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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第二十一話 前



 僕のその日の目覚めはあまりすっきりしないものだった。僕が別段、低血圧であるわけではない。なぜか、眠りが浅かった時のような感覚だ。なんで、低血圧なんだろう? と理由を考えながら、まだ重い瞼をこすりながら考えていると上半身を起こした僕の隣から声が聞こえてきた。

「おはよう、ショウくん」

「あ、うん。おはよう?」

 隣から聞こえてきた挨拶に思わず、そのまま当たり前の返事を返してしまったが、その途中からふと、どうして、僕の部屋に人がいるんだろう、という疑問が浮かんでしまって語尾が上がってしまった。起きたばかりで焦点が合っていなかった目が、ようやく眠気より慣れてきたのだろう、ぼやけていた情景がはっきりと分かるようになると僕の隣にいたのが、いつものツインテールというには短い髪を下ろしたなのはちゃんだということが分かった。

 はて、なぜ、なのはちゃんが僕の部屋にいるのだろうか? と周囲を見渡しながら考えてみたが、どう見ても、真っ白な部屋でベット以外には殆ど何もないといってもいい簡素な部屋は、僕の部屋ではなかった。

 一瞬、考え込んでしまった僕だったが、すぐに昨日の夜の記憶を掘り起こすことができた。

 ああ、そうだった。昨日は、なのはちゃんの様子が心配で看病して、なのはちゃんの本音を聞いて、そのまま一緒に寝ちゃったんだ。

 女の子と同じベットで寝るなんて、よくよく考えれば、恥ずかしいことなのかもしれないが、幸いにして僕たちは、まだ年齢が二桁も達していない年齢。まだまだ、恥ずかしいと思えるほど心が成長していない。しかし、ならば、僕は精神年齢だけなら二十歳であるはずなのだが、それでも浅いながらも眠れたのは、身体に意識が引っ張られたのか、あるいは、僕がなのはちゃんと友人と思いながらも妹に近い感覚を持っているからなのか。多分、両方だろう。現にアリシアちゃんとは同じ部屋で寝ても普通に眠ることができるのだから。さすがに毎日だと慣れたと言い換えてもいいのかもしれないが。

 なんだか、慣れてはいけないものに慣れてしまったような気がする。

 深く考えるのはやめよう。僕の中の何かにすごく深い傷を負ってしまいそうだ。

 あ、そういえば、今は何時なのだろうか?

 ふと、眠る前に枕の傍に置いたままの携帯電話に手を伸ばして、時間を見る。携帯電話の時計が示していた時間は、僕が毎日起きる時間よりも一時間程度早かった。なるほど、少し眠いのは、ベットが変わって眠りが浅いだけではなく、一時間早く目が覚めたからなのか。

 寝なれている家のベットなら二度寝を考える頃だが、このままなのはちゃんの隣で二度寝ができるほど図太い根性をしていない。だから、僕は、改めてなのはちゃんに向き直って提案する。

「このまま、ここにいても仕方ないから、リンディさんたちのところに行こうか」

「うん」

 僕の提案にあっさりと笑顔のまま返事をするとなのはちゃんと僕はベットから降り、ベットの真下に置かれている靴に足を通した。艦内は、基本的に土足らしい。僕と逆方向に下りたなのはちゃんは、ベットの端を回って、ピンク色のパジャマのまま僕の前に立った。

「ショウくん、行こう」

 笑顔のままなのはちゃんは、手を差し出す。その手が意味することが分からないわけではない。ただ、なのはちゃんの意図が分からなくて戸惑ってしまったのだ。昨日までのなのはちゃんは、こんな行動にはでなかったはずなのだが、と頭を回してみれば、昨日との違いは明確だった。

 ――― 一緒に手を繋いでくれる?

 そのなのはちゃんの言葉に頷いたのは僕だ。おそらく、なのはちゃんは、愚直に僕の言葉を信じたのだろう。だから、屈託のない笑みで、僕を信じきったような笑みで手を差し出してくる。

 とてもじゃないけれども、僕にはその笑みを裏切れるような度胸はなかった。

「うん、そうだね」

 だから、僕は、なのはちゃんに頷きながら、なのはちゃんが差し出した手を取るのだった。僕の手が触れると同時に僕の手は、子ども特有の柔らかさと暖かに包まれた。そして、ぎゅっ、と力を入れられる。そんな風に力を入れなくても、僕は逃げないのにな、と思いながらなのはちゃんに顔を向けると、なのはちゃんは、えへへ、と照れ笑いを浮かべていた。

 女の子と手を繋ぐのは、さすがに恥ずかしかったが、今更なのはちゃんが手を離してくれる理由もなく、また、このまま立ち止まっていても仕方ないので、僕はなのはちゃんを先導する形で先に歩き始める。なのはちゃんは、僕の隣を嬉しそうに歩いていた。

 並んで部屋から出た僕たちは、まず食堂に行くことにした。僕もなのはちゃんもお腹がすいているからだ。当然といえば、当然だった。なぜなら、僕らは昨日のお昼から何も食べていないのだから。しかし、困ったことに僕となのはちゃんはこの広い艦内のどこに食堂があるのか分からない。どこぞの施設のように案内図があればいいのだろうが、そんなものは見つかりそうになかった。

 さて、どうしよう? と曲がり角で悩んでいた僕たちに救いの手を差し伸べてくれたのは、なのはちゃんの様子を見に来たのであろうクロノさんだった。

「やあ、おはよう。なのはさんは、気分が悪いとかないかい?」

 さわやかな挨拶の後、なのはちゃんの身体を気遣うクロノさん。昨日、あれだけ一方的にやられたのに、普通になのはちゃんと接することができるクロノさんは、さすがだった。これが執務官という職業なのだろうか。

 一方、なのはちゃんは、クロノさんの質問に首を横に振って答えていた。その答えにクロノさんは安堵の息を吐いていた。そんなに心配していたのだろうか。

「それはよかった。ところで、お腹はすいていないか? 今、君たちのお兄さんが食堂で朝食をとってるから一緒に食べに行くといい」

 そういえば、昨日は、あのまま寝ちゃったから、恭也さんとはもう一度会ってないんだよね。士郎さんや桃子さんたちにどうやって説明したかは分からないが、どうやらきちんと来てくれていたようだ。その辺りも含めて聞くべきだろうか。しかし、その辺りはともかく、今はなのはちゃんの元気な様子を見せるほうが先なのかもしれない。昨日、倒れたなのはちゃんを一番心配していたのは恭也さんなのだから。

「分かりました。でも、すいませんが、食堂への場所を教えてくれませんか?」

 僕たちが食堂の場所を知らないことを失念していたのか、クロノさんは、しまった、というような表情をしていた。

「すまない。そういえば、君たちには教えていなかったな。ちょうどいい、もう少ししたら僕も朝食に行こうと思っていたんだ。先に済ませることにしよう。こっちだよ」

 教えていないことを失念していたことへの照れ隠しなのか、クロノさんは、ガシガシと掻くとその場で踵を返して、僕たちを先導するように歩き始めた。僕となのはちゃんは、クロノさんが見せた表情に顔を見合わせて笑い、アヒルとひよこのようにクロノさんの後ろをひょこひょこと着いていくのだった。

 その後、歩くこと五分程度で、大学の学食のような食堂に着いた。どうやら、時間的には朝食の時間帯だったようで、他にも数人の職員のような人たちがトレーをもって並んでいた。クロノさんの案内に従って、僕たちは、同じようにトレーを持って列に並ぶ。さすがにそのときには、もう手を離していた。なのはちゃんは少し離れがたいような表情をしていたが、さすがに手を繋いだままトレーを持つことはできない。

 職員の人たちが明らかに場違いな子どもである僕たちに視線でも投げかけてくるかと思ったが、あまりその手の視線を感じることはなかった。物珍しさに一瞥すことはあっても、それ以降は、同じ人が視線を向けかけてくることはなかった。むしろ、僕たちを目に入れないようにしているような気さえする。

 まさかね、と、僕は自分の中の想像を笑ってしまった。僕たちのような初対面の子どもに、そんなことを考える人はいないだろうと思ったからだ。おそらく、時空管理局という組織の中で、じろじろ人を見るものでもないという教育でも受けているか、あるいは、みんな、朝食に目がいっているのだろう、としか考えなかった。

 列に並んでいるとやがて僕たちの順番が来た。トレーに載せられたのは、野菜が使われたサラダとロールパンが二つとベーコンと目玉焼きのセットだった。これだけあれば十分すぎるほどで、むしろ、子どもの僕には多すぎるぐらいだと思った。

「飲み物はそこから好きなものを取ってくれ」

 先に配られたクロノさんが待っていてくれたのか、空のコップを僕たちに渡しながら指差した先には、ドリンクバーのようなものがあり、そこから適当に飲み物を選べるようだ。その中身は、コーヒーから牛乳、オレンジジュースと多岐に渡っていた。その中から僕はコーヒーを、なのはちゃんはオレンジジュースを選ぶ。ちなみに、クロノさんのトレーの上のコップには牛乳が並々と入っていた。

「それじゃ、席に着こうか」

 そういって、クロノさんが案内してくれたのは四人がけの席。しかし、そこには一つの人影があり、先客がいるようだ、と思っていたが、その人影は僕がよくよく見知っている人の影であった。

「恭也さん?」

 そういえば、さっき、クロノさんが、恭也さんが先に食堂にいるようなことを口にしていたような気がする。

 テーブルの上に置かれたトレーの上にはさすがというべきか、僕たちよりも二倍はあろうかという量の食事が乗っていた。もしかしたら、食堂の人も体格に合わせて料理を盛っていたのかもしれない。

「ショウくんとなのはとクロノくんか。おはよう。なのはは大丈夫か?」

 僕の呼びかけに反応して、恭也さんは、フォークを止めて、僕たちのほうへと振り向くと、少し驚いたような表情をして、朝の挨拶をした後、心配そうな顔をして、クロノさんと同じようになのはちゃんを心配していた。恭也さんの問いへのなのはちゃんの答えは、クロノさんと同じだ。うん、と縦に頷くだけだった。

「そうか。それならいいんだ」

 安心したようにそう呟くと、ここで食べるんだろう? と自分が座っているところから少しだけ奥にいって、僕たちが座るスペースを空けてくれた。なのはちゃんは、きっと恭也さんの隣に座るだろうと思って、恭也さんとは対面する位置に座った。そして、おそらく、僕の隣にはクロノさんが来るだろう。だが、その予想に反して、僕の隣に座ったのは、なのはちゃんだった。なんで? という意味をこめて、なのはちゃんを見てみるが、その意味が分からなかったのか、なのはちゃんは少し小首をかしげて、ニコッと機嫌がよさそうに笑うだけだった。

 どういうことだろう? と半ば、助けを求めるように恭也さんとその隣に座ったクロノさんに視線を向けてみるが、二人とも何もいうことはなく、むしろ、この状況を受け入れ、まるで、暖かいものを見守るように苦笑しているだけだった。

 何かを言いたかったが、何を言ってもこの状況が改善される見込みはまったくないので、僕もこの状況を受け入れることにした。僕はなのはちゃんが隣に座ることに対してなんら不都合はないのだから。

 手を合わせて、いただきます。僕となのはちゃんは手を合わせて、フォークを持った。地球の―――日本の文化を知らないクロノさんだけが、僕たちの行動を不思議そうな目で見ていたが、少し説明したら、「なるほど、聖王教会の祈りのようなものか」と納得していた。

 いつもと比べると量が多い朝食が無言ではじまった。そもそも、なのはちゃんは口数が多いほうではないし、僕は、口に入れたまま話すようなことはしないので、基本的に話を振られない限りは無言だ。それは、クロノさんも恭也さんも同じなのだろう。四人がけのテーブルに座っておきながら、無言の朝食がもくもくと進んでいた。

 なにも話さずに朝食を食べたのが功を奏したのか、思っていたよりも早く朝食が終わってしまった。

「さて、これからのことだが……君たちはまずは着替えたほうがいいな」

 そう、よくよく考えると僕たちはまだパジャマ姿なのだ。さすがに、このままというわけにはいかないので、クロノさんの言うことには賛成だった。

「それで、その後の話になるんだが、普段の君たちはどうしてるんだ?」

「今日は平日なんで、学校ですね」

 なんだかんだとある日常だが、まだ今日は平日なのだ。もっとも、後数日すれば、ゴールデンウィークに突入して、一週間以上の休みに突入するのだが。

 どうして、そんなことを聞くのだろうか? と思っていたら、クロノさんは腕を組んで少し考えた後、何かの結論を出したような顔をして口を開いた。

「わかった。本当は、君たち―――いや、正確にはなのはさんには話があったんだが、学校があるなら、そちらを優先したほうがいいな。学校が終わった後にでも話があるんだが、構わないか?」

 僕たちはクロノさんの問いに諾と答えた。僕たちは、放課後はいつもジュエルシードを探していたのだから、時空管理局の彼らが来てくれた以上、なにもすることはないのだ。だから、何も問題はなかった。

「それじゃ、これを君たちに渡しておこう」

 そういって、渡されたのはレイジングハートのようなビー玉のようなもの。僕となのはちゃんの前にそれぞれ差し出された。

「なのはさんのレイジングハートは、僕たちが預かっているからね。デバイスがないと僕たちと連絡が取れないだろう? だから、代わりのデバイスを君たちに貸しておくことにするよ。学校が終わったら、これで連絡を取ってくれ」

 なるほど、連絡手段の代わりか。確かに今までは、レイジングハート経由か、彼らからの接触を待つしかなかったのだ。それを考えれば、連絡手段があるというのは有り難い。そんなわけで、僕たちは遠慮なく、デバイスを受け取ることにした。

 その後は、学校に行くには時間が余っていたので、クロノさんの助言に従ってお風呂を貸してもらった。なんと、このアースラには何故かお風呂があって、しかも。24時間入れるのだとか。やはり、こういった艦内で、長期間の航行にはストレスが溜まるというし、お風呂などのストレス発散は必要なのだろう。お風呂に入る際、なのはちゃんも一緒に入ってこようとして焦った。他の人もいるから、と何とか説き伏せたが、なのはちゃんの目は本気だったのだから恐ろしかった。

 お風呂に入ってさっぱりした僕たちは制服に着替えた後、トランスポートの場所まで来ていた。学校への道具は昨日のうちに準備済みだ。なのはちゃんのほうも気になったが、それは恭也さんがしっかりと準備してくれていた。だから、僕もなのはちゃんも準備万端で、しかも、アースラの人たちの好意で、学校の屋上に転移してもらえることになった。

 学校へと出発する前、なんと僕たちを見送るためにクロノさんとリンディさん、エイミィさん恭也さんが来てくれた。

「なのは、お弁当だ」

 今から行こうとする前に恭也さんがなのはちゃんにお弁当を手渡していた。そういえば、なのはちゃんのお弁当を見て、思い出したが、今日のお弁当はどうしよう? 大学生や高校生にでもなれば、学食という手段があるのだろうが、さすがに小学生にその手段はない。後で、母さんに電話してみることにしよう。いくらなんでもクラスの中でおかずを集めて回るわけにはいかないだろう。

 なのはちゃんにお弁当を渡した恭也さんは、なぜか僕の方に向き直って、がしっ、と肩をつかまれ、真剣な表情で僕を見据えたまま口を開く。

「翔太くん、なのはのことを頼んだぞ」

 それは、兄としての心配なのだろう。昨日、あんなことになったのだから、当然といえる。僕もなのはちゃんにはできる限りのことはするつもりだったから、笑って応えた。

「任せてください」

 僕の返事に満足したのか、恭也さんは真剣な表情から笑みに変えると、ポンと頭を軽く撫でるように叩いて、僕から離れていった。

「「いってきます」」

「はい、いってらっしゃい」

 クロノさん、リンディさん、エイミィさんに見送られて、僕たちはトランスポートの中で魔力の光に包まれるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 登校時間は一秒にも満たないほどの時間だっただろう。転移魔法によって屋上に転移したのだから当たり前だ。登校する時間はいつもどおりの時間であり、お昼は昼食を食べる学生で賑わう屋上もさすがに朝から顔を出している学生は誰もいなかった。

「行こうか」

 こんな場所にいつまでも用事はない。だから、僕はなのはちゃんに声をかけて、屋上から階段へと続く扉のノブに手をかける。それと同時にノブに手を伸ばした逆の手に感じる温かい感触。それは、朝にも感じた温かさであったが、あまりに唐突のことだったので、その温もりの持ち主であるなのはちゃんに顔を向けてみるが、彼女はほにゃっとした柔らかい笑みで僕の視線を受け流すような笑みを浮かべていた。

 僕としては、別に片手が塞がっていても今は問題がない。だから、そのままにして、僕たちは教室へと向かうことにした。

 屋上から教室への移動はさほど時間がかかるわけではない。時間にしてみれば、五分よりも短い時間だろう。その間、僕たちの間には今更ながら、僕がなのはちゃんの体の心配をしたり、あまり無理をしないようにと小言だったりしたが、なのはちゃんは何故かそれを嬉しそうに聞いていた。

「それじゃ、僕はこれで」

「………うん」

 教室の前まで来た僕たちは分かれる。僕が第一学級で、なのはちゃんは第二学級なのだから仕方ない。だが、なのはちゃんは名残惜しそうな表情をし、先ほどまで僕と繋がっていた手を僕との温もりを忘れないようにもう片方の手で包み込むようにしていた。

「………私もショウくんと同じクラスだったらよかったのに」

「えっと、なのはちゃんも頑張れば一緒のクラスになれるんじゃないかな?」

 昨今のゆとり教育といわれるいわゆる皆平等という教育に対して喧嘩を売るようにこの学校は、完全な実力主義といっていい。クラスは完全に成績順だ。だから、僕と一緒のクラスになろうとすれば、なのはちゃんが上位30位以内に入ってしまえばいい。一年生の頃は、同じクラスだったのだ。それが不可能とは思えない。

 なのはちゃんは僕の言葉で、ようやくその事実を思い出したのか、表情を輝かせていた。

「うん、ショウくんと同じクラスになるために頑張るね」

「あ、うん。頑張って。僕も応援するから」

 勉強するのは悪いことではない。僕が力になれるというのであれば、協力を惜しむつもりはない。

 なのはちゃんの協力するといった後は、さすがにこのままずっと教室の前で話し込むわけにもいかず、僕はなのはちゃんと別れて、自分の教室へと向かった。

 しかし、教室に行きながら、僕は朝からのなのはちゃんの態度を不可解に思っていた。昨日までは、あんなに積極的に触れ合ってこなかったはずだ。なのに、今日の朝からはやけに積極的に僕に触れてくる。原因として考えられるのは、やはり昨夜のことだろう。それ以外に考えようがないのだが。

 さて、この状況で僕が一番危惧するべきことは、僕という友人だけで満足して、他に友人を作ろうとしないことだ。僕はなのはちゃんの友人をやめるつもりはないが、何時までも一緒にいられるとは限らない。この世の中、いつ死んでしまうかもしれないし、確実なことを言えば、中学校は、男女別なのだ。今までのように気軽には会えなくなるだろうし、その頃は思春期にも入っているだろう。それらを考えれば、僕だけが友人というのは非常に拙い事態である。

 ふむ、何とかして僕以外の友人を作れればいいのだが。

 少なくとも、昨日のことで、利害だけが友人を作る理由ではないことがわかってくれたはずだ。ならば、これからも友人ができる可能性が出てきたといえるだろう。なのはちゃんが自分から友人を作ってくれればいいのだが、それができていれば、友人がいないなんて事態にはならなかっただろう。ならば、手助けしてあげるべきか。だが、どうやって?

 少しだけ頭を回したが、そう簡単に名案なんてものが浮かんでくるはずもなく、僕はすぐに答えを出すことを諦めた。それに、なのはちゃんの友人のことも大切だが、昨日のことを鑑みて、時空管理局への対応も考えなければならない。

 なのはちゃんが、ジュエルシードに手を出してしまったのだ。彼らからしてみれば、それは大変なことに違いないだろう。つまり、なのはちゃんに何かしらの処罰のようなものが下るかもしれない。しかし、なのはちゃんは彼らが言うところの管理外世界の住人だ。彼らの法の範囲内なのかも不明。つまり、詳しいところは、今日の放課後だろう。クロノさんの話もそれに違いないのだから。

 ある程度のことに予想を立てて、大変なことが並んでいるな、と嘆息つきながら僕は教室の扉を開いた。

 教室の中は、いつもどおり、大半の人が来ていた。クラスメイトとおはようと挨拶を交わしながら僕は自分の席を目指す。

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」

「おはよう、ショウくん」

「おはよう、ショウ」

 僕は鞄を下ろしながら、すぐ近くの席であるアリサちゃんたちと挨拶を交わす。アリサちゃんとすずかちゃんが話している。それはいつもの光景であり、特段言うべきことは何もない。彼女たちと挨拶を交わした後、僕は自分の席に座り、今日の時間割の教科書を机の中に仕舞う。朝のホームルームが始まるまで、十分ほどの時間。僕は、鞄の中に入れてある文庫本でいつものように時間を潰そうと本を広げようとしたとき、アリサちゃんがすずかちゃんと伴って僕の席に近づいてきた。

「ちょっと、ショウ。話があるんだけど」

「なに?」

 話があるんだけど、と切り出してくるアリサちゃんは珍しい。いつもなら、いきなり話の流れに巻き込むような話をしてくるはずなのに。何か真剣な話なのだろうか、と身構えて読もうとしていた文庫本を机に仕舞いながら、近くの席の椅子を借りて座るアリサちゃんに視線を合わせた。

 しかしながら、真剣な話なのかと思っていたが、視線を合わせたアリサちゃんの顔は笑っており、何か良いことでもあったかのように満面の笑みだった。

「ショウっ! あんたゴールデンウィークは空いてるんでしょう? 温泉に行くわよっ!」

「ごめん、全然話が分からない」

 すぐ間近に迫ったゴールデンウィークに関することなら、まだ分かる。だが、それがどうしてアリサちゃんと温泉へ行くことへと繋がるのだろうか。

「アリサちゃん、最初から説明しないとショウくんも分からないよ」

 アリサちゃんの隣に座るすずかちゃんがフォローしてくれるが、すずかちゃんはもう話を聞いているのだろうか。彼女は事情が分かっているようだった。そして、その話については、すずかちゃんも承知しているようにアリサちゃんと同じように笑みを浮かべていた。

「あ、そうね。あのね、今年のゴールデンウィークは旅行は温泉に行こうってことになって、日本だからすずかとショウも招待していいって。だから、ゴールデンウィークに温泉に行くわよっ!!」

 もう、それはアリサちゃんの中では規定事項なのだろう。僕はなにも返事をしていないのに彼女は既にその気だった。

 そもそも、ゴールデンウィークの旅行というのは家族旅行ではないのだろうか。それにも関わらず、僕たちが同行していいのだろうか?

「えっと……それは、僕たちが一緒に行ってもいいの?」

「いいわよ。パパとママにはもう了解は取ってるんだから」

 だから、褒めなさい、といわんばかりに胸を張るアリサちゃん。

 いやいや、せめて僕の予定とか聞こうよ、と思ったが、よくよく考えたら、僕はゴールデンウィークには何所にも行かないってアリサちゃんに話しているんだった。一年生のときも二年生のときもだ。だから、三年生の今でも同様だと思っても不思議ではない。すずかちゃんが先に話を知っていたことから考えると、いつも旅行に行っているすずかちゃんには先に承諾を得ていたのかもしれない。

「いつ行くの?」

「ゴールデンウィークの終わりのほうで二泊三日よ」

 もしかしたら、アリサちゃんの家ではゴールデンウィークの頭のほうで仕事が入ってしまったのかもしれない。だから、今年は海外などではなく、日本国内の温泉なのか。アリサちゃんの家の内情はさておき、やはりゴールデンウィークの家族旅行に同行するのは気が引けるのは確かだ。しかしながら、ゴールデンウィークも間近に迫ったこの時期に旅館などの予約を取ることはほぼ不可能だろう。それを考えると、もう予約などは済んでいるのだろう。このギリギリまで黙っていたのは、アリサちゃんが僕を驚かせるためなのだろう。

「ちなみに、拒否権は?」

「……ショウはあたしたちと一緒に行くの嫌なの?」

 一応、僕が尋ねてみると、アリサちゃんは僕の想像に反して、急に気弱になったように不安そうな顔をしてきた。いつものように強気で、ないわよっ! といわれれば、多少は反骨精神も生まれようものだが、さすがにこの表情を前にして、嫌とは言えない。これが計算なら女は怖いと思うのだが、さすがに三年生ではありえないか、と思いながら、退路がすべて絶たれたことを自覚した。

「そんなことないよ。分かった。親と相談してOKだったら、行くよ」

「うん、それでいいのよっ!」

 さすがに他の家族との旅行ともなれば、親に相談しないわけにはいかないだろう。アリシアちゃんのこともあるし。もっとも、反対されても、目の前で笑みを浮かべているアリサちゃんのことを考えれば、親を説得しないわけにはいかないだろう。

 僕が承諾したので、計画は立ったと考えて言いのだろう。楽しみだね、と顔を見合わせるすずかちゃんとアリサちゃん。

 しかしながら、条件付とはいえ、承諾した後で思った。費用や交通手段はどうなるのだろうか? その辺りをアリサちゃんに聞いてみたところ、いく温泉の場所は車で一時間ぐらいの場所で、アリサちゃんの家の車で送ってくれるらしい。さらに費用についてだが、なんとホストであるアリサちゃんの家が全額もつらしい。なんでも行く場所はアリサちゃんの会社の保養地で、割引が利く上に部屋単位の値段だから子どもが二人増えたところで増額はあってないようもので、気にしないようにとのことだった。気にしないで、といわれても気にしないわけにはいかない。仕方ないので、菓子折りの一つでも持っていくことにしようと僕は決めた。

 やがて、その旅行について話していると朝のホームルームの時間になってしまい、アリサちゃんとすずかちゃんは席に戻る。

 僕は、担任が来るまでの少しの時間、この人生でははじめての温泉旅行というものに思いを馳せながらも、その前に片付けなければならないジュエルシード関連のことを思うと思わずため息を吐いてしまう。

 ジュエルシードのこともできれば、温泉旅行までに片付いてしまえばいいのだが。

 せっかくの旅行なのだ。楽しいものにしたい。だから、僕はジュエルシード事件の早期解決を切に願うのだった。

 
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