| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

リリカルってなんですか?

作者:SSA
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

空白期(無印~A's)
  第二十六話 起




 光陰矢のごとし、とはよく言ったものである。アリシアちゃんが、僕のクラスに編入してきてから早数ヶ月が過ぎようとしていた。

 意外と人見知りをする事が分かって、どうなることか、と心配していたが、僕の幼馴染の夏希ちゃんや桃香ちゃんの助けを借りて、どうにか女の子グループと対立することなく、クラスに溶け込むことに成功していた。もっとも、アリシアちゃんと一番、仲がいいグループになったのは、やはり、最初に一緒に居た時間が長かった事が幸いしたのか、アリサちゃんとすずかちゃんだったが。

 アリシアちゃんは、どちらかというと、すずかちゃんよりもアリサちゃんとの仲が良いように思える。アリシアちゃんは、物静かという感じではないから、アリサちゃんとフィーリングがあうのだろう。時折、休日には、アリサちゃんの家に行ったりもしているようだ。

 僕は、というと、あまり変わりはない。相変わらず、先生にはこき使われ、クラス内の諍いをとめたり、サッカーに興じたり、塾に行ったり、アリサちゃんの英会話教室を開いたり、すずかちゃんと図書館に行ったり、なのはちゃんと魔法の練習をするのも変わらなかった。

 息をつく暇もないような、そんな日々を過ごして、気がつけば、あっ、というまに小学生の一年間の中で最大のイベントである夏休みが目前に迫っていた。そして、目前に迫っていた、と思えば、すぐに夏休みになってしまうのは、僕が時間を確認するのが難しいほどに忙しいからだろうか。気がつけば、通知表を片手に一学期の授業を終えていた。

 あまりにあっさりとしすぎて、あ、今日から夏休みか、といつもと同じ時間に起きてカレンダーを確認した後にしみじみと思ったものだ。

 夏休みの過ごし方など、千差万別だろう。例えば、ひたすらに遊び、最後の一日か二日程度で宿題を終わらせる人、ついには宿題を終わらせずにいる人。最初に宿題を片付けてしまい、心置きなく遊ぶもの。

 僕は、一番最後のタイプだ。何か残っていると気分よく遊べないからだ。しかしながら、聖祥大付属小は、私立のレベルの高い学校だけあって、宿題の量が半端じゃない。僕が全力で、朝と夜に計画を立てて片付けたとしても、二週間は必要なほどだ。そんな宿題を僕は、時にアリサちゃんやすずかちゃんと、時にはアリシアちゃんと、時には隼人くんたちと一緒に片付けていた。

 もっとも、宿題だけをやるのでは夏休みの楽しみはないと同義だろう。宿題の合間に、僕は夏休みの楽しみである海やプール、縁日、花火大会などのイベントごとにも参加していた。

 さて、イベントや毎日、外などで遊んでいれば、意外なことにも過ぎ去っていく時間は早い。お盆に祖父、祖母の家に挨拶に行ったかと思えば、残る夏休みは半分を切っていた。

 クロノさんから連絡が入ったのは、後半分しかないのか、とカレンダーを見ながら、残り日数を数えているときだ。もちろん、連絡の内容は、夏休みに、と約束していた魔法世界へのご案内だ。主な目的は、そこで初級の魔法講座を受けることであるが。クロノさんの連絡によると、受け入れの態勢が整ったから、都合のいい日付を教えて欲しいとのことだった。

 もともと、クロノさんの世界へ行くことは、予定に入っていたため、夏休みの後半の予定は空いている。アリシアちゃんも予定は入れていないはずだ。母さんは、今のところは、専業主婦だからいつでもいいはず。残念ながら、親父は、二週間も休暇を取ることは許されず、今回はお留守番である。結局のところ、僕たちのほうは、都合はいつでもつけられる。その旨をクロノさんに伝えると、すぐに旅行日程が提示された。どうやら、あちらである程度考えてくれたらしい。

 魔法世界への旅行は二週間を予定。そのうち、魔法の初級講習は10日間だ。残りは、四月の事件の調書を取るためや観光に費やせるらしい。旅費に関しては、クロノさんたちがすべて請け負ってもらえるとのこと。あちらの世界のお金がないだけに有り難いことだった。

 すべての連絡事項を話し終えて、クロノさんとの通信を終えた。向こうからの迎えは、二日後の朝に来てくれるようだ。それまでに準備を整えなければならない。

 さて、なのはちゃんへの連絡や旅行の準備をしていれば、二日程度はすぐに過ぎる。

 そして、クロノさんから連絡があった二日後の朝。初めてクロノさんたちと遭遇した海鳴海浜公園が待ち合わせ場所だった。今、この場所に集っているのは、今回のメインである僕となのはちゃん、アリシアちゃん、アルフさん。保護者として、母さんと恭也さん。そのおまけとして、母さんに抱かれているアキ。そして、見送りとして、なのはちゃんのご両親、親父が海鳴海浜公園に集まっていた。

 四月のいつか、クロノさんが僕たちに話しかけてきた場所で、向こうから指定された時間になった途端、見覚えのある魔力光が扉のように円を描いて浮かび上がり、その中からクロノさんとリンディさんが姿を見せた。彼らの姿は、四月の事件の最中みた服装とは異なり、僕の近所のデパートで売っているようなカジュアルなものだ。

「やあ、久しぶりだね。元気だったかい」

「はい、お久しぶりです。クロノさんこそ、お元気でしたか」

 そんなありきたりな挨拶を交わしながら、僕とクロノさんは握手を交わす。よくよく見てみれば、母さんたちも同じようにリンディさんと挨拶を交わしており、保護者役のなのはちゃんの両親もリンディさんと話している。お互いに頭を下げているところを見ると、たぶん、「お世話になります」とか「よろしくお願いします」といったようなことなのだろうが。

 僕に続いてクロノさんは、なのはちゃんにも同様に手を差し出し、挨拶を交わしていたが、なのはちゃんは、ただ一言、不機嫌そうに「よろしく」と答えただけだった。クロノさんが不愉快そうな顔をせずに微笑みを浮かべていたのは、大人の余裕なのだろうか、なのはちゃんのつれない態度にも何も言うことはなかった。さらに続いて、最後にアリシアちゃんに挨拶と共に手を差し出したのだが、今度はなのはちゃんよりも露骨にクロノさんを避けて、僕を盾にするように背後に隠れる。やはり、初対面の人は苦手なようだ。

「えっと……翔太くん、彼女は」

「すいません、少し人見知りするんですが、母さんか、僕がいれば大丈夫ですから」

 少しの時間、一緒にいて相手が自分に害しないと分かれば、アリシアちゃんも警戒を解いてくれるのだが、その少しの時間は人によって異なる。すぐに仲良くなる人もいれば、一週間ぐらいで仲良くなる人もいる。だが、少なくとも近くに信頼できる人―――僕か、母さんがいれば、まったく口も開かず、警戒心むき出しということもない。

「アリシアちゃん、この人は、大丈夫だから」

 そういって、背中に隠れていたアリシアちゃんを正面に出すと、クロノさんは、もう一度、これから二週間よろしく、という言葉と共に片手を差し出した。それに対して、アリシアちゃんは、不安がるように僕とクロノさんを交互に視線を移し、やがて、おずおずと片手を差し出して、やや触れるか、という距離でクロノさんの手に一瞬だけ触れると、蚊の鳴くような声で「よろしく」と返していた。ちょっと気の短い人なら、不愉快そうな顔の一つでも取っていいのだろうが、クロノさんは、人が良いのか、「ああ、よろしく」と笑顔で返していた。

 その後は、他愛もないお互いの近状報告を行っていた。しかしながら、日常が事件に満ち溢れているわけではない。本当に他愛もない話をクロノさんとしていた。アリシアちゃんは、まだ警戒モードだし、なのはちゃんもどこか不機嫌そうで口を開きそうにないため、僕しか相手ができないというのが正直なところだ。

 さて、クロノさんの主な相手は、僕たち子どもだったようで、大人への対応はすべて、リンディさんに任せていたらしい。しかし、その対応もひと段落ついたのだろう。頃合を見て、「クロノ」と名前を呼んでリンディさんが僕たちの間に割り込んできた。

「それじゃ、行きましょうか」

 リンディさんのその声が、切っ掛けだったのだろう。自然と魔法世界へ行く人たちは、リンディさんとクロノさんの周りに集まり、留守番組は、自然と一歩距離を取ったような形になる。

「なのは、気をつけてね」

「恭也、なのはを頼んだぞ」

「母さん、翔太、アリシア、病気とかには気をつけるんだぞ」

 留守番組から口々に告げられる見送りの言葉に笑顔で、手を振りながら応えていた。それを微笑ましい表情で、見ていたリンディさんだったが、いつまでも別れを惜しんで時間を費やすわけにはいかない。だから、リンディさんは、頃合を見計らって一言だけ告げた。

「行きます」

 それが、僕たちを魔法世界へと誘う一言だった。



  ◇  ◇  ◇



 魔法世界への旅行。一体どうやっていくのだろうか、と二十歳という精神年齢をしていながらワクワクしたものだが、僕の期待を裏切るように魔法世界への道のりは実に簡易なものだった。アースラと同じく次元転送にて、クロノさんたちの職場である本局といわれる場所へと転送された。本局といわれるだけあって、その建物は非常に大きく、これが次元空間に浮かんでいるというのだから、僕の理解をはるかに超えていた。そこから、今度は映画で見たことあるような時限転送装置に乗せられて、また転移。どこかのビルのような建物に転送され、そのビルから一歩外を出れば、目的である魔法世界―――ミットチルダへの到着だった。

「これが……魔法世界か……」

 ビルの自動ドアから外に出た僕は感慨深く呟いた。

 おそらく、月に初めて足を踏み入れた人間は同じような感想を抱いたのだろうな、と勝手に想像した。もっとも、僕が踏んだ大地は、地球とほぼ同じなものではあるが。

「ショウくん、どうしたの?」

「ん、これが、魔法世界かぁ、ってね」

 僕より少しだけ遅れて出てきたなのはちゃんが、物珍しく風景を見ていた僕を見ながら尋ねてきたので、視線を移さず何気なしに答える。僕を見習ってか、彼女も僕と同じように辺りを見渡す。そして、一言ポツリと零す。

「あんまり海鳴と変わらないね」

 がくっ、と体を崩しそうな感想ではあるのだが、的を得ているのだから仕方ない。そこからの風景は、地球とほぼ変わらない。高いビルが乱立し、窓ガラスが太陽の光を反射している。しかし、さすが魔法世界、というべきだろうか、近年問題となっているヒートアイランド現象のような室外機による生ぬるい暑さを感じることはなかった。それどころか、日本の夏のようにじめっとした暑さではなく、からっとした暑さで、不意にそよぐ風が涼しさを感じさせてくれる。ただ、一つだけ大きく変わるとすれば、空だろう。いや、空が青ではなく紫をしているというわけではない。空に見えるのは、青に間違いない。しかしながら、その青の中に浮かぶ衛星の数が地球とは異なった。通常、昼の月ぐらいしか見えないが、魔法世界では、少々異なるようで、十を越える衛星を確認する事ができた。

 ついでに所要時間、わずか一時間で来られたことから考えても、次元転送という技術を知らなければ、目隠しされて近所に車で連れて行かれたといわれても不思議ではないだろう。地球人では初めて次元世界を超えて旅をしたにも関わらず実にあっけない旅路だった。

「さあ、全員揃ったわね」

 入国審査のようなものが全員終わったのだろうか、僕が一番最初だったから気がつけば全員が終わっていたようだ。一番最後にリンディさんと恭也さんが一緒にビルから出てきていた。

 旅行に行くときの着替え等々しかもって来ていないから問題はないだろうと思っていたのだが、恭也さんが税関のようなところで、小太刀が検査に引っかかったようだ。しかし、それ以外は大した問題もなく、無事に到着だ。ちなみに、恭也さんの小太刀はリンディさんとクロノさんの権限で没収されずに済んだらしい。その代わり、テープのようなもので封印されていたが。

 ミッドチルダに到着した僕たちは、まずは、二週間泊まることになる部屋へと移動することになった。僕やなのはちゃん、アリシアちゃんは、ボストンバックのようなもので、母さんや恭也さんは、キャスターバッグを転がしており、どこかに観光に行くにしてもまずは、荷物をどうにかしなければ、という話になったのだ。

 リンディさんとクロノさんの案内で、タクシーのような車に乗り込み、転移されてきたビルから三十分程度、走らせた後だろうか。僕たちを乗せた車は、大きなマンションのような建物の前で止まった。周りよりも一回り大きく、高級マンションであろうことは、容易に想像できた。

「こっちですよ」

 そのマンションの中に何の気概もなく入っていくリンディさんとクロノさん。しかし、心は小市民である僕や母さんは、本当にこんなところに入っていいのだろうか? とビクビクしながらマンションのセキュリティのかかった自動ドアをくぐる。それに比べて、恭也さんやなのはちゃんは、堂々とした立ち振る舞いだ。そして、アリシアちゃんやアルフさんは、おそらく、何も分かっていないのだろう。陽気に僕たちの後を着いてきていた。

 そのままリンディさんとクロノさんに誘導されるように連れて来られたのは、おそらく最上階に近い階の一室だ。その部屋に繋がるドアの前に立つと懐からカードを取り出し、スリットの部分にカードを通すとガチャっという音と共にドアが開く。

「さあ、どうぞ」

 そういって、中へと案内させられる。

「うわぁ……」

 おそらく、僕とアリシアちゃん、アルフさんの声が重なった。マンションに怖気づくこともなかった恭也さんも、これは、と零していた。それほどに、玄関から入ってすぐにあるリビングからみえる風景は、絶景だった。高い場所ということもあるのだろう。ミットチルダという場所が見渡せた。少し遠くには、海さえも見る事ができる。

 もっと近くで見ようと、アリシアちゃんは、窓に近づき、そんな楽しそうなアリシアちゃんを満足そうに微笑みながらアルフさんも後を追っていた。僕は、どうしようかと思ったが、特に近づいて見ることもないか、と思ってとりあえず、荷物を置くことにした。ちなみに、アリシアちゃんの荷物はすでに放られている。

 さて、リビングからの風景に驚いたのも事実だが、驚かせられたことはそれだけではなかった。このマンションの一室の間取りは5LDKらしく、寝室が客室を含めて三室と書斎などが二室あるらしい。今回は滞在が目的なので、寝室しか使わないが、それでも十分だ。そもそも、僕たちは子どもの体格がほとんどなのにキングサイズのベットでは、不釣合いもいいところだろう。

 しかし、こんな部屋を使ってもいいのだろうか? と疑問に思って聞いてみると、なんでも、この部屋は、クロノさんが所属している組織が持っているものだが、普段、クロノさんたちが使っていないため、貸し出してもらえたらしい。使わなければ、宝の持ち腐れで、むしろ、部屋を新しく用意するほうが費用がかかるといわれては、使わないわけにはいかない。

 実家よりも広い部屋に少しだけ戸惑いながらも、僕たちは有り難く、このマンションを使わせてもらうことにした。

 部屋割りは単純だ。蔵元家と高町家に別れることになる。部屋には鍵もついているし、問題ないだろう。適当に僕たちの荷物を寝室に置いた後は、早速だが、出かけることにした。もちろん、観光などではない。二週間とは言えば、自動車学校の免許取得のための合宿並みの期間である。当然、着替えなどは洗濯しなければならない。他にも、もろもろが必要だ。だから、近くのスーパーのようなところを案内してもらえることになったのだ。

 しかしながら、スーパーなどでの買い物に必要なお金はどうしたか、というと、やはりリンディさんから貰っていた。生活費までは、と遠慮したかったのだが、地球と交流がないため、換金ができない。それに僕たちのような管理外世界で魔力を持った人たちを迎え入れる場合は、保護者―――この場合は、管理世界の住人でリンディさん―――に補助費が出るため、むしろ貰ってくれないと困るようだ。ならば、と、遠慮なく使わせてもらうことにした。

 色々と二週間分の生活用品を買い込んだ僕たちは、一度、家に戻り、それから少し早めの夕飯を食べるために街へと繰り出した。さすがに街中は、都会のようでキラキラとしており、人も多かった。そんな街のレストランで少し食事を済ませた後は、クロノさんたちと別れて、家に戻って自由行動だ。アリシアちゃんは、まだ終わっていない宿題をアルフさんと一緒に片付けるようだったし、母さんは、少しゆっくりしたいということで、リビングのソファーでテレビを見るようだ。そして、僕は、なのはちゃんと恭也さんと一緒に魔法の練習のために外に出ていた。もちろん、恭也さんは魔法の練習ではないのだが。

 幸いにしてマンションの近くには、魔法の練習をするにはもってこいの公園があり、そこで二人で魔法の練習をすることにした。

 まずは、なのはちゃんがいつも訓練している動きをお手本として見せてくれるというので、少しはなれたところで、なのはちゃんが魔法を使うところを見ているしかなかったのだが―――。

「はぁ……」

 なのはちゃんが魔法を使う様子をみて僕はそうやって呆けるしかなかった。

 なのはちゃんの周りを飛び回る数えるのが億劫なほどの魔法球―――アクセルシューターという射撃魔法。それらが、スーパーで手に入れていた空き缶を地面に落とさないように次々と弾いていく。それが一つならまだ何とかなるかな? と思うのだが、それが同時に三つ並列でやっているのだ。

 確かにユーノくんから魔法の講義を受けたときも思考を並列に処理するマルチタスクは基本といわれた。例えば、飛行魔法を使いながら、攻撃魔法を使うといった際には必ず必要となるからだ。僕もユーノくんに手ほどきを受けて何とかできるようになっていた。しかし、なのはちゃんのようにはできない。

 元々、僕は、魔法を発動させるということに対して一呼吸必要なのに対して、なのはちゃんは、瞬時に起動させる。確かになのはちゃんにはレイジングハートというデバイスがあるが、それを加味しても、なのはちゃんの魔法の腕は僕の何十歩も先に行っていることは明らかだった。僕と同じ頃に魔法に目覚めたというのに。

 カンカンカンとアクセルシューターが缶を弾く音が公園に広がる。やがて、なのはちゃんは数を数えていたのだろうか。不意にすぅ、と手を上げるとアクセルシュータの動きが変化し、三つの缶を同時に大きく打ち上げると、そのまま強烈なシュートを打つように今までは缶の端っこのほうを打ち上げるようにしか弾いていなかったアクセルシュータが、初めて缶の側面に己をぶつけた。

 射撃魔法による直撃を喰らった缶は、そのまま地面に向かって一直線に叩きつけられるような速度で向かうが、それは、無意味に叩きつけたものではなかった。空き缶が向かう先は、公園の端の方に設置されていたゴミ箱。それが、まるでゴルフのピンのように立っており、空き缶はそこに向けて一直線に向かっていた。

 ガコンという鈍い音が三回、連続で響く。それを確認した瞬間、僕は自然とパチパチパチと拍手をしていた。

『It's perfect practice!!』

 どうやら、レイジングハートからの採点も満点のようだった。レイジングハートと僕からの賞賛に照れたのか、なのはちゃんは、顔を赤くして、えへへへ、と笑っていた。どうやら、彼女からしてみても上手くいった類のものだったようだ。

「なのはちゃん、すごいねっ! 僕にはとてもできそうにないよ」

 素直な感想だ。確かに僕もマルチタスクはできる。魔法を使うための演算も早くなっているだろう。その恩恵なのか、隼人との将棋だっていくつも同時に手が数えられるようになったし、今では積分も暗算でできるようになるという算盤少年も驚きのスペックになりつつあるのだが、それでもなのはちゃんには到底適わないだろう。

 もしも、僕が彼女のようなパフォーマンスができるようになるとすれば、一体何年の間、魔法の技術を研磨しなければならないだろうか。

 だが、僕の賞賛の言葉に照れていたなのはちゃんだったが、僕の言葉を聞いて一瞬で、顔色を変えた。今までの照れているような顔ではなく、不思議と真面目な顔だった。

「そんなことない。ショウくんなら絶対できる」

「そう……かな?」

 僕の問いかけに、なのはちゃんは一瞬も逡巡することなくコクリと頷いた。

 なのはちゃんが何を根拠にそういう風に断言しているのか、僕には分からない。しかしながら、不思議と他人からそういう風にできるといわれると弱気だった自分に活が入れられ、できるようになるから不思議だ。先ほどまでは弱気だったにも関わらず、今は、もうできるかも? と思えるのだから。

「私もがんばって教えるから。ね?」

「うん、そうだね。頑張ってみようかな」

 もしも、なのはちゃんのように魔法を自由に操れたなら、それはきっと面白いことだろうから。なのはちゃんの言うとおりに少しだけ頑張ってみることにした。

 それから、なのはちゃんとレイジングハートの元、数時間ほど魔法の練習をした。何度もなのはちゃんと練習した事があるけれども、今日ほど身になったことはないだろう。最初と比べて自分でも上達したと思えるのは久しぶりだった。それは、最初になのはちゃんのパフォーマンスを見たからなのか、あるいは、魔法の世界に来たことで高揚している気分のためか、僕には分からないことだ。

 しかし、僕が上達したことを自分のことのように喜んでくれているなのはちゃんを見ていると、どちらでもいいか、と思えてしまう。

 さて、魔法の練習も僕が先に疲れ果てて、切り上げることにした。なのはちゃんは少し物足りなさそうだったが、僕が疲れていることを分かってくれたのか、切り上げることに対しては、何も言わなかった。それから、なのはちゃんと話をしながら、あてがわれたマンションに戻ってみれば、玄関でパジャマに着替えたアリシアちゃんが出迎えてくれた。

 僕が学校から家に直帰せず、アリシアちゃんが僕よりも早く家に帰ってきた際は、いつもやられるタックルはここでも健在だった。家なら身構える癖ができていたのだが、場所が変わって気が緩んだのか、まったく予想だにしない一撃にぐふっ、と肺の中の空気が吐き出されたが、かろうじて後ろから入ってくるなのはちゃんに被害がいかないように踏みとどまる事ができた。

「お兄ちゃんっ! 遅いよっ! もうお風呂入っちゃったよ!」

 そんな僕に気づかず、抱きついた形のままアリシアちゃんは顔を上げて、ぷりぷりと怒る。どうやら、あまりに魔法の練習の時間に時間を割きすぎて、今日はアリシアちゃんは既にお風呂に入ってしまったことを怒っているようだ。別にアリシアちゃんと一緒にお風呂に入る約束をしていたわけでもなく、アリシアちゃんの中で勝手に決められたことなのだろうが、それでも彼女は怒るのだ。

 いくらなんでも理不尽すぎると思い、アリシアちゃんに言い聞かせようと思ったのだが、その前に僕とアリシアちゃんの間に割って入る影があった。なのはちゃんだ。僕とアリシアちゃんを引き離すように僕とアリシアちゃんの間に腕を入れて、そのまま引き離す。その力は、男である僕を軽々と動かすほどの力である。まあ、この年代の体のつくりは女の子のほうが早熟だから仕方ないのかな? とは思う。

 僕とアリシアちゃんの間に入ったなのはちゃんは、僕に背を向けており、表情は伺えない。しかし、雰囲気は険悪なものへと変わっていることは容易に感じる事ができたので、慌てて今度は僕が二人の間に割ってはいた。どうも、この二人はあまり相性がよくないらしい。一時は友達になれるかな? と思っていたのだが。

「アリシアちゃん、今日は約束してないよね? だったら、怒るの筋違いじゃないかな?」

 そう言い聞かせると、なんとなく納得してないような風だったが、それでも、ごめんなさい、と言っていた。

 さて、次はなのはちゃんだ。

「僕のために割って入ってくれて、ありがとう。まあ、家でもこんな感じだから気にしないで」

 僕がそういうと、なのはちゃんもどこか納得いかないような雰囲気を纏った笑みで頷いてくれた。

 二人の場を収めるのも一苦労だな、と思いながら、僕は二人を伴ってリビングへと移動する。リビングには、オオカミモードでくつろぐアルフさんとパジャマに着替えてテレビを見ている母さんの姿があった。どうやら、お風呂は母さんと入ったらしい。どうやら、すぐにでもお風呂には入れるらしく、次は僕たちの順番なのだが、どちらが入るかなのはちゃんと話そうと思ったところで、なのはちゃんから爆弾発言が落とされる。

「あ、あの……ショウくんっ!!」

「なに? なのはちゃん」

 彼女は、意を決したような表情をしていた。何かそんなに大切な事があったかな? と考えたが、特になかった。そして、彼女が口を開く。

「い、一緒に入ろうっ!」

 ピキッと間違いなく僕の表情が凍った事がわかった。

 いくらなんでもそれはないだろう、と。しかし、確かに四月のときにアースラの中で、約束したような気もする。なのはちゃんは、どこか期待したような、不安を浮かべたような表情をしていた。僕が今まで女の子と一緒にお風呂に入ったことあるのは、アリシアちゃん、アリサちゃん、すずかちゃんだ。アリシアちゃんは、妹であるため、といういいわけは立つが、アリサちゃんとすずかちゃんはアウトだった。彼女達とは、あくまで友達という関係だからだ。しかも、あの時は家族風呂で他に誰もおらず、アリサちゃんの招待だったから、という名文があった。つまり、何が言いたいか、というと、このときも何かの後押しがあれば、僕はなのはちゃんと一緒にお風呂に入ってしまうだろうということだ。

 そして、その後押しは―――僕からしてみれば、裏切りにも近い発言は、一番近い家族からだった。

「あら、いいじゃない。一緒に入ってきなさいよ」

 ここのお風呂、家よりも広いわよ~、と実に暢気に言ってくれる。もっとも、母さんからしてみれば、僕たちは小学生で、恥ずかしがる理由もないのだろうが。しかも、母さんの発言を受けて、なのはちゃんの表情には喜びの表情が浮かんでおり、今ここで、僕が難色を示せば、彼女はがっかりしてしまうだろう。

 はぁ、仕方ないか、と昔なら頑なに拒否したであろう事項を受け入れることにした。過去二回と最近のアリシアちゃんと一緒にお風呂に入ったことで、このことに関してはハードルが下がったのかもしれない。

「それじゃ、一緒に入ろうか」

 諦めて、僕がそういうとなのはちゃんの表情は、花が咲いたような笑みになり、うん、うん、と何度も頷く。さて、そうと決まれば、準備をしなければ、と思ったところで、不意に袖が引かれた。

「アリシアちゃん?」

 僕の袖を引っ張ったのは、アリシアちゃんだ。袖を引っ張られて、反射的に振り向くとそこには玄関と同じようにふくれっ面をしたアリシアちゃんがいた。今度は何に怒っているというのだろうか。

「ずるい」

「え?」

「なのはだけ、お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ってずるい」

「いや、ずるいといわれても……」

 今日、一緒に入るようになったのは偶然だ。ずるいといわれても仕方ない。さて、どうやって返答しようか、と考えているところで、オオカミモードで床に寝そべっているアルフさんが何気なしに言う。

「だったら、明日は翔太がアリシアと一緒にお風呂に入ればいいじゃないか」

「それだっ!!」

 それだっ! じゃないだろう、と僕は思うのだが、彼女が賛成してしまった今、反対することはできないのだろう。いや、ここで反対しても話がこじれて、最終的には僕が折れることになるのは今までのパターンどおりだ。だから、僕にできることは、がくっ、と肩を落として、さらに肩を落とすことになるお風呂場へ、死刑執行の囚人のように向かうことだけだった。



  ◇  ◇  ◇



 お風呂の時間は意外とあっさりと片付いた。一緒に入るとは言っても、本当に一緒に入るだけだ。僕はあくまで『男女が一緒に入る事が恥ずかしい』のであって、女の子の裸を見て困るからではない。よって、覚悟を決めて入ってしまえば、後は問題ないのだ。

 お風呂に入った僕たちは、明日からの準備をする。僕となのはちゃんは、魔法の講座を受けに行くのだが、アリシアちゃんは病院で検査を受けるようだ。僕となのはちゃんはクロノさんと恭也さんが、アリシアちゃんは、リンディさんと母さんとアルフさんがそれぞれ引率となる。

 明日の準備が終わる頃には、恭也さんも鍛錬から帰ってきており、お風呂に入り、寝る準備が出来ていた。後は寝るだけとなれば、子どもの体力ではほぼ限界だ。現にアリシアちゃんもなのはちゃんも欠伸をかみ殺している。かく言う僕も眠い。子どもの身体は、体力の許容量が少なすぎると感じる。

 眠いのを我慢してもいいことはない。よって、寝ることになった。僕とアリシアちゃんはおんなじ部屋で、なのはちゃんは恭也さんと隣の部屋だ。欠伸をかみ殺して、お互い部屋の前で別れる前になり、おやすみと挨拶しようと思ったとき、不意になのはちゃんの表情が目に入った。

 何か言いたいことを溜め込んだような表情だ。言おうか、言うまいか悩んでいるといっても言い。しかし、このままでは、おやすみと言って別れるだけだろう。さて、何を言いたいのか、と少し考えてみると、先ほどの言動とあわせれば簡単に分かった。

 あのアースラでの約束の一部だ。おそらく、このときの僕は、襲ってくる眠気と戦っていたこともあって、少しだけ呆けていたのだろう。でなければ、素面でこんなことを口に出せないからだ。

「なのはちゃん、一緒に寝る?」

 僕の一言にビクンっ! と肩を震わせて、目を一杯に開いてなのはちゃんは、驚いたような表情をしていた。おそらく、考えていたことを当てられて驚いているのだろう。僕は、そんな彼女に苦笑しながら、続ける。

「ベットも大きいし、僕たち三人ぐらいなら入ると思うよ」

 このときの僕の思考回路は、たぶん、アースラでの約束が思い出され、お風呂に入るという約束も守ったのだから、と考えたのだからだと思う。

「本当に、いいの?」

「うん、いいよ」

 気がつけば、僕はなのはちゃんが恐る恐るという感じで確認してくる態度に対して、逡巡もなく回答していた。僕が快諾した瞬間、彼女の表情は喜色満面になり、快諾した僕としても嬉しい気分になっていた。もっとも、次の日の朝、後悔することになろうとはこのとき、夢にも思っていなかっただろうが。

 そんなことは、このときの僕は露知らず、恭也さんの了解も得た僕らは、用意されていたベットになのはちゃん、僕、アリシアちゃんの順番でベットに入り、おやすみ、という挨拶と共に瞬時に夢の世界へと誘われるのだった。






















 
 

 
後書き
 誰がために鐘はなる 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧