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月と樹と写輪眼 ─もう1人のうちは─

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第二十九章 償いの風

 
前書き
闇の中には、いくつもの光があった。
吹き抜けていく償いの風── 

 
光の届かない、深い闇の中。

サスケの須佐能乎の内部は無限月読を完全に遮断し、極限の緊迫感に支配されていた。

外に出れば、一瞬で夢に落ちる。


──その時。


突如、暗闇に一つの光が灯った。

「!?」

ナルトたちが身構えた瞬間、一人の影が硬い地面へと手をつく。

「ミズノ!?」

ナルトが声を上げた。

「ミズノさん!?」 

「ミズノ!なぜここに……」

サクラとカカシの声にも驚きが滲む。

「サクラちゃん……!カカシ先生も!無事だったんだね……」

「ミズノさんも無事でよかった……どうやってここに?
もしかして、無限月読は失敗したの……?」

サクラの顔に、僅かな希望が浮かぶ。

しかし、ミズノは静かに首を振った。

「無限月読は……発動した。私は六道仙人に……ここへ飛ばしてもらったの」

「ミズノも大じいちゃんに会ったのか!?」

「六道仙人……?大じいちゃん……?会ったのかって……ナルト、あんた何言ってるの?」

サクラは困惑の顔でナルトを見る。

カカシが目を細めた。

(六道仙人……?伝説の存在がこの戦争に関わっているというのか……?)

信じがたい話。
だが、ナルトとサスケの力の変化を目の当たりにした後では、否定する方が不自然だった。

「ミズノ……なぜお前は無限月読にかからなかった?」

カカシは冷静な声で尋ねると、ミズノの身体が一瞬こわばった。

「……その、六道仙人が守ってくれたんです」

──嘘。

けれど、ミズノは表情を変えない。

「なるほどね……実際に不思議なことが次々と起きてる……今は、信じるしかないな」

カカシは頭をかきながら、小さく息をついた。

「確かに……もう常識で考えられないことばかり起きてる……ミズノさん、外は今どうなってるんですか?」

サクラは不安げにミズノへ問う。

ミズノが痛ましげに表情を曇らせると、目の前から冷たい言葉が言い放たれた。

「お前がそれを知ってどうする」

サスケの鋭い一言。

「それを知ったところで、お前にできることは何もない」

「……」

サクラは口を閉じ、視線を落とした。

「サスケ……そうじゃない。次の対応を分析するためにもサクラは……」

「カカシ、今のあんたもサクラと同じだ。少し黙ってろ……俺が仕切る」

「てめェ!サスケ!!」

ナルトが声を荒げたその時──。

「……サスケ」

確かな怒りを孕んだミズノの声が、狭い空間に響く。

たとえ闇の中でも、不器用な彼の気配は鮮明に感じられる。

ミズノは迷いなく手を伸ばし、音を立ててサスケの頬を挟み込んだ。

「!!」

ナルトは思わず一歩退く。
サクラはポカンと口を開け、カカシは瞬きを忘れている。

サスケは大きく目を見開いていた。

「出来ることは何もない……?」

ミズノは周りの様子も構わず、サスケの頬を挟む手に力を込める。

「仲間と一緒なら……“出来ないことなんて何もない”」

「………」

ミズノは何も答えないサスケの両頬を、容赦なくつねり上げた。

「おい……ミズノ……!」

サスケは思わず声をもらす。

「一人で全部やろうとしないで!!サスケは今、一人じゃないでしょ?大切な人たちを傷つけるような言い方……“姉さん”は許しません」
 
「……」

ミズノに叱責され、先ほどまで場を支配していた彼の冷徹さはすっかり鳴りを潜める。

まるで少年の頃に戻ったかのようだった。


極限の戦場に、不思議な空気が流れる。


「サスケにそんなことする奴……ミズノしかいねーってばよ……」

ナルトはボソッと呟く。

ミズノが手を下ろすと、サスケは黙って顔を背けた。

数秒の沈黙──。
ミズノは一つ呼吸を整える。

「外は……穢土転生された火影様たち以外、みんな無限月読の幻術に囚われて……神樹に縛られているの」

その言葉が重く沈んでいく中、サクラの目はミズノを縫い止めていた。

(さっきから……何かおかしい)

不自然な動き、焦点の合わない瞳。

「ミズノさん……」

確信に辿り着いたサクラが近づく。

「もしかして、目が見えてない……?」

ミズノの肩がわずかに跳ねる。

「なっ……お前、目が見えてねーのか!?」

ナルトが息を詰めた。

真実を知っているサスケは微動だにせず、一点を見つめている。

「……うん」

ミズノは自分の腕をギュッと掴み、困ったように顔を下へ向けた。

「だから無限月読にかからなかったのか……」

カカシは悟ったように、サクラは眉を寄せたままミズノへ視線を送っている。

「大丈夫。いつになるかはわからないけど、また視力は戻るって──」

すると、その言葉を遮るように温かい手がミズノの両目を覆った。

「えっ?なに……?」

「そのままじっとしてろ、ミズノ」

すぐ側でナルトの声がする。彼の手から、力強く優しいチャクラがミズノの瞳の中へ流れ込んできた。

闇の奥で凍りついていた世界が、少しずつ暖かさを取り戻していく。

「……目、開けてみろってばよ」

ミズノはゆっくりと瞼を上げた。

ぼやけた光と揺れる輪郭。

やがて焦点が結ばれる。

最初に見えたのは、不機嫌そうな彼──。

視線が交わった。

「……見えるのか」

その声は淡々としている。

「うん、見えるよ……サスケの眉間の皺までね」

ミズノは優しく微笑んだ。

「ありがとう、ナルト君。これが……六道仙人から貰った力……?」

「ああ、どーやったのかはうまく説明できねーけどな!!」

いつもの調子でナルトはニッと笑っていた。




──外の世界


そこには神樹に吊るされた無数の繭と、おぞましいほどの静寂が広がっている。

すべてが夢に沈み、争いも、苦しみも消えた──。

マダラの口元がゆっくりと弧を描いた。

「終わったな……これですべてが一つになった」

恍惚としたマダラの呟きに応えるように、オビトを取り込んだ漆黒の影が口を開く。

「地上ノネズミドモハ、幻術ノ世界ヘ落チタ……」

不気味な声で同調すると、黒ゼツは眼球をギロリと動かした。

その視線の先には、大地にただ異物のようにある須佐能乎。

「アイツラヲ除イテハナ。ドウヤラアイツノ輪廻眼ハ光ヲ通サナカッタヨウダ……シカモ、アノ女マデ……」

マダラは鼻で笑う。

「フッ……所詮は無駄な足掻きだ」

「ドウシマスカ?マダラ様」

「もはや俺に敵などいない。出てきたところを処理する」

己の悲願が完全に成就したと信じて疑わないマダラ。歓喜と狂気を深く刻みながら、勝利の余韻に浸っていた。

しかし、その背後で不気味な笑みを浮かべている黒ゼツに──彼はまだ気がついていない。




しばらくして、静寂の大地が闇を取り戻す。

ミズノたちを守り抜いていた巨大な翼が、その役目を終えたようにゆっくりと消え去った。

四人が地に降り立つ。

「やっとだ……」

「サスケ!みんなを幻術から覚ますにはどうすりゃいい!?」

「輪廻眼の幻術は輪廻眼で処理できる……おそらくな」

すると、前方にマダラが現れた。

「!!」

「もうお前らには何もできん。
今、この世の因果を断ち切った」

「こんなの……嘘っぱちじゃねーか!!」

「皆の幸せを邪魔しているのだ……お前達は。
俺は地獄を天国へと変えた。
もう理解しろ、全て終わったのだ」


──ズッ


「!?」

視界を取り戻したばかりのミズノの瞳が、異変を捉える。
マダラの背後。影の中から静かに形を持ち始める黒い腕。
刃のように尖ったそれが、無防備な背中へと伸びていく。

黒ゼツの口元が、確信に歪んだ。

その一瞬──。

ミズノの左腕が巨木へと変化し、枝分かれした先端でマダラの後ろへ佇む漆黒へと素早く絡みついた。

「グッ……!!」

黒ゼツの腕が、マダラの寸前で止められている。マダラは弾かれたように振り返った。

「お前……!?何をしている!!」

輪廻の瞳が、黒い“半身”を睨みつける。

「小娘ガ……」

「どーなってんだってばよ!?」

「ここへきて仲間割れか?」

ミズノの巨木がギリギリと黒ゼツを締め上げていく。

「あなたは、何者なの?マダラを裏切って一体何をするつもり?」

「……ヒヒヒッ……」

黒ゼツはミズノの問いかけには答えず、不敵に笑っている。

「マダラ……オマエハ救世主デハナイ。ソシテ、オワリデモナイ」

「なに……?」


刹那──。


黒ゼツがオビトの半身から剥がれていく。

「逃がさない!!」

ミズノが叫ぶ。

巨木の枝が幾重にも巻きつき、逃げ場を断った。

しかし、黒ゼツの身体は泥水のように形を崩し、僅かな隙間から滴り落ちていく。

「オレノ意思ガアル限リ……終ワラナイ」

地に溶け落ちた黒い影が、大きく染み広がっていく。

「コノ世界ノチャクラハ……イズレヒトツニナル……」

不穏な声だけを残し、影は完全に地へと吸い込まれていった。

「待て!!お前は俺が作った俺の意思のはずだ!!」

吸い込まれた影に向かって放たれる声。

しかし、返答はなかった。

「……クッ……ハハハハハッ……!!」

突如マダラは顔を覆い、笑い声をもらす。

「出来損ないの影が……この俺を操っていたとでも言うのか……」

笑い声の奥に、押し殺した動揺がわずかに垣間見えた。しかし、それすらもマダラは己の力で塗りつぶす。もはや黒ゼツの裏切りすら、彼の強大なエゴを崩すには至らない。

マダラは宙に浮かび上がった。

再び圧倒的な殺気を放つ。

その時──。

マダラの足元から少し離れた場所で、倒れ伏し動けないはずのオビトの指が微かに動く。

「裏切り者のゴミが……まだ生き汚く這いつくばっているか」

空中から見下ろすマダラが、氷のように冷たく罵る。

「ゴミはゴミらしく、さっさと朽ち果てろ」

その無慈悲な言葉が戦場に落ちた時──。


「彼は、取り返しのつかない罪を犯した。でも……」


ミズノの声が強く響いた。マダラは鬱陶しそうに、眼下のミズノへ視線を向ける。彼女は両手を胸の前で合わせ、強く印を結んでいた。

ミズノの瞳の奥には、闇を背負い、利用され──それでも自分の意志を貫いた人がいる。

これ以上、誰かが道具のように扱われる姿は見たくない。

「人の心を利用して……何も信じられずに嘘の世界を作った人が彼を侮辱しないで!!」

「……反吐がでる」

吐き捨てた言葉とは裏腹に、マダラの奥底で何かが軋む。

(あれは、奴と同じ目だ)

かつて、川辺で語り合った大きな夢。マダラはそれを信じようとした──信じたかった。

しかし、現実は違った。

人の気持ちなど、脆く崩れ去る幻にすぎない。

(この小娘の言葉も、柱間の夢も、所詮は戯言だ)

神となった自身を否定し、甘言を語るミズノへ底知れぬ苛立ちが湧き上がっていく。

──木遁・木龍の術!

マダラが動くよりも早くミズノが仕掛けた。空気を突き破り、数頭の巨大な木の龍が飛び出す。大気を震わせながら、一直線にマダラへと襲い掛かっていく。

マダラは冷笑を滲ませ、背後に浮かぶ求道玉を一つ飛ばす。巨大な木龍たちはマダラに届く寸前で、黒い球体によって次々と粉砕されていった。

──炎遁・加具土命!

瞬時にサスケが追撃を放つ。
木龍が砕け散った死角から、黒炎を纏ったサスケの矢が空中のマダラを強襲する。

マダラは求道玉を盾にし、矢を粉砕させる──。

求道玉が次々とミズノとサスケに襲いかかってきた。

──寂滅陣!

ミズノの右目によって、全てを無にする球体は闇へと消え去る。しかし、求道玉はすぐに復活してしまう。

「……もう諦めろ。まだ理解できないのか」

マダラが忌々しげに言葉を落とすと、ミズノはナルトへ一瞬、視線を送る。

(ナルト君……オビトを……)

ナルトは彼女の合図の意味を察知し、頷く。素早くオビトの元へ向かい、六道の力でオビトの命を強引に繋ぎ止めた。

──オビトの目がうっすらと開く。

「……なぜ、俺を助けた……」

「“火影になりたかったお前”なら……いちいち言わなくてもわかってんだろ」

「……」

「でも……」

ナルトは目を伏せた。

「ああ……わかっている」

オビトの目線の先には、マダラへ真っ向から立ち向かうミズノの姿がある。先の混濁した意識の中、オビトには自分を庇う彼女の声が届いていた。

「……」

オビトは両足へ力を込め、立ち上がる。

その顔には、かつての“仮面”はない。空中で全ての攻撃を完全に吹き飛ばしたマダラが、オビトを見下ろしていた。

「……俺はもう、あいつの駒じゃない」

オビトは決意に満ちた瞳で、マダラを見上げる。

「……せめて、お前たちより前を歩いて……死なせてくれ」


マダラが片手を掲げると、チャクラが大きく膨らんだ。


──時空が歪む。


身体が張り付くほどの重力が、ミズノたちを襲った。


「くっ……!!」


サスケの手が落ち、ミズノは膝をつく。


「なに…?身体が……!!」


自身も重力に逆らえず地に落ちたマダラ。しかし、彼は笑みを崩さない。求道玉を杭へと変え、絶望を放った。


「まだ少し……動ける!!かわせ……!!」


ナルトの声で、サスケとミズノは寸前のところで回避する。

カカシはサクラを庇いながら、なんとか杭をかわした。


「無駄だ……」


マダラは更に笑みを深めた。

ミズノは闇を展開しようと、瞳力を練りあげる。


(だめだ……瞳力が……)


代わりにミズノは震える手で、防御の印を結ぼうとした。
すると、マダラの輪廻眼の力が周囲の空間をさらに歪ませる。

押し潰されるように、ミズノの膝が地面へと食い込んだ。

その跳ね上がった重力の中、ミズノを目掛け、いくつもの黒い閃光が迫っていく。


「!!」


サスケが手を伸ばす。


ナルトとカカシが一歩踏み込む。




間に合わない──。




───ズズズッ。




ミズノの目の前の空間が渦を巻き、広い背中が現れた。

彼の瞳は攻撃を避けることも、飛ばすこともできる。
けれど、その背中はそれを選ばなかった。

(こういうことだったんだな……リン)

世界を憎み、友を憎み、目を逸らし続けてきた。

現実と、繋がり──自分の罪からも。

この瞳で何もかも消し去ってきた。

痛みを、そして本当の自分さえも──


(もう逃げない……)


守るための──“覚悟”。


(今度は、この手で)



──ザクッ。



マダラの放った数本の漆黒の杭が、オビトの身体を容赦なく貫通した。

「オビト!!!」

カカシは足が思うように動かず、駆け寄ることができない。

「そのまま朽ち果てろ……」

マダラが言い放つ。

オビトを癒そうと、ミズノが震える手を伸ばした。

「よせ……チャクラを無駄につかうな」

「……どうして……私を?」

オビトは後ろに目をやると、ミズノに彼女の面影を重ねる。

「……お前は、リンに似ている」

「え……?」

「俺は……唯一の光を……失ったと思っていた……」

オビトの瞳は気がつかなかった過去と、未来の希望を映し出していた。

「……光は一つじゃないと……今更、気がついた」

ミズノの目が、じわりと熱く滲む。全てを無にする杭によって、彼の身体はひび割れ始めていく。

オビトの元へ辿り着いたナルトが、その身体を必死に繋ぎ止めようとチャクラを送り始めた。

「くっ……」

しかし、何の手応えもない。

「わからんな……」

マダラの声と共に、辺りの空気が解き放たれる。

「そいつは、お前たちにとって敵だったはずだ。なぜ助けようとする?俺をも裏切った……どっちつかずのゴミだ」

ナルトは歯を食いしばり、マダラを睨みつける。

「……失敗だらけの間抜けが無様に死ぬだけのことだ」

「……!!」

「そうだな……罪人の俺に相応しい最後だ……」

オビトは自嘲するように言葉をこぼす。


瞬間──マダラの隙を狙い、サスケが地を蹴りあげた。


千鳥を纏った手がマダラへと迫る。マダラはそれを振り切り、空中へと舞い上がった。

サスケが振り返る。

「ナルト……そいつはもう助からん……こっちへ来い」

「……」

ナルトはオビトに手を当てたまま動かない。

「……先に行く」

サスケは須佐能乎を展開し、マダラの元へ飛び立っていった。
 
「くそ!!くそっ……!!」


自分を目覚めさせてくれた、火影を夢見る少年──。


オビトは小さく笑う。


「ありがとな……ナルト」


「……!!」


彼の身体がパラパラと音を立てていく。

「……いつか俺にいったな。真っ直ぐ自分の言葉は曲げない……それが俺の忍道だ……だったか?」

「ああ……」


「ナルト……“お前は”必ず火影になれ」


「ああ……!!」


ナルトの力強い返事を聞き、オビトは側で立ち尽くすカカシへと視線を向けた。


言葉はない。


(……まだしばらくは来るなよ、カカシ……)



微笑んだ瞬間──。



彼の身体が塵となり、崩れ去る。


その破片は戦場の風に乗り、静かに吹かれていった──。 
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