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星河の覇皇

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第五部第三章 巨大戦艦その一


                   巨大戦艦
「ステッラ!?」
 モンサルヴァートは連合で起こったスパイ事件を聞き思わずそのヒロインの名を言った。
「ご存知ですか」
 それを報告したプロコフィエフは表情を変えることなく問うた。
「一応はな」
 その名は彼も知っていた。以前の連合の事件のことは彼も聞いていた。
「私は諜報部にはこれといて知り合いもいないので詳しくは知らないが」
「かなりの腕を持つエージェントなのは間違いないようですね」
「そうだな。それはまだ連合にいたことでもわかる。よく今まで捕まらずに済んだものだ」
 彼は感心したように言った。
「ただテロを操るというのはあまり褒められたことではないが」
「確かにそうですが」
 二人はあくまで軍人である。そうしたことは好まない。
「結局それは失敗したようだがな」
「はい」
「問題はそれが誰の指示で行われたか、ということだが」
「おそらくは彼女の独断でしょう」
「何故そう断定できる?」
 モンサルヴァートはプロコフィエフの言葉に思わず顔を上げた。
「私が聞いたところによると彼女は本部から連合内部の活動には全て委任されているそうです」
「そうだったのか」
「前の中央政府及び各国に対する行動が高く評価されたそうです」
「ふむ」
 モンサルヴァートはそれを聞き考え込んだ。
「だがそれだけではないだろう」
「といいますと」
「それだけで全権を任されるとは思えない。ましてや相手は連合だ」
 彼の疑念は当然と言えた。三兆の人口と圧倒的な国力を擁する連合である。そこにおける諜報活動の全権を任されるには相当なことがない限り難しいのは言うまでもないからだ。
「他にも功績があったのではないか。我々の知らないところで」
「確かに」
 プロコフィエフもそれを聞いて頷いた。
「諜報部の活動は表には出ない。出たら困るものだ」
「はい」
 これは昔から変わらない。情報を収集、分析にるにあたってそれが外部に漏れたら何の意味もないからだ。それにより敗北した国家は星の数程ある。
 だからこそどの国もそれの隠蔽、保持には細心を払ってきた。それを漏洩することは万死に値するのは言うまでもないことである。
「それは我々に対してもだ。何処に目や耳があるかわからないからな」
「連合の手の者ですか」
「他にもいるがな。だが彼等が我等の中に最も入り込み易い」
 人種の問題でだ。サハラ各国やマウリアは肌や髪、目の色があまりにも違い過ぎる。彼等のルーツがアラブ、インドであるからそれは仕方のないことであった。かなりの多民族から構成された連合とはここが違うのだ。
「それでも比較的少数だろうが」
「変装はやはり限界がありますから」
 ステッラ程上手く変装できる者はそうそういないものである。それが現実だ。
「その点では我々の方が恵まれているな」
「ええ。実際にかなりの数の諜報部員を送り込むことに成功しているようですし」
 エウロパから連合にスパイを入り込ませるルートは総督府を使う。そこからサハラ東方のハサン王国を経由して入り込むのだ。当然観光客やビジネスマン、企業家等身分を偽ってである。
 もう一つルートがある。宗教を使ったものだ。
 この時代もバチカンは健在である。今では他の宗教、ギリシアや北欧の神々も復活しているがキリスト教の存在が忘れられたわけではない。エウロパの者もこの時代では複数の宗教を同時に信仰するようになっている。
 すなわち古代ギリシアや北欧の神々への信仰とキリスト教への信仰を並立させているのだ。中にはカトリックとプロテスタントの一派を同時に信仰する者もいる。信徒の人口だけで見るとエウロパは三千億になる。連合は十三兆だ。これは宗教の数が異なるからである。
 そのキリスト教の最大勢力はこの時代においてもカトリックである。ローマ=カトリック教会はローマからエウロパに拠点を移してもその権威は変わることがなかった。
 流石に軍隊は持ってはいない。かってのように。バチカンに誤謬はない、とも言わない。これは言う必要がないからであるが。だがその権勢は二十世紀から衰えてはいなかった。
 やはりキリスト教はエウロパにとっては絶対のものであった。古代の神々が無意識下にある存在とすればキリスト教は意識の存在である。彼等の信仰と精神は二段になっているのだ。
 そのバチカンの武器は信者である。彼等は聖書や聖歌の売り上げや信者達の浄財で生きている。その収入は途方もないものだ。バチカンが財政に困ることなど有り得ないことであった。
「バチカンは永遠に絶対の存在である」
 連合の国の一つカナダのある哲学者がこう言った。彼もまたキリスト教徒でもあった。でもあったとするのは彼が仏教徒でもあったからだ。連合においてもキリスト教徒は多い。当然イスラム教徒も存在する。連合の宗教は極めて難解なパズルとなっている。
 ここが極めて重要である。連合にはカトリックの信者もいるのである。極めて多くの国家、人種、民族から構成されている連合において宗教を規制することなぞできはしない。中央政府も各国も信仰の自由は認めている。何度かこれについて規制の意見も出たがその度に強烈な反対に遭っている。その中には怪しげな宗教が存在していても、である。
 エウロパはそこにも目をつけた。カトリックの信者が存在する以上司教達も行かざるを得ない。連合にも神父や枢機卿が存在する。実際にはエウロパにいるカトリックの宗教家より連合各国にいる彼等の方が圧倒的に多い位である。
 エウロパ本土からカトリックの司祭達の往来もある。この場合に限りガンタース要塞群とニーベルング要塞群の堅い門は開かれる。時には法皇自ら行くこともある。
 そうした宗教家達の中にスパイを紛れ込ませるのである。相手が宗教家であるならば敵もチェックが緩やかになる。下手に厳しくしようものならば信者達から何を言われるかわかったものではない。実際にとある枢機卿の法衣に触れてチェックしたガンタースの兵士が後で連合内部のカトリック信者達の吊るし上げに遭った。これはこの兵士がプロテスタントでありメソポタミアの神々と道教を信仰していたことから事態はさらに深刻化した。
「カトリックの枢機卿だから厳しくチェックしたのではないか」
 こうした意見もあった。だが多くは枢機卿様を侮辱した、ということであった。紅の法衣の権威は変わることがなかった。ましてや法皇なぞ触れたならばその場で信者達に処刑されそうなものであった。やはりバチカンは触れてはならない絶対的な存在であった。
 ましてや彼等は対立を謳ったりはしない。最早政治のことには介入しない方針となっている。ただ信仰の世界に生きているのだ。だが影響力があるのは否定できない。
 そして信頼もあった。権威と信頼は時として同じものだ。バチカンはエウロパにありながら連合からも信頼されている唯一の存在であった。
 だからこそ連合各国も表だっては行動できなかった。そこに工作員が紛れ込んでいることがわかっていてもだ。自然と戦いは陰にこもったものになっていた。
 だが表立って行えない以上行動には制限がある。結果としてこちらのルートがエウロパのスパイにとっては最も安全で効率のいい道であった。
「あまりバチカンを利用するのは感心しないが」
「手段を選んでいいものではありません」
「それはわかっている」
 だがそれが好きだということにはならない。モンサルヴァートは不快感を露わにしていた。
「バチカンは何も言わないがな」
「連合と我々の関係も熟知しているでしょうし」 
 バチカンが政治について発言しなくなったのはこれも関係していた。言及するにはあまりにも危険だからである。それ程までに連合とエウロパの対立は深刻であった。
「知っていて黙認するしかないということか」
「でしょうね。連合も表立って批判はできませんし」
 バチカンを批判すればそれだけで失脚は確実である。例えどの国の政治家であっても。中には命を狙われた者すらいる。信者の中には過激な者もいる。バチカンこそ絶対の正義であると確信する者もいるのだ。
「それを諜報部は利用しているところもあるな」
「はい。そしてそれは比較的上手くいっています」
 ただし連合側もこれは利用している。お互い様と言えた。
「ステッラはどのルートで入ったのだ」
「それはわかりません」
「そうだったな。そんなことを言う愚か者はいない」
 彼は自分の言葉を引っ込めた。
「話を変えよう。彼女は今姿を隠しているのだな」
「はい。テロの扇動が失敗に終わりましたから」
「ふむ。今回の観艦式にはもう動けないか」
「そのようです。今は追っ手から逃れるだけで手が一杯でしょうし」
 プロコフィエフは冷静な声で答えた。
「捕まる様な者ではないみたいだがな」
「はい」
 モンサルヴァートもプロコフィエフもそう見ていた。
「彼女はおそらく逃げ切れるでしょう。ただ」
「ただ!?」
「連合が今回のことで警戒を強めるのは確実かと思われます。何らかの手を打ってくるかと」
「そうだろうな」
 それはモンサルヴァートも察していた。
「どういう手を打ってくるかだな」
「まずは彼女が使用した侵入ルートを調べると思われます」
「それによって対策が変わってくるか」
「はい。サハラからのルートだとおそらくそちらの監視が強まるだけでしょうが」
「バチカンのルートだと下手をすれば厄介なことになりかねないな」
「私はそれを危惧しています」
 プロコフィエフは答えた。
「特にこれは宗教が絡んでおりますし」
「そう、それが問題だ」
 軍人であるモンサルヴァートもそれを心配していた。宗教に関わると如何に厄介な話になるかは彼もよくわかっていた。その程度の政治感覚がなければ元帥にはなれない。
「バチカンに文句は言えない。責任はこちらの諜報部にある」
「はい。バチカンに隠れて諜報部員を送り込んだということになりますから」
 バチカンの責任は問えない。彼等は政治には表向きは関わっていないのだから。どれだけ影響力があろうとも。
「完全にエウロパの責任になってしまう」
「それを連合がどう口実にして来るかですね」
「そうだ。卿はどう見るか」
 モンサルヴァートはここでプロコフィエフに問うた。
「はい」
 彼女は一呼吸置いて答えた。
「少なくとも聖職者へのチェックは今までのようにほぼノータッチというわけにはいかないでしょう」
「それは最低限だな」
「はい。これでは済まないと思います」
 彼女はそうなった場合に予想される事態をより深刻なものだと予想していた。
 
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