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サロメ

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第一幕その四


第一幕その四

「お戻り下さい」
「そうですね、ナラボート殿」
「そうですな」
 相槌を求められてそれに応える。この場合彼は兵士達の同盟者になっていた。
「やはりここは」
「井戸は確か」
 しかしサロメは彼等の言葉を聞いていない。記憶と目に入るものを辿りながら井戸を探す。そうしてそれを見つけたのであった。
「あそこだったわね」
「さあ、王女様」
 兵士達はまたサロメに声をかけてきた。
「ここはお下がりを」
「宮殿に」
「連れて来て」
 しかしサロメは言う。
「ヨカナーンを。いいわね」
「ですが」
 兵士達は戸惑う。しかしそこで彼女は兵士達の目をじっと見据えてきたのであった。
「うっ」
「いいわね」
 サロメはまた彼等に言う。言葉が加わってはもう逆らうことはできなかった。
「わかりました」
「それでは」
 魔性には逆らうことができなかった。こうして彼等は井戸に向かうのであった。
 その間にナラボートがサロメの前に来た。そうして語る。
「王女様、どうしてもなのですか」
「ええ」
 サロメは妖しく笑ってナラボートに答える。
「どうしてもね。わかるわね」
「しかし」
 ナラボートはサロメに対して述べる。
「やはりここは」
「いえ、私は決めたのよ」
 しかしサロメの心は変わらない。ナラボートの言葉も彼女には届かない。
「だから」
「胸騒ぎがします」
 ナラボートは不吉なものを恐れる顔でサロメに述べた。
「このままですと恐ろしいことが」
「それでもいいわ」
 それでもサロメは言うのであった。
「どうなってもね」
「貴女がどうなってもですか」
「構わないわ。あの声の主の姿が見えるのならね」
「どうしてもですか」
「そう、どうしても」
 サロメは言う。
「あの方を見たいわ」
「そうなのですか」
 ナラボートはそれを聞いて俯く。遂に諦めたのであった。
「貴方には花をあげるわ」
 サロメは言う。
「それか微笑みか。どれがいいのかしら」
「どれもいりませぬ」
 ナラボートはサロメから少し顔を離して述べた。
「そのどれも」
「無欲なのね、貴方は」
「欲はあります」
 しかしナラボートはその言葉に首を横に振る。
「ですが」
「ならその欲を実現させればいいのよ」
 サロメの言葉は彼女の考えそのものであった。
「違うかしら」
「それができればそれに越したことはないでしょう」
 そうサロメに述べる。
「ですが」
「私はするわ」
 サロメは彼を見て言った。
「何があろうともね」
「そうなのですか」
「王女様」
 ここで兵士達が戻ってきた。
「お連れしました」
「有り難う」
 サロメは彼等の方を振り向いて礼を述べた。
「御義父様には私から申し上げておくわ」
「ですが」
 兵士達が恐れているのは王についてではなかった。
「あの方に御会いするのは」
「やはり」
「貴方達が気にすることではないわ」 
サロメは彼等に告げる。
「だから。安心して」
「そうでしたら」
「ではヨカナーン殿」
 二人は後ろにいる兵士達に顔を向けてきた。
「こちらです」
「王女様か」
「王ではないのか」
 そこにいたのは背が高くみすぼらしい黒い服を着た男であった。髪も髭も切らず伸ばしていた。それはヘブライの風習であった。その目は深い知性を宿り激しい光を放っていた。知性はあってもそれは激しい知性であった。顔はみすぼらしい中にも品性があり卑しい者ではないことを示している。しかしそれ以上に彼が激しい者であることが出ていた。
「あの罪深い王ではないのか」
「御義父様なのね」
 サロメはその言葉を聞いてすぐにわかった。
 
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