『GS美神IF』〜独白〜黒衣の除霊師
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義弟(冰織の日常編)
前書き
冰織視点の話です…
木々の間を、乾いた音が規則正しく裂いていく。
ここは、私の拠点から、そう遠くない郊外の雑木林。住宅街の明かりが遠ざかると、すぐにこうした林が残っている。なので、私はここを、日頃の鍛錬の場にしていた。
木刀を手に、落ち葉の積もった地面で型を繰り返す。踏み込み、斬り下ろし、流し、再び構える。呼吸は乱さず、余分な音も出さない。
体と心の波長を一つにして、闇に抗するのではなく自ら溶け込むように……
幼少期より、幾星霜と繰り返している反復鍛錬。けれども、未だに自分の納得するような一閃には至っていない。
成長の実感はある。昨日の自分より、今日の自分。今日の自分より、明日の自分。全く感じ取れないような、微々たる前進。されど、確かな前進。
それをずっと繰り返してなお、実感はおろか到達点すら曖昧にしか見えない。時と場合によっては、自分の進んでる方向は合っているのかと本気で疑わしくなることすらある。
…………けれども、止めるわけには行かなかった。止めようとも思わなかった。
物心着いた時より精進して来たこの剣こそが、自分にとっての唯一の聖域であり、拠り所なのだから。
「ふぅ……」
風が止む。木刀を振った直後、異変に気付いた私は動きを止める。
気配だ。消したつもりなのだろうが、完全ではなかった。いや、ワザと消してないのかもしれない。
私は、木刀を下ろさぬまま、静かに口を開く。
「……溶岩ですか?」
すると、数メートル後方から、声が響いて来る。聞き覚えのある、明瞭で堂々とした男の声だ
「流石ですね。気配は、消したつもりなんですが…」
そんな、声の主に対して私は、ややウンザリしながら嘆息気味に返す。顔は、前へ向けたままだ。
「どうしたんですの?また、東京で仕事ですか?」
「今回は見物です」
「見物って……次期当主になる者が、随分と呑気ですわね」
「将来的に東京への進出も考えています。これは、その下準備と思って頂ければ」
いけしゃあしゃあと……
「………それで、今回は何の用です?」
「特に用があったわけではありません。近くへ来たので義姉上に顔を見せようと……」
「あなたの姉になった覚えはありません!何度も、言わせないで」
「……っ!?し…しかし、義父上は私を嫡子と定めて下さいました」
「それが、何だと言うのです?」
「義父上と父子の契りを結んだ以上、あなたを義姉上と敬うのは義弟として、当然の道理と心得ます」
「私は、あの男から勘当された身ですよ」
「義姉上、現当主である義父上を「あの男」呼ばわりは……」
「………溶岩、これ以上その話をするなら、もう行って貰えませんこと?」
ここが我慢の限界。無意識に木刀を握る手に力が籠るのが分かった。これは、Dr.カオスが手を加えた特別製。霊気を通せば、即座に武器化出来る。こいつが、なお食い下がるなら……
………ただ、そうはならなかった。声に乗せた怒気を感じとったのだろう。溶岩は、諦めたように呟く。
「…………今回は、これで失礼します。しかし、私は諦めませんよ。それでは」
その声を最後にあの男の気配は、闇へ溶けた。出て来た時とは、逆に鮮やかなものだった。
「随分と腕を上げた様ですわね……」
ここへ来てようやく振り向いた私は、既に気配の消えた虚空へ向かって呟く。
本当に……「男子、三日会わなければ変わる」とは良く言ったものね。
あの泣いてばかりいた、あいつが……
◇◇◇
薄い光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
目を開けた瞬間、意識はすでに澄んでいた。寝ぼけた感覚はない。体を起こし、ベッドのシーツを軽く整える。
六畳ほどのこの部屋に、余計なものは置いていない。最低限の物で十分だ。
窓の外は、まだ完全には明けきらない都内の空。遠くから通勤の車の音が、かすかに聞こえてくる。
小さく息を吐き、髪を指で軽く整える。短くしてるので、この辺は余り気を使わなくて済む。洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗う。鏡に映る自分の表情は、いつも通り落ち着いていた。昨夜のことは、余り影響していないみたいね。
部屋に戻り、着替えを済ませる。私服は動きやすく、目立たないものを選ぶ。GパンにTシャツ、その上にジャケットを羽織る、いわゆる “パンツルック” と言う奴だ。
「ふぅ……」
部屋のスタンドミラーを見ながら思う。
仕事柄、いつものこのような格好で統一してるけど、本心を言えば、私(19歳)も同世代の女の子達が履くようなひらひらしたスカートを身に着けてみたいと思ってる。
ただ、有事の際にそれだと色々支障をきたしてしまう。だから、自分の中にある願望を認めつつも、その姿で通すのが習慣となってしまっていた。
「…………漫画やアニメのように、一瞬で着替えられれば良いんですけどね」
忍者ハッタリ君のように普段着でも、事件が起こればそれを紙細工のように引き裂いて、下から忍装束が現れる。
小さい頃、そんな事が出来ないかと子供なりに色々と試行錯誤した記憶がある。
けれど、その結果は、今の通り……
◇◇◇
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。氷雅ちゃん」
簡単な朝食を済ませて、部屋を出るとすれ違う他のアパートの住人へ挨拶を交わす。皆、笑顔で返してくれる所を見ると、私に対する近所評判は悪くないのだろう。
多分、愛想の良いフリーターの女の子。それが、彼等の抱く印象なんだと思う。
……私としては、無駄な衝突を避ける処世術。
それくらいに思っていたのだけど、昔から親しい友人達にいわせれば「外面ばかり良い」らしい。
余り良い気分ではありませんでしたわね。これでは、まるで猫でも被ってるよう……
「………実際、被ってますわね」
周りに人が居なくなってから、そう独りごちる。
さっき、言ったように近所の人達には、GS(助手)活動していることを秘密にしている。
GSと言えば、花形商売。普通に考えれば、もっと誇れそうだけど、今の自分を鑑みると、とてもそんな気分にはなれなかった。
◇◇◇
ガチャ……
アパートから徒歩と電車で数十分掛けた後、私は雑居ビルの一画にある事務所の扉を開いていた。
『山崎除霊事務所』……古くさい(それに汚れ気味)横書きの表札が掛かったそれを開けると、中から湿った埃と古い紙の匂いが先に鼻を突いて来る。それだけじゃない。安酒の臭いが、室内に薄く、しかし広く充満していた。
10日振りに来る、薄暗い室内。最近は、入る度に気が滅入ってしまう……
窓は開け放たれているけど、淀んだ空気。床には使い終わった御札の切れ端や、破れた結界紙が散らばり、テーブルの上には飲みかけの缶コーヒーと、空の瓶。ソファーには埃が薄く積もってる。
壁には昔貼られたままの黄ばんだお札が数枚。掃除の気配は、ほとんど……いや、全く感じられなかった。
ついでに言うと、その中に依頼に関する紙なんて一枚も置かれていない…と言うより、自分がここに来てから1度たりとも見たことがない。
当たり前ですわ。この事務所に、新規の依頼なんて来るわけがない。近所からも、同業者からも信用されてないのだから。協会に塩漬けされてる、最悪案件を漁り続ける落ちぶれたGS事務所。それが、ここの実態………どっかの鴉武霊域と似てますわね。
だけど、向こうがやたら(意味不明な)バイタリティに溢れてるのに対して、こちらを支配するのは “無気力” に “倦怠感” ……どちらがマシかなんて、比べるだけ無駄ですわ。
私は靴の裏で、床に落ちていた小さな紙切れを軽く払うと静かに中へ入った。
「……おはようございます」
返事は無い。けれど、奥の方から微かに寝息のような音がする。所長が、またデスクで寝ているのでしょうね。いつものことだわ。
ふと下を見ると、足元に酒の空瓶が転がっていた。この部屋は、来客用のスペースだと言うのに……せめて、見えない場所にでも………今更ですわね。
私は小さく息を吐き、まずは窓を大きく開けた。次に床に散らばった紙類を拾い集め始める。自分がやらなければ、この事務所は本当にゴミ屋敷になってしまう。
汚い。酒臭い。見向きもされない……それが、私の職場。
完全に終わり切った場所………けれども、GSとして活動するには、ここがある意味で丁度良くもあった。
まともな職場では、私の素性を調べられてしまいますからね。
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