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万華鏡

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第十七話 甲子園にてその一

                 第十七話  甲子園にて
 日曜の朝、琴乃はベッドから出るとすぐに窓の外を見た。そのうえでリビングで朝御飯を丁度作り終えていた母に満面の笑顔でこう言った。
「よかったわね」
「あっ、おはよう」
「うん、おはよう」
 母は挨拶をしてからあらためて娘に言った。
「晴れたわね」
「得る照る坊主聞いたわね」
「そうね。じゃあ今日行くのね」
「甲子園行って来るわね」
「応援頑張ってね。とにかく勝っても負けても楽しんで」
 そうしてだと。母はフライパンで何かを焼きながら娘に言う。
「生き帰りと球場の中の変な男には気をつけてね」
「変態さんとか?」
「お酒飲んで変な人出るからね」
 こうした話は球場にも付きものだ。
「だからね」
「ううん、負けてると酷いからねあそこは」
「皆ビールがぶ飲みするでしょ」
「勝っててもだけれど」
 それが阪神ファンだ。彼等はどちらでも飲む、しかし負けた場合がより酷いのが彼等の特徴なのである。
「負けてると荒れるからね」
「暴れる人多いからね」
「相手広島よね」
「うん、あそこ」
「だったらかなりましね」
 阪神ファンの美点として他球団に対して極めて寛容というものがある。人類普遍の敵巨人以外に対しては。
「これがそれこそ巨人だったら」
「ええ、壮絶だから」
「巨人に負けたら終わりよ」
 まさにその時はだ。
「普通でもね」
「うん、とにかく相手は巨人じゃないから」
 まさにそれに尽きた、阪神ファンは巨人以外には優しいからだ。
「赤ヘルだから」
「じゃあ安心していいわね、負けても最悪じゃないから」
「気をつけて行って来るわね」
「そうしてね。あと朝だけれど」
「さっきから何焼いてるの?卵?」
「今日は違うわよ」
「じゃあ何なの?」
「餅よ」
 それだというのだ。
「それ焼いてるから」
「お餅って?」
「中国のお餅よ」
「ああ、あの小麦粉を練ってそれで焼いた」
「そう、それよ」
 それを今焼いているというのだ。見ればフライパンの中には小判型で小さい白い、そこに焼けた茶色の焦げ目があるものがある。
 琴乃はそれを見て母に対して言った。
「これね。美味しいのよね」
「琴乃ちゃんだけでなく皆好きだからね」
「だから朝それにしたの」
「そうよ。あとはね」
 母は今度は鍋の中のものを見た、それはというと。
「スープもあるから」
「湯ね」
 中国ではスープをこう呼んでいる。
「昨日の晩御飯の残りの」
「そう、それよ」
「それ温めてくれたのね」
「それも食べたらいいわ」
 そのスープには人参や白菜が大量に入っている、野菜の湯なのだ。
「身体にいいからね」
「お母さんお野菜のお料理好きよね」
「身体にいいからね」
 だから母もよくそれを作っているのだ。
「それに美味しいでしょ」
「うん、確かにね」
「だからよ。作ってるからね」
「それを食べて」
「健康になって何時までも阪神を応援するのよ」
「そうね。ただ」
 琴乃は母が皿の上に焼いた餅を置いていくのを見ながらまた言った。白と茶色のそれは実に美味しそうである。 
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