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月と樹と写輪眼 ─もう1人のうちは─

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第三十二章 終末の谷

 
前書き
静かな夜明けが降り注ぐ。ようやく訪れる、和解の時── 

 
火の国の外れ。

巨大な二体の石像がそびえ立っている。



──終末の谷

かつて、うちはマダラと千手柱間が死闘を繰り広げた地。
二人が今も永遠の対峙を続けるこの場所で、交わされた力と意志が再び因縁の血を引き寄せていた。

二体の石像を分かつように流れ落ちる巨大な滝。
激しい水しぶきが舞い上がり、ナルトとサスケの頬を湿らせている。


「やっぱここか、懐かしいな……サスケ。昔ここでやり合ったな……そういやよ」

ナルトの声には、遠い日を懐かしむ色が滲んでいた。

「……前と同じだ。ここでまたお前が負ける」

水音を切り裂くようにサスケの声が響く。

「あの時と同じこぶしはもう食らわねーよ!それにお前の好き勝手にはさせねェ……火影だってお前には渡せねェ!!お前は火影が何なのか、まるでわかってねェ!!」

「……」

風がサスケの黒い髪を大きく揺らしている。

「……お前の兄ちゃんが言ってたこと教えてやる……!
火影ってのは火影になったやつが認められるんじゃなく、みんなに認められたやつが火影なんだってよ……!」

その言葉に、左右で異なる瞳がナルトを射抜く。

「俺はイタチの言葉ではなく、生き様から全てを悟った。
俺のいう火影とは何なのか……教えてやる。イタチは先代たちのいう平和を支えようと、一人で闇と憎しみを背負った……彼こそが本当の火影だった。
皆に認められたものではなく、全ての憎しみを引き受ける者こそ火影に相応しい」

「……」

ナルトの瞳が微かな怒りに揺れる。

「憎しみは俺一人に全て集中させる。そして全ての里を俺が統括する……俺が言う火影とは、五里全ての闇を己の炎で焼き尽くし、その灰を喰らって生き続ける者だ。
俺一人が闇を背負うことで……」

サスケは自身の手を見下ろした。

「……うちはは最も誇り高い一族として、生きていく」

サスケの胸の底には歪んだ熱が渦巻いている。
開いた掌が、何かを閉じ込めるように固く結ばれた。

「サスケ……そんなのみんなが“うん”って言うと思ってんのかよ?それにミズノは……あいつはそんなもん、望んでねーよ!ただお前と笑い合いながら、普通に生きてェと思ってんだ!」

しかし、サスケの表情はピクリとも動かなかった。

「お前らが俺の事をどう思うかは関係ない。
それに……あいつが望んでいるかどうかも関係ない」

彼を見つめるナルトの耳に、蘇るイタチの言葉。


──仲間を忘れるな。


「……お前はイタチの生き様もわかっちゃいねーよ。
仲間がいねーと出来ねェこともある!!ミズノも言ってただろーが!!」

ナルトが滝の轟音に負けない声で吠えた。

「本当は、わかってんだろ!!」

「……」

ナルトはサスケを真っ直ぐに指差した。

「過去があるから今のお前がいる!
全部無かったことになんかできねーだろ!!……お前は一人じゃねぇ!」

「……俺は過去を切り捨てる」

「……」

「ここで過去の全てを断ち切り、一新する。
ナルト……お前を斬るのを始めとしてな」

ナルトはギリッと奥歯を強く噛み締めた。

「切らせねェ……俺は全部過去の人たちから学んできたんだってばよ!!色んなもんを託されてきたんだ!!」


交わることなく、すれ違う想い。


二人は無言で見つめ合う。


ハゴロモと交わした言葉、そして駆け抜けてきた全ての日々が走馬灯のように二人の脳裏を掠めていく。


──瞬間。

同時に二人は地を蹴りあげ、激しく拳を叩き合わせた。

拳と拳が激突した刹那、衝撃が空気を揺らす。

二人は後ろへと飛び退く。

紫色の巨大なチャクラがサスケを包み込んだ。瞬く間に鎧を纏った須佐能乎が現れる。

同時にナルトの身体が黄金の光に包まれた。
膨大なチャクラが形を成し、巨大な尾が滝の水を弾き飛ばす。 

須佐能乎と九尾の力がぶつかり合い、大気が悲鳴を上げる。

空は引き裂かれ、大地は抉れ、滝の水が砕け舞い散った。


何度も──何度も、何度も巨大なチャクラが衝突する。


その度に、絶対であったはずの風景が壊れていった。

「どうした……受け身なだけか?後手に回ればいずれ死ぬぞ」

「……お前を殺してーんじゃねェ」

「……」

「“また”一人になろうとしてるお前を……ほっとけねーだろ!!」

二人は上空へと舞い上がった。再び、大きな力が衝突する。重なり合った光が辺りを包み込むと、二体の石像が鈍い音を立ててひび割れていった。

「そんな程度じゃ俺は殺れんぞ……」

「だから!俺はお前を殺してェわけじゃねェ!!俺ってば……」

「もういい」

サスケは印を結び、地爆天星に封じた九体の尾獣たちから莫大なチャクラを吸い上げる。

インドラやマダラでさえも到達し得なかった力。
雷鳴が轟き、巨大な雷の矢が現れた。

(今の俺が放てる最強の技だ……)

(もう、散れ……)


──“インドラの矢”


(散ってくれ──!!!)


対するナルトも地上すべての自然エネルギーを集結させた最強の技、“超大玉螺旋手裏剣”を放つ。


二つの究極が激突した瞬間──


その場の視界を激しく染め上げる閃光ののち、全てを消し飛ばす爆発が終末の谷を呑み込んだ。


互いの力を受け、地へと落ちる二人。


ナルトがふらつきながら立ち上がり、サスケの腹を重く蹴り上げた。

「ぐッ……!」

もはやチャクラを練ることすらできず、鈍い拳のぶつかり合いを繰り返していく。


戦いの前、ミズノが引き留めたサスケの手は泥と血で冷たく汚れていた。

うちはを──彼女を未来へ置くために、強固な鎧を纏って闇を引き受けようとしていた。

しかしナルトはその鎧を粉々に打ち砕き、サスケを引き戻そうとしている。

何度も膝をつき、血を吐きながら、サスケは抑えきれなくなった感情を剥き出しにしてナルトとぶつかり合っていた。




その頃──気を失っていたサクラが目を覚ます。

「ここは……」

「目が覚めたか……」

近くにはカカシと、心配そうに見つめるミズノの姿。

「サクラちゃん、大丈夫? まだ無理はしないで……」

サクラがミズノの声に目を向けると、夕暮れの空が瞳に飛び込んできた。

「もう夕方……?サスケくんとナルトは!?」

「……おそらく決着をつける為、二人は最後の戦いをしている」

カカシが重々しく答えると、サクラの顔に不安が走る。

「そんな……」

ミズノが静かに口を開いた。

「信じよう……サクラちゃん。ナルト君は必ず、サスケを連れ戻してくれる」

サクラの視界が滲んでいく。

そして、祈るように小さく頷くことしかできなかった。



──どれほどの時間が経ったのか。

夕陽が崩壊した谷を赤く染め上げていた。

神々しさを誇っていた須佐能乎も、九喇嘛の黄金の衣も、とうに消え失せている。

チャクラはすでに底をつき、立つことすらままならない。
傷だらけで、息も絶え絶えの二人。


サスケはよろめきながら、九喇嘛が密かに練り上げていたチャクラをナルトから吸い取った。

「くっ……」

ナルトが地へと膝をつく。

「これが輪廻眼の能力の一つだ。
うちはの……この一族の眼を持ち合わせる俺こそが勝利するのは必然……」

荒い息を吐きながら、サスケが左手に紫電を纏わせた。


「じゃあな……俺唯一の……友よ!!」


殺意を込めた左手を振り下ろす。


「……!」

ナルトはサスケの瞳力が弱った一瞬の隙に、顎の下に激しく拳を打ち付けた。
 

「ぐあっ!!」


サスケはその勢いのまま、岩壁へと打ち付けられる。

「……何度も……何度も……何度も……ッ!」

サスケの声はもはや怒りではなく、切実な響きを帯びていた。


──なぜ、放っておいてくれないのか。
どうしてそこまでして、立ち塞がるのか。


「いい加減おとなしく切られやがれ!!」


サスケの悲鳴のような声に、ナルトは腫れ上がった顔を上げ、迷いなく答えた。

「そりゃ無理だ……“その唯一が俺だからよ”」

その彼の一言が、サスケの胸を貫く。

自分が背負い込もうとする闇を、彼は決して一人だけのものにはさせてくれない。

言葉にならない感情が胸に込み上げ、サスケが苦しげに眉を寄せる。しかし、それを振り払うように残された最後の力を左手に集めた。

チリチリと音を立て、サスケの左手に形作られていく千鳥。ナルトもまた、残った最後の力と共に右手へ螺旋丸を生み出す。


互いの眼に、互いの姿だけが映っている。


「ナルトォォォ!!!」
「サスケェェェ!!!」


夕陽が沈む中、二つの魂の叫びが重なる。

すべての想いを乗せた最後の一撃が、真っ向から衝突した。


凄まじい光と轟音。


そして──すべてがその光と音の中へと包み込まれていった。




──終末の谷

過去からの因縁の戦いが繰り広げられたその場所は、岩が削れ、土が焦げ、血の匂いが風と共に漂っている。

崩れ落ちた二体の巨大な石像。
その冷たい岩肌の上に、二人が仰向けに倒れていた。

「うっ……」

「やっと気がついたかよ……」

「いっ……」

顔を歪めたサスケの瞳が、痛みの先を辿る。

「!!」

「……見ての通りだ……お前も俺もあまり動くと血ィ出過ぎて死ぬぞ」

「……そんなになってまで、なぜ俺の邪魔をしたがる?」

「……」

「なぜそこまでして俺に関わろうとする!?」

「もう分かってんだろ?身体が動かねーからって今度は口がよく動くじゃねーの」

「いいから答えろ!!」

サスケの悲痛な叫び。


「友達だからだ」


ナルトの青い瞳が、サスケの孤独を真っ直ぐに打ち砕く。

「それはかつて聞いた……お前にとってのそれは……一体なんだ?」

「説明しろって言われても、俺も正直よくわかんねーよそんなの……ただお前がそーゆー背負ってゴチャゴチャしてるとこ見てっと……なんでか……」


「……俺が……痛てーんだ」


「──!!」


「すっげー痛くて、とてもじゃねーけど……そのままほっとけねーんだってばよ」


ナルトの言葉が、サスケの心の最も深い場所をこじ開けた。

蘇る少年の頃の記憶。
ナルトの苦しむ姿を見るたびに、自分の心も同じように軋んだ。けれど、ナルトには自分にはない“強さ”があった。

己を信じ、仲間を信じ、決して諦めずに前へ突き進む強さ。

(お前のその──真っ直ぐな強さが俺は……羨ましかったんだ)



──意識が、静かに沈んでいった。




少しずつ白み始める空。

意識が遠のき、やがて眠りに落ちていた二人の身体を朝陽が優しく照らし出す。

光が瞼を刺し、二人は目を開けた。

「どこだここ!!まさか天国じゃ……!?」

「どうやら俺たちは……また死に損なったようだな……」

「くそっ!身体がまだ動かねェ!お前ぶん殴って今度こそ目を覚まさせてやろーと思ったのに!!」

隣から、ナルトの掠れた声。

「クク……ククク……ハハハハ!!」

「な、何だよ!?」

サスケの笑い声に驚き、ナルトは目を見開く。

「こんなになって、まだやる気かよ……」

サスケの心は不思議なほど清々しかった。
あれほど自分を縛り付けていたものが、今はもうどこにもない。

「認めてやるよ……俺の、負けだ」

ぽつりとサスケの口からこぼれ落ちた。しかし、ナルトは顔をしかめて言い返す。

「バカヤロー!!この戦いは勝ちとか負けとかそんなんじゃねェ!ダチがスネてっから一発ぶん殴って目ェ覚まさせてやろーって話だ!!俺のやりてー勝負は、その後だ!!」

「……」

サスケは目を伏せた。睫毛の影が疲れた頬へそっと落ちる。

「なぁ、ナルト。俺はお前を認めちまった……ここで俺が死ねば、永き因縁も終わるだろう。
これも一つの革命だ。無限月読の解術は俺の死後、左目をカカシにでも移植してやればいい」

全てを手放し、覚悟を決めた声だった。

「俺は俺自身で、己に決着をつける」

ここで消えることこそが最大の贖罪──

「死んで……決着がつくなんて思うなよ!!」

ナルトの怒号が響き渡る。
動かない身体のまま、首だけをサスケに向け、力強く睨みつけていた。

「ミズノがお前のこと待ってんだろーが!!」

「……」

「俺のやりたい事は里も一族も関係ねェ……全忍の協力だ!!もちろんお前も含めてだぞ!!死ぬくらいなら生きて俺に協力しろ!!」

「お前がそれでよくても、他の者は納得しない」

「ったく!それ以上スネでグチグチ言ってみろ!またぶっ飛ばすぞ!!」

「俺がまたお前にたてつくかもわからんぞ」

「そしたらまた止める!!つーかお前はもうそんなことしねーよ!」

「なぜ……そう言い切れる?」

確かめるようなサスケの呟き。

「これ以上“同じこと”言わせんな!!まだ分かってねーのかよ!そういやお前も意外にバカだったもんな!」


サスケはもう、何も言わなかった。

答えを求めて、ナルトがサスケへ視線を向ける──


顔を背けるサスケの瞳から、一筋の答えが流れ落ちていた。


「……るっせーよ……ウスラトンカチ」

長い戦いが終わり、夜明けの空を見上げる二人の腕から流れ出た血が冷たい石の上で交わっている。


まるで──和解の印を結ぶように。



柔らかい黎明の光が谷を照らす中、カカシとサクラ、ミズノが駆けつけた。

二人の姿を見たサクラは、すぐさま二人の間に降り立つ。

サクラの両手から発せられる緑色の光が、痛々しい傷口を温かく包み込んでいった。

「ありがと!サクラちゃん!」

「サクラ、俺は……」

「今は黙って……集中するから」

「……すまなかった……」

サクラの肩が揺れた。

「すまなかったって……何が?」

サクラは震える手で治療を続けている。

「今までの……」

サスケの掠れた謝罪に、サクラは唇を強く噛みしめた。

「ほんとよ……まったく。しゃーんなろーよ……バカ……」

絞り出した声と共に、大粒の涙がサクラの頬を伝っていく。

その光景をカカシとミズノは、少し離れた場所から静かに見守っていた。

「やっと……戻ったね」

カカシの安堵に満ちた呟き。

(よかった……ありがとう、ナルト君)

ミズノもまた、胸の奥で張り詰めていた糸が温かい涙と共に解けていくのを感じていた。

しばらく穏やかな時間が流れると、サスケの黒い瞳が静かに動く。

その視線の先で、ミズノと目が合った。彼の瞳にはもう、迷いも冷たさもない。

ミズノはただゆっくりと頷き、優しく微笑む。
サスケも微かに口元を緩めた。

憎しみと悲しみに支配されていた彼が、ようやく仲間のもとに帰ってきた。

それは、ミズノにとっても何より嬉しい瞬間だった。 


やがて立ち上がれるまでに回復したナルトとサスケは、互いの残された片手で、陰と陽を結ぶ。


眩いほどの光が地上に降り注ぐと、神樹に囚われていた人々が一人、また一人と解放されていく。

硬く閉ざされていた瞼が開き、見慣れた空が広がった。


空は清々しいほどに晴れ渡っている。
風の匂いと仲間の声、地を踏み締める感触──これが“現実"。


世界を覆っていた夢がようやく終わりを告げた。


忍界を背負って戦った者たちが次々と顔を揃え、目を覚ました各里の影たちの周りに自然と人々が集まっていった。

やがて我愛羅が前に出て、場の視線を受け止める。

「皆、無事か!」

集まった忍たちが互いの無事を喜び合い、あちこちで歓声と安堵の涙が弾けていた。

「どうやら……あいつらがやり遂げたようだな」

綱手の声と視線の先には、ボロボロの姿で歩み寄ってくる第七班、そしてミズノの姿。
綱手は彼らの無事を確かめるように目を細める。

「お前たち、本当によくやってくれた」

微笑みながら労い言葉をかけたのち、鋭い視線をサスケへと向けた。

周囲の歓声が少しずつ静まり、皆の視線が彼に注がれていく。

「……うちはサスケ」

静まり返った場に、綱手の声が響く。

「ばーちゃん!!サスケは……!」

ナルトが声を上げるが、綱手はそれを目で制した。

「無限月読の解術、お前も一役買ったのだろう……感謝する。しかし、お前は里を抜け……多くの罪を犯した犯罪者だ。悪いが拘束させてもらう」

サクラがたまらず目を伏せる。

「ああ。わかっている」

サスケに抵抗する意志は無い。自ら身を差し出そうとした、その時──。

「綱手様」

ミズノは庇うようにサスケの前へ歩みでた。

「ミズノ……?」

綱手が怪訝そうに、眉を寄せる。

ミズノは周囲にいる仲間、そしてすべての忍たちをゆっくりと見渡していく。

サスケの瞳から闇が消え、ようやく灯った穏やかな光。
彼が己の罪を償おうとしているからこそ、自分が彼の──”彼ら”の未来を守りたい。

「お願いがあります。少しだけ、私に時間を下さい」

夜明けの風が、彼女の長い髪をふわりと揺らす。


──ミズノの背中には、静かな覚悟が滲んでいた。
 
 

 
後書き
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