相良絵梨の聖杯戦争報告書
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横田基地サーヴァント防衛戦 その4
横田基地の会議室に戻った時には、どうやら事態は私達がファミレスでドリンクバーを楽しんでいた頃より、二段階ぐらい悪化していたらしい。
いや、楽しんでいた訳ではない。
断じてない。
ルヴィアさんがファミレスのセルフサービスを知らずにドリンクが来るのを待っていたとかあったが、それはこの際関係ない。
「負傷者は米軍側十二名、日本側四名。うち二名が病院へ搬送されています。幸い、重篤な者はいません」
アンジェラ・サリバン三等書記官――CIA工作官が、机の上に並べられた写真を指先で叩く。
写真を手に取るが、どれも酷い。
道路脇の側溝に前輪を落とした米軍車両。
後部を潰したトラック。
ガードレールに鼻面をぶつけたパトカー。
そして道路一面に散らばった、何だかよく分からない黒い染み。
「死亡者は?」
「ゼロです」
「ゼロ?」
「はい」
私は写真から顔を上げる。
なるほど。そこはかなり重要だ。
「事故ですね」
「事故ですか?」
横から若宮友里恵内調分析官が言い、聞き返した男の声には明らかに不満が混じっていた。
ロバート・ケイン大佐。
テキサス州出身で、四十代後半。
この件での米軍現場指揮官を任された、いや、押し付けられたというべきか。
最近までイラクにいたそうで、日に焼けた顔と短く刈った髪の組み合わせがいかにも職業軍人らしい。
事前に用意してもらった経歴を聞いた限りでは、無茶をする猪武者ではない。
むしろ逆で、戦場で何が起きるかを知っているからこそ、分からないものを嫌う。
そして今、この基地では既に死人が出ている。
「ミス・ワカミヤ。私の部下が移動中、正体不明の生物に襲われた。警察官も負傷している。それを事故と?」
「現時点では」
若宮さんがにっこり笑った。
役人の笑顔であり、こちら側が引けない一線を抵触するからだ。
「走行中の車両が制御を失い、複数台が衝突。負傷者が発生しました。事故です」
「車両のタイヤに虫の群れが絡みついた」
「事故です」
「上空から正体不明の飛行体が接近した」
「事故です」
「人間に見える何かが兵士の小銃を叩き落とした」
「事故ですねぇ」
つい私も同意した。
ケイン大佐の視線が飛んでくる。
「君までそう言うのか?」
「だって死人が出ていませんし」
「死人が出なければ攻撃ではないと?」
「そうは言ってません」
そこ大事。
ここで不毛な官僚答弁を繰り返しても仕方ないので、こちら側の情報を提示する。
「むしろ逆です。殺せる相手が、殺してないんです」
私の一言で会議室がやっと静かになった。
写真を一枚取ると、パトカーのフロント部分が潰れている。
運転席までは壊れていない。
「最初に横田で暴れたサーヴァントなら、こうはならないと思います」
六人も死んで負傷者も多数。
あいつには、人間を傷つけないという遠慮がない。
「今回の連中にはある」
「同感ですわね」
ルヴィアさんも写真を覗き込み、彼女が一枚を摘み上げる。
道路脇に残った黒いものは、虫らしき姿の後、溶けてコールタールのようになっていた。
「これは?」
「回収した残骸です。生物学班ではまだ解析できていません」
「でしょうね。普通の生物ではありませんもの」
アンジェラの返事にルヴィアさんがあっさりとその正体を言う。
魔術師ならこういう事もできるという常識の上で。
「使い魔ですわ」
「ファミリア?」
「魔術師が使役する人工的、あるいは魔術的に操作された生物と思っていただければ」
「無人機のようなものか?」
「かなり乱暴ですが、その理解で構いません」
ケイン大佐の眉が動き、今度は化野菱理が口を挟んだ。
いつの間にか会議室に入っていた彼女は、私達とは少し離れた席で資料を見ている。
「ただし一種類ではありません」
「三種類確認されています」
アンジェラが写真を追加する。
一枚目は、道路にびっしりと張り付いた虫。
二枚目は、兵士のヘルメットカメラから抜き出したらしい、人間らしき白い影。
三枚目が、空を横切る何か。
「……これ」
私は一枚目を指す。
嫌な予感しかしないが、言わざるを得ない。
「間桐の虫じゃないです?」
「ええ。可能性は高いでしょう」
化野さんが簡単に認めた。
今度はルヴィアさん。
「二枚目はアインツベルンですわね」
「断定できるのか?」
「この程度なら」
ケイン大佐の確認にルヴィアさんがさらっと言う。
魔術師にとっては伏せなくてもいい情報程度なのだが、ルヴィアさんはその程度の情報として説明を続けてしまう。
この会議室の会話が多分録音されていて、上に上がる事なんて気にする事もなく。
「人型で異常な身体能力。
しかも人間を殺さずに武装だけ排除して、逃亡。
こういうのができるのは、アインツベルンのホムンクルスと考えるのが妥当でしょう」
「アインツベルン……」
アンジェラの目が細くなる。
その名前には反応するという事は、CIAが以前から追っている家なのだろう。
問題は最後だ。
「これは?」
写真にすら航跡らしきものしか映らない飛行体。
私にも分からず、ルヴィアさんも少し考え込んだ。
「系統が違いますわね」
「間桐でもアインツベルンでもない?」
「ええ」
「少なくとも同一術式には見えません」
私たちの会話に化野さんも加わり頷く。
魔術側の三人が同意見という嫌な話になってきた。
「つまり、三陣営?」
「最低でも」
若宮さんが呟き、私が訂正する。
最低でも三つで、ロボが一匹。
冬木市でもない東京の横田基地で聖杯戦争さながらの使い魔の飛ばしあいに、多分潰しあいまで行っている。
第三者視点で見たら、怪獣大決戦でも始めるつもりなのかとため息しか出ない。
「笑えないなぁ……」
若宮さんの携帯が震え、彼女が表示を見て一瞬眉を寄せる。
私も知っている人だった。
「村田警視です」
「この件でしょう。出てください」
スピーカーに切り替える。
『若宮さん。そっち、今横田だな?
私は今横田基地周辺を管轄している福生警察署の会議室で、この件の後始末中だ』
「ええ。神奈さんもいます」
『代わってくれ』
怒っているのは声だけで分かる。
おそらく、米軍の追跡部隊をそのまま出せば内政干渉に当たるからと警察側がついていって使い魔に遭遇したと。
米軍は発砲までしたので、どうマスコミに情報を流すか頭が痛い所だろう。
「はい。神奈です」
『うちの人間が四人やられた』
「聞きました」
『二人入院だ。命に別状はないが、一人は骨をやってる』
「……それは」
『先に言っておくがな。殺す気がなかったから問題ありません、は聞かんぞ』
声が低くなり、先回りされた。
官僚は官僚答弁を知るからこそ、曖昧を許さない時はそれほど個人もしくは組織が怒っているともいう。
ケイン大佐のように。
「言いませんよ。警視には」
『という事は、他の誰かに言ったな?』
「横田基地です。それで察してください」
『……わかった』
怒っている人間を冷静にさせるには、もっと怒っている人間の存在を見せるに限る。
その分、そのもっと怒っている人間の説得が大変になるのだが。
『で、あれは何だ?』
「複数勢力の使い魔です」
『やっぱりか』
「驚かないんです?」
『アインツベルン相手に何回警察が記憶飛ばされたと思ってる』
そうだった。
警察は入国したアインツベルンに事情聴取、後に拘束目的で接触しようとしてことごとく逃げられたばかりである。
『写真はこっちにも来てる。白い女はアインツベルンの線が濃いと思ってる。
で、この虫みたいなものは?
化学分析班に回したが、虫からコールタールみたいな泥っとしたものに溶けてしまったが』
「おそらくは間桐の使い魔だと思います」
『三枚目は?』
「不明です」
電話の向こうで小さく舌打ち。
米軍よりも現場に近いから出てくる手が深いしエグい。
『この件で間桐及びアインツベルンを引っ張る事は可能か?』
「しらばっくれられて終わります。
産廃運搬用タンクローリーから廃棄予定の油が漏れて、訓練移動中だった米軍部隊とその護衛パトカーが玉突き事故。
そういう線でマスコミには公表されるでしょう」
アインツベルンはともかく、この国に根付いた間桐はこういう所の言い逃れに長けている。
私や言峰神父や化野さんがカバーストーリーを作りやすい状況証拠を残しているのは『魔術は秘蔵されるべき』という魔術師の守らないといけない一線を守ろうとしているから。
その間桐ですら見逃しているのは、昨今の国際情勢下で米国を巻き込んだ状況でそれが通じると思っている認識の甘さなのだが、愚痴っても仕方ない。
『分かった。こっちでも調べる。ただし一つ頼む』
「何でしょう?」
『米軍に勝手に撃たせるな』
ケイン大佐を見と察した顔をしている。
横田基地に配属される大佐が日本語分からないなんていう訳もなく。
なるほど。使い魔より米軍の発砲の方に怒って、私の電話をだしにその怒りを米軍に伝えたと。
『警察官が巻き込まれてる。次は事故じゃ済まん』
「分かってます。伝えておきます」
『事故については警視庁の記者クラブで発表する。
死者もない以上、社会面に記事が載る程度に抑えさせる』
「よろしくお願いします」
日本人あるあるのこの場に居ない相手に電話越しに頭を下げる動作をして通話が切れた。
全部聞いていただろうケイン大佐がわざとらしく確認するのは官僚のお約束だから。
軍隊も上に行けば行くほど官僚化せざるを得なくなる。
ましてや世界最大規模の米軍ともなれば。
「何と?」
「警察側から、これ以上勝手に撃つなとのことです」
「我々が攻撃されたのに?」
「日本側も負傷してますからね」
「そして基地の外は日本国内です」
若宮さんがすかさず補足。
来た。一番面倒なところ。
「我々は既に兵士を失っている」
「理解しています。
『墜落事故』で亡くなった米兵の皆様には日本政府の一員としてご同情申し上げます」
この件の一番厄介なのがここなのだ。
事件にしてはいけない。
既に何人もの人間の経歴に始末書のシミがついているが、これを事件化したらその規模がどこまで膨らむか分かったものではない。
ケイン大佐が語気を強める。
若宮さんの対前を名目に、この場の主導権を取りに来た。
「ならば、こちらで対処する。
新しい捜索チームを編成する。今度は対魔術要員も増やす。あなた方も同行してもらう」
「それは認められません。
事故なのにどうして捜索チームを?」
若宮さん即答。
なし崩しの内政干渉に日本側として拒否する。
「私も反対です」
若宮さんの味方にアンジェラまでつく。
ケイン大佐が二人を見るが言葉に皮肉が隠せない。
「珍しいな。CIAと日本政府の意見が一致した」
「理由は違います」
若宮さんが言う。
「ここから先、活動地域は基地外へ広がります。日本国内で米軍が独自に治安活動を行う形にはできません」
「私は情報上の理由です。
彼女達は米軍の要員ではありません。協力者です。指揮下に組み込めば、時計塔との関係まで変わります」
続けてアンジェラ。
理路整然と拒否した為に、ケイン大佐の語気が強まる。
「我々の基地で六人死んでいる」
「それは承知しています」
「なら軍が現場の安全を管理するのは当然だ」
「お気持ちは――」
「気持ちの話ではない」
言葉は熱いのに空気は冷える。
これは駄目だ。どっちも引かない。引けない。
しかも両方とも理屈がある。
「一度整理しましょう」
化野さんが口を開く。
場を動かす為に口を挟んだのだろうが、これが火に油を注ぐ。
「魔術師側の行動については、法政科が――」
「待て。あなた方は米軍ではない」
「ええ」
「日本政府でもない」
「ええ」
「では何の権限で?」
ケイン大佐の理路整然とした確認に珍しく化野さんが黙る。
痛い所を突かれた。
時計塔の権威は魔術社会では絶大でも、米軍大佐にそのまま通じる訳ではない。
それに若宮さんが乗っかる。
ケイン大佐に味方する為ではない。
官僚として職域を守る組織的答弁として。
「日本政府としては、化野さんの協力はありがたいのですが、この件の交渉担当はこちらの相良さんにお任せしていまして。
特に外交安全保障案件となったこの件については、権限と責任の明確さが大事になります。
そこを配慮していただけると、我々としてもありがたいのですが」
これを翻訳すると、『時計塔が権限と責任なしで日米安保に口出すんじゃねぇ!』となる。
化野さんとしても黙らざるを得ない。
「ですから、事故調査委員会の名目で調査を……」
「若宮さん」
「CIAとしては、使い魔を刺激することには反対です。
おそらくは警告。これ以上踏み込むとただでは済まないと」
「またか」
今度はアンジェラの横やりに、ケイン大佐の声に露骨な苛立ち。
押さえていた怒りが隠しきれなくなりつつある。
「我々が対処するべきはサーヴァントです」
「そのサーヴァントやらに我々の兵士が殺されたのだ。
軍が指揮を執って何が悪い?」
「だからこそです。大佐。
日米安保のデリケートな部分に抵触している御自覚はおありですか?」
「ならば、日本側で対処できるのか?
こっちは六人も殺されたのに」
「ですからこうやって対処可能な人間を用意して……」
「で、集まったのが君たちと。
そして次に君たちが負傷もしくは死亡したら?」
「大佐」
「ここはバグダッドではありません、か?」
アンジェラが押し黙ったのは、先に言われたらしい。
それを先に言わないといけないぐらいの経験、多分ろくでもない奴を大佐はイラクでしたらしいと察せざるを得ない。
ケイン大佐は苦々しく続けた。
「分かっている。ここが日本なのも、同盟国なのもな。だから困っている」
その言葉だけで、少し空気が変わった。
この人も別に戦争がしたい訳ではない。
ただ、もう部下を死なせたくないだけなのだ。
その時、私のではなく化野さんの携帯が鳴る。
「獅子劫です」
全員がそちらを見る。
彼女がここに居られる切り札からの電話。
無言を了承とみなして化野さんが電話を取りスピーカーに切り替える。
「はい」
『そっちはまだ会議中か?』
「ええ。そちらは?」
『本命の痕跡を拾った』
会議室の空気が変わる。
先ほどまで揉めていたサーヴァントの追跡情報は我々の頭を冷やす効果があった。
「場所は?」
『横田から南西。市街地を避けてる』
ケイン大佐がテーブルに広げられた横田基地周辺の地図へ近づく。
若宮さんとアンジェラも。
私は目で追うだけだが、こちらの地理感覚がないルヴィアさんは化野さんの方を眺めるのみ。
「南西?」
『ああ。妙な動きだ。人の多い所を避けて多摩川の方に向かってる』
「多摩川?
どこへ向かっているかはわかりますか?」
『まだ断定はできねえ。ただ――』
一瞬、獅子劫の声が途切れる。
『――都心に出るなら中央線を霊体化して突っ走った方が楽だ。
それが多摩川に向かった。
人を避けているなら多摩川沿いを下るとも思えん。
多分多摩川を越えるぞ』
地図を見る。
横田基地から多摩川を越えるとなると八王子方面だ。
「……山?」
『そういうことだ』
私が呟き、ケイン大佐が即座に口を開く。
「偵察を回す」
「待ってください!
八王子方面ならもう完全に基地外です!」
「だから敵を逃がせと?」
「そうは言ってません!」
「空から確認するだけだ」
「空域調整があります!」
そして再発火。
若宮さんが制止に動き、それにアンジェラが加わる。
「CIAとしては――」
「今度は何だ!」
「サーヴァントだけでなく使い魔も追跡したいので、彼女たちを……」
「この状況でサーヴァントより使い魔追跡だと!?」
「ちょっと待ってくださいまし。そもそも、この程度ならわたくしが先行して、残りを――」
「駄目です」
ルヴィアさんの独断専行を私は容赦なく斬り捨てる。
私とルヴィアさんで別れて調査も一理あるが、それだと表側の日米安保のデリケート部分である、米軍の内政干渉に抵触してしまうのだ。
「何故ですの!?」
「先ほど約束したでしょう」
「状況が変わりましたわ!」
「変わっても約束は約束です」
『おい、俺まだ電話繋がってるぞ』
「少しお待ちを」
獅子劫の声に返事をする化野の声にも疲労と呆れが隠せない。
収拾がつかないし、つく訳がない。
「ですから!
まず誰が何をするか決めましょうよ!」
「ならば私が決める」
私が大声で言うと、ケイン大佐が即座に乗り、
「それは駄目です」
「同じく。軍の独断専行は認められません」
若宮さんとアンジェラが即座に火消しに入る。
で、何もわからないルヴィアさんが呆れ声でぼやく。
「軍の指揮下には入りませんわ」
「法政科としては――」
「ですから、その前にこちらに口出しできる法的根拠を……」
獅子劫を握っている化野さんが何とか主導権を取ろうとするが、そうしたらケイン大佐と若宮さんとアンジェラ三人に阻止される訳で。
『俺帰っていいか?』
電話越しの獅子劫のぼやきを誰がフォローしなければいけないかと言えば私しか残っていない訳で。
「駄目です」
何だこれ。本当に何だこれ。
全員正しい。
だから余計に話がまとまらない。
私が頭を抱えた、その時、更に聞き慣れた携帯の電子音が鳴る。
私のではない。
ルヴィアさんが首を傾げ、ハンドバッグから携帯を取り出し液晶画面を見る。
そして、露骨に嫌そうな顔をした。
「……どうしました?」
「先生ですわ」
「先生?」
私は一瞬だけ考えた。
そして思い当たる。
「ロード・エルメロイ二世?」
「ええ」
会議室の口論がピタリとおさまった。
電話向こうの獅子劫ですら口を閉じる。
時計塔のロードの一人で、現代魔術科の学部長。
何故、よりにもよって。このタイミングで……?
衆人環視の中、ルヴィアさんが通話ボタンを押した。
「もしもし、先生――」
電話の向こうから、ひどく疲れた男の声が聞こえた。
『まだ何も決まっていないな?』
会議室が静かになった。
私は若宮さんと顔を見合わせる。
……この人。
絶対、こうなるのを読んでいた。
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