機動戦士ガンダム0102 Curse of Zeon (完結)
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第5章:呪いからの開放
「なんだ、貴様は? 邪魔をするなら、あそこの角つきみたいにしてやるぞ……!」
白銀の髪を狂気的に波打たせ、ウィンは歪んだ笑みをシナンジュへ向けた。
その視線の先にある深紅の機体は、かつて彼が戦場で見たどのモビルスーツよりも不気味で、そして圧倒的な威容を誇っていた。
「ふむ……なんの因縁か。まさかこの期に及んで、またガンダムと戦うことになるとはな」
シナンジュのシートに深く身を沈めたキャスバル・レム・ダイクンは、
懐かしさと忌々しさが混ざり合った複雑な溜息を吐いた。
かつて宇宙を震撼させたあの「白い悪魔」の残骸が、
今、目の前で赤黒いサイコミュの光を放って蠢いている。
キャスバルはコンソールの外部通信スイッチを指先で弾いた。
「少年! 君の執念、その憎悪の深さはわかる。だが、向け先が間違っているな!」
全天周モニターに響くキャスバルの声は、どこまでも深く、
そして冷徹だった。
それは戦場を幾度も生き延びてきた者だけが持つ、
絶対的な拒絶の響き。
「何をわかったような口をきくッ!
ザビ家が、ジオンが僕たちから全てを奪ったんだ!
お前たちのような持てる者が、
僕たちの命をおもちゃにしたんだ!」
「十分にわかるさ。私もかつてはザビ家を憎み、
その血を絶やすためだけに復讐の鬼となった男だ。
もし、そのジオンの存在そのものが憎いというのなら、
私こそがその大元、呪いの源流であると言えよう!」
キャスバルはシナンジュの操縦桿を限界まで押し込んだ。
「かかってこい、少年!
ネオ・ジオン元総帥、キャスバル・レム・ダイクンが
お相手しよう!」
「貴様が…ジオンを……死ねぇッ!」
ウィンの咆哮と同時に、RX-78-2ガンダムが爆発的な加速で突進した。
骨董品であるはずの機体は、ウィンの怒りと、
その奥にある「姉の脳」の防衛本能によって、
設計限界を遥かに超えた機動を見せる。
ビーム・サーベルの光刃が、宇宙の闇を切り裂いてシナンジュの頭部へと迫る。
しかし、キャスバルの反応はそれを上回っていた。
シナンジュの背面に配された大型スラスターが
猛烈な推進力を生み出し、ガンダムの斬撃を紙一重でかわす。
「速い……だが、それだけだ!あたらなければどうということはないっ!」
キャスバルはシナンジュのビーム・アックスを展開し、
ガンダムの懐へと滑り込んだ。激しい光の衝突。
互いのシールドが削れ、装甲が火花を散らす。
オールドタイプであるはずのウィンは、
脳内に目覚めた強化人間の感覚によって、
キャスバルの「プレッシャー」をまともに浴びていたが…
「くそっ、動きが見えない……いや、わかるっ!姉さん、そこだ!」
ウィンの感応波に反応したガンダムの右腕が予測不能な角度からシナンジュのコックピットを狙う。
それは格闘戦のセオリーを無視した、ただ「弟を守る」ためだけに放たれる、執念の一撃だった。
「チィッ! これほどの怨念か!」
キャスバルはシナンジュの機体を強引に反転させ、その一撃を回避しようとした。
だが、その瞬間、二人の脳波が、そしてメガラニカを満たすサイコフレームの残滓が、異常な共鳴を起こした。
「見えるっ!死ねぇっ、ジオンの呪いがぁぁぁっ!」
ウィンがシャアの一瞬の隙を見つけそこにビームサーベルを突き刺そうとした。
「やるな、少年!しかし、タダではやらせはせんよ!」
それと同時にシナンジュのビームアックスがガンダムを襲う。
「甘いんだよ!見え見えだ!」
ウィンにはシナンジュの動きが見えビームアックスを避けようとした。
しかしその刹那、ガンダムのコックピットの中で、
ウィンの手が握る操縦桿が何かの意思に固められたように全く動かなかった。
(ウィン……これ以上は、ダメ……)
ウィンの脳内に、優しく、そして酷く悲しい姉の声が響いた。
機体はあえて回避運動を止め、シナンジュの放ったビームアックスを迎え入れるようにその胸部を晒した。
同時に、ガンダムのビームサーベルもまた、シナンジュの胸部を正確に貫いていた。
互いの光刃が、両機のコックピットへと同時に突き刺さる。
「すまん、ララァ……私はやはり、大人になれなかった……」
赤い光に包まれるコックピットの中で、キャスバルは静かに目を閉じた。
世界を変えられず、ただ因縁の渦に巻き込まれて消えていく自らの愚かさを、彼は自嘲気味に受け入れていた。
その耳に、かつて愛した少女の優しい声が届く。
『お疲れ様でした、大佐。十分ですよ。少し休みましょう』
「ああ……そうだな……」
シナンジュのサイコフレームが、眩い緑色の光となって膨れ上がっていく。
キャスバルの魂は、ララァの温かな光に導かれるように、
肉体を離れて宇宙の上昇気流へと昇華していった。
一方、崩壊していくガンダムのコックピットの中で、
ウィンは胸を焼く熱さの中で、虚空を見つめていた。
「姉さん……最後、僕を見捨てたね? どうして動いてくれなかったんだ……」
血の混じった息を吐きながら、ウィンは恨むようにつぶやいた。
だが、彼の耳に響いたのは、いつかスラムの小さなベッドで
自分を抱きしめてくれた、あの温かい姉の声だった。
『これ以上、貴方が傷つく姿を……
誰かを殺して壊れていく姿を、見ていられなかったの。
ごめんね、ウィン……』
それは、狂気ではなく、純然たる姉の愛だった。
ウィンはその言葉を聞いた瞬間、凍りついていた心がスッと溶けていくのを感じた。
白銀の髪が、元の黒髪に戻っていくかのような
錯覚を覚えながら、彼は涙を流して微笑んだ。
「いいよ、姉さん……。いいんだ…。
これからは、ずっと一緒だよね?」
『当たり前じゃない。私の、たった一人のウィン……』
二人の魂の光は、シナンジュの緑色の光とは異なる、
小さくも温かな純白の光となって、互いに優しく寄り添い合った。
そして、誰にも邪魔されることのない、静かな宇宙の彼方へと消えていった。
それを見届けていたメイファは、シャトルのデッキで崩れ落ち、
同行していたタクナの胸に顔を埋めて激しく泣き崩れた。
「違うのです! 私は……私はこんな悲しい結末を、
誰も救われない結末なんて、望んだわけではありません……!」
タクナは何も言わず、ただメイファの肩を強く抱きしめることしかできなかった。
数日後。激動の戦いが幕を閉じ、静寂を取り戻した宇宙。
メガラニカの一室で、オードリー・バーンはメイファと対峙していた。
オードリーは自らの髪を指先で弄りながら、
静かに、しかし決意を込めた声で告げた。
「メイファ様、いえミネバ様……ザビ家の地位は、
あなたに返します。本来あるべき、本当のミネバ・ザビの元へ…」
しかし、メイファは小さく首を振って、その申し出を拒絶した。
「今さら私には無理よ。世界はもう、あなたを『ミネバ・ザビ』として認識しているわ。
私という存在が今さら表に出れば、また新たな争いの種になるだけ。
……貴方が、ミネバ・ザビよ」
「……私は、ザビ家を名乗るつもりはありません」
オードリーは窓の外、救出されて車椅子に座りながらも、
穏やかな表情で空を見上げているバナージの姿を見つめた。
その瞳には、かつての重圧はなく、一人の少女としての純粋な輝きが宿っていた。
「私は……ただの、普通の女の子になりたいです」
その言葉を聞いたメイファが、タクナの隣で小さく吹き出した。
「それは困りましたね。実は、私もなんですよ!」
タクナを見つめながら言うと、メイファは少しだけ頬を赤らめ、悪戯っぽく笑った。
「もう、ミネバ様なんて呼ばないでね、タクナ?」
そう言いながら、メイファはタクナの腕に、
一人の少女として自然に己の腕を絡ませた。
ザビ家、ダイクン家という、宇宙世紀を縛り続けてきた巨大な呪い。
その呪いからようやく解放された二組の少年少女たちの、
なんてことのない、しかし何よりも尊い日常が、そこにはあった。
窓の外には、かつて多くの血が流されたとは思えないほどに、
深く、青く、争いのない美しい星々が、ただ静かに輝き続けていた。
(終わり)
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