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機動戦士ガンダム0086/ティターンズロア

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第二部 黒いガンダム
第六章 フランクリン・ビダン
  第二節 闇転 第三話

「父さん!」

 MSハンガー前で話し込んでいたフランクリンとアストナージの間にカミーユが割り込んできた。

「なんだ、カミーユか」

 邪魔だと言わんばかりのフランクリンの態度である。それだけでカミーユは()っとなった。

 カミーユの激昂は、モビルスーツを目の前にして、フランクリンはすっかり浮かれており、ヒルダの死を忘れているようにしか感じられなかったからである。フランクリンとヒルダの間に夫婦の愛情が既になかったにしても、涙のひとつも流さないのは、息子として納得できるものではなかった。

「こんなトコでなにやってるんです?!」
「なに……とはどういうことだ?」

 さすがに気色ばんだ。
 フランクリンにはフランクリンなりの理由があるということをカミーユは失念していた。普段ならつとめて冷静に、皮肉の一つでも吐いただろうが、この時は完全に頭に血が上っていた。

 フランクリンもムッとした顔でカミーユを瞥る。血相を変えたというのはまさにこれだ。そこには、(まなじり)を吊り上げたカミーユがいた。

 実のところ、フランクリンはカミーユが苦手だった。ヒルダ譲りの癇癪の上、若さゆえの性急さは直情的で、清廉さを要求する。それは、仕事にのめり込みがちな両親への反抗であり、愛情に飢えた思春期ならではの自己防衛であったのだが、機微に疎いフランクリンには理解できなかった。ヒルダでさえ持て余し気味だった。

 加えて、フランクリンは才覚に偏って稚気が修められていない――人格者には程遠く、偶々ヒルダと出会い結婚しただけの、普通の人なのだ。

「母さんが死んだんだぞ!」

 それも俺の目の前で。その言葉を飲み込むだけの分別はカミーユにもある。それ故に説明不足のまま、フランクリンを睨み付けた。

 カミーユとて、誰かに感情をぶつけなければ、自責の念で潰れてしまいそうだった。これはカミーユの甘えでもある。だが、受け止めてほしかった。ただ一人残った肉親である父に。

 メズーンの死も、重くのし掛かる。

(母さんも、メズーン先輩も、救えなかった……)

 二人の死が、カミーユを感情的にしていた。ハイスクール時代のキレやすいカミーユがそこにいた。

 それは、無意識にフランクリンへ父親を求めたのであるが、当のフランクリンには通じない。妻の死を直接見ていないということもあったろう。今ひとつ現実味がないのだ。

「……それで?」

 何をいいだすのかとでも言うような顔に、カミーユは激情をぶちまけた。

「母さんが死んだのに、なんで涙のひとつも流せないんです! アナタたちは夫婦でしょう?  おかしいじゃないですか。子供の前くらい、ちゃんと親を()ってみせてくださいよ!」

 それはカミーユの本音であり、家庭を顧みなかった両親に対する子供からの救難信号ともいうべき、悲痛な叫びだった。

「それが親にする態度かっ!」

 フランクリンにはフランクリンなりの家庭像があった。それが、カミーユの求める家庭像と摺り合わなかったということに過ぎないが、フランクリンはそれを妻や息子に共有する努力は怠ってきた――というよりも共有すべきものであるという認識がなかったというべきか。

 結果カミーユは、家庭における理想をユイリィの家庭に求めるしかなくなり、自分の家との違いに苦しむことになったとも言える。それは結果としてカミーユのコンプレックスと結び付き、趣味にのめり込ませることとなり、狷介なカミーユの人付き合いの不器用さを際立たせてしまった。

「くっ……」

 父親の威厳に怯んだ訳ではない。
 カミーユは自分の言葉がフランクリンを怒らせたことに気付いて怯んだ。自分の言葉が父親の劣等感(コンプレックス)を刺激したことに気づいたからに過ぎない。フランクリンは暴力的であったことはなく、また、カミーユはフランクリンを恐れたことはなかった。

 だが、彼の中に育まれた孤独感は、人に捨てられる恐怖を肥大化させていた。最終的な訣別を回避しようとい心理がブレーキを掛ける。

 歯軋りが聞こえそうな程、歯を喰い縛ってキャットウォークへ流れることだけが、カミーユにとっての精一杯だった。

「……お見苦しい所をお見せした」

 カミーユが通路の向こうに消えるのを見終えて、フランクリンがバツが悪そうにアストナージに謝る。呆気に取られていたアストナージはカミーユにもあのような面かあったことに驚いていた。妙に老成した部分がある大人しい人間に見ていた。あれほど稚気があり、感情がストレートに出るようには見えなかったのだ。機微を察して発言を変え、寡黙で冷静であるように見えたのは、彼の努力であるのか?

 そういえば、ランバンからカミーユが実は喧嘩っ早いと聞かされていたことを思い出す。にわかには信じ難く、すっかり忘れていたが、今、憶いだしてみると、確かにその通りだった。

「では、私も整備を手伝わせてもらおうか」
「いやいや、大尉。そりゃ、無理ってもんです」

 いくら丸腰で、カミーユの父親であるとはいえ、ティターンズの将校である。捕虜とは言わないが、全面的に信用する訳にはいかなかった。

「こら! トーチはそんな風に使うな! もっとデリケートに扱え!」

 フランクリンは指導ならいいだろうと、メカニックに指示を出し始めた。やれやれと肩を竦めて、アストナージは()ているしかない。フランクリンが《マークⅡ》の専門家であることは事実であるし、メカニックの数も足らない現状では、フランクリンの申し出は有難いのだ。

「大尉! 自重してくださいよ?」

 アストナージの言葉に、嬉しそうな顔をしてみせたフランクリンであった。 
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