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月と樹と写輪眼 ─もう1人のうちは─

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第三十一章 指先の残火

 
前書き
託された火の意志と、決別。物語は、終末の谷へ── 

 
長い戦いは終わり、静けさが傷ついた大地を包んでいた。

焦げた土の匂いが残る荒野。
砕けた岩の破片の上を風が吹き抜け、汗の引いた肌を冷たく撫でていった。




ハゴロモは錫杖を地に突き、全員を見渡す。

「……穢土転生を解術する」

厳かな声が、夜明け前の空気を震わせた。

ハゴロモが両手を合わせると、穢土転生された四人の火影たちが静かに頷く。


別れの時──


マダラの傍らに座り込んでいた柱間が、ゆっくりと立ち上がる。

「……お前たちなら、俺たちの夢の続きを見られる」

その力強い言葉に、ヒルゼンも頷いていた。

その中で、扉間の瞳がミズノを捉えている。

「……ミズノ」

名を呼ばれ、ミズノはびくりと背筋を伸ばす。

扉間の瞳は鋭さを保っている。
しかしその奥に、鋭さとは相対するものが宿っているように見えた。

「貴様という存在が生まれたこと、それが……ワシが見過ごしていた答えなのかもしれん」

「扉間様……」

「己の光を見失うな。託したぞ」

うちはを誰よりも危険視してきた男が、うちはの血を持つミズノへと未来を託す。

彼の表情に浮かぶ、確かな信頼。

「はい……」

ミズノはその言葉に、息を呑みながら深く頷いた。

「扉間!!お前がそんなことを言うとは……」

柱間が歩み寄り、弟の肩に手をのせる。
目には大粒の涙が浮かんでいた。

「兄者泣くな。見苦しい」

扉間の眉間に深い皺が刻まれるも、その口元は僅かに緩んでいる。

ミズノは思わず小さく笑った。
この二人の間に流れる空気が、ミズノの緊張を解きほぐす。

柱間はミズノに向き直り、大きな手をそっと彼女の頭に載せた。

「……頼んだぞ」

短い言葉とその掌の温もりから、彼の大きな愛情がじんわりと伝わってくる。

柱間が生涯をかけて守ろうとしたもの、里という形に込めた願い。

全てが彼の掌を通して、ミズノの中へ流れ込んでいく。

ミズノは目を伏せ、涙を飲み込んだ。

「ミズノ」

振り返ると、ヒルゼンがそこにいた。

「少し……いいか」

皆から離れた場所へ歩き出すヒルゼンの背中を、ミズノは黙ってついていく。

やがて立ち止まると、彼は振り返る。

「……」

言葉を探しているのか、ヒルゼンはしばし黙していた。


「……すまなかった」


絞り出された声に、ミズノの心臓が跳ねる。

「ワシがもっと早く……違う手段を探すべきだった」

ヒルゼンの目には後悔が滲んでいた。

その背に背負ってきたものの一端が今、ミズノの前に晒される。

ミズノは視線を落とし、胸の前で拳を握りしめた。

怒りと悔しさ、そして悲しみ。
言葉にできぬいくつもの感情が、彼女の中で渦巻く。

けれど──里を愛したイタチが、あの道を自分で選んだのだということも痛いほど理解していた。

「ヒルゼン様……」

ミズノが深く頭を下げる。

「争いを避けるために最善を尽くしてくれた事、私を守ってくれた事……感謝しています。
あの頃は……生意気なことばかり言ってごめんなさい」

それは、かつて自分を育て守ってくれた師への感謝と詫び。

皺が深く刻まれた彼の顔に、穏やかな笑みが滲んだ。

「謝るな、ミズノ……わしの方こそ感謝している。
頼んだぞ、木ノ葉の……忍の未来を」

その言葉を最後に、ヒルゼンは静かにサスケへと目を向ける。

サスケはただ、ナルトの背中を見据えていた。

その表情からは、彼の胸中を測ることはできない。

(サスケ……)

ヒルゼンの瞳が微かに翳っていた。




また少し離れた場所では、ナルトとミナトが最後の言葉を交わしていた。


「ナルト」

「……父ちゃん」

ナルトの掠れた声。
戦いが終わり、別れの重みが胸に押し寄せてくる。

ミナトは息子の顔をじっと見つめ、ふっと微笑んだ。

「……言っておかなきゃと思ったんだ」

ミナトは優しく目を細める。

「誕生日おめでとう。本当に立派になったね、ナルト」

ナルトは一瞬目を見開き、笑った。

「……うん、サンキュー」

父から貰う初めての祝いの言葉。胸に温かさが灯る。

「俺たちは外法の存在……いつまでもここにいるわけにはいかない。お別れだ……クシナに色々伝えておくよ……」

光の粒子は次第に強さを増し、ミナトの身体を溶かし始めた。

「……」

ナルトは拳を握り締める。

喉の奥でぶつかり合っている言葉が、堰を切ったように溢れ出していく。

「……俺ってばちゃんと飯食ってっから大丈夫だって言ってくれ!好き嫌いしねーで色々食べてんだ!とんこつに味噌に醤油に……あ!!ラーメンばっかじゃねーよ、もちろん!」

「……」

「風呂もほぼ毎日入ってるし、たまに木の葉の温泉行くし!
みんなにはカラスのギョウズイとかなんとか言われてっけど!」

ナルトの声が微かに震え始める。

「それから……えっと、えっと!友達はいっぱい出来たんだ!みんないいやつなんだ!!
勉強はうまくいかなかったけど、落ち込まない自信は誰よりもあったんだよね!!もちろん三代目やカカシ先生の言うこと、聞いてたぞ!尊敬してるし!エロ仙人は三禁についてはダメダメだったけど、かっけー忍で一番尊敬してんだ!
俺ってばよ……!!」

矢継ぎ早に言葉を並べ続けるナルトの言葉と声を、ミナトは耳に焼き付けていた。

「俺ってば、今日17歳になったばっかだから酒も女もよくわかんね!ただ、母ちゃんは母ちゃんみたいな女を見つけろって言ってたけど……それはえっと……」


言葉が途切れる──

堪えていたものが一気に崩れていった。


「とにかく……!!全部はうまくいってねーけど、そこそこ頑張ってんだ!!
夢だってちゃんとある!俺ってば父ちゃんを越す火影になる!!ぜってーなるからな!!
母ちゃんに伝えてくれ!俺のことは全然心配なんかすんなって……!!しっかりやってんだって……!!」

「わかった……全部しっかり伝えておくよ」

涙と悲しみで顔を歪めるナルトへ、最後の微笑みを残す。



ミナトとナルトのやりとりを見届けたヒルゼンは、穏やかに目を閉じる。

扉間は、腕を組んだまま微かに顎を引いた。

柱間の視線がナルトとサスケを行き来する。

(お前たち二人なら……俺たちとは違う決着もあるだろう……そうなってくれ、うずまきナルト……うちはサスケ)


瞬間──眩い閃光が天へと突き抜け、四つの魂は浄土へと還っていく。


託された想いの重さを噛み締め、ミズノは天を見上げる。

白み始めた空には、まだ幾つもの星が煌めいていた。





そして──自由を取り戻した尾獣達がそれぞれの声を上げ始める。

「これでオレたちはもう自由だ!!」

「私は森に籠ることにします」

「やっとオレらも故郷に帰れるんだな。夢を見てるみてーだぜ」

長い束縛から解き放たれた喜びが、戦場の空気を柔らかく変えていく。巨大な身体を持つ彼らが交わす言葉は、子供のように無邪気だった。

ミズノはその光景を微笑みながら見つめている。

兵器として利用され続けてきた尾獣達。彼らにも帰る場所があり、帰りたい場所がある。

その当たり前のことがとても眩しい。

「八尾、テメーはどうすんだ?」

「オレか?オレはやっぱビーのところへ戻ることにする。あいつの耳障りなラップも癖になっちまってるしな……で、お前は?」

八尾は九喇嘛へと問う。

「!!」

九喇嘛はすぐに答えられなかった。
巨大な瞳が一瞬だけ泳ぎ、視線がナルトの方へ流れる。

沈黙を埋めるように、ハゴロモが静かに口を開く。

「九喇嘛よ。お前は尾獣全員の寄り合い所の管理者として、ナルトの中にいてやれ。もう苦ではなかろう」

九喇嘛は鼻を鳴らした。

「ま……じじいがそういうなら、仕方ねーか」

その声に拒絶の色はない。
九つの尻尾が、ゆっくりと揺れている。

ナルトは歯を見せて笑っていた。


穏やかさが場に広がっていく──


戦いの傷跡が刻まれた大地の上で、全てが終わったのだという安堵が現実味を帯びて身体へと染み渡る。

その空気の中で、ハゴロモは問いかけた。

「ナルトとサスケ……戦いの果てに、己の出した答えに変化はあったか?」

「……」

「俺の答えは……変わんねェ……!」

ナルトの自信に満ちた声が響く。
何があっても揺らぐことのない忍道が、その一言に凝縮されている。

だが、反対にサスケは無言を貫いていた。

(サスケ……今、何を考えてるの……)

ミズノが見つめる彼の瞳には、何色も映っていないように見える。


──微かに胸騒ぎがした。


「そうか……残るは無限月読を解術するだけだ」

「具体的にはどうやる?ワシ達の力も必要なのか?」

九喇嘛の声にハゴロモは首を振る。

「お前たちはいい。尾獣全てのチャクラを持つナルトと輪廻眼を持つサスケが、互いに子の印を結びさえすれば術は完全に解ける……」

ハゴロモの視線がサスケを捉えた。

「して……後はサスケよ、お前は……」 


全ての視線がサスケに集まる。


「そうだな、だがまずは……この無限月読の中、今の五影共を処刑する」


静寂の中に、恐ろしく冷たい声が落ちた──


「!?」


「……今、なんて言ったサスケ?」

カカシの怒りを含んだ声。

その怒りには目もくれず、サスケは尾獣達を見上げた。

「それとな……尾獣共。お前らは全て俺の管理下に置き、いずれ処理する」

「何だと!!!」

九喇嘛が右腕を振り上げた刹那──サスケの輪廻眼が強い光を放つ。


ただの一瞥で、尾獣達は幻術へと囚われた。


──地爆天星!!


凄まじい引力が大気を震わせ、幻術に囚われた尾獣達の身体が宙へと引き上げられていく。

岩塊が次々と集まり、九つの獣を一つずつ封じ込めていった。空に並ぶ九つの球体。

それは、サスケの力と意志の証明だった。

ナルトは拳を握り締め、サスケを睨みつけている。

「サスケ……尾獣達を離してやってくれ。あいつらはやっと自由になれたんだ。もう悪さはしねーよ」

「ナルト……わかっていないようだな。今やお前は尾獣達全員の人柱力だ。もちろん……お前の中の尾獣のチャクラも後々全て始末するつもりだった。
つまり、お前は死ぬんだナルト……必然的にな」

「……ナルト、やはりこうなったな……あとは任せるしかなくなった。ワシもこの世にいる限界だ、じき消える」

ハゴロモの声が遠のいていく。

「ああ……大じいちゃんには悪りーけど、大じいちゃんの子供らみてーにはならねーよ。
俺はアシュラじゃねぇ!それに、サスケはインドラってやつでもねェ!」

「……」

ハゴロモはナルトから視線を外し、サスケを見やる。

(……あの時、今までと違う道もあるやもしれぬと感じた……信じているぞ……)


その姿は光に溶け、消えていった。


「サスケ!それが今のお前の“夢”だっていうのか!!まだお前は復讐を望んでいるっていうのか……!?」

「サスケ君!」

サスケの目が、カカシとサクラを冷ややかに射抜く。

「確かにかつては破壊を望み、復讐だけが目的だった。
だが、今は違う……破壊して“創り直す”のさ。
闇を抱えぬ里……忍世界を一新する!!」
 

空気が軋んだ。


「俺が掲げるもの、それは……」




「革命だ」




ミズノの指先が震えた。

サスケの声には一切の迷いがないように聞こえる。

けれど彼の中に迷いがあるからこそ、強い言葉で自分を縛りつけているようにミズノは感じていた。


彼女は奥歯を噛み締め、一歩踏み出す──


「俺がそうさせねーの、わかってるよな……?」

それより早く、ナルトが一歩前に出る。

「!!」

ミズノは足を止めた。

「やはり……まずはお前かナルト」

サスケが冷たく言い放つ。

ナルトはサスケから視線を外さない。

「……場所を変える……お前ならわかっているな」

サスケが背を向けて歩き出した。

「待て!サスケ!」

カカシが声を上げ、手を伸ばすも片膝をつく。
写輪眼によるチャクラの消耗が身体を蝕んでいた。

「先生!!」

ミズノとサクラが咄嗟にカカシへ駆け寄る。

「……大丈夫だ。すまない……」

サクラはカカシの横でサスケの背中を見つめ、止められぬ悔しさと悲しみで歯を鳴らし、堪えきれず涙を流した。

「私は……私にはどうする事もできないってわかってる!大好きなのに……!!こんなにサスケ君を思ってるのに……!!」

声を張り上げたサクラの頬に、流れ続ける涙。

(サクラちゃん……)

大切な人へ必死に紡ぐ想い──その胸の痛みをミズノも知っていた。

「寄り添う事も、刺し違える事もできずに……こうやって駄々こねて泣くしかできない……みっともないよね本当……!」

「……」

「でも……でもサスケ君!少しでも、少しでも私の事が心の隅っこにあるなら……お願い、もう遠くへ行かないで!!
ずっと一緒にいれば……いつか、昔みたいに……」

サスケがゆっくりと振り向き、サクラを捉える。


「お前は本当にうざいな」


輪廻眼が冷たく光った。

「……!」

幻術でサクラの胸を貫いて見せる。

サクラの瞳から光が消え、力なく倒れていった。

「サクラちゃん!!」

崩れ落ちるサクラの身体を、ミズノが受け止める。
腕の中のサクラは、涙の跡を光らせ意識を失っていた。

「サクラちゃんに幻術までかける事ねーだろーが!!」

ナルトは拳を震わせる。

「……このままじゃこいつは俺たちを追ってくるだろう。邪魔になる」

サスケは背を向けた。

「サクラは……サクラはお前を助けたかったんだずっと……!」

青白い顔をしたカカシが、サスケの背へと叫ぶ。

「恋愛ごっこでも楽しめってのか?俺にはこいつを好く道理も好かれる道理もない」

「理由があるのは人を嫌いになる時だけでいい!それにサクラはお前を自分のものにしたいんじゃない!
ただお前を助けたいんだ!
お前に殺されかけた事もあるこの子が……今でもお前を想い涙を流すのは……お前を愛して苦しんでるからだ!!」

「……」

ミズノは俯き、サクラと語り合ったあの日を思い出す。

彼女がサスケをどれだけ大切に思っているかを知った。

自分がイタチへ向ける想いと同じ──

「……サスケ」

その声に振り向いた彼の手を、ミズノが両手で掴んだ。

サスケの動きが止まる。

振り返ったその眼に映ったのは、赤い光を宿したミズノの瞳。

「どうして……?」

ミズノの声色は彼を責めるものではなかった。

しかし、その手の温もりが静かにサスケの心を揺さぶる。

「……」

サスケは答えず、ミズノの手を見下ろしていた。

「……離せ」
「離さない」

ミズノは掴む手に力を込める。

「そんなこと……私が許さない」

同じうちはの赤い瞳が、互いを映し合う。

同じ痛みと暖かさを知る二人。


違うのは──今、その瞳に浮かぶ感情だけ。


声をかけられないほどの張り詰めた空気が、周囲の時間を止めている。


「ミズノ……」

時間を進めたのは、ナルトの静かな声だった。

肩に手を置かれ、ミズノが振り返る。

ナルトは横たわるサクラに一度だけ目を落とし、そして再び前を向く。

「約束したんだ……昔、サクラちゃんと。サスケはぜってー連れて帰るって」

その声は真っ直ぐ、揺るがなかった。

少年の日に交わした“一つの約束”。

サクラの涙も、ミズノの想いも、カカシの言葉も。


全部、引き受ける。


「俺の忍道は知ってんだろ……俺に任せてくれ」

ミズノはハッと目を見開いた。

(そうだ……私は……)

ナルトの目を見つめ、思いを馳せる。

彼が何度も己を信じて立ち上がり、走り続ける姿をミズノは見てきた。


ミズノは手の力を緩めながら、目を伏せる。


「……」


ミズノの指がゆっくりとサスケから離れていく。

その感覚が、彼女の心の奥を冷やす。

ミズノの瞳から赤い光が消え去った。

サスケは顔を背け、再び歩き出していく。
誰にも気づかれないよう、ミズノに掴まれていた手をそっと握り締めながら──

「……サクラちゃんとカカシ先生を頼むってばよ」

「わかった……」

頷くミズノへ笑みを返し、ナルトはサスケを追った。



──全てに、決着をつけるために。



ミズノは遠ざかる二つの背中を見送る。



手の中には、まだ彼の温もりが残っていた── 
 

 
後書き
読んでくださりありがとうございます! 
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