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ブラック土木の現場監督が戦国時代に転生したら、太閤秀吉に気に入られて徳川家康の親友になりました(旧タイトル:トシサダ戦国浪漫奇譚)

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第二部 名護屋在陣と秀次事件 ——「三条河原の駒姫」
  第四十四話 二万石

 三月の半ばに、会津から飛脚が来た。
 弔いの礼状だろうと思って、開けた。
 違った。
 ――家中、二つに割れ候。
 (……早いな)
 施主が死んで、ひと月である。
 (――ひと月で、下請けが揉め始めた)
 四十年で、三度見た。
 社長が急に死んだ会社は、必ずこうなる。
 揉めるのは、金の話ではない。
 ――誰が判を押すか、という話である。
 筆頭家老の蒲生郷安と、岡左内ら仕置の家老衆。
 どちらも、若松の町を作った側の人間である。
 どちらも、間違ったことは言っていない。
 (……そういうのが、一番始末に負えん)
 当主は、秀行。
 十二である。
 飛脚に、若松の町のことを聞いた。
 ――市は、立っております。
 ――七日町も日野町も、人が出ております。
 ――漆も酒も、去年と変わらず出しております。
 (……町は、動いてるのか)
 正月に、あの人が言った言葉を思い出した。
 ――人は残らぬ。じゃが、町は残る。
 (……本当に、残ってる)
 (残ってるのに、家のほうが割れてる)
 伏見の噂が伊豆まで来たのは、その十日後だった。
 ――会津九十二万石を召し上げ、近江に二万石。
 俺は、その数字を紙に書き出した。
 九十二万から、二万。
 (……四十六分の一だ)
 (潰す気か)
 (――いや、違うな)
 (会津が、欲しいだけだ)
 会津は、伊達の抑えである。
 十二の当主と、割れた家中では置いておけない。
 (――正しい)
 正しいから、始末に負えない。
 俺は、この先を知っている。
 蒲生の家は、二万石にはならない。
 だが、会津にも残れない。
 三年のちに、九十二万石から、下野宇都宮十八万石へ落ちる。
 (……三年、延びるだけだ)
 (延びるのを、助かったと言うのかどうか)
 相応院様から文が来たのは、三月の末である。
 氏郷の正室で、春姫の実の姉で、育ての母でもある人だ。
 二月に髪を下ろされて、相応院と号された。
 文は、短かった。
 弔いの礼と、春姫の身体を案じる言葉。
 最後に、一行あった。
 ――秀行に、父の遺したものを、いつか見せてやってはくださいませぬか。
 (……)
 (――これは)
 助けてくれ、とは書いていない。
 書けない。
 書けば、羽柴の家が蒲生に与したことになる。
 四十年、俺は施主の「ちょっと相談が」を聞き違えたことがない。
 あれは、相談ではない。
 ――助けてくれ、である。
 その晩、春姫が座敷へ来た。
 手に、文を持っていた。姉から娘への分である。
「殿」
「うむ」
「……姉から、文が参りました」
「読んだ」
「――はい」
 それだけ言って、この娘は下がろうとした。
「春」
「はい」
「――言え」
「……申しませぬ」
「なぜだ」
「申せば、殿がお動きになりますゆえ」
 (……この子は)
 十八である。
 実の父を六つで亡くし、養父を先月亡くした娘が、
 自分の実家のことを、夫に頼まぬと決めている。
 (――頼め、と言ってやりたい)
 (言ってやったら、この家が終わる)
 春姫は、襖のところで一度だけ止まった。
「……秀行は、まだ子供にございます」
 (――)
 正月に、同じ言葉を聞いた。
 あのとき、氏郷は「まだ子供じゃ」と言って、息子に町割りを渡さなかった。
 同じ言葉が、今度は逆から来た。
 その夜、嶋子が茶を持ってきた。
 この人は、割れた家を見て育っている。
 古河も小弓も、同じ足利を名乗って、百年争った家である。
「殿」
「うむ」
「……割れた家は、外から手を入れますと」
「うむ」
「――手を入れた者が、悪者になりまする」
「……知っておる」
 嶋子は、それだけ言って下がった。
 (……この家の女子は、全員、俺より肚が据わっとるな)

          *

 翌朝、高吉と新九郎を呼んだ。
「蒲生の家中が割れた」
「存じております」
「太閤殿下は、会津を取り上げるおつもりだ」
「……存じております」
 新九郎は、俺の顔を見ずに言った。
「殿。――蒲生に一筆でもお書きになれば」
「うむ」
「羽柴は、蒲生に与した家になりまする」
「そうだな」
「与した家は、次に呼ばれまする」
 (……出た)
 この男は、いつもこれを言う。
 そして、いつも正しい。
「殿」
 高吉が言った。
 筆頭家老である。俺より、五つ下だ。
「なれど、奥方様の御実家にございます」
「知っておる」
「……何も、なさらぬので」
 俺は、しばらく黙っていた。
 それから、言った。
「――羽柴の家としては、動かん」
「俺としても、動かん」
「動かんが、やることはある」
 潰す口実は、決まっている。
 「家中の統制が取れておらぬ」である。
 奉行が調べに入って、帳面が合わなければ、それで終わる。
「弔いの使いを出す」
「香典と、写しを一つ持たせる」
 桐箱から一枚出して、写しを取らせた。
 若松の町割りの、外郭と水路の分だけである。
 原本は、渡さない。
 もう一つ、書付を書いた。
 ――銭の出入りと、扶持の払いと、田の高。
 ――三つを別の帳面に分け、日付を入れて、毎日書け。
 ――どちらの組がつけてもよい。両方でつけてもよい。
 ――ただし、日付だけは飛ばすな。
「誰が正しいかは、俺には決められませぬ」
「なれど、帳面の合うている家は、潰す口実が一つ減りまする」
 新九郎が、書付を見て言った。
「……殿。これは、羽柴の家からの差し出しになりまする」
「ならん」
「なりまする」
「――ならん」
 俺は言った。
「これは、春姫の実家への、香典の添え物である」
「羽柴の家は、一文も出しておらん」
 新九郎は、しばらく紙を見ていた。
「……それは、屁理屈にございます」
「屁理屈だ」
 (――四十年、俺は屁理屈で現場を通してきた)
 (屁理屈は、通せば理屈になる)

          *

 返事が来たのは、四月の半ばである。
 二通、来た。
 郷安方から、一通。
 ――左内ら、帳面を隠し置き候。
 左内方から、一通。
 ――郷安、帳面を握りて渡さず候。
 (……そうだよな)
 (帳面は、揉めてる家では武器になる)
 俺は、書付を出したことを悔いた。
 (――火に、油を送った)
 四十年、「これで直る」と思って出した指示で現場を悪くしたことが、何度もある。
 自分の手当てが効くと思うのは、いつも、現場を見ていないときだ。
 同じころ、京から別の噂が来た。
 ――関白殿下が、蒲生の会津召し上げに反対なされた。
 ――前田大納言様と徳川大納言様の取り成しもあり、秀行殿の相続が認められた。
 ――徳川の姫を室に迎える、という話も出ている。
 俺は、その書付を読んで、一瞬、息を吐いた。
 (……助かった)
 吐いてから、冷えた。
 (待て)
 (いま、誰が、太閤殿下のお決めになったことを覆した)
 (――関白殿下だ)
 (……まずい)
 俺は、七月に何が起きるかを知っている。
 高野山も、そのあとのことも、知っている。
 知っていて、それが「なにゆえ」起きるのかは、分からずにいた。
 (――一つ、分かった)
 あの人は、正しいことをした。
 十二の子から家を取り上げるな、と言った。
 (正しいことをして、死ぬ)
 (……俺は)
 (俺は、なぜ動かなかった)
 (――知っていたからだ)
 (知っていて、動かなかった)
 言い換えは、いくらでもできる。
 うちの家を守った、と言える。
 春姫に累を及ぼさなかった、とも言える。
 (――それは、見捨てたと言うんだ)
 その晩、桐箱を開けた。
 写しを取った残りが、そのまま入っている。
 (……渡すのは、あの家が落ち着いてからだ)
 (落ち着くのは、三年後だ)
 (十八万石)
 (――十八万石なら、町は一つ作れる)
 蓋を閉めた。
 (それまで、預かる)

          *

 四月。
 大和から、早馬が来た。
 ――大和大納言家当主、豊臣秀保様、十津川にて変死。 
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