相良絵梨の聖杯戦争報告書
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横田基地サーヴァント防衛戦 その6
仕事を始めるにしても、我々が駆けだすのは最後。
事件は現場で起こっているのてはない。会議室で起こっているのだ。
若宮さんは携帯を取り出して部屋の隅へ、村田警視と封鎖線の打ち合わせだろう。
アンジェラも別の電話で、米国大使館かワシントンのCIA本部か。
ケイン大佐は副官を呼びつけて基地内の防衛、つまりこの中に居るだろう使い魔の排除の為に兵士を集めようとしていた。
化野さんも携帯を手から離さない。
私?
私は高尾山周辺の地図を眺めながら、これからの調整に頭を悩ませていた。
要するに、お役所仕事である。畜生。
世界を救う勇者一行だろうが、軍隊だろうが、組織が動けばその前に電話と書類が飛び交う。
とても世知辛い。
「大佐」
その中で最初に声を上げたのはアンジェラだった。
電話を切ったばかりらしく、いつもの営業用笑顔は消えている。
「魔術対応班について確認があります」
ケイン大佐が副官へ渡しかけていた書類から顔を上げる。
多分その集めようとしていた兵士が魔術対応班なのだろう。
互いの声がとても冷たい。
「何だ?」
「高尾へ何名出すおつもりです?」
「十二」
「多すぎます。
こちらの防衛にもっと割くべきかと」
私の心の中で、カーン! とゴングが鳴った気がした。
やる事は決まって走っていても、官僚と言う生き物は職域侵犯を蛇蝎のごとく嫌うからだ。
アンジェラの声にケイン大佐の眉が動いた。
「六名で十分です」
「判断するのは私だ」
「暫定的には」
うわぁ。短い言葉なのに空気が痛い。
若宮さんも電話しながらちらっとこちらを見る。
化野さんは見ないというか、見えているのに見ない。大人だ。
そして私は口を挟まざるを得ない。
「暫・定・的にはですか?
この場の調整者かつ、実務者として説明を求めます」
薄々察してはいるが、発言はそのまま公的証言になるから言わせないと駄目なのだ。
アンジェラが私を見ずに、出来る限り責任をかぶらないしゃべり方で説明を行う。
「この件は、軍ではなくCIAが主導していました。
そちらの業界用語で魔術使いの皆様を雇い、召喚実験をこの基地で行うために軍の身分まで与えて実験をした結果が……」
「ぉぅ……」
思わず天井を仰いだ私を誰も咎めなかった。
米軍基地で何かする以上軍人という身分はあると説明が楽である。
ついでに何かやらかしても『軍人がやらかした』という責任逃れもできると。
問題は、その『やらかした』のやらかした結果だ。
「六人の犠牲者の中に指揮官が入っていた。
そして、横田基地に非常事態が宣言され、負傷者の身元をチェックしたら誰も在日米軍の兵士ではない。
この時点で既に怒り心頭なんだが、あわててワシントン経由の命令書を持って赤坂の米国大使館から彼女がやって来た。
ここから先は言う必要があるかね?」
聞きたくないが、どうせこの会議室の会話も録音されているのだろう。
だからこそ、きっちりと言わせないと政治的に、特にケイン大佐の為にもよくないので私は容赦なく確認を取る。
「頭なしの部隊が居たのは理解しました。
それがどうして大佐が指揮をする事に?」
「私は前の任地がイラクのバクダッドでね。
部隊が本国で再編され、その間の休暇という事で大使館付武官として赴任する予定だった。
で、この騒ぎだ。
お嬢さん。軍隊というのは頭がいないととても脆い物なのだよ。
この幽霊部隊はスパイではない。CIAが何かしたみたいだが書類上は米軍部隊なのだ。
ならば、誰かが指揮と責任を取らなければ、彼らはどうなる?」
「だからといって、大佐が手を上げる必要は……」
私の言葉をケイン大佐は圧倒的な経験で押しとどめる。
黙らざるを得ない、戦争体験者としての経験で。
「お嬢さん。
バクダッドではそうやって責任逃れを誰かがすると、確実に人が死んだんだよ」
と。
何も言えなくなった。
正論だからではない。
いや、正論ではあるのだが、この人はそれを本当にイラクで見てきたのだ。
誰の仕事なのか。
誰が許可を出すのか。
誰が責任を取るのか。
それを会議室で決めている間にも、現場では人が死ぬ。
だから、自分がやる。
実に軍人らしい。
そして、多分CIAには一番嫌われるやり方だ。
案の定、アンジェラが口を開いた。
「……大佐が暫定的に指揮を執ることには、私も異論はありません。
ただし、それと、この部隊の所属は別問題です」
ケイン大佐の顔から先ほどまでの険しさが消え、代わりにもっと面倒そうな顔になった。
対立したいわけではないが、対立せざるえない摩擦点。
「またそれか」
「重要ですので」
「指揮官が死んだ部隊を放置するなと言い、指揮を執ったら返せと言う」
「指揮を執るなとは言っていません」
「では何が不満だ?」
「彼らを通常の軍事戦力として扱われることです」
「戦う人間だろう」
「それだけではありません」
アンジェラが初めてこちらを向いた。
この場の人間だけでなく、再生後にワシントンのお偉方に聞かせるために。
「彼らはアセットです」
その言葉に、ケイン大佐の眉が僅かに動いて否定する。
摩擦点のここが発火点。
「人間だ」
「ええ」
「なら、そう呼ぶな」
「CIAではそう呼びます」
互いに一歩も引かない。
ただ、先ほどまでと違う。
今度は感情のぶつけ合いではなく、職業観の違いだった。
アンジェラが続ける。
「彼らは魔術を使える兵士ではありません。
魔術師社会への接点を持ち、独自の人脈を持ち、特殊な知識を持ち、通常では接触できない人間へアクセスできる。その全てを含めて価値があります」
「だから使うなと?」
「使い潰すなと言っています」
「使い潰す気はない」
「高尾山へ十二人全員連れて行くつもりだったではありませんか」
「サーヴァントとは戦わせん」
「現場で区別できる保証は?」
「だから私が指揮する」
「そして、その判断で全滅したら?」
一瞬、空気が止まる。
アンジェラ自身も言い過ぎたと思ったらしい。
即座に謝罪の言葉を口に居る。
「……失礼しました」
「いや、君の言いたいことは分かる」
ケイン大佐が首を振る。
摩擦はすれども協力関係は崩すつもりはない。
だからこその事前確認と事後確認。
「私も十二人全員を死なせたい訳ではない」
「なら」
「だが、今この基地の中にも使い魔がいる」
「……」
「高尾へ回す戦力と、横田に残す戦力を両方確保する必要がある」
なるほど。
この人も別に部隊を抱え込みたいのではない。
ただ、今使える駒を全部把握して、配置したいだけなのだ。
「作戦終了後は、彼らはCIA側へ戻します」
「それは君が決めることではない」
アンジェラの確認に、ケイン大佐の返事は即答する。
いつの間にか顔に諦めの色が乗っていた。
「本来CIA主導で作った部隊です」
「本来はな」
「何が言いたいのです?」
「今頃ワシントンで、君らと国防総省が取り合っているんじゃないのか?」
アンジェラが黙ったという事は否定しないという訳で……うわぁ。
という事は、本当にワシントンでは始まっているのだろう。
ケイン大佐が続ける。
「この件はもう現場の話ではない。
六人死んだ。サーヴァントとやらが存在する。魔術師がそれを召喚できる可能性まである」
「……ええ」
「なら、次に出る話は決まっている」
大佐がシンプルに指を一本立てる。
私とアンジェラだけでなく、ルヴィアさんと化野さんまでその指を見てしまう。
「誰が管理する?」
あまりにも今、聞きたくない嫌な言葉だった。
そして、この後呪いのように付きまとう事になる。
「CIAか」
アンジェラが顔を強張らせる。
「国防総省か」
ケイン大佐は自身に指を向けるが、ジョークとして流すには重すぎる。
「あるいは新しい組織を作るか」
私とルヴィアさんは化野さんを見ると電話しながら聞いていたらしく、ものすごく嫌そうな顔をしている。
そりゃそうだ。
魔術協会にとっては、米国政府内部で『魔術戦力をどこの役所が持つか』という議論が始まった事になる。
アンジェラが言わざるを得ない。
「CIAとしては、軍の常設部隊にすることには反対です」
「理由は?」
「魔術師は兵器ではないからです」
「その割にCIAは実験までしていたようだが」
「だから失敗したのです」
自分の口から失敗を言わざるを得ない。
録音されているだろうから、アンジェラさんの経歴にこれは傷として残るのだろうが、それでも言った事で誰かが評価する。少なくとも私はこの人を信頼できると思った。
「彼らの価値は戦闘力だけではありません。むしろ、戦闘力だけで見れば中途半端です。
ですが、魔術師社会で仕事ができる。それが重要です」
「つまりアセットか」
「はい」
「気に入らんな、その言葉」
「私は便利だと思っています」
アンジェラが少しだけ笑う。
己の発言が責任問題になるのを自覚したからか少しやけ気味になっていた。
「たとえば獅子劫界離。
彼を軍に入れたいですか?」
「私はそう思わんでもない」
ケイン大佐の発言を受けてアンジェラは言い切る。
「私は反対です」
「理由は?」
「彼は部隊員にするより、外に置いた方が価値が高い」
「強いのだろう?」
「だからです」
「もう少し分かる言葉で説明してくれ」
「次も電話に出てもらえる関係を作る方が重要です。
そして、彼を軍と言う鎖で繋ぐ代償を我々は用意できないし、そもそも魔術を我々は知らない」
ここまで言われて、ケイン大佐が黙り納得する。
頭に浮かんだのは、イラクでも活躍していた民間軍事会社あたりか。
一昔前の言葉なら傭兵ともいう。
「なるほど……面倒な男だな」
「ええ」
「君らの仕事も」
「情報機関ですから」
仲が悪いのか、良いのか分からなくなってきた。
だから私が話を戻さざるを得ない。
「で、優先順位を決めましょう。
まずは、基地内部の使い魔の掃討。
次に高雄山です。
基地内部の掃討に何人動かします?」
「十」
ケイン大佐。
「八」
アンジェラ。
「十」
「八」
「九」
「……九で」
決まった。
市場の値切り交渉みたいに。
「九人を基地内部の掃討に。
残り三人は?」
「予備だ」
私の確認にケイン大佐が即答する。
「高尾へ出すかどうかは、基地内の安全を確保してから決める」
「異論ありません」
アンジェラも頷いて、ようやく一つ決まった。
そこで若宮さんが電話を切って戻ってくる。
「高尾山周辺の封鎖について、村田警視と詰めています。
警視庁側としては四、五日程度なら継続可能との事です」
「理由は?」
「凶悪犯が山中へ逃げ込んだ疑いあり。
それで押します」
「通るんですか?」
「通します」
強い。
米国がここまで踏み込んだ以上、日本側が芋を引く訳にもいかず。
だからこそ、若宮さんからこんな言葉が出る。
「ところで、一つ確認したいのですが、大佐は本来大使館付武官として赴任予定だったのですよね?」
「そうだが?」
「今回の一件で、その予定に影響は?」
「知らん。そこまで考えている暇はない」
そりゃそうだけれどもと、私は若宮さんを見てアイコンタクト。
若宮さんも私を見てウインク。
多分、同じ事を考えたのだろう。
「……若宮さん」
「ええ」
「これ、まずくないですか?」
「何がだ?」
ケイン大佐が聞いてくるので、意図的に若宮さんが官僚答弁で言う。
多分気づかないし気づく気もないが、言う相手はワシントンのお偉方に向けてだ。
「大佐です」
「私?」
「CIA主導の秘密部隊が召喚実験を失敗。
六人死亡。
指揮官死亡。
そこへ、たまたま横田にいた大佐が指揮を引き継いだ。
事件が終わった後、一番責任を押しつけやすい人ですよね?」
アンジェラの顔が硬くなる。
彼女は理解しているからこそ、同じような答弁で応戦せざるを得ない。
「若宮内閣情報調査室分析官。
CIAが大佐へ責任を押し付けると言っているので?」
「言ってませんが、
どこかの赤絨毯の人たちがそう考えない保証もないと思いますが?」
返事がない。
答え合わせ終了。
若宮さんの官僚的答弁は続く。
日本政府の意思決定だと言わんばかりに。
「今回の件が収束しましたら、日本政府として、ケイン大佐へ正式に謝意を示す用意があります」
「不要だ」
「大佐のためではありません」
ケイン大佐の即答に若宮さんも応戦。
事件はまだ動いていなのに、会議室はこんなにも熱い。
「日本国内で発生した非常事態に際し、米軍将校が自ら指揮を執り、日本側と協調して事態収拾に尽力した。
その事実を、日本政府として正式に記録しておく必要があります」
褒章。
感謝状。
表彰。
とにかく何でもいい。
先に日本政府が、
『ロバート・ケイン大佐は横田事件の収拾に貢献した』
と公的な札を貼る。
そうすれば後から、
『現場指揮官だったので責任を取らせました』
では済まなくなる。
このままワシントンの論理で彼を処分するなら、
日本政府が評価した行動の、何が問題だったのか説明してもらわねばならず、外交問題に格上げされる事になる。
「……政治だな」
「外交です」
「同じようなものだろう」
「否定はしません」
ケイン大佐が呟き、若宮さんが訂正する。
ここで私も口を挟む。
あくまでオブザーバーだから、この手のやり取りに口を出さず現場の人間として発言する。
「私も賛成です」
「君までか」
「この後も、こういう事件は起きるでしょう?」
サーヴァント。
時計塔。
CIA。
米軍。
日本政府。
今回で終わる訳がない。
「その時に、話が通じる米軍人とのコネは残しておきたいです」
「本人を前にして言う事か?」
「本人を前にして言うから意味があるんですよ」
「女子高生の言葉じゃないな」
「私もそう思います」
ケイン大佐もアンジェラも察しただろう。
だからアンジェラがわざとその言葉を口にした。
「大佐をアセットにするつもりですか?」
「有能な人材をワシントンの政争で失いたくないと思う同盟国からの忠告です」
「……前々から思っていたのですが、ミス相良。あなた本当に女子高生?」
「……学生証は本物ですよ。ええ」
それが何の意味を持たない事は死亡した米兵の身分を偽装したCIAが一番よくわかるので、遣り込められたアンジェラは苦笑して手を引いてくれた。
「私は休暇込みで日本に来たはずなんだがな」
「日本政府との人脈までできましたね」
「欲しくなかった形でな」
このやり取りをじっと聞いていたルヴィアさんが面倒とばかりにちゃぶ台を返す。
「面倒ですわね。
ケイン大佐もアンジェラさんも、若宮さんに相良さんも。
責任を問われるようなら、私の所に来ればいいじゃないですか!
有能な人材なので、歓迎しますわよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
どうしてくれようか。これと四者でアイコンタクトを取っていたら、じっと聞きつつも電話を離せない化野さんが通話が終わったタイミングで言ってくれた。
すぐに別の電話が鳴っても取るのを遅らせてまで言った一言に我々は苦笑する事しかできなかったのである。
「エーデルフェルトの家は『地上で最も優美なハイエナ』と自認していますので。
その当主がスカウトをするのですから、こちら側からも使えると見られているんですよ。皆様は」
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