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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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空白期(無印~A's)
  第二十五話 裏 (アリサ、すずか、なのは)




 アリサ・バニングスは、突然、親友である蔵元翔太によってもたらされた話に驚いていた。

 そもそも、アリサは、翔太に今日は何か用事があるのか、聞いて、もしも何もなければ一緒に帰ろうと思ったが、すでに翔太は教室から姿を消していた。もっとも、そのこと自体は別におかしく思う必要はなかった。彼は何か用事があれば、アリサたちに別れの挨拶だけを告げて、その用事へ向かうのだから。今日だって、すでに別れの挨拶は告げていた。だから、今日は何か用事があるのか、と諦めてもう一人の親友である月村すずかと一緒に帰ろうと思ったのが、彼女はそれを拒否した。

「え? どうしてよ? 何か用事があるの?」

「ううん、でも、ショウくん待ってようかな、と思って」

 すずかの返答にあれ? とアリサは思った。塾のときは一緒に帰るが、翔太がふらっ、と放課後に消えることは珍しいことではない。そのときは、もう既に別の場所へと向かっているはずだからだ。つまり、いくら待ったところで、翔太が戻ってくるはずがないのだ。

「待っても無駄じゃない? ショウなら、もうサッカーか、他の子のところにいってるんじゃない?」

 一年生か二年生のときであれば、翔太が他のところに遊びに行くといえば、サッカーがほとんどだったが、最近は、サッカーだけではなく、カードゲームや果ては、他の女の子と遊ぶことも多くなっていた。翔太の親友としては、他の子と遊ぶぐらいなら、自分達と遊べば良いのに、とは思うが、親友だからこそ翔太を束縛したいとは思っていなかった。

 翔太は、自分とは違って、たくさんの友達がいるのだから。それを考えると少しだけ胸が痛くなる。しかし、これでいいのだ。アリサからしてみれば、欲しいのは、たくさんの友人ではなく、二人の誇れる親友なのだから。

 だが、アリサの返答に対してすずかは、きょとんと首をかしげた。

「あれ? ショウくん、今日は誰とも約束してないから用事はないはずだよ」

「……なんで、そんなことすずかが知っているの?」

 翔太に直接聞いたなら分かるが、今日はほぼ一日アリサと一緒にすずかはいたのだ。翔太とも休み時間に話したが、その間に翔太の放課後の予定など話にあがっていなかった。つまり、アリサが聞いてないということは、すずかも知らないはずなのだ。

 しかし、アリサの疑問を聞いたすずかは、少しだけ考えるような仕草をした後、何かに納得したようにふ~ん、と呟いた。

「なによ?」

「別になんでもないよ」

 すずかの呟きの裏に含んだものを感じたアリサは、問いただそうとするが、それをすずかはいつもの柔らかい微笑で受け流していた。そのすずかの表情から、嘘だ、と直感的にアリサは思ったが、もう一度すずかの真意を問いただす前にすずかが身を翻し、教室から出て行こうとしたため、もう一度問いただすことはできなかった。

 先ほどのすずかの態度に不安を覚える。自分が理解できない何かが含まれているような気がして。だが、今はそれを考えている時間はなかった。こうしている間にもすずかは教室の入り口で自分を待っているのだから。たぶん、自分の気のせいだろう、と先ほど感じたものを棚上げして、待ちなさいよっ! と声を上げて、自分の鞄を引っつかんでアリサはすずかの元へと向かった。

 すずかと共に下足場へと向かったアリサは、その場で翔太が来るのを待つことにした。いつもなら、他愛もない話に花を咲かせているところだが、先ほど感じた違和感がどうにも会話を楽しませない。結果、無言のまま、壁に背中を預けた状態で、翔太を待つことになってしまった。

 考えてみれば、最近のすずかは少し前とは態度が異なる。温泉旅行から帰ってきて以来、休日にすずかと翔太が自分抜きで一緒に遊ぶ機会が多くなっているような気がする。週明けの月曜日に会話の中で最初に聞いたときは仲間はずれにされたようで、酷くショックを受けてしまったものだ。

 その後、当然、どうして、自分も誘ってくれなかったのか? とすずかと翔太に詰め寄れば、きょとんとした顔をして、行った場所が図書館だから、と返されるのだから、文句の言いようもない。

 確かに、すずかや翔太たちのように本を読むことを趣味にしていないアリサがあんな本に囲まれた場所に行っても面白くない。それどころか、無数の本に囲まれて楽しそうに読みたい本を選別する二人の邪魔をしてしまうだろう。現に一度、すずかと一緒に図書館に行ったときは、すずかがあれもこれも、と選ぶものだから、いつまで選んでるのよっ! と怒ってしまい、困ったような表情で、すずかに切り上げさせてしまった過去もあるのだから。

 それを考えると、むむむ、と唸ってしまう。確かに仕方ないかもしれない。理屈の上では納得している。しかし、感情が納得できない。すずかと翔太が二人で出かけているのに、自分だけが誘われないなんて、納得できるはずもない。だから、次は、三人でどこかに出かけようと約束して、その場は解散となっていた。

 しかし、その約束はまだ果たされていない。それどころか、先週もすずかは、どうやらまた翔太と一緒に図書館に行ったようである。すずかに言わせれば、読み終わった本を返すため、ということらしい。翔太がそれに加わったのは、誘ってみたところ、翔太も本を読み終わっていたからだ、と。筋は通っている、通っているが、どこか釈然としない。

 隣でどこか、ワクワクしながら嬉しそうに待つ親友が考えている事が、最近分からないアリサだった。

 さて、待つこと十分程度だろうか、すっかり放課後の時間を過ぎてしまった人気のない廊下を職員室のほうから歩いてくる人影が見えた。よくよく確認しなくてもその人影が翔太だということは、直感的に理解できた。

「遅いじゃないっ!」

 すずかの奇妙な態度に対する不安と本当に翔太が来たことへの驚きと苛立ちに思わず声を荒げてしまったのは仕方ないことだろう。もっとも、アリサが声を荒げることは珍しいことではないためか、翔太は、少し驚いたような顔はしたものの、不快な顔一つすることなく、笑って受け流していた。

「あれ? 待っててくれたの?」

 やはり、翔太は誰にも放課後の予定を言っていなかったのだろう。だからこそ、ここで待っていた自分達を不思議そうな表情で見ていた。すずかが待つって言ったから、と答えようとしたアリサだったが、その前にすぅ、と前に出てきたのは、隣にいたはずのすずかだった。

「うん、だって、ショウくん誰とも約束していなかったでしょ? だから、一緒に帰られるかな? って、思ったから」

 割り込むような形で入ってきたすずかは、どこか嬉しそうに翔太に近づく。割り込まれたようで面白くないアリサだったが、どちらにしても答えることは一緒だったため、まあ、いっか、と流すことにした。それよりも、気になるものがアリサの目に入ってきたからだ。

「って、あれ? ショウ、何持ってるのよ?」

 翔太の右手に持っている抱えられたいくつかの小冊子だ。残念ながら、アリサの位置からは小冊子のタイトルは見えることなく、内容までは伺えなかった。それは、ちょっとした好奇心だった。どうせ、明日にでも配られるものを翔太が先に手に入れたとか、そんなものだろう、と。だからこそ、次に何気なく翔太の口からもたらされた答えは、アリサに衝撃を与えた。

「ああ、これ? 編入の手続きのための書類だよ」

 ―――編入?

 最初、アリサは、翔太が言った言葉の意味を理解できなかった。しかし、それも一瞬だ。アリサの優秀な頭脳は次の瞬間には必死に頭を動かしていた。そして、編入という言葉の意味を正しく理解した瞬間、アリサの背中にゾクッと冷たい何かが走った。その正体は、途方もない不安と恐怖だ。

 アリサが望んでいるのは、すずかと翔太とアリサがずっと一緒にいる現実と未来だけだ。そこから、誰かが欠けることなど考えていない。考えたくもない。だが、翔太の一言によって、その考えが誘引された。翔太が目の前から消えてしまうかもしれない未来。手を伸ばしても届かないかもしれない未来。ようやく手に入れた親友が消えてしまう未来。

 今まで考えるまでもなかった未来が、翔太の一言によって現実味を帯びたものをなってしまい、アリサの心の中は、不安と恐怖で一杯になってしまったのだ。

 だからこそ、慌てて、翔太に詰め寄ると思わず肩を掴んでしまった。しかし、それを悪い、と思う暇もなくアリサは慌てて真意を確かめようと問い詰めるような強い口調で言葉を口にしてしまう。

「ちょっと! ショウ、どっかに転校するのっ!?」

「ショウくん、転校するのっ!?」

 アリサの視界には入っていなかったが、それはすずかも一緒だったのかもしれない。アリサと同様に慌てた様子で翔太に詰め寄っていた。

 しかし、そんな二人の心配を余所に翔太は、最初は、どうしてアリサとすずかが驚いているのか分からなかったのか、きょとんと呆けた顔をしていたが、やがて状況を理解したのか、笑いをかみ殺していた。

 ―――こっちは、こんなに不安なのにどうして笑えるのよっ!

「何笑ってるのよっ!」

 翔太が笑っている事が癇に障ったアリサは怒りをぶちまけるように怒鳴る。しかし、そこまでやってようやく分かったのか翔太は、申し訳なさそうな顔をして、ようやく口を開いた。

「ご、ごめん。違うんだ。これは、僕のじゃないんだよ。これは、僕の妹の編入用の書類だよ」

 先ほどからショウの言葉は不可解なものばかりだ、と翔太の言葉を理解したアリサは思った。確かにアリサは、翔太の弟である秋人の存在は知っている。首が座ったから、と家まで見に行った事もあるぐらいだ。しかし、妹の存在は知らない。いったい全体どういうことなんだろう? と翔太と問い詰めてみると、翔太は軽く考えた後で、妙案を思いついたといわんばかりに顔を輝かせて口を開いた。

「ねえ、今から僕の家に来ない?」

 説明もなしにどういうことだろうか? と思ったアリサだったが、説明は行く途中でおこない、実際に見たほうが早いという結論に達したため、アリサとすずかは、翔太の提案どおりに翔太の家に向かうことにした。

 翔太の家へと行く途中、アリサは翔太の口から見知らぬ妹について説明を受けた。しかしながら、いくら親友の翔太の口から利かされているとはいえ、内容は突拍子もないものだ。そこらへんの小説でも読んだほうがいいんじゃないだろうか、と思えるほどだ。しかし、翔太が意味もなく嘘を言うとは思えない。信じられないが、信じるしかないという感じである。

 そして、翔太が言葉が真実だったというのは、翔太の家について、彼の家にお邪魔したときに飛び込んできた少女を見たときに分かった。

 翔太が、ただいま、と口にするとほぼ同時に駆け込んでくる少女。彼女は、そのまま、まるでタックルの練習でもしているかのように翔太に突撃する。少女の姿を見た瞬間、アリサは、その姿に目を奪われた。彼女が可愛いから―――確かに世間一般からしてみれば、彼女は十二分に美少女に分類されるだろうが―――ではない。あまりに似ていたからだ。自分に。

 長い金髪をツインテールにして靡かせながら、黄色人種よりも白い手を伸ばして翔太に抱きつく彼女は、アリサと同じだということを教えるには十分な存在だった。

 そのアリサと同じ少女の名前は、蔵元アリシアというらしい。翔太の背後に隠れるようにして顔をだけを出しながら、彼女は、オドオドとした様子で、どこか頼りなく消え入るような声で自己紹介を行った。その暗い様子がアリサには、気に入らなかった。自分と同じような存在が、そんなに怯えたような、オドオドしているような表情をしている事が。

 ―――その姿が、もしかしたら、歩んでいたかもしれない自分の姿と被ってしまったから。

 だから、その暗さを吹き飛ばすように、アリシアに活を入れるように名乗る。

「ああっ! もうっ! 暗いわねっ! あたしはそういうの嫌いなのっ! あたしは、アリサ・バニングスよ。ショウの親友なんだからっ!」

 アリサは思わず、アリシアを無理矢理、前を向かせたが、それが正しいかどうか分からない。ただ、自分と同じような存在が下を向いて暗い表情をしている事が許せなかったのだ。多少強引でも前を向いたほうがいいはずだ。少なくても下を向いていても、目の前に広がっているかもしれない光には気づかないのだから。

 さて、自己紹介が終わった四人は、そのまま蔵元家へのリビングへと向かう。アリサがこの家に来たのは、初めてではない。もはや数えるのが億劫な程度には来ている。

 リビングでアリサを迎えてくれたのは、相変わらずふわふわした微笑を浮かべている翔太の母親だ。アリサは、翔太の母親の微笑が好きだった。すべてを包んでくれそうで、温かそうで。もちろん、アリサの母親である凛とした表情もカッコイイとも思うが。種類が違う二つの笑みに優劣はつけられそうにない。

 合計六人が座れるテーブルに翔太とアリシアが、すずかとアリサが隣り合って対面に座ると、翔太が編入の話をし、アリシアがそのことをアリシアが喜んでいた。しかしながら、アリサが、同じクラスになれるかどうか分からない、という発言から状況は一変した。してしまった、というべきか。

 先ほどまでは、無邪気に明るかった彼女の表情は、アリサの一言と翔太の肯定の一言の後にずぅん、と落ち込んだ表情で、ぶつぶつと呟くような小さな暗く重い声で言う。

「そんな………お兄ちゃんと一緒じゃないと意味がないのに………お兄ちゃんと一緒じゃなきゃ……」

 沈みきった重い声は、アリサの背筋をゾクッと凍らせるには十分な声だった。なぜなら、アリサには、アリシアが抱えている不安が理解できるから。アリサは、いつだって、テストが終わった後にはちらっ、とその考えが脳裏をよぎってしまう。

 万が一にでも解答欄がずれていたら、計算ミスをしていたら、他のみんなが自分よりもいい点数を取っていたら、何らかの要因によって自分の成績が下がってしまったら。それは翔太とすずかと別のクラスになることを意味している。そして、翔太とすずかと離れてしまったら、自分はきっと一人になってしまうだろう。翔太やすずかのような自分を受け入れてくれる稀有な友人が隣のクラスにも偶然にもいるなんて都合がよすぎる。

 だからこそ、アリサは点数が落ちないように必死に頑張っているのだが。

 だから、アリサはアリシアの不安が分かったし、自分と同じような存在である以上、力になってあげたいとも思った。よって、アリサがその言葉を口にしたのは無意識でもあり、必然でもあるのだろう。

「よしっ! そんなにショウと同じクラスになりたいなら、あたしが勉強を教えてあげるわっ!」

 翔太の妹であるというのであれば、アリサにとっても他人事ではない。なにより、自分と同じような容姿をしているアリシアが不安そうにしているのだ。どうしても自分と被ってしまい、それじゃ、頑張って、と放っておくことなんてできるはずもない。

 それに、アリサの提案にすずかも賛成したのだ。おそらく、明日からは、アリサとすずかでアリシアを鍛える日々が始まるだろう。場所はもちろん、蔵元家であるはずだ。ならば、そこに翔太がいることも間違いではないだろう。ならば、翔太とアリサ、すずかの三人が同じ場所にいる時間も増えるはずだ。一緒にいる時間が増えれば、きっと心の隅で感じている不安も違和感もきっと払拭して、楽しいものにしてくるはずだ。

 アリシアにどうやって、勉強を教えようか、と話し合っている中、アリサは明日からの勉強会に胸を躍らせるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 月村すずかは、今の自分の感情をもてあましていた。

 姉の忍の助言によって自らの気持ちを自覚したのはいい。だが、しかしながら、そこからどうやって動いて良いのか分からなかった。姉は、『恋は戦争だ』なんていっていたが、アリサと殴りあうなんて訳にはいかない。そんなことをすれば、恋なんて感情は木っ端微塵に消し飛んでしまうだろう。

 分からないならば、聞けばいい。確かにすずかは、己の持つ血のせいで他人と積極的に交流しようとは思わなかったため、友人はそれでこそ、翔太とアリサぐらいしかいないが、恋に関しては、友人よりも頼りになる存在がいる。最近、恭也と交際を始めた忍だ。いわば、彼女は戦争の勝者なのだ。ならば、どうすればいいのかなんて、簡単に分かるだろう。

 そう軽く考えて、忍にどうすればいいのか、聞いたすずかは、少しだけそのことを後悔した。

 確かに忍の話はすずかにとって必要ないろはが揃っているだろう。しかし、間に入る忍の彼氏である恭也の自慢話というか、彼がいかにカッコイイのかということを語る時間をもう少しだけ短くしてくれれば、すずかにとってすべてが有意義な時間になっただろう。ちなみに、忍の話の後、疲れた様子を見せていたら、ファリンが、忍の話は惚気話というらしい。

 忍の話の中で惚気話は、すずかから多大な体力を奪っていたが、それでも得られたものは少なくない。少なくとも、どうやって恋というものを戦い抜けばいいのかぐらいは、分かった。

 まず、大事なことは二人の時間を増やすことだ。忍はデートと言っていたが、その定義は実に難しい。男女の二人で遊びに行くことと定義する人もいれば、恋仲の男女が行くこととも定義する人もいる。どうやら曖昧なものらしい。しかし、そこは、恋する乙女であるすずかだ。せめて自分ぐらいは、と少なくともすずかはデートのつもりで翔太を図書館へと二人だけで連れ出した。

 すずかが図書館をデート場所に選んだのには、理由がある。前々から翔太と一緒に図書館に行きたかったというのはうそではない。しかし、それ以上の理由としては、アリサだ。他の場所、例えば商店街へのウインドウショッピングなどを選択すれば、きっとアリサが勘ぐってくるだろう。どうして、自分を誘わなかったのか、と。翔太とアリサがキスをするような仲であれば、当然だ。

 しかしながら、図書館であれば、その構図は少しだけ変わる。少なくとも図書館の中では、静かにというのが不文律だ。だが、アリサはそんなに静かにしているような性質ではない。長時間、図書館の静寂には耐えられないだろう。これが、翔太とすずかとなれば、話は異なる。翔太もすずかも本を読むのは半ば趣味のようなものだ。いくらでも時間は潰せる。場所が図書館というだけでアリサを誘わない理由としては十分なのだ。だからこそ、すずかは翔太とのデートには図書館を選んだ。

 翔太との図書館は、すずかが思い描いていたものよりもずっと素敵なものだった。

 自分がお勧めの本を翔太に勧め、翔太もお勧めの本をすずかに勧める。お互いに読んだ本があれば、この本は面白かった。あのシーンが面白かった。タイトルだけで選んでみたら、面白くなかった、など話題に尽きることはない。しかも、先ほど述べたように図書館では静かにが不文律だ。自然と声は小声になるため、お互いに顔を寄せて話すことになる。それは、少しだけ動けば、あの日の夜のアリサと翔太と同じように唇が重なるような距離。ドキドキしない方がおかしかった。ただ、翔太が平然としていたのが、気にいらなかったが。

 すずかが、翔太への恋心を自覚して、少しだけ翔太の印象が変わった。彼がすずかに向かって笑ってくれると嬉しいし、もっと、その笑顔を見てみたいと思う。温泉で貰ったアクセサリーをつけていて、可愛いよ、といわれたときは、どきんと心臓が跳ねたのではないか、というほどにドキドキしたし、彼の一挙一動が気になって仕方ない。

 すずかは、恋という感情に底なし沼のようにずぶずぶと沈んでいくのを自覚しながらも、それを心地よいとも感じていた。

 しかしながら、恋心は、そんな嬉しい感情だけをすずかに与えてはくれなかった。

 前までは、翔太がどんな女の子と話していようとも、気にならなかったが、今はではいちいち気になるようになっていた。クラスメイトの女の子と嬉しそうに歓談しているだけで、ムカッ、としてしまうのだ。そんな子と話さないで自分ともっと話して欲しいと思ってしまう。

 もちろん、そんなことをすれば、翔太から嫌われることは目に見えているので、ぐっと我慢しているが、我慢すればするほど、心の中で今のすずかには分からない何かが溜まっていくような気がするのだ。もっとも、それは、翔太と二人だけで話をすれば綺麗さっぱり消えてしまうのだが。

 それは、たとえ、相手がアリサでも同じようになってしまう。いや、翔太とアリサの関係を知っているだけに、クラスメイトの有象無象の女の子とは不安は比べ物にならないが。しかし、それを表には出さない。出せない。少なくとも、アリサはすずかにとって得がたい友人であることは間違いないのだから。

 さて、そんな日々を送っているすずかは、現在、翔太を下足場で待っていた。今日は、翔太が誰とも約束していない事が分かっていたからだ。

 しかし、隣で少しだけ苛立っている様子が伺えるアリサが気になった。翔太が用事がないことをどうして知っているのか? と尋ねてきたアリサだが、そんなものは、少しだけ翔太の様子を伺っていれば分かることである。

 誰かと用事がある場合、翔太はその用事がある相手と一緒に外に出る。男の子であれば、サッカーである事が大半だし、女の子と一緒であれば、そのグループの中の誰かの家にお邪魔したりするのだろう。時には、教室に残っていつまでも女の子と話していることもある。

 だが、今日に限っては、翔太は一人で外へと出た。一ヶ月前までなら、隣のクラスの高町なのはと会うのだろうか、と思っていたが、あれから高町なのはとは一週間に一回ほどの頻度で会っているが、それは決められた曜日であり、それは今日ではなかった。もしも、何かしらの用事があるとすれば、誰かに言付けていくだけに翔太の用事は職員室かどこかで、一人であることは容易に想像できることである。

 そんなことにアリサが気づいていないとは思えない。自分でさえ、翔太の様子が気になって仕方なく、授業中でも気を抜けば、翔太のほうを見ている事があるのだ。すずかと同じ感情を抱いているであろうアリサが気にならないわけがないと思っていたが、違うのだろうか。

 もしかしたら、姉の言っていたことが本当かもしれない、とすずかは思った。姉の忍が語ったのは、あの恋心を自覚した次の日だっただろうか。アリサと翔太の二人が恋仲かもしれない、と姉に伝えたときの言葉だ。

「もしかしたら、あの二人、『恋愛ごっこ』かもしれないわよ」

「『恋愛ごっこ』?」

「そう、いくらあの二人が、子どもとは思えないほどに頭がよくてもまだ三年生だもの。恋を考えられるとは思わないわ。まあ、私達は、心身の早熟が早いから、ちょっと早いとは思うけど、すずかのことは間違いじゃないとは思うけど。で、話を戻すと、もしかしたら、恋愛というよりも、恋愛ごっこみたいな軽いものかもしれないわね」

 それだけを言うと、忍は、

「だとしたら、あなたにもまだまだ勝ち目はあるわよ」

 と茶目っ気たっぷりに言ってくれたものだ。

 もしかしたら、とは思うことはあっても、それをあまり本気にはしていなかった。本気にして、実は自分と似たように本当に恋愛について考えられていたら、目も当てられないからだ。少なくとも、アリサと翔太に関して言えば、自分と同じく規格外かもしれない、という考えは到底捨てられなかった。

 しかし、自分の恋心を自覚して、今のアリサの発言を聞いたすずかは、忍の言葉もあながち嘘ではないかもしれない、と思うようになっていた。いや、そうであってほしいと願っているのかもしれない。もっとも、断定するには、まだまだ、情報が足りないことも事実ではあるのだが。少なくとも希望は持てるようだ、とすずかは思った。

 さて、もしかしたら、翔太が転校するかもしれない、なんていう背筋が凍るような誤解によるハプニングはあったものの、翔太には妹がいる、という爆弾発言を受けて、蔵元家へと足を運んでいた。

 道すがら、翔太から妹発言の真意を説明してもらうが、なるほど、聞けば聞くほど、どこかの小説にでもなっていそうな物語だ。ヒロインは翔太の妹で、主人公は、翔太だろうか。小説であれば、そこから家族愛をテーマにした話に広がっていくも良し、義理の妹と兄が恋に落ちていく話に転がって行くも良しである。

 自らの恋心を自覚してからは、恋愛小説に嵌っているすずかからしてみれば、後者の物語を読みたいとも思うが、主人公が翔太でヒロインが妹では、なんとなく腹が立つ。もっとも、それは自らの想像であり、いくら腹を立てたところで意味のないものではあるのだが。

 そんな説明を受けているうちに、蔵元家へと到着した一行。いったい、いつ翔太の新しい妹とは会えるのだろうか、と思っていたが、翔太の妹との対面は意外と早かった。というよりも、到着してすぐだった。

 ただいま、と告げた翔太に突撃してくる一つの塊。その塊は翔太に抱きつくように飛びつく。最初は動いていたため分からなかったが、動きが止まれば、翔太をお兄ちゃんと呼ぶ人物の詳細が分かった。翔太の妹―――彼女の容姿は、すずかが想像してものとは、まったく違っていた。

 そう、翔太が妹というものだから、すずかは自然と極一般的な日本人の妹を想像していたのだ。だが、彼女の容姿はどちらかというとアリサのような白人に近い。しかも、夜の一族の血を色濃く継いでいるはずの自分の容姿に負けず劣らずの容姿だ。

 彼女の義理の妹と容姿に対してすずかの中の恋心が警鐘を鳴らす。彼女のような存在が、四六時中、妹として一緒にいるのだ。乙女としては警戒しないほうが無理だといえる。しかしながら、ここで敵愾心丸出しというのは、翔太の心証にいいとは到底思えない。何より、すずかとアリサを認識して、雨の中捨てられた子犬のように震える彼女―――蔵元アリシアに真正面から敵愾心丸出しで相対しようとは到底思えない。

 だから、怯えているような彼女を安心させるように優しい声で、しかし、どこか釘を刺すような言葉ですずかは声をかけた。

「アリシアちゃん……でいいかな? 私は、月村すずかよ。ショウくん―――あなたのお兄さんの友達よ」

 ここでアリシアと仲良くなることはメリットこそあれ、デメリットはない。むしろ、仲良くできないほうが問題だ。翔太が陰口を叩くとは思えないが、それでもアリシアが、もしもすずかのことを嫌って、それを翔太に言えば、すずかの印象は多少とはいえ、悪くなってしまうだろう。だから、すずかは、敵愾心はありませんよ、優しい声と微笑をアリシアに向けた。

 それに多少の効果はあったのだろう。アリシアは、まだ様子を伺うようだったが、それでもコクリと頷いてくれた。まだまだ、彼女の心を許してくれるような距離ではないようだが、少なくともその切っ掛けはつかめたと思うべきだろう。

 その後、アリサも多少乱暴な態度だったが、自己紹介を済ませ、全員で蔵元家のリビングへと向かう。まだ、アリシアは警戒心を解いていないのか、翔太に抱きつくような格好だ。いい加減にしろ、とは思うが、それを表には出せない。何せ翔太からみれば、アリシアは妹なのだから。少なくとも態度では、彼女を女の子として意識しているような仕草は見えなかった。それに少しだけ安心し、すずかは、リビングのテーブルに座る。

 翔太の母親に挨拶を交わし、しばし歓談のときという感じで、その話の中でアリシアの編入の話が出た。その話の中で、アリシアは、翔太と同じ教室になれることを望んでいるようだが、それは現実的ではない。普通の学校なら、可能性はあっただろうが、聖祥大付属小学校は、完全な成績順だからだ。

 しかし、アリシアは翔太と同じクラスになれない事がよほどショックだったのか、暗い声で俯いてしまう。その様子を見て、すずかは慌てて、フォローに回った。

「で、でも、クラスは、成績順だから、アリシアちゃんの編入試験の成績によっては、同じクラスになれるよ」

 しかし、そのフォローはあまり効果がなかったようだ。当然といえば、当然の話だ。翔太が所属しているのは、第一学級。三年生の中でもトップ三十人が集うクラスだ。そこに先日まで記憶喪失だった少女が入れるか、といわれれば、甚だ厳しいといわざるを得ないだろう。もしも、彼女が日本人で、言葉や文字が完璧なら話はことなるだろうが。

 さて、どうやってフォローしたものか、と思っていると突然、アリサが声を上げた。

「よしっ! そんなにショウと同じクラスになりたいなら、あたしが勉強を教えてあげるわっ!」

 アリサがどのような意図をもって、それを提案したのか分からないが、少なくともすずかにとって、それは良い考えであるように思えた。

 正直に言ってしまえば、アリシアが編入試験で、どのような成績になり、どのクラスに編入されようともあまり興味はない。確かに彼女の沈んだ表情を見ると可哀そうとは思うが、まさか試験を代わりに受けるなんてことができるはずもない。せいぜい、できるのは応援ぐらいだと思っていた。

 すずかが、アリサの考えを良いと思ったのは、その理由があれば、毎日、蔵元家へ来ても問題がなくなるからだ。いくら、すずかが翔太と友人とはいえ、簡単に家にお邪魔することはできない。しかし、この大義名分があれば、時間ができたときに翔太の家に来ても問題がなくなるのだ。ついでに、これで第一学級に編入できれば、翔太とアリシアの印象もよくなるに違いない。翔太の妹の印象というファクターがどのような影響を与えるか分からないが、少なくとも嫌われているよりも、いい印象をもたれたほうが、メリットは大きい。だから、すずかもアリサの考えに賛同するような声を上げていた。

「だったら、私もお手伝いしようかな」

 翔太の家に来る事ができるということは、翔太と一緒の時間が増えるということだ。それはすずかにとって願ってもないことであり、嬉しいことでもある。単なるクラスメイトでは、一緒にいられないような時間に翔太と一緒にいる事ができるのは、どこか一種の優越感を感じる事ができて、すずかは明日から日々が楽しみになるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 高町なのはは、勉強の息抜き、とばかりに解いたばかりの問題集を閉じて、レイジングハートを片手に翔太につけているウォッチャーを起動させて、驚きのあまり、言葉を失った。

「……どう、して?」

 呆然となったなのはの口から出てくるのは疑問の声。

 なのはがウォッチャーを介して見たのは、なのはが黒い敵と呼ぶ忌々しくも翔太の妹という羨ましい地位に納まったフェイト―――もとい、アリシアと翔太の親友を自称している許しがたいアリサ、そして、翔太の血を吸うバケモノのくせにいけしゃあしゃあと翔太の隣に寄り添うすずかが、一つのテーブルを囲んで勉強している様子だった。

 アリシアが悩んでいるのか、すずかが隣で助言を行い、アリサは、どうしてわからないのよ~っ! とでも叫んでいるのだろうか、激昂しているように片手を振り上げている。その様子を自分も宿題なのだろうか、ノートを広げながら、苦笑と共に見守っている翔太の姿が映し出されていた。

 翔太と誰かが映っているだけなら、なのはここまで呆けることはなかっただろう。なぜなら、翔太の周りは、人で囲まれているから。なのはにとって、翔太がそうであることは当たり前のことだし、翔太ほどのいい子が人気者ではないはずがないので、それは許容範囲内だ。

 だが、だが、しかし、目の前の映像は、予想外だった。翔太と一緒の家に住んでいるだけでも、羨ましいと思えるのに、それどころか、アリシアは、翔太の親友を自称する女とバケモノの女とはいえ、まるで友達のように囲まれている。

 それは、間違いなく、なのはが小学校に入学する前に描いていた、二年前に諦める前まで描いていた絵と同じようなものだった。友達に囲まれて、楽しそうに笑いながら、時に泣いてもいい、それでも、友人と呼べる人たちと囲まれて何かをする。なのはが思い描きながらも実現できなかった絵だった。

 ―――あいつは敵なのにっ! 敵のくせにっ!!

 悔しさのあまり、血が出そうなほどに唇をかみ締める。なのは気づいていないかもしれないが、左手にもまるで、悔しさを耐えるかのように強い力が篭っていた。その目の前の光景に目を離せずいたなのはだったが、不意にバキッという音共に左手に鋭い痛みを感じる。

「あ……」

 あまりに強い力が篭りすぎたのだろうか、なのはの左手に握られたシャープペンシルは、握っているところから粉々になっていた。粉々になった際に鋭い破片で切ってしまったのだろうか、手の平にはいくつか小さく裂けた場所があり、そこから血が少しだけ流れていた。

 ―――どうして、私は……。

 思わず涙が流れそうになった。

 確かに、自分は蔵元翔太のようにいい子にはなれなかったかもしれない。だから、二年前のあの日にすべてを諦めた。今も翔太以外のすべてを諦めている。なのはにとっての友人は翔太だけで、なのはが憧れて、彼のようになりたいと願い、なれなかった彼だけが友人である事が奇跡なのだから。これ以上望むことは間違っている。

 今のなのはの心の中は、不安と悔しさと悲しさでささくれていた。なのはの心はギリギリだ。確かに翔太という安息を得てはいたが、ジュエルシード事件のときと比べると逢瀬の時間は短い。せいぜい、週に一回から二回の魔法の練習ぐらいだ。それ以外は、なのはは、魔法と勉強の時間に費やしていた。

 簡単に言うと翔太分が足りないのだ。あの翔太の隣にいるだけで、翔太と話しているだけで、得られる安息の時間が、心休まる時間が、心が満ち足りる時間が圧倒的に足りないのだ。それは、ジュエルシード事件を通して、翔太とほぼ四六時中一緒という時間を経験してしまったがためなのかもしれない。

 なのはは、片手に握っていたレイジングハートをいつもの定位置である桃色のハンカチの上に戻し、自然と自分の筆箱から一つの半分ほど使われた使いかけの消しゴムを取り出す。

「ショウくん……」

 その消しゴムを胸に抱く。この消しゴムは、翔太がなのはに勉強を教えるために来たときに、忘れていったものだ。それをなのはが、自分のものにして、自分の筆箱のなかに入れているのだ。もちろん、次の日に忘れていなかったか、と尋ねてきた翔太には、新品のものを渡している。最初は、渋っていたが、いいから、と無理矢理渡したのだ。それを翔太が使っていることをなのはは、ウォッチャーで確認済みである。自分がプレゼントしたものを大切に使ってくれているようで、それだけでなのはは嬉しくなる。

 なのはは、消しゴムを胸に抱いて、翔太があの指を這わせて使ったであろうことを想像して、少しでも、あの翔太の隣にいるときの空気を得ようとする。翔太が使っていたものが、今は自分の中にある。それだけで、少しでもあの空気を感じたいのだ。もちろん、本物に比べれば、微々たるものだが、今の光景を見せられたなのはの心のささくれた部分を治すには少しでもあの翔太分が必要だった。

 どのくらい、そうしていただろうか、目を瞑っていたなのはは、不意に目を開けて、「よしっ!」と気合を入れなおした。本当なら、いつまでも翔太が使っていた消しゴムを抱いていたかったが、消しゴムを使って翔太を感じれば、感じるほど、消しゴムに残った翔太の香りが減るような気がして、あまり多用はしたくないのだ。

 机の引き出しから、新しいシャープペンシルを取り出したなのはは、いつの間にか血が止まっている左手でシャープペンシルを握りなおし、再び宿題となっている問題集に目を落とす。来年こそ、来年こそは、ショウくんと一緒のクラスになるっ! となのはにとっては、大きな希望を抱きながら。

 その様子を、やはり机の隅にある桃色のハンカチの上からレイジングハートだけが見守っていた。



 
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