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ブラック土木の現場監督が戦国時代に転生したら、太閤秀吉に気に入られて徳川家康の親友になりました(旧タイトル:トシサダ戦国浪漫奇譚)

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第一部 小田原征伐と奥州仕置 ——「九戸城の疵」
  第三十二話 空いた座

 浅野長政は、火を見に行かなかった。
 日が傾いた頃に上使を出し、軍監を出し、それきり幕の中に座っていた。
 文箱が、開いている。
 中に、紙が二枚あった。
 一枚は、去年の八月に京から届いた朱印状である。宛所は、浅野弾正少弼とのへ。出羽と奥州の検地について、あの方はこう書いて寄越した。
 ――相届かざる者あらば、一郷も二郷も、悉くなでぎりに仕るべく候。
 ――山の奥、海は櫓櫂の続く限り、念を入るべきこと専一に候。
 一年、この紙を文箱の底に入れて奥州を歩いてきた。使わずに済めばよい、と思うて歩いてきた。
 もう一枚は、十日ほど前に三迫から届いた書付である。
 長政は、その一枚を、朱印状の下へ入れた。
 下になった紙のことは、考えぬことにした。

          *

 総攻めにすれば、城は落ちる。
 そのことは、軍議の座にいた者なら誰でも知っていた。六万で五千を囲んでいるのである。落ちぬ道理がない。
 ただ、落ちるまでに二千が死ぬ。
 羽柴の若いのが帳面を開いてその数を申した時、座の誰もが同じことを考えた。長政には、それが手に取るように分かった。
 ――誰の、二千か。
 この城を落としても、分ける土地は一坪もない。南部の家の内輪の始末である。土地は南部へ戻り、寄せ手には感状が一枚ずつ出て、それで終いになる。
 しかも、これが済めば、日ノ本に戦はなくなる。
 十年、二十年と槍を担いで生き残ってきた者が、最後の最後に、他家の喧嘩の助太刀で死ぬ。どこの家中も、それだけは御免であった。蒲生も、堀尾も、徳川の名代も、口には出さぬ。出さぬが、先手を願い出る者は一人もいなかった。
 会津の堀左衛門督は、米沢を睨んで動けぬ。相馬筋の石田治部少輔からは、雪の前に片をつけられたし、と三日おきに書付が来る。六万の口は、日に三百石を食う。
 そこへ、あの若いのが言うたのである。
 囲んで、話をなさいませ、と。
 誰の兵も死なず、誰の家も傷まぬ策であった。
 長政は膝を打った。打った手のひらが、その後しばらく冷たかった。
 ――この条件は、守られますな。
 十七の若造に、そう聞かれた。
 長政は、あの目を見なかった。見れば、答えねばならぬ。あの問いに答えられる者は、九戸の陣には一人もいなかった。答えられるお方は、京に一人おられるだけである。
 そしてそのお方は、この正月に弟御を、二月に茶頭を、先月には若君を亡くされた。
 いま、あのお方に物を申せる者は、この国に一人もおらぬ。義弟の長政が、誰よりもそれを知っていた。

          *

 南部信直は、自分の陣の柵のところに立っていた。
 二の丸の上の空が、赤い。
 あの城は、明日から信直のものになる。あの郭も、あの館の焼け跡も、その下の土もである。
 そして、いま焼かれているのは、南部の民であった。
 九戸の者どもは、信直に弓を引いた。それは違いない。だが、あの者らの爺も、その爺も、南部の田を作り、南部の馬を育ててきた。来年から信直が年貢を取るはずの者どもが、信直の呼んだ軍勢の手で、信直の城の中で焼かれている。
 (……政実)
 器は、あちらが上であった。
 信直は、そのことを誰にも言うたことがない。言わずとも、家中の半分はそう思うていた。だから半分が九戸へ走り、信直は倅を京へやって、天下の軍勢にすがるよりほかなかった。
 家来一人を抑えられぬ男。
 どの陣でも、陰でそう言われているのは知っていた。荷を届けに来た羽柴の若いのにまで頭を下げた時、供の者が顔を背けたのも知っていた。
 言われて、当たり前である。
 柵の向こう、少し離れたところに、もう一人、火を見ている男がいた。
 津軽為信であった。
 南部から津軽三郡を切り取り、信直の父の城を攻め落とし、誰より早く関白のもとへ駆けつけて、それをそのまま認めさせた男である。その男が、信直の家の始末に、助勢の顔をして陣を並べている。
 為信は、こちらを見なかった。
 笑うてもいなかった。ただ、長い髭の顔で、じっと火を見ていた。
 ――それが、なおのこと、信直の腹にこたえた。
 (わしは、あの城に住めるのか)
 風が変わって、匂いが来た。
 信直は、柵を掴んだまま、動かなかった。

          *

 井伊直政は、供を二人だけ連れて門を入った。
 赤備えは、一人も門の内へ入れなかった。
 名代の一存である。後で咎められれば、「城割の人数を温存いたした」とでも申すつもりであった。
 岩手沢へ送る書付を、直政は自分の手で書いた。
 ――羽柴の若いのに、お言伝て、たしかに申し渡し候。
 ――止まり申し候。
 そこで、筆が止まった。
 止まった。それは本当である。あの若者は、三迫への使いを諦め、幕へ戻った。
 だが翌朝、あの若者は奉行の幕へ行き、城が開いたら女子供は羽柴の陣で預かりたい、と願い出ていた。
 止まった場所で、別の足場を組んだのである。
 奉行は、その足場を使うた。
 ――城内の女子供、羽柴の手にて二の丸へ集め候。
 ――その上にて、火をかけ候。松明は、羽柴自ら取り申し候。
 直政は、書いた字をしばらく見ていた。
 家中で、直政は赤鬼と呼ばれている。人を斬ることにためらいを持ったことはない。その直政が、あの松明だけは、自分なら取れたかどうか分からぬと思うた。
 老いた家来が横から手を伸ばしたのを、直政は遠目に見ていた。あれに取らせれば、済んだのである。家中の者は、誰も主を責めはせぬ。
 あの若者は、それを下がらせた。
 ――殿の仰せのとおり、削れ申し候。
 直政は、最後に一行を足した。
 ――ただし、折れてはおらず候。

          *

 蒲生氏郷は、十九の年に、長島にいた。
 天正二年の秋である。
 降ると言うて出てきた者どもを、柵で囲んで、火をかけた。二万と聞いた。数えた者はいない。右府様のお下知であり、氏郷はその婿であり、先手の一人であった。
 その後、三月ほど、飯が喉を通らなんだ。
 焚火の匂いで、幕の裏へ走った。誰にも言わなかった。蒲生の若殿が戦の後で吐いておるなどと、言えるものではなかった。粥に梅を落とせば通ると教えてくれたのは、台所の老女である。
 誰も、氏郷の肩に手を置かなかった。
 だから、軍議の夜、あの婿に暗がりで袖を引かれて「守られましょうか」と聞かれた時、氏郷には、その先が全部見えた。
 答えれば、あれは動く。
 あれは、答えを聞けば、その答えに合わせて必ず手を打つ男である。小田原の丘で見た時からそうであった。何を背負うておるのかは知らぬ。知らぬが、人を死なせぬことにかけては、度を越している。
 動けば、潰される。伊豆の十万石も、河原から拾うた四百人も、伊豆で婿の帰りを待っている十四の娘もろともにである。
 ――聞くな。
 そう言うのが、精一杯であった。
 言うて、目を逸らした。逸らした己を、氏郷は許していない。
 二の丸の火は、まだ高かった。
 火の前に、人影が二つ、地面に落ちていた。経を読む老僧と、その隣で膝をついている若い男である。羽柴の兵が遠巻きにして、誰も近づけずにいた。
 (言葉は、要らぬ)
 あの秋の自分が欲しかったのは、言葉ではなかった。
 そなたのせいではない、と言われれば、あの男は一生、その言葉を疑い続ける。
 氏郷は、歩いていった。

          *

 夜半に、火が落ちた。
 浅野長政は、三迫への注進を書いた。
 ――九戸城、落着いたし候。
 ――政実ならびに一類の者、召し捕り、追って其元へ差し上ぐべく候。
 三行目で、筆が少し止まった。
 ――城内の者、悉く、相果て候。
 名は、書かなかった。誰が命じたとも、誰が火を入れたとも書かなかった。紙の上では、城の者は、ひとりでに果てたのである。
 長政は、それを早馬に持たせた。
 三迫までは、二日かかる。
 軍議の幕は、まだ畳まれていなかった。
 上座の床几が、一つ、そのままになっている。
 この陣に着いてから今日まで、誰も座らなかった座である。
 総攻めを決める者も、和議を決める者も、約定を守ると言う者も、破ると言う者も、その座には座らなかった。
 六万の軍勢は、空いた座を囲んで軍議をし、空いた座の名で約定を出し、空いた座の名でそれを破った。
 その座の主は、四十里の南で、まだ何も知らない。 
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