が入ってきた。同じ小隊の遠田巧少尉だ。彼のことは知っている。弱冠17歳の天才衛士。ちょっとした有名人だ。
 少尉はシャワールームに入るなり私を見て固まってしまった。目が泳いだりそわそわして落ち着かない様子。これはあれだ、女性である私に緊張しているということだろう。まあ軍隊で羞恥心をなくすように教育されても若い兵士は女性と一緒に風呂に入るというのは緊張するものだ。軍隊は男社会だしね。
 ただいつまでも固まっていられても困るのでこちらから声を掛けることにする。
「遅くまでご苦労様です、遠田少尉。」
「お、お疲れ様です。春日少尉…。」
 そう言うと素早く物陰に隠れてしまった。タオルで股間を隠し、前屈みだったので彼の下半身で何が起きているのかは分かりやすかったが、指摘しないのが優しさだろう。それに軍隊に長くいる兵士は擦れてしまってああいった純真さが無くなってしまうのを考えると、年相応にかわいらしいともいえるだろう。
「すいません。気を使わせてしまって。すぐ上がりますから。」
「い、いえ!こちらこそすいませんでした!春日少尉が入っているとは思わず!」
「良いんですよ。ここの浴場は男女共用なんですから。こんな事は良くあることです。少尉も慣れないこの先大変ですよ?」
「お気遣いありがとうございます!」
 畏まった少尉が気の毒なのでさっさと上がる。しかしこの時間まで訓練してたなんて良く体力持つわね…。流石は天才衛士。歴代衛士で最高の戦術機適性は伊達じゃないってことか…。同じ小隊の隊員としてもう少しお近づきになった方が良いかしらね。

志乃side out



・慣熟訓練二日目

 二日目の昼過ぎ。巧の訓練は次の段階に移っていた。これまでの訓練は訓練校で受けたものとほぼ同じだったが、今はその発展形、すなわち夕雲専用のプログラムだった。そのプログラムは西谷が独自に作り上げたもので、短時間で夕雲の機体特性を掴み慣熟するために組まれたスパルタプログラムである。

 シミュレータープログラムが作り出した仮想空間の中で巧の駆る夕雲が凄まじい速度で飛びまわる。指定されたポイントに移動し、指定された操縦をする単調なものだったが推進剤が切れるまで全力機動で行わるこの訓練は並の衛士では耐えられないほどの負荷がかかる。
網膜投影によって広がった荒野に赤いマークが灯り、そこを目指して噴射跳躍する夕雲だったが途中で右方向に青いマークが灯る。それを確認するや否や巧は主腕に装備している36mm機関砲の照準をマークに合わせて引き金を引いた。しかしその攻撃はわずかに外れてしまう。機体の向きを急激に変えたために空気抵抗と乱流によって銃身がブレてしまったのだ。
「くっ!またやっちまった…。」
『遠田少尉、焦らないでください。機体の態勢を変えるときに空気の流れを読んで無理のない姿勢に持っていってくんです。少尉ならできますよ!』
 西谷に励まされるが巧の表情は明るくない。朝の訓練開始から六時間シミュレーターにこもって何とか撃震を使っていたころと同じ程度には使えるようになったが、夕雲の力を引き出しているとはいえない。優秀なアビオニクスと刷新された各種機能によって撃震より遙かに高い結果を出しているが、それは衛士の腕ではなく機体の性能に助けられた結果だ。本来の夕雲はブレードベーンや複腕に備え付けられている長刀の空力によって空中での姿勢制御を滑らかに行えるはずなのだがそれが出来ない。重心が高くフォルムが撃震とは違いすぎるために、空力制御の感覚がまだ追いついていないのである。
『少尉、休憩を取りましょう。そろそろ栄養補給しないと倒れちゃいますよ。』
「そうします。西谷中尉、申し訳ないんですが午後はハンガーで夕雲を弄って勉強しようと思います。よろしいですか?」
『そうですね…。実機訓練まで触れる機会もいですから…分かりました。ではそのように。』
 巧を含めたキメラズの面々は未だ実機で訓練をしていない。まだその段階にないからなのだが巧としてはこれ以上の結果を出したければ機体についてもっと良く知る必要があると考えていた。



 戦術機ハンガーで巧は夕雲の機体情報をチェックしていた。時間があるならともかく、六日後に予定されている実戦までに何とかするためには理論面からも理解を深めなければならないだろう。そのためには仕様書だけではなく実際に機体に触れて様々な計算をしなくてはならない。
 巧は端末で午前のシミュレーター訓練の結果を見ながら機体に掛かる空力を計算し理想的な機動を導き出そうとしていた。本来なら技術士官である西谷がやるべきことだが、機体の理解を深めるためにも巧は自分がやると言ってきかなかった。
「やっぱり補助プログラムが欲しいな…。慣れれば何とかなるけど、それまでは機体の方で調整してもらわないと難しい…。」
 呟きながら作業をしていると、昨日浴場で鉢合わせした春日志乃が話しかけてきた。
「こんにちは、遠田少尉。昨日はどうも。」
「あ、ああ春日少尉。こんにちは。少尉も戦術機ハンガーで作業を?」
「いえ、遠田少尉がこちらにいたので…。少しお話よろしいですか?」
「作業しながら出良ければ。」
 巧としては手を止めて話を聞いても良かったのだが、昨日のことがあって志乃の顔をまともにみれなかった。作業をしながらの方が気がまぎれるのだ。
「西谷中尉から聞きました。遠田少尉は既に応用課程を修了していると。私を含め他の隊員が応用課程の初期でつまずいているのに…本当にすごいです!何かコツなどあれば教えてほしいと思いまして。」
「春日少尉の機体は不知火でしょう?私の意見は参考になりませんよ。担当の技術士官に意見を仰いではどうですか?」
「担当はあの岩崎参与です…。」
「ああ…なるほど。」
 名目上ではあるがキメラズの監督を務めている岩崎がボンクラだというのは既に多くの隊員が気づいている。技術廠から派遣されたというのに戦術機について訓練兵レベルの知識しかないのだ。質問しても『仕様書を読め』『自分で調べろ』とはぐらかしては『無能が!』と嫌味を言ってくる。
「ですから訓練が一番進んでいる遠田少尉に意見を伺いたくて…。」
「そうですねぇ…。自分は他の衛士と比べて環境が良かったから春日少尉に適した助言ができるとは限りませんが―――」
 巧はSES計画について話し、自分の優秀さはそれによって培われた衛士適正のおかげであると話す。
「はぁ…苦労されてきたんですねぇ。でも遠田技研と言えば有名な兵器メーカーじゃないですか。SES計画って何で必要だったんですかね。」
「他の三社との競争のためですよ。戦術機開発に乗り遅れた分を優秀な衛士を開発に協力させることで取り戻す。気の長い計画ですがね。」
「米国の兵器メーカーとの提携を狙った方が効率的だと思いますけどねぇ。」
「親父も昔はそうしようとしたみたいです。でも今となってはそれも無理でしょう。新型が制式採用されれば今後十年はそれがメインになります。米国側からしたらわざわざ弱小の遠田技研と組んでまで日本の市場を狙うにはリスクが大きいでしょう。親父も今は如何に新型の生産、改良に自社を噛ませるかを考えているでしょう。SES計画って米国との線が切れた親父の苦肉の策なんですよ。独力で戦術機開発に乗り出す為の。」
 自分の会社の内部情報をすらすらしゃべる巧。聞いた志乃もその素直さに少し引いている。
「聞いた私が言うのもなんですけど、そんなことしゃべって良いんですか?」
「別に知られても影響のないことです。うちは良くも悪くも裏がない会社ですから。まあだから資金繰りとかに苦労するんですけどね。」
 苦労するといっている割には晴れ晴れとした表情をして身内を語る巧。それを見て志乃は柔らかく笑うのであった。
 
 
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