ブラック土木の現場監督が戦国時代に転生したら、太閤秀吉に気に入られて徳川家康の親友になりました(旧タイトル:トシサダ戦国浪漫奇譚)
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第一部 小田原征伐と奥州仕置 ——「九戸城のトラウマ」
第二十九話 鶺鴒の眼
京へ入ったのは、二月の初めだった。
詮議は、四日後だという。
俺は、その四日で、京と堺を走り回った。
「――先生! なんですのん、その顔」
小西行長は、俺の顔を見るなり、そう言った。
「馬に十九日乗って、そのまま京へ入りましてございます」
「阿呆ですか」
(言い方)
行長は、すぐに湯漬けを出させた。
俺が二杯食べ終わるのを待ってから、この人は言った。
「――で。何を持って行きますねん」
(……早いな)
用件を、まだ一言も言っていない。
「摂津守様」
俺は、頭を下げた。
「去年の夏から冬にかけて、堺と京で、鉛と焔硝を買った者の帳面を、見せていただきとう存じます」
行長の目が、細くなった。
「……奥州か」
「はい」
「先生。それ、伊達様の首を取りにいく話でっせ」
「――いえ」
俺は答えた。
「首を、取らぬための話にございます」
行長は、しばらく俺を見ていた。
それから、手を叩いて人を呼んだ。
「三日でよろしいか」
「――二日でお願いいたします」
「無茶言いなはる」
男は笑った。
「……まあ、うちの帳面のつけ方は、先生に教わったもんでおますからな」
「探すのは、早うおますで」
*
二日で、紙の束が届いた。
俺は、それを、会津から取り寄せた関所の書付と突き合わせた。
堀秀政の手配である。会津は、白河から北へ抜ける道を全部握っている。
そして、奥州で自分の目で数えたものを並べた。
――一揆勢の陣跡に落ちていた鉛の削り屑。
――鋳型の数。焙烙の紙の切れ端。
――撃たれた玉が、村の壁と城の板塀に残していた穴の数。
俺は、三晩、寝なかった。
(――合った)
合わないものが、合った。
俺は、筆を置いて、天井を見上げた。
(……前世で、これで人を辞めさせたことがある)
資材の伝票と、現場の在庫と、日報の数が、どうしても合わなかった。
*
三か月、俺は帳面をつけ続けて、合わない分の行き先を突き止めた。
あの時、俺は嬉しくなかった。
――今回も、嬉しくない。
*
詮議の日。聚楽第。
大広間に、諸将が並んだ。
上座に関白。脇に石田三成と浅野長政。
俺は、末席に近いところに座って、膝に紙の束を置いていた。
伊達政宗が、入ってきた。
――どよめきが起きた。
白装束だった。
そして、背中に、金の十字架を負っていた。
人の背丈ほどもある、磔柱である。
金箔が、広間の光を撥ね返していた。
(……出た)
(三度目だぞ、その白装束)
だが、認めざるを得なかった。
――効いている。
広間の空気が、完全にこの男のものになっていた。
誰も、笑っていない。
三成が、書状を読み上げた。
一揆勢の頭目に宛てた煽り文である。
押収したのは、木村の陣の者だという。
「――伊達左京大夫殿。この花押に、覚えはござらぬか」
「ござらぬ」
政宗は、即答した。
「それは、偽物にござる」
三成の眉が上がった。
「――ほう。なにゆえ、そう申される」
政宗は、膝を進めた。
そして、まったく動じない声で言った。
「某の花押は、鶺鴒にござる」
「その鶺鴒の目には、真の書に限り、針で小さな穴を開け申す。……人に真似られぬためにござる」
「その書を、日に透かしてご覧じろ」
三成が、書状を光にかざした。
――穴は、なかった。
広間が、どよめいた。
「某を陥れんとする者の、細工にござる」
政宗は、声を張り上げた。
「潔白なれば、この身、いつなりと磔に召されよ。――柱は、持参いたしてござる!」
(――上手い)
俺は、素直にそう思った。
この人は、話を「花押が本物か偽物か」の土俵に載せ替えた。
その土俵で戦えば、勝てる。字は、証にならない。
蒲生氏郷が、拳を握っているのが見えた。
そして、関白が言った。
「――秀定」
(……来た)
「そなた、奥州におったな。……何ぞ、申すことはあるか」
(この人、俺を呼んだな)
(呼ぶために、四日前に上洛させたな)
俺は、平伏して、それから顔を上げた。
「――恐れながら、まず、申し上げます」
「花押の真贋は、某には、見分けがつきませぬ」
広間が、ざわついた。
政宗の目が、こちらを向いた。
「筆のことは、書に長けた御方にお任せいたします。……某には、分かりませぬ」
俺は、膝の上の束を、静かに畳へ置いた。
「代わりに――数を、数えて参りました」
「一揆勢が撃った玉にございます」
俺は、一枚目を開いた。
「佐沼、名生、深谷。三つの城と十四の村に残った玉の跡、鋳型の数、削り屑の量から、逆に数えましてございます」
「――鉛にして、およそ三百貫」
「焔硝にして、およそ六十貫」
「二枚目にございます」
俺は、紙をめくった。
「去年、堺と京で鉛と焔硝を買った者の、問屋の売り帳の写しにございます」
「六月から八月にかけて、越後の商人の名で、鉛三百二十貫、焔硝六十五貫が買われております」
「――買い主の名は、伊達ではございませぬ」
政宗の頬が、ほんのわずかに動いた。
「三枚目」
「その荷が、通った関所の書付にございます。会津の堀左衛門督様より、取り寄せましてございます」
「荷は、越後から会津には入っておりませぬ。……米沢へ入っております」
「入った日は、八月の末。――一揆の、ひと月前にございます」
広間が、静まった。
「そして、四枚目にございます」
俺は、最後の紙を置いた。
「会津召し上げの折に、伊達様が奉行衆へお出しになった、蔵の目録にございます」
「そこに記された鉛の高と、この冬、米沢の蔵にあった鉛の高――」
「――三百貫あまり、合いませぬ」
誰も、口を開かなかった。
「盗まれたのであろう」
政宗が言った。
声は、まだ落ち着いていた。
「――では、盗人の詮議を、なさいませ」
俺は答えた。
「三百貫の鉛にございます。人の背では運べませぬ。馬が要り、人足が要り、蔵番が帳面をつけまする」
「蔵番を、一人残らずお調べになれば――半日で、出まする」
政宗が、黙った。
この人が黙るのを、俺は初めて見た。
「伊達様」
俺は言った。
「書状は、偽物で結構にございます」
「花押は、書き換えられます。人は、口を割りませぬ。……なれど」
「――この鉛は、貴殿の蔵から、確かに減っております」
「物は、嘘をつきませぬ」
関白の顔から、笑いが消えた。
俺は、その顔を知っている。
――斬る顔だ。
(……まずい)
俺は、畳に両手をついた。
「――関白様。恐れながら、申し上げます」
「伊達様を、お斬りになりませぬよう」
広間が、爆発した。
氏郷が「秀定殿!」と声を上げた。三成が眉を寄せた。
政宗が、目を見開いて俺を見ていた。
「――理由を申せ」
関白の声は、低かった。
「改易なされば、奥州は、また燃えまする」
俺は言った。
「葛西も、大崎も、和賀も、稗貫も、家がすでにございませぬ。あの地で、まだ村を動かせるのは、伊達様お一人にございます」
「その一人を斬れば、次に立つ者がおりませぬ。……立つ者がおらぬ土地は、田が荒れまする」
「田が荒れれば、来年、また飢えまする。飢えれば、また燃えまする」
俺は、顔を上げた。
「潰すのではなく――縛って、お使いくださいませ」
「某が、この帳面を持っております限り、この御方は、もう動けませぬ」
長い沈黙があった。
やがて、関白が、扇を鳴らした。
「――政宗」
「はっ」
「そなたの申し分、聞き届けた。書状は、偽物じゃ」
(……ほう)
「その代わり、一揆は、そなたが鎮めよ。雪が解け次第じゃ」
「米沢は、動かさぬ。……当分、そこにおれ」
政宗が、深く平伏した。
俺は、下げた頭の中で、思っていた。
(……この人、最初から斬る気はなかったな)
(斬れば奥州が燃えることくらい、とうに分かっていた)
(――言わせたな、俺に)
天下人は、自分の口から「許す」とは言いたくない。
だから、末席の十七の若造に言わせて、それを聞き届けた形にした。
(……使われたなあ、今日も)
その夜、宿に政宗が来た。
供は、連れていなかった。
白装束でも、十字架でもなかった。
「――なぜ、助けた」
開口一番、そう言った。
「潰した相手は、二度と使えませぬゆえ」
政宗が、片眉を上げた。
「……わしを、飼うか」
「働いていただきます」
政宗は、しばらく俺を見て――
声を上げて笑った。
「はははは! ……いや、参った」
男は、目尻を拭った。
「白装束も、鶺鴒も、十字架も効かなんだのは、そなたが初めてじゃ」
「羽柴殿。そなた、恐ろしい男よ」
「恐ろしいが……のう」
政宗は、そこで言葉を切った。
最後まで、言わなかった。
帰り際、この人は、戸口で足を止めた。
「――羽柴殿。一つだけ、言うておく」
「あの者どもを焚きつけたのは、わしじゃ」
俺は、動かなかった。
「なれどな」
「――飢えさせたのは、わしではない」
俺は、返す言葉を持たなかった。
この人の言う通りだった。
竿を入れたのは俺たちだ。刀を取り上げたのも、肝煎を斬ったのも、村の娘に手を出したのも。
政宗は、そこへ火を放っただけである。
――だが、薪を積んだのは、豊臣だ。
政宗が出ていった後、俺は、一人で帳面を閉じた。
(……握った)
これで、あの人はもう動けない。
奥州は、これ以上は燃えない。
そして――
雪が解ければ、あの人が一揆を鎮めに行く。
鎮めるとは、どういうことか。
俺は、知っている。
権六の顔が浮かんだ。
湯呑みを両手で持って、震えていた男である。
「騙されておると、分かっておりました」と言った男である。
(……俺が、助けた手で)
俺は、行灯を消した。
消しても、しばらく眠れなかった。
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