断罪のエクスタシア
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第六話 受肉
彼はこちらを覗き込むような形でこちらに突進。私はそのまま押し倒される。
「……何を企んでいるの? こんなことしたって、無駄——」
その時、私は気づいた。
なぜ、動かない。腕すら掴まれていないのに、全身が鉛のように重い。まるで見えない何かに押さえ付けられているかのような——
「お前は、俺と一緒に死ぬんだ」
目の前で奴が嗤う。そして、彼は首にかかったペンダントを右手で持ち上げた。それは、不快な金属音を発しながらひとりでに開く。そして、中にいた何かが勢いよく飛び出した。
私たちの周りをぐるぐると回るそれは、形を持たぬ黒い影のようなもの。質量を増大させながら、ねじれ、蠢き、無数のヒトの顔を思わせるものを浮かばせては消えていく。
「俺は、“あの方”から選ばれたんだ……これでようやく、神に近づくことができる」
「何を、言ってるの……!」
「——死ね、人を捨てた化け物め」
そう言い放つと同時に、オルトは大きく口を開けた。直後、辺りを覆っていた黒い何かが収束し、その中に勢い良く飛び込んでいく。
「……これが、千年を封じた力か」
彼はゆっくりと剣を抜いて夜空に掲げる。
そして——自分の首を真っ二つに叩き切った。
目の前で血飛沫が舞う。だが、何かおかしい。死んだはずなのに、私にかけた術がまだ解けていない。一体、何が——
「ああ、神に仕えし信徒よ、我をお救いください」
その時、彼の声がした。半分に切られた頭の、左片方がそう喋っていた。それに応えるかのように、右片方が口を開ける。
「ああ、それを許そう、哀れな忌み子よ。さあ、身体を明け渡すが良い」
抉れた彼の腹の傷が瞬きのうちに治り、勢いよく腕が生える。右頭の眼球が、剥き出しの頭蓋からこぼれ落ちる。左頭の口より上が、解けて地面に滴り落ちる。
「「おお、我らが悲願を今こそ果たそう。信徒として、神の落とし子として、再びこの地に降り立つのだ!」」
二つの声が不協和音を響かせながら、彼の身体がぎしり、と軋む。そして、背中が不自然に反り返り、胸のあたりが波打った。
皮膚の下で何かが動いている。蛇とも蛆とも、あるいは別の何かともつかない黒いモノが、皮膚越しに見えた。形が変わるたびに、内側から押し広げられ、破裂しては膨張して彼の身体を覆い尽くしていく。
背骨が一本一本、ゆっくりと皮膚を裂きながら伸びていった。彼が、苦痛にも快楽にも似つかぬ、形容できない吐息を漏らす。
その時、彼の胸が、外側へ向かって勢いよく裂け、内側から何かが溢れ出した。血ではない、何かどろどろとした黒い液体が、まるで重油のようにどろりと溢れて私の身体をみるみるうちに覆い尽くしていく。
「アァァァ……ッ、もっとだ……まだ……足りぬ……ッ」
さらに胸の裂け目が上下に広がり、肋骨そのものが歯のように変質し、ぬるりと開いた。そこに“いた”のは、無表情でこちらを見据える顔。先ほどペンダントの中にいたものと同じ……いや、違う。もっと濃く、もっと歪で、もっと——
「喰ワレヨ……喰ワセロ……喰ラワセロ……」
新たな“口”が呻くように開閉し、ミミズのように細長い無数の黒い舌のようなものが外に垂れた。
分離した元の顔もまた動き出し、左右にぐらぐらと揺れながら笑いだす。
「ああ……これが“信徒化”……ついに、この時が……ッ!」
その言葉と同時に、二つの顔が崩れ落ちた。その断面からは、黒い羽根のようなものが生えてくる。そして、ぐちゃぐちゃと音を立てながら、身体そのものが“変態”を始めた。
皮膚を破らず、肉の中からゆっくりと押し出されるように。
細いが、異常に長い腕。関節が四つ、指が六本。すべてが細長く、節ばっている。
巨大な黒翼の先に生えたのは、巨大な爪。彼はそれで地面を掴み、音もなく立ち上がった。
「見ヨ、我ガ“信徒”ノ姿ヲ…………」
目の前の顔が、そう呟いた。そして、先程まで私に騎乗していた、だらりと垂がった足が痙攣し、最後の変形を始める。
——そこに立つ化け物は、もはや人間の形を保っていなかった。
顔は鴉の嘴のように変形し、その表面には六つの人間の眼が浮き上がっていた。
その真横から生えているのは、一対の黒翼。先に生えた巨大な爪は、前足のように機能しており、地面を掴んでいる。
顔の真下からは、一本の足が伸びていた。獣のように毛むくじゃらで、ところどころ骨も剥き出しになっている。
まだ、私の身体は動くことを許されない。逃げたいのに、逃げることができない。視界の端では、制御を失った触手がのたうち回っていた。
——こんな姿になってもなお、私は敗けてしまうのだろうか。
「禁忌ノ娘ヨ、貴様ヲ“新たな器”トシテ連レテ行ク。旧神様ハ、ソウ望ンデオラレル……ッ」
彼の身体が動く。その瞬間、私の身体が制御を取り戻した。
それに気づいて動こうとする。だが、一足遅い。
化け物は、咄嗟に退いた私の動きを予測し、その凶爪を振り翳した。
「————サァ、堕チヨウ、共ニ。」
目の前で、無数の黒い羽が舞い上がる。
次の瞬間、私の身体は化け物——“信徒”の黒翼に包まれた。
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