ブラック土木の現場監督が戦国時代に転生したら、太閤秀吉に気に入られて徳川家康の親友になりました(旧タイトル:トシサダ戦国浪漫奇譚)
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第一部 小田原征伐と奥州仕置 ——「九戸城のトラウマ」
第二十七話 炎上
奥州へ入って、最初に見たのは、焼けた村だった。
十月の末である。
三百を率いて北へ上がり、旧大崎領に入ったところで、道の両側が黒くなった。
*
燃えたのは、五日か六日前だろう。
まだ灰が濡れていない。
俺は、馬を下りた。
(……検分だ)
癖だった。
事故のあった現場に入ったら、まず何が壊れたかではなく、どういう順番で壊れたかを見る。
俺は、焼け跡を歩いた。
――家が焼けている。
――だが、田は焼けていない。
(……刈った後だ)
稲は刈られて、束ねられて、そのまま置いてある。
運び出されてもいない。
(刈って、束ねて、それから何かが起きた)
俺は、村の真ん中まで歩いた。
そこに、竿が刺さっていた。
検地竿である。
真ん中から折られて、折れた方を上にして、地面に突き立ててあった。
俺は、しばらくそれを見ていた。
(……ああ)
(これは、謀反じゃないな)
謀反なら、旗を立てる。城を取る。名乗りを上げる。
これは違う。
竿を折って、突き刺してある。
――誰に向かってやったのか、一目で分かるようにしてある。
(苦情だ、これは)
誰も聞かなかった苦情が、刃物を持って出てきただけだ。
前世で、一度だけ見たことがある。
三か月ぶんの手間賃が払われなかった下請けの職人が、現場の真ん中で、自分の道具箱を叩き壊した。
あれと、同じ顔つきの現場だった。
佐沼の城の囲みが解けたのは、十一月に入ってからだった。
俺の三百は、後詰の後詰である。
槍を合わせる場面はほとんどなかった。
やったのは、道の普請と、荷駄の割り振りと、飯の手配だ。
(……いつも通りだな)
城から出てきた木村吉清を、俺は遠くから見た。
髷が崩れていた。
二月前、蔵入地の代官から三十万石になったと言って笑っていた男である。
肩を貸されて歩いていた。
俺の前を通るとき、この人は足を止めた。
顔を上げて、俺を見た。
「……羽柴殿」
声が、掠れていた。
「わしは」
(――言うな)
俺は、内心でそう思った。
(言わせるな)
「――お怪我は、ございませぬか」
俺は、それだけ聞いた。
木村吉清は、口を開けたまま、しばらく俺を見ていた。
それから、崩れるように頭を下げて、歩いていった。
(……言わなかったぞ、俺は)
(偉いだろ)
「だから言ったのに」を言って、直った現場を、俺は一つも知らない。
あれは、言う側が楽になるだけの言葉だ。
捕らえた一揆の男に、俺は一人だけ会った。
名を、権六といった。
三十半ば。もとは大崎の家来だったが、いまは百姓の顔をしていた。
俺は、縄を解かせて、湯を出させた。
男は、湯呑みを両手で持ったまま、動かなかった。
「――なぜ、蜂起した」
俺は聞いた。
「首を刎ねるために聞くのではない。……次を起こさぬために聞く」
権六は、しばらく黙っていた。
それから、ぽつぽつと喋り出した。
「……竿が、入りましてございます」
「九月に。稲がまだ立っておるうちに」
「去年の倍と、申しつけられましてございます」
俺は、黙って聞いた。
「刀も、槍も、取り上げられました。……猪が出ます。熊も出ます。なれど、追う物がございませぬ」
「肝煎が、二人、斬られましてございます。竿の入れ方が違うと申し立てただけで」
権六の手が、震え出した。
「……新しいお役人が、村へ参られて」
男は、そこで一度、言葉を切った。
「――娘が、二人」
俺は、目を閉じた。
(……全部だ)
(全部、うちの法度で首が飛ぶやつだ)
鶏一羽で首を刎ねる、と俺は言った。
あれを聞いて、諸将は笑った。鬼羽柴と呼んだ。
――この村に、あの法度が立っていたら。
(……起きてない)
この一揆は、起きていない。
「権六」
「……はい」
「鉄砲は、どこから出た」
男の肩が、跳ねた。
俺は、囲みを解いた後、一揆勢の陣の跡を歩いていた。
癖である。
人がいた場所には、必ず数が落ちている。
鉛の削り屑があった。焙烙の紙の切れ端があった。
撃った跡の数が、多すぎた。
(……おかしいんだよ)
飢えて蜂起した百姓に、鉛と硝石が続くはずがない。
米は、蔵から出る。
だが玉と薬は、蔵からは出ない。買うか、貰うかだ。
(――玉は、腹からは出ない)
権六は、答えなかった。
だが、俺が「どこから」と聞いた瞬間に、この男は、南西を見た。
――米沢の方角だった。
「……お代官様」
権六が言った。
「あのお方は、我らと同じだと、仰せられました」
俺は、動かなかった。
「国を取り上げられた。悔しかろう、と。……昔から、我らの上におられたお方にございます」
「他に、誰も、米も玉もくれませぬ。……都から参ったお役人は、我らを数えて、斬るだけにございます」
権六は、湯呑みを置いて、額を地につけた。
「……騙されておると、分かっておりました」
俺は、それを聞いて、何も言えなかった。
(分かっていて、乗ったのか)
(――そうか)
全滅するか、騙されるか。
二つしかないなら、人は騙される方を選ぶ。
*
前世でも、そうだった。
潰れかけの会社が、明らかに条件の悪い仕事を取ってくる。皆、分かっている。
分かっていて、受ける。
――受けなければ、来月がないからだ。
俺は、権六を斬らなかった。
奉行に引き渡し、名と村を帳面に書いた。
この男が助かるかどうかは、俺の手の中にはない。
できたのは、それだけだった。
あとは、村に兵糧を出させることと、女子供が山へ抜ける道を、一本だけ開けておくことだ。
(……焼け石だ)
(分かってる)
*
十一月の半ばに、和賀と稗貫が続けて燃えた。
雪が来た。
一揆は、年を越すことが決まった。
俺は、冬営の陣を張った。
三百を三つに分け、交代で火を焚かせた。厠は風下に掘り、灰を撒かせた。
綿入れを配り、藁沓を編ませ、朝晩に湯を飲ませた。
――一人も、凍えさせなかった。
会津から、薪と味噌が届いた。
俺が伊豆から会津へ送った荷が、そのまま北へ回されてきたものだった。
添え状があった。
――薪、確かに受け取り申した。会津は、今年は雪が早い。
――そなたの分は、そなたの陣へ回した。返す、とは申さぬ。使え。
――堀左衛門督秀政
(……この人)
俺は、その紙を、しばらく持っていた。
蒲生氏郷が、陣を訪ねてきたのは、その数日後だった。
伊勢から、遊撃として上ってきていた。
この人は、床几を勧める前に、地面に座った。
(……相変わらずだな、この人は)
「秀定殿。……あの男が、裏で糸を引いておる」
氏郷は、前置きなしにそう言った。
「間違いない。わしは、そう思うておる」
「――なれど、証がござらぬ」
俺は、頷いた。
「文が一通出てきたところで、あの方なら、偽物と言い切りましょう」
「では、どうする」
「――証は、数にございます」
俺は言った。
「文は書き換えられます。人は口を割りませぬ。……なれど、鉛と硝石は、どこかで買われております」
「買えば、銭が動きまする。銭が動けば、蔵が減りまする。蔵が減れば――」
「帳面が、合わなくなりまする」
氏郷は、しばらく俺を見ていた。
それから、低く笑った。
「……そなた、恐ろしいことを申すな」
「刀を抜かずに、人の首を取る気か」
「首は、要りませぬ」
俺は答えた。
「奥州を、これ以上燃やしとうないだけにございます」
雪が本降りになった夜。
俺の陣に、客が来た。
供を三人だけ連れて、伊達政宗が立っていた。
「――寒いのう、羽柴殿」
男は、火にあたりながら、そう言った。
俺は、湯を出させた。
政宗は、それを一口飲んで、笑った。
「うまい。……そなたの陣は、湯まで沸いておる」
「凍えた兵は、槍を持てませぬゆえ」
「はは。……相変わらずじゃ」
それから、しばらく、火の音だけがした。
「――羽柴殿」
「はい」
「そなた、鉄砲の玉を数えておるそうじゃな」
俺の背中を、氷が滑り落ちた。
(……なぜ知ってる)
俺は、顔を動かさなかった。
四十年、施主の前で「工程は間に合います」と言い続けた顔である。
「陣の跡には、いろいろ落ちておりますゆえ」
俺は答えた。
「拾って、数えるのが、某の役目にございます」
政宗が、笑った。
湯呑みを置いて、立ち上がった。
「宇都宮でも、黒川でもそうであった」
男は、幕の外へ出ながら言った。
「皆は、わしの芝居を見る。……そなたは、わしの蔵を見る」
そして、雪の中で振り返った。
左目が、火を映していた。
「――厄介な男よ、そなたは」
白い背中が、雪に消えていった。
俺は、しばらく動けなかった。
(……宣戦布告か、今のは)
(それとも、警告か)
どちらでもいい、と俺は思った。
こちらの手札は、最初から一つしかない。
――帳面である。
*
年が明けて、天正十九年。
雪の中を、大和から早馬が来た。
書状は、短かった。
――大納言様、ご不例。
――至急、郡山へ参られたし。
俺は、その紙を握ったまま、雪の空を見上げた。
(……ああ)
豊臣秀長。
俺を養子にした人であり、俺がまだ一度も、まともに話したことのない父である。
そして、俺の知っている歴史では――
この人は、今年、死ぬ。
俺は、馬を出させた。
(……間に合ってくれ)
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