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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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本編前
  第八話 裏 (なのは担任、高町家)




 少なくとも上位30位以下60位以上の三十人で構成された第二学級の担任である彼女からしてみれば、高町なのはという少女は扱いやすい存在だった。
 騒いだり、他の子といさかいを起こしたりしない、授業中の問題にもきちんと答えてくれる物静かで人当たりのいい子というのが彼女の高町なのはに対する印象だった。

 だから、彼女が不登校になったと聞いたとき、何かの冗談だ、と一番思ったのは自分だと彼女は自負している。
 結局、彼女の両親まで来る事態になってしまったが、彼女にはなのはが登校拒否をする原因になんの心当たりもなかった。これは自信を持っていえる。

 少なくともこの学校は、私立の学校だ。風評がすべてといっても過言ではない。そのことは勤務暦十五年の彼女が一番分かっている。だから、この十五年生徒に目を光らせ、いじめなどがないように、あったとしても早いうちから芽を潰せるように努力してきたのだ。

 だから、不登校のことで彼女の両親が来たときには、ご自宅の問題じゃないですか? といいかけたほどだ。
 いや、実際、父親からのあの身も凍るような圧力がなければ、彼女は実際にそう口に出していただろう。彼女はその圧力に屈して、彼女の両親たちには、「こちらで調査してみます」としかいえなかったが。

 果たして、その後日、彼女が登校してきたときは、やっぱり家の問題だったのか、と思った。
 だが、その放課後、彼女は、隣の第一学級の担任から、高町なのはに対する奇妙な情報を手に入れた。

 曰く、彼女には親しい友人がいない。

 どうして、隣のクラスの担任、しかも、蔵元翔太という優秀な生徒にクラスを任せて本人は自分の学級に顔を出さないような教師からそんなことを教えられなければならないのか。
 そう思ったが、よくよく話を聴いてみると、どうやらその情報は蔵元翔太からもたらされたものらしい。

 そんなバカな、と彼女は思う。

 彼女が観察した限りでは、彼女と親しそうに話す人間は何人もいた。それを、親しい人間がいないなんてことがあるはずがない、と。
 そもそも、それがどうかしたというのだろうか。

 友人がいない。ならば、大人である教師から彼女と友達になってあげなさい、とクラスメイトたちに言うのだろうか。
 馬鹿馬鹿しい。それは友情でもなんでもない。大人という絶対強者から強要された友情になんの意味があるというのだろうか。
 たとえ、それで共に遊んだとしても普通の友情ではない。

 『遊んでやっているもの』と『遊んでもらっているもの』の上下関係が成り立つにすぎない。
 子供だからそんなことわからない、と軽んじるのは間違いだ。子供だからこそ、そんな小さな差異が分かる。分かるのではない、彼らはそんな小さなことだからこそ感じ取るのだ。

 だからこそ、彼女は高町なのはを傷つけられないように見守りはするが、友情を促したりはしない。
 それに加えて、彼女が出来ることといえば、せいぜい、友達の作り方を教えるだけだ。

 ああ、丁度いい。ゴールデンウィークに入る前に少しだけ教育しよう。ほんの少しの勇気で友人を作る方法を。
 確かに教え、育てることは自分の仕事なのだから。

 ゴールデンウィークに入る直前の平日。その日の第二学級の日誌の所見欄には一行だけ記された。


 高町なのは経過報告:異常なし。



  ◇  ◇  ◇



 パチパチパチと火が爆ぜる音がする。
 三日月というには少し太りすぎた月が浮かぶ夜。
 周りは深い森で囲まれた河の近くのテントが二つ張られた近くで二人の男女が燃える火を見ながら座っていた。

 一見すると恋人同士の語らいのように見えるが、彼らの腰にある二刀の小太刀それを否定していた。
 彼らの目的は恋人同士の語らいではない。互いをぶつけ合う剣術の修行だ。

 だが、その目的も今日は店じまい。後は眠るだけ、となった後に少しの反省会が終わり、今はその余韻を味わっているところだ。

「………なのは、友達できたかな?」

 唐突に女―――高町美由希が男に問う。

「さて、な。俺には分からない」

 パチパチパチと燃える焚き火に木を加えながら男―――高町恭也は答える。

 彼らが心配しているのは末妹の高町なのはのことだ。彼らの末妹である高町なのはは一時期外に出てこなかった。自分の部屋に閉じこもり、朝食や昼食、夕食のときでさえ出てこなかった。
 彼らも心配はしていたのだが、如何せん対処法が分からなかった。話しかけても答えが返ってこない以上、解決方法は何もなかった。
 何度も家族会議が持たれ、原因を探ったが、原因という原因は見つからず、原因が分からないからなんて理由で可愛い末妹を放っておくなんてことは彼らの選択肢にはなく、心労だけが溜まっていく日々だった。

 彼らに光明を与えたのは、なのはの同級生と名乗る蔵元翔太という男の子だったらしい。
 生憎、美由希と恭也は学校に行っていたため、彼と出会っていなかったため、両親から聞いたに過ぎない。

 彼曰く、なのはには友達がいないらしい。

 そのときの驚愕は筆舌しがたい。

 少なくとも彼らから見て、末妹は、友達が出来ないような性格じゃなかった。我侭も言わず、自分のことは出来るだけ自分でする少し大人びた可愛い末妹。自分たちを頼ってくれないのが少しだけ寂しかったが、それでも外に言えば自慢の妹だ。
 そんな妹に友達が一人もいないなんて家族の誰も想像できなかったに違いない。

 事実、父と母も言いづらそうに、信じられないとも言うようにそれを口にしたのだから。
 そして、さらに恐ろしいことにそれらが事実だったのが、また彼らを驚愕させた。

 彼らの父―――士郎が強行突破でなのはの部屋に突入し、抱きしめたら泣いたというのだから。
 彼らは妹の涙をその時、初めて見たといっても過言ではない。それほど、彼女が泣いた姿を見たことなかったのだから。

 なにはともあれ、その時以来、彼女が部屋に引きこもることはなくなった。しかし、彼女に友達が出来ないという問題は解決していないように思える。

「俺も……何かいいアドバイスができればいいんだが」

 恭也は己の口下手さと人生を半ば後悔した。
 剣術にまい進する毎日。剣術に人生を捧げてきたといっても過言ではない。
 それに、よくよく考えてみれば、自分も友人といえば、赤星勇吾と月村忍ぐらいしか思いつかない。
 しかも、勇吾は剣術における強敵と書いて『とも』と読むような仲だし、忍にいたってはなぜ友人なのか分からない。気がついたらという形だった。話によると一年生の頃からクラスメイトだったらしいが、少なくとも恭也の記憶にはない。

「う~ん、私もあんまり友達いないからなぁ」

 美由希も恭也と同じだ。人生の殆どを剣術に費やし、友人という友人はいない。せいぜい、思いつくのは、神咲那美ぐらいだが、これは友人と呼んでいいのやら。ただの類ともと言ってもいいだろう。お互い核心は話していないが、そんな空気をしている。

 彼らは、剣に人生を捧げてきた所為でなのはの友達がいなくて寂しいという気持ちも分からなければ、なのはに対する友達を作る際のアドバイスも出来なかった。

「俺たちは、なのはに降りかかる火の粉は払うことが出来る。どんな強大な敵からも護ると誓える」

「そうだね。御神の剣は護るための剣だもんね」

「だが、心は護れないとは……情けないことだ」

 本当に不甲斐ない。護るとは、身体だけでは構成されないというのに。すべてを護ってこそ、御神の剣士。だが、恭也にはそれが出来そうになかった。家族の心も護れなくて、誰の心が護れるというのだろうか。

「それは、私も同じだよ、恭ちゃん。だから、せめて片方だけは絶対護れるように強くなろう」

 ぐっ、と拳を握る美由希。それを珍しいものを見たように目を丸くして見つめる恭也。しばらく無言だったが、やがて恭也がくすっと笑い、口を開く。

「……まさか、美由希から諭される日が来ようとはな」

「もぉ~、恭ちゃん!」

「冗談だ。それに美由希がいうことももっともだ。明日からも厳しくいくぞ」

「げぇ~」

 嫌そうに美由希が顔をしかめた後、堪えられなくなったのか、美由希が笑い始めた。それにつられた珍しく恭也も笑う。
 それを夜空に浮かぶ三日月よりも少し太った月だけが見ていた。



  ◇  ◇  ◇



「なのははもう寝たの?」

「そうみたいだな」

 お風呂あがりなのだろう。タオルを頭に巻いた状態で桃子がリビングへやってきた。
 時刻は夜の10時。小学生が寝るには十分な時間帯だろう。
 答えた士郎は、テレビでサッカー中継を見ているようだが、意識は明らかにサッカーには向かっていないように思える。
 たぶん、考えていることは桃子と同じことだろう。

「なのはのこと?」

 ぴくん、と士郎が反応した。おそらくそうなのだろう。いつもは真剣に見ているサッカーでさえ上の空になるぐらいなのだから、よほど心配らしい。

「ああ」

 そう桃子の言うことを肯定すると、士郎は、テレビを消した。
 先ほどまではサッカーの実況が響いていたリビングは一瞬にして静寂に包まれた。

「なのはは、友達が出来たんだろうか?」

「分からないわ」

 そう、それは桃子も士郎も把握していなかった。当然、注意は払っている。
 だが、それでも限界がある。日中は誰もなのはに注意を払えない。
 なぜなら、残念なことも桃子も士郎も一般的には社会人だった。社会人には、当然のように責任がある。
 優先されるべきは心情的には家庭だが、立場的には社会なのだ。

 桃子でいうとパティシエという仕事。桃子一人がいなくなれば、当然他のスタッフの負担が大きくなる。何より、桃子のお菓子を食べにきてくれているお客さんに申し訳ない。
 ただでさえ、なのはが不登校になったときには連続で休みを貰ってしまったのだ。これ以上の苦労はかけられない。なにより、なのはは表向きはいつもどおりなのだから、心配だという理由でオーナーの妻が休めるわけがない。

 士郎は士郎で、サッカークラブの監督兼オーナーだ。もしも、これが、趣味の遊びならまだ家庭を優先しただろう。だが、月謝という形でお金を貰っている以上、お金を払っている親御さんたちに士郎は責任がある。だから、サッカークラブのほうを放置するわけにはいかない。

 だが、そんなものは建前だということを桃子も士郎も自覚していた。

「……どうすればいいんだろうな」

 結局、そこに行き着く。

 彼らには三人の子供がいる。恭也、美由希、なのはの三人だ。
 だが、恭也の幼年期は士郎が武者修行で連れていたため、育てたという感覚が薄い。美由希は、養子だ。しかも、なのはのようなことはなかった。
 実質、なのはが彼らにとってはじめての子育てと言っても過言ではない。
 だからこそ、分からない。こういうとき、どうしたらいいか。

 不登校になったときは、学校にいじめがあるんじゃないか、と思い、学校に赴いた。
 結果は、不発だったが。代わりに得られたのは蔵元翔太という男の子からの情報だけ。
 その情報が確かだということはなのはの態度からも察せられたが、だからこそ、事態が余計にややこしくなった。

 いじめが原因なら学校にまた赴けばよかった。その子供に指導してもらうなり、他の方法なりで決着がついたはずだ。
 だが、さすがに友達が出来ないから、なんとかしてください、なんて学校に訴えるなんて恥知らずな真似は出来ない。だからこそ迷う。

 どうしたらいいのか分からない。

 何より、本当になのはに友達がいないのか分からない。
 あのときの表情から、態度から、蔵元翔太の言葉が本当だということは分かったが、それ以降が昔のままの態度なのだから。

 物静かないい子。我侭も言わない、自分のことは自分でする。

 おそらく外に出せば十分自慢できる娘だろう。

 そう言い切れるだけに士郎と桃子としては、分からなかった。
 だからといって、友達は出来た? と藪を突くような真似もしたくない。
 仮にそれが真実だとすれば、それを突きつけることで、なのはの心を傷つけてしまうかもしれないから。

 なのはの心が知りたい。だが、知るためになのはの心に踏み込むことは躊躇してしまう。

 どうすればいいのか、士郎と桃子には分からなかった。

 娘のことだ、気楽には考えられない。だが、考えれば考えるほど思考の渦にはまり込んでしまうような気がする。
 もし、気落ちしているとかなら、こちらから聞くことも出来る。だが、表面上はいつもどおりなのだ。少なくとも士郎たちの前では。尚のこと手が出しにくい。

「今は見守りましょう」

「……情けないが、それしかない、か」

 本当に心の底から悔しいとは思う。だが、それ以外に士郎たちにはよい考えがないのだ。

 願わくば、彼女に心の底から友人と思える人が現れますように。
 見守ることとは他にそう願うことしかない自分がこの上なく口惜しかった。


 
 

 
後書き
 周りの状況が分からないような感想であふれていたので設定上書いてみた。周囲の人たちのなのはのスタンスです。

 担任教師→教師が友達を強要するのは違うでしょう? 自分でなんとかしてください。
 兄、姉→何とかしてやりたいけど、自分たちも友達いないから、どうしていいか分かりません。
 母、父→何とかしてやりたい、けど、なのはが分かりません。どうしたらいいの?

 家族はとにかくなのはが分からないというスタンスです。だから手が出せない。

 ちなみに、書いている途中で

 両親なのはのことで喧嘩→離婚→なのは、自分のせいと思い込む→BAD END

 士郎さんと桃子さん以外ならこのENDでもおかしくないと思う。
 
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