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月と樹と写輪眼 ─もう1人のうちは─

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第二十五章 緋色の血

 
前書き
この炎は私の意志か、それとも呪いか──

千手とうちは、その狭間で。 

 
終わることのない轟音が、焦げた土の匂いと共に戦場を揺らし続けていた。

十尾の力を身に宿したオビトの前に、幾重にも連なる忍連合の術が押し寄せては無残に砕け散っていく。


もう、何も感じない。


感情すらも。



すべてを断ち切り、幻術による本物の世界を創り上げる。


それが、この身体を動かす理由だった──
はずなのに。


巨大すぎる十尾のチャクラが、彼の自我を内側から引き裂こうと暴れ回っている。


「サスケ!!」


不意に、焦燥に駆られた遠くの声がオビトの耳に届く。

霞む思考と視界の端が捉えたのは、マダラの猛攻を受けて膝をつく少年に駆け寄る柔らかな光。

その光は両手でサスケの手を包み込み、治癒のチャクラを注ぎ込む。

自分も傷ついているのに、真っ先にサスケの傷口へ手を当てていた。

その無防備なまでの優しさ。 


「強がらないで!私もいるんだから……!」




同じような言葉を、違う声で聞いたことがある──




任務帰りの森の中。

傷を隠していたオビトの手を、リンは優しく握りしめた。


『強がって隠してもダメ。ちゃんと見てるんだから……!』


怒っているのか心配しているのか、見分けのつかぬ顔。

しかし彼女の瞳は真っ直ぐにオビトを見つめ、彼の未来を信じていた。



「ぐうっ……!」

オビトの喉から苦悶のうめきが漏れる。

十尾の莫大なエネルギーがその隙を突いて、彼の過去を無残に削り取ろうと牙を剥いた。

自我が溶け、闇の中へ引きずり込まれていく。


(リン……カカシ……ミナト先生)



──失いたくない。



引き裂かれそうになる記憶の糸を、オビトは執念で掴んだ。


リンの手、カカシの声、ミナトと交わした夢。




『俺たちは──火影になる』




身体が軋み、精神が焼け落ちそうだった。

それでも、暴走する十尾のチャクラを無理やりねじ伏せる。

その力を封じ込めた彼は、ついに完全なる十尾の人柱力として戦場に降り立った。


オビトの冷たい視線の先にはナルトが佇んでいた。


その瞳には、炎の意志が燃え盛っている。

ナルトが地に足を深く踏み込み、十尾のチャクラを引き抜こうと手を伸ばした。

その背中を忍連合の総力が後押ししていく。

幾千の意志が一つの巨大な力となって、オビトの内側を鷲掴みにする。



「せーーーーーのぉ!!!」



皆の力を束ねたチャクラが、オビトの内側に喰らいついた。

尾獣たちのチャクラを無理矢理引き剥がしていく──




──精神世界


オビトは、火影になった自身を見つめていた。

(俺が後悔しているというのか……?)

『お前……本当は俺と同じで火影になりたかったんだな』

『やめろ!俺の中に入ってくるな……』

ナルトの意思が、厚い心の壁を透過してオビトの奥深くに突き刺さってくる。

彼の心の綻びを、ナルトは見逃さない。

『お前、十尾に乗っ取られそうになった時……仲間の想いも昔の夢も捨てるのが嫌で、抑え込もうとしたんじゃねーのかよ!
今のお前は……逃げてるだけだ!!』

ナルトは、オビトが自分に似ているからこそ許せなかった。
彼の言葉に、オビトの心は揺らぐ。


封じたはずの夢と想いが、胸の底から浮き上がってきた。


それは泡のように脆い。けれど、確かに温かい。

『俺が知りてーのは楽な道のりじゃねェ。険しい道の歩き方だ』

『……』

『火影になる奴に近道はねェーし、なった奴に逃げ道はねェ!
……リンが見守りたかったのは今のお前じゃない!
うちはオビトだ!!』


その声と同時に十尾という名の鎧が崩れ去り、膨大なエネルギーがオビトから引き剥がされていった。


あとに残されたのは、ひび割れた大地へ崩れ落ちていく火影を夢見た一人の男──


オビトの視界が滲んでいく。


(終わったのか……)


己が創るはずだったすべてが──


「リン……」


天へと手を伸ばした彼の小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく戦場の風に溶けて消えていった。

一つの脅威が去り、忍連合の間にわずかな安堵の空気が流れたその直後。

空間が歪み、二つの気配が戦場へ降り立つ。

カカシとガイだった。

しかし、オビトの視界に映ったのはただ一人。

自分の眼を託した友の姿。

その友は無抵抗な彼へ馬乗りになり、クナイを掲げた。

「カカシ先生!!今そいつは……」

「ナルト……話は後だ。
友であった俺に、こいつのケジメをつけさせてくれ」

(そうか……負けか……)

カカシはクナイを勢いよく振りかざす。


──刹那、その右手はミナトによって防がれた。


「オビト……チャクラを引っ張り合った時、心の中を見せてもらったよ。
息子がガミガミ説教したみたいだけど……本来それをやるのはカカシ、君の役目だ」

「……」

「オビトを本当に理解し、何かを言えるとしたら……友達の君だと思うよ。カカシ」

カカシの手から音もなく力が抜け落ちていく。

師の言葉に、二人は無言で視線を交わした。

「……ナルト、お前はサスケ君達のサポートに行ってくれ!
マダラを頼む」

「そうだ!!まだあいつが……!!」

ナルトは父・ミナトの言葉に即座に振り向き、最凶の元へと駆けていった。




──二つの影が並んでいる。

ミズノとサスケの周囲には、砕かれた木遁の残骸と瓦礫の破片が散乱していた。

すでに何度目の攻防だったのか──

マダラの存在は、時間と共に研ぎ澄まされているようだった。

ミズノは傷ついたサスケの身体を支えている。

二人の呼吸は浅く、速い。
お互いの肩越しに伝わる熱と血の匂い。

明らかな消耗が滲んでいたが、視線だけはマダラを見据えていた。


その時──

「サスケ!ミズノ!」

聞き慣れた声が響き、二人は同時に振り向く。

土埃の向こうから、金色のチャクラが視界に飛び込んできた。

ミズノの表情がわずかに緩む。

「ナルト君……」

その名を呼んだ瞬間。


——ぐちゃり


異質な音が響き、地が波打った。

地中から這い出してきたのは、白ゼツ。

「遅くなりました……マダラ様」

「やっと来たか。持っているな?」

「もちろんですよ」

白ゼツはマダラへ右手を差し出す。

その掌の上で、紫色の波紋を刻んだ眼球が冷たく脈動していた。

それはオビトが隠し持っていたマダラの右眼。

マダラはその眼球を掴み取ると、自らの眼窩へ押し込む。

強引に視神経が繋がり、紫色の闇を灯した。

「これで、少しは楽しくなるか……」



──戦場を包む空気が冷たく変化していく。



「輪廻眼が……」

ミズノは、呟いた自分の言葉に身体が震えた。

隣でサスケが立ち上がろうとする。
しかし、ミズノはその身体を離さない。

駆けつけたナルトも、あまりの重圧と絶望感に動きを止めていた。


「ナルト、お前には感謝している。
オビトから尾獣共を抜いた……奴を弱らせる手間が省けた」

「なに……?」

マダラが親指で自身の血を拭い、地へと手をつく。

「次は……お前達だ。畜生共」

大地が地鳴りを上げて裂け、その深淵から巨大な外道魔像が這い上がってきた。

「させるか……!」

遅れて駆けつけた我愛羅が砂を操り、叫んだ。

しかし、圧倒的な吸引力の前では彼の攻撃すら無力だった。


──輪墓・辺獄(りんぼ・へんごく)


尾獣たちの巨体が、見えない何かに大きく吹き飛ばされる。

「少しは大人しくなったな……これでやっと首輪をかけられる」

マダラが印を結ぶ。

「まずは八尾と九尾を人柱力から引き剥がす!」

激しい風が吹き荒れた。

あまりの風圧に、誰もマダラへ近づくことができない。

八尾はビーから引き剥がされ、ナルトからもチャクラの塊が凄まじい勢いで引きずり出されていく。


「風影のガキ……頼みがある」


九喇嘛は悟り、我愛羅へと言葉を託した。


「我愛羅……頼んだぞ!!」


次の瞬間、ナルトの身体から九喇嘛のチャクラが完全に引き剥がされる。


虚ろな瞳で重力に引かれ、落ちていくその身体を我愛羅の砂が受け止めた。

「ナルト君!!」

ミズノの声が大きく響く。

あんなにも眩しかった太陽。

しかし、彼の姿は紛れもない“死"を予感させた。

「今の力ではこんなものか……」

マダラだけが小さく息を吐く。

「少し時間がかかりましたねぇ……?ま、でもオビトよりは早かったんで」

白ゼツはニヤニヤと笑っている。

「……お前らは俺の作った失敗作だな。主の揚げ足を取りおって……向こうは大丈夫なんだろうな?」

「ハハ……大丈夫ですよ。なんせ中身が結構いいんでね」

「フン……まあいい。次は……」

マダラの輪廻眼が、静かに波紋を刻みながらゆっくりとミズノとサスケへ向けられた。

マダラの視線が、ミズノの背筋を貫くように走る。

「器としては使い物にならなかったが、殺すには惜しい眼だ。
そして、お前達二人は俺と同じ直巴。
どうだ……同胞として俺と組む気はないか」

「なにを──!」

ミズノが返す前に、サスケが口を開く。

「勘違いするな……お前は死んだ人間だ」

サスケはミズノの支えを振り払い、立ち上がった。

マダラが一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。

「……この世界は失敗した柱間の世界だ。
俺は、奴のなし得なかった国づくりをかわってやるだけだ」

近づくごとに空気が重くなり、見えない圧がのしかかってくるようだった。

「無限月読……それがあなたにとっての国づくりなの……」

「そうだ。柱間の国づくりは矛盾を抱えていた」

ミズノの問いに答えながら、マダラの歩みは止まらない。

サスケがミズノの前に立つ。
刀を構え、刃先をマダラへと向けた。

「過去の遺物が出しゃばるな……」

「何かを守るためには何かを犠牲にする……本当の夢の世界以外はな」

「!?」

次の瞬間、サスケとミズノの身体は押さえつけられたように動けなくなる。


尾獣達を薙ぎ払った時と同じ、見えない力。


サスケの手から刀が滑り落ちた。


ミズノの本能が警鐘を鳴らした、その時──



温かい飛沫がミズノの頬に降りかかる。



世界から──音が消えた。



視界には信じがたい光景。



刀がサスケの胸を突き破り、ミズノの目の前で止まっている。

その切っ先からポタ、ポタ、と赤い雫が落ちていく。

サスケの口から大量の血が吐き出された。

ミズノは動くことができず、ただそれを見つめることしかできない。

無慈悲に刀を引き抜かれたサスケの身体は、ドサリと崩れ落ちた。

マダラが悠然と見下ろしている。

「……時間は十分にやっただろう。残念だ」

「ぐっ……」

サスケが苦痛に顔を歪めながら腕をつくが、力が入らず身体は持ち上がらない。

「お前達がその眼を持っているということは、今まで多くを失いながらも何かを求めてきた証拠だ……だがそれもここで終わる。
己自身を失う……本当の終わりというやつだ」


ミズノは呼吸の仕方を忘れていた。


指先が痺れる。


頬についた血の温度だけが、残酷なほど鮮明に感じられた。




サスケが───




「許……さない……」


自分のものとは思えないほど低く、静かな声。


──両目の奥で何かが脈打った。


万華鏡が更に強い光を放つ。

感情の奔流に押し出され、新たな力を成そうとチャクラが膨れ上がっていく。

ミズノを押さえつけている、尾獣すら抗えなかった見えない力。

しかし──彼女の両眼の力が弾け、拘束を振り解いた。

マダラの眉がピクリと動く。

ミズノの足元から大地を割り、緋色の樹が勢いよく噴き出す。

その樹は、生と炎を同時に宿していた。

「また木遁か……芸のない」

マダラは軽く鼻を鳴らす。

須佐能乎を展開し、軽々と薙ぎ払っていく。


──切断された断面から、緋色の炎を纏った枝が即座に伸びた。


マダラは素早く後方へと飛び退いた。

「……なんだ?」

切っても増殖し、炎は更に激しく燃え盛る。

ミズノの唇が言葉を紡いだ。


──炎樹・緋蓮(えんじゅ・ひれん)


太い幹が枝を伸ばし、空へと大きく広がっていく。

マダラの須佐能乎を覆い尽くすように、巨大な燃え盛る大樹が成長していった。

ミズノはただひたすらに、緋炎を纏う大樹の枝を天から叩きつけていく。

マダラが炎樹を刈り取ると、衝撃でミズノの頬が切れた。

刈られた枝で手足が焼ける。

しかし、彼女は気にする素振りもない。


怒りに支配された猛攻──


後ろでサスケが微かに呻き声を上げた。


「くそ……ミズ……ノ……」


しかし、彼女の耳には届かない。

ミズノの視界にはマダラしか映っていなかった。

助けることすら忘れ、ただ“奪う”為に全霊を注ぐ──

マダラはその狂気を見て、歓喜したように笑っている。

「やはり、お前もこちらの側の人間だ」

「黙れ!!」

ミズノは激しい憎しみの炎を生み出し続けていった。


その灼熱の中で、サスケの命の灯火が弱まっていく──


マダラの須佐能乎の装甲が軋み、熱に耐えきれずついに溶け落ちた。


その姿が炎の中で露わになる。


「小娘が……」


見えぬ力がミズノの身体に突き刺さった。

ミズノの身体は地面を何度も跳ね、転がっていく。

炎樹が枯れおちる。

根が灰に変わり、枝が塵になり──

戦場を覆っていた緋炎が、粒子となって降り注いでいく。


ミズノは動けない。


全身が激しく軋み、腕の感覚が遠のいている。

チャクラを搾り尽くした瞳が悲鳴を上げていた。

視界が白く滲む。

だが、永遠が完全に閉ざされたわけではない。


──燃え盛る大樹の代償。


一時的に色を失った世界が、怒りの膜を剥がしていく。


「サスケ……サスケ!!」


我にかえり、彼のいた場所へ視線を移す。

霧に沈んだ視界の中に、倒れた人影が見えた。

しかし、枯渇した自身の感覚ではサスケのチャクラを感知できない。



ミズノの喉が小さく音を立てた──



輪郭を失った世界に、ゆっくりと足音だけが近づいてくる。

彼女の目はほとんど使い物にならない。

それでも、ミズノは立ち上がった。

ぼやけた視覚と枯渇したチャクラ。

二つの情報を繋ぎ合わせて、かろうじて世界の形を組み立てる。


「まだ立つか」


マダラの声が正面から聞こえた。

影の輪郭が揺れている。 

「その眼……見えていないようだな」

「……」

彼女との戦いを終わらせるべく、マダラが動く。



──飛雷神斬り



瞬間、一つの風が吹いた。

気配に気づいたマダラは、殺意を横へと受け流し、攻撃を打ち返す。

「……相手が勝利を確信したタイミングを狙う。
相変わらず姑息な奴だ……扉間」

「……お互いにな」

マダラの声で、ミズノは風の正体を悟った。


二代目火影──千手扉間。

扉間はマダラを見据えたまま、背後の気配を探る。
その視線の端で、ミズノを捉えた。

赤い紋様を宿す万華鏡写輪眼──その奥にもう一つの気配がある。

(……やはり間違いではないか)

沈黙の中で扉間の思考が巡る。


──うちはの瞳と千手の力。


扉間は揺らぎながら、答えへ辿り着こうとしていた。

兄・柱間が、なぜこの血を守ろうとしたのか。

「……」

千手の血を引きながら、うちはの呪いに呑まれた少女。


しかし──怒りの渦から己を取り戻した。


その事実が、扉間の中に重く沈んでいく。

「娘……。
千手とうちはの血が交わったお前は、紛れもなく脅威だ。
しかし、処分すべきであったか否かは……分からんな」

マダラに向き合ったまま、背後にいるミズノに届く声で扉間が呟いた。

「……」

ミズノの身体が強張る。

否定も肯定もできない。

それが、何より耐えがたかった。

扉間がマダラへと向き直ると、マダラは冷え切った視線を扉間へと据えている。




その二人の姿を、色を失いかけた瞳でミズノは見つめていた。

──自分の中に流れる、二つの血を。
 
 

 
後書き
今回は何度も書き直した、思い入れの強い章です。
読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。
 
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