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ラジェンドラ戦記外伝~岩の英雄~

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第一話 両雄邂逅

 旅の空からこんにちは。シンドゥラ王国第二王子ラジェンドラです。現代日本からの転生者で、生前の名前は・・・まあそれはどうでもいいか。
 
 『アルスラーン戦記』の愛読者だった俺は前世の記憶を取り戻して、自分がラジェンドラに転生していることを知って、だったら俺が原作のあの胸くそ悪い結末を変えてやるんだと決意した。
 
 それで手始めに痛覚と人間性を失い、闘争本能だけに支配された獣の様になるはずだったバハードゥルを救い、パルスの王妃タハミーネが産んだ娘のダミーとして寺院に捨てられた三人の女の孤児を引き取ったりし、その後は割と好き勝手に生きていた。まあ、原作開始まではモラトリアムみたいなものだよなと。
 
 一つ誤算だったのが、実兄ガーデーヴィの豹変だ。原作通りに実の父カリカーラ王は正妃の死後、箍が外れたかのように酒食に走ったのだが、その様が余りにも原作通りで笑えるなあと思いながら黙ってみていたら、何を思ったかガーデーヴィは父の部屋にあった酒だの強壮剤だのを全て飲み干して公務に戻るようにと諫言し、そんな無茶の代償として当然のようにぶっ倒れた。その後意識を取り戻したガーデーヴィは全くの別人のようになっていた。穏やかな微笑を浮かべて、蛇蝎のように忌み嫌ってきたはずの俺に接し、周囲には的確な指示を出して国政の混乱を鎮めた。
 
 「一体何があったんだ?前世の記憶でも思い出したのか?」とも訊いてみたのだが、怪訝な顔で「お前は何を言ってるんだ」と言い返された。生死の境を彷徨ったのだから、人が違って見えるのは当たり前だろうと。
 
 それにしては人が変りすぎた。本来なら俺はそんな兄の豹変を警戒すべきだったのかもしれない。だが、豹変後の兄の方がそれ以前よりも好ましく思えてしまってなあ。前世では一人っ子だった俺は気安く付き合える歳の近い同性の身内って関係性を初めて知り、その心地よさを気に入ってしまったのだ。
 
 まあ、腹の立つこともあったけどな。真面目一辺倒で不器用だったはずが、俺よりも遙かに抜け目なく立ち回って、俺だけが不真面目で不出来みたいに言われるとちょっと待てと思わずには居られなかった。それだけならまだしも、文武共に明らかに兄の方が上と判断され、正式に兄が王太子にまでなってしまうとなると、それは余り面白くはない。
 
 だから、ちょっとした腹いせに兄と結婚するはずの美女サリーマを我が物にしようかとしたが、それは完全に失敗した。転生者で未来の判る俺とくっついた方が安心安全だと必死になって口説いたが、王太子にも選ばれなかった貴男が実兄に勝てるとは思えないと言われればそれまでだったしな。
 
 それに、豹変後足繁くサリーマの元を訪れ、確かな絆を築いていたらしき二人の間には元より俺なんかが入り込める隙間なんてなかった。結婚し、王太子妃として冊立された彼女を、兄はひとときも離さず、連日睡眠不足気味の顔で朝議に現れるほどだったから、思わず寵愛も大概にしろと怒鳴りつけてしまった。まったく、何で俺がそんなことを言わなければならないんだ。
 
 その一方で、父王カリカーラは病で床に伏すことが多くなった。原作では我が子たちの不仲に頭を痛め、自分がしっかりしなければと気を張っていた部分も多かったのだろう。

 その反動とやたらと束縛の厳しい正室が居なくなったことによる一時の気の迷いで酒食に走った。だが、それが原因で長男が諌言の為に行った行動のせいで生死の境を彷徨うことになったとあってはな。我に帰って何て馬鹿なことをしたのかと自分を責めたことだろう。余計に自分がしっかりしなければと再び気を引き締めたはずだ。しかし、何が幸いするか分からないもので、意識を取り戻した長男は人が変わったかのように頼もしくなった。これなら一安心だと思ってしまったのだろう。

 短期間の内にそんな緊張と緩和が繰り返されたことが災いしたのか、わずかな間とは言えいい歳して酒食に耽ったことの影響なのか、急激に父の容態は悪化した。今では誰も父に政務に戻れとは言えぬし、兄が大過なく政務を代行する様を見て誰も言わなくなった。形の上では今でも父は王のままで、兄は摂政として一時的に政務を代行しているだけだが、既に代替わりが行われたと言っても差し支えない状況になってしまっている。

 そんな状況下で俺は兄にいいようにこき使われていた。ときに地方の反乱の鎮圧の為に兵を率いたり、官僚たちに不正や癒着が無いか目を光らせたり、今回のように外国に使節として赴いたり。

 今回俺はトゥラーンを友好親善の為に訪れようとしている途中だ。面倒な仕事ではあるが割と楽しみでもある。何しろ原作では名前さえ明記されることの無かったトゥラーンの王弟をこの目で見ることができるのだ。原作ファンの転生者としては思わず表情が緩んでしまうのを止められなかったのも無理はなかっただろう。

「殿下~、一体何をそんなにニヤけているのさー?」

 馬車に同乗している乳兄妹のラクシュが半目で俺を見ている。まずいな、少しは表情を引き締めなければ。そう思いながらも思わず笑みが零れてしまう。

「いや、これから会うことになるトゥラーンの王弟、どんな間抜け面をしているんだろうと想像するとどうしてもな」

 そう答えると心底ラクシュは呆れた顔をした。
 
「殿下、ちゃんと私達の報告書読んだ?その王弟がどれだけヤバいヤツかってのをこれでもかと書き連ねてあったはずなんだけど?」

「ああ、もちろん読んださ。確か名前はハドバータルって言うんだったよな?それだけはよく憶えてる」

「ちょっと、それ冒頭部分でしょうが!さては最初だけちょろっと読んで放り投げたな!そもそもガーデーヴィ殿下だって最大限に警戒するようにって言ってたでしょうに!」

「そう言われてもなあ・・・」

 何しろ三国連合五十万の軍勢を率いながら、ナルサスの離間策に引っかかり、果てはダリューンに一刀両断にされたっていう究極のやられ役だ。そんなのを警戒しろと言われてもなあ。
 
 それにハドバータルって名前だって、『岩の英雄』って意味だろ?岩は石よりも硬くて強いとかいう極めて頭の悪い理屈からつけられた名前に違いない。石器時代の勇者か!オフレッサー上級大将かよと思ってしまうだろうがよ。
 
「『傲り程恐ろしいものはない』って普段口を酸っぱくして言ってるのは殿下の方なのにさー。そんなに甘く見てるときっと痛い目に遭うんだからね!」

「大丈夫だ。全く問題ない!」

「問題ありそうだから言ってるんだってば!」

 頬を膨らませてなおも何かを言いかけたラクシュだったが、馬車の扉がコツコツと叩かれると、向き直って誰何する。

「誰?」
 
「バハードゥルです。殿下、王都サマンガーンが見えて参りました」

 御簾を上げて窓の外を見やると前方に膨大な数の天幕が広大な草原に並んでいるのが見えた。そして天幕の意匠は多種多様で何種類もの旗が風にたなびいている。
 
「何だ?やけに旗の種類が多いな。実に統一感がないというか・・・」

「それ、併呑された諸部族の旗だよ。ここ二、三十年ほどで四十もの部族がトゥラーンの王弟率いる軍勢に倒されて幕下に加えられているって話だよ?」

「・・・そ、それはまた随分と凄い話だな・・・」

 気を引き締めてかからなければならないかもしれない。そう思って臨んだトゥラーン国王との謁見だったが、拍子抜けに思えるほど、実にスムーズに話が進んだ。
 
 四十代半ばの国王は圧倒的な支配者というより調停型の人物で、シンドゥラとの外交関係を特に荒立てるつもりもないようで、難題を押しつけられることもなく、ほぼほぼ現状維持で友好関係を保っていくことが決まりつつあった。
 
 が、その終盤に謁見用の天幕に乱入してきた者があった。
 
「兄者、シンドゥラからの使者がお見えになっているそうですな!」

「おお、我が弟よ。おぬしも立ち会ってくれるとは有り難い。ラジェンドラ殿、こちらはハドバータル。我が国が誇る大陸公路に敵無しと呼ばれる勇者だ」

 その男を見てまず感じたのがデカいということだった。身長は恐らく2メートルを優に超える。そしてそれ程の長身でありながら全く細身には感じられない。金銀で飾られた豪奢な甲冑を身にまとっているが、それがはち切れんばかりの筋肉で押し上げられ、悲鳴を上げているかのようだった。俺は今までこれ程デカい人間を見たことは、他に一人ぐらいしかいない。そして、片手には巨大な弓。どうやら狩猟に出ていたようだ。
 
 更に印象的なのはその双眸だ。巨眼としか言いようのない大きすぎる瞳は何処か油断のならない鋭さも感じさせるような輝きを帯びている。鼻も口もデカい。小顔の女性の倍ぐらいに各パーツがデカいと思えるほどだ。ちょっと縮尺間違ってませんかね?
 
「使者殿、よくおいでなされた。歓迎いたしますぞ」

 わずかに頭を下げようとして、兜をかぶったままだったことに気付いたらしい。これは失礼とか言いながら兜を脱いだのだが、俺は露わになったこの男の頭部に目が釘付けになった。
 
「べ、弁髪!?」

 思わず日本語で呟いていた。彼の頭髪はトゥラーン人の他の誰とも違っていた。前世に清王朝の皇帝の肖像画で目にしたような、頭部のほとんどを剃り上げながらも一房だけを束ねて腰まで達するほどに垂らしている、あの弁髪と呼ばれる髪型をしていたのだ。

 そんな俺の低い呟きが耳に入ったのか、この王弟は一瞬目を見開いた後、ニヤリと笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに近寄ってきた。敵意はないと示すためか弓は後手に放り投げ、実に人好きのする笑顔を浮かべながら肩を叩いたまま、俺の耳元に囁いた。
 
「おぬし、転生者だな?儂と同じで!」

 全身が凍り付き、総毛立った。 
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