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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第二十話 前




 時空管理局が来てから一夜が明けた。

 昨夜はアルフさんに事情を話し、アリシアちゃんの処遇をどうするべきか話し合った。

 アルフさんは、ただアリシアちゃんの幸せを願うだけみたいで、最終的なことは口に出さなかったが、僕たちの家に残りたいようなことを言っていた。僕としては、妹ができたようで嬉しかったので、むしろ望むところである。どちらにしても、結論を出すのは今日の放課後に時空管理局の人と話してからだろう。

 アリシアちゃんのことはそれでいいとしても、問題はなのはちゃんのことである。昨日、帰り道で恭也さんから聞いたことが本当ならば、色々と考えなくてはならない。とりあえず、これからのなのはちゃんとの関わり方だろう。

 たとえ、初めてであろうが、初めてでなかろうが、なのはちゃんが僕の友達であることには変わりない。彼女が、あそこまでクロノさんに突っかかったのは、僕と一緒にいられる時間が少なくなるからだろう。確かにジュエルシード探しが終われば、塾だって行かなくちゃ行けないし、他の面々と遊ぶ機会も増えるだろう。これまでのように毎日なのはちゃんとだけの時間を毎日取るというわけにはいかない。

 ならば、どうするべきか。一番楽な方法は、なのはちゃんが僕以外に友達を作ることであろう。だが、それが簡単にできるなら、僕が不登校の件に関わってから一年も友達ができないなんてことにはならないはずだ。これが簡単にできると思うのは避けたほうがいい。

 簡単な方法があるとすれば、僕が第二学級の子になのはちゃんの友達になってくれるように頼むことだが……。それでは、僕への義理でなのはちゃんの友達になっているようなもので、本当の意味で友達と呼べるのか甚だ疑問である。だが、最初の切っ掛けはともかく、それで友達になれることもあるのかもしれない。だが、逆に友達になれないとなったらどうなるだろう? 一年も失敗しているのだ。さらに傷にならないだろうか。ともかく、確実ではないのであまり使いたくない手である。

「ショウくん? 何か考えてる?」

「あ、すずかちゃん……」

 考え事をしているうちに授業は終わってしまったらしい。その割りに黒板に書かれていることはきちんとノートに書いているのだからマルチタスクとは実に役立つスキルである。

「お弁当食べよう?」

 そういって、すずかちゃんが持ってきてるお弁当をつまんでみせる。最近、すずかちゃんの秘密を知ってしまって以来、すずかちゃんは僕を毎回、お昼ご飯に誘ってきている。しかも、食べさせようとしたり、おかずを交換したり、今までにない行動を取ってくる。どうやら初めて秘密が共有した友人ができて浮かれている状態がまだ続いているらしい。二、三日と思っていたがもう少し上方修正して一週間ぐらいをみるべきだろうか。

 あれ、しかし、今、すずかちゃんの言葉でふと思ってしまった。

 ―――なのはちゃんは今までお弁当はどうしているのだろうか?

 友人がいるなら一緒に食べていることだろう。だが、恭也さんの言を信じれば、彼女は今まで友人がいなかったのだ。ならば、なのはちゃんは、一人で食べているのだろうか? いや、まさか………いくらなんでも………。

 一度、気になれば、それを振り払うことができなかった。

「ごめんね、すずかちゃん。今日は先約があるから」

「そうなんだ。残念だな。それじゃ、明日は一緒に食べよう?」

 すずかちゃんからのお誘いを断わり、あまりにも早い先約に頷き、僕はお弁当を持って教室を後にした。

 教室から出た僕は、隣の第二学級に足を運び、入り口からなのはちゃんの姿を探す。教室では、皆、お弁当を広げており、仲間内でワイワイ言いながら食べていた。そんな中で一人で食べていれば目立つはずだが、一人で食べている子はいないようだった。もしかしたら、恭也さんの言うことが実は気づいていないだけで教室にも友達がいるのでは? と希望測のようなことを思い、ちょこんと跳ねるようにした特徴的なツインテールを探してみたが、結局、見つかることはなかった。

 さて、後、お昼ごはんを食べる場所として考えられるのは中庭か屋上である。どちらを先に行くか迷ったが、屋上からであれば、中庭が見渡せるため、先に屋上を優先した。お昼休みが始まって五分。早い人は二十分ぐらいで食べてしまうので僕は少し急いで屋上に行く。

 屋上に着いた僕は、食べている面々を見渡してみるが、やはりなのはちゃんの姿は見えない。屋上から中庭を見てみるが、少なくとも一人で食べている人はいないようだった。もしかしたら、中庭で友人と食べているのか? と思ってみたりもしたが、やはりこれも僕の希望でしかないのだろう。

 さて、後はどこで食べているのだろうか? と屋上の入り口付近で考えてみる。本当なら携帯でも使えればいいのだが、授業が行われている時間の携帯電話の使用は禁止されている。隠れて使っているものもいるが、もしも、なのはちゃんが電源を入れていなければ意味がないので、確実とはいえない。

 あれ? 待てよ。携帯よりも確実に繋がる方法を僕は知っているじゃないか。

 ―――なのはちゃん? 聞こえる? ―――

 思いついた僕は早速、なのはちゃんに向けて念話で話しかけた。相手に強制的に話しかける形になる念話だから、大丈夫かな? と思ったりもしたが、なのはちゃんからの答えは意外にもすぐに返ってきた。

 ―――ふぇっ!? え? どうしたの? ショウくん―――

 なのはちゃんは突然の僕の言葉に驚いたようだった。それもそうだろう。お昼休みに僕からなのはちゃんに話しかけたことは今まで一度もないのだから。

 ―――お昼ご飯を一緒に食べようと思って探してたんだけど、見つからないから。今、どこにいるの? ―――

 ―――え? えっとね……い、今は中庭だよ―――

 あれ? と思った。僕が屋上から見たときは、一人で食べている子なんて一人もいなかった。つまり、なのはちゃんは誰かと一緒に食べているということだろうか?

 ―――友達と一緒に食べてる? それなら、僕は遠慮するけど―――

 ―――そ、そんなことないっ! 大丈夫だから。私一人だから。ショウくんも来てっ! ―――

 ………改めて屋上から見てみるが、やはり一人で食べている子はいない。つまり、これはなのはちゃんの嘘ということになる。だが、食べている場所について嘘をついてどうなる? 何か意味があるのだろうか? あるいは、僕にはいえない場所で食べていた? あまり気にしないほうがいいのかもしれない。

 ―――わかった。僕も中庭に行くね―――

 ―――うん、待ってるから―――

 なのはちゃんとの念話を一度、切り、僕は中庭に向かうことにした。少しゆっくりとした歩調で。



  ◇  ◇  ◇



 中庭に到着し、少し首を振って、周囲を確認すると日当たりのいい場所から少し離れた木陰になのはちゃんの姿を発見した。

 中庭に設置してあるベンチがすべて埋まっているからだろう。木陰の石段に腰掛けたなのはちゃんは僕のことを待っていていてくれたのか、お弁当の包みをもったまま周囲を伺っているように見える。その様子が、飼い主を待つ犬のように見えると思うのは失礼なのだろう。

「なのはちゃん、お待たせ」

「ううん、待ってないよ」

 まるで漫画の中にあるようなデートのワンシーンみたいだなと思いながら、少しずれて僕が座る場所を開けてくれるなのはちゃんの好意に甘えて彼女の隣に腰掛けた。

「それじゃ、食べようか」

「うん」

 包まれていた弁当箱を取り出し、おかずとご飯の二段組になっている弁当箱を開き、手を合わせて、いただきますといった後、僕たちはお箸を手にとって、おかずに手を出した。

 手を合わせた直後、ちらっとなのはちゃんのお弁当箱を見てみると少しだけ手をつけた跡があった。つまり、なのはちゃんはここに来る前にどこかで一人で食べていたわけだ。教室でも、中庭でも、屋上でもないどこかで。しかし、それを問うつもりは僕にはなかった。

 さて、本当ならここで放課後のことについて話さなければならないのだが、いきなりそれでは、この先が暗いものになる可能性がある。だから、最初はジャブのようなもので会話を始めることにした。

「なのはちゃんのお弁当おいしそうだね。桃子さんが作ってるの?」

「え? う、うん」

 これは会話の切っ掛けにしたものの事実だったりする。さすが、お菓子屋とはいえ料理に関わる人である。なのはちゃんのお弁当はまるで遠足のときのように色鮮やかで、見た目としても楽しめるようなものになっていた。

 ………もしも、これが友人のいないなのはちゃんのためにちょっとした切っ掛けになれば、毎日頑張っていたとしたら、母は強しという言葉が浮かばずにはいられない。もっとも、さすがに穿ちすぎだとは思う。いや、それほどまでに恭也さんの言葉が衝撃的だったのだが。

「………少し食べる?」

 僕が少し考え事をしている間、顔を動かさなかったのをお弁当の中身をじっと見ていると思ったのか、なのはちゃんがはい、とお弁当箱を差し出してきた。そこにはまだなのはちゃんが手をつけていないおかずの数々が残っていた。

「それじゃ、一つだけ」

 まさか、なんの興味もなく見ているだけでした、なんていうことはできず、僕は誤魔化すようにお弁当の中から卵焼きを一つ箸につまんだ。もちろん、まったく興味がなかったわけではないのだが。卵焼きを選んだのは、このおかずが一番、家庭の味が出ると思ったからだ。

 口に運んだ卵焼きは、ふんわりとしていて僕の家よりも若干甘い味がしたが、甘すぎるというわけでもなく、素直においしいと思える味だった。

「おいしいね」

 僕がそういうと、なのはちゃんも嬉しそうに笑ってくれた。

 それはともかく、貰ってばかりも悪いので、僕は自分が食べていたお弁当箱をなのはちゃんに差し出した。

「お返し。なのはちゃんもお一つどうぞ」

「じゃあ、私も一つ」

 そういってなのはちゃんが手を出したのはお弁当の定番であるミートボールだった。手作りと冷凍食品では、格が違うようで大変申し訳ないような気がしたのだが、なのはちゃんは笑って、おいしいね、と言うのだった。

 その後は、放課後と同じように僕たちは昨日のテレビの内容や家で読んだ本の内容などを話した。お弁当を食べ終わった後も。幸いにして座っていた場所は、木陰だったため、実に快適だった。

 昼休みも後残り二十分ぐらいになったとき、会話の途切れを見計らって僕は考えていた話題を口にした。

「ねえ、なのはちゃん。今日の放課後のことだけど………やっぱりジュエルシードのことは時空管理局の人に任せたほうがいいと僕は思うんだ」

 今日の放課後、僕たちはもう一度、彼らと会うことになっていた。そこで、改めてジュエルシードの引渡しなどを行うことになっている。僕としては、そこでジュエルシードには完全に手を引きたいと思っている。なのはちゃんの希望には添えられない形にはなるだろうが。それでも、やっぱり、ジュエルシード集めは非常に危険だと思うからだ。彼らが来た以上、プロである彼らに任せるべきなのだ。彼らの強さについては計らずもなのはちゃんが証明してくれた。

 僕の言葉になのはちゃんは考えるように俯いたまま何も答えなかった。

 なのはちゃんは何を考えているのだろうか。恭也さんの話が確かなら、彼女は僕と一緒にいる時間を作るためにジュエルシードに関わろうとしているはずだ。だから、完全にジュエルシードの件から手を引く僕の提案には素直に肯定できない。

 ならば、代わりを用意してあげればいい。僕と一緒にいられる理由を。本当なら、なのはちゃんが自分から僕と遊ぶことを言い出せればいいのだが、それができれば、なのはちゃんも友達がいないなんてことにはなっていない。つまり、なのはちゃんは性格上の理由と友達がいないという環境から、どんなふうに誘えばいいのか分からないのだ。だから、『ジュエルシード』という理由にこだわる。だから、ジュエルシードから完全に手を引くことに肯定できない。よって、最初の結論になるのだ。

「ねえ、なのはちゃん」

「な、なに?」

 何も言わないことで怒られると思ったのだろうか。肩をビクンと震わせて、なのはちゃんは俯いていた顔を上げた。

「ジュエルシードの件から手を引いたら僕に魔法を教えてくれないかな?」

「魔法を?」

 なのはちゃんが不思議そうな顔をして聞いてきた。それもそうだろう。ジュエルシードの件が終わってしまえば、魔法などこの世界では意味がないのだから。だが、それでもいいのだ。これはただの理由なのだから。

「うん。ユーノくんが先生をやってくれたおかげで、プロテクションとチェーンバインドは使えるようになったんだけど、まだまだ使える魔法もあると思うんだ。この世界では、生きていく上では必要ないかもしれないけど、こういうのが使えるのは夢なんだよね」

 普通の男の子からすれば魔法が使えるというのは、すごい、という驚嘆と感動ものだろう。だから、この言葉も説得力があるはずである。

「でも、ユーノくんも時空管理局の人も帰っちゃうから、なのはちゃんしかいないんだ。だから、僕に魔法を教えてくれないかな?」

 もちろん、クロノさんたちに許可は貰わないとダメだけどね。と付け加えるのを忘れない。

 なのはちゃんは最初、僕が言ったことを理解できないように呆けたような表情をしていたが、やがて、理解したのか、明るい笑顔で頷いてくれた。

「うん。うん、もちろんだよっ!」

 その声は、今までの中で一番弾んだ声だった。



  ◇  ◇  ◇



 放課後、僕は、なのはちゃんと連れ添って昨日、クロノさんと出会った海鳴海浜公園へときていた。僕たちが到着した頃には先に待っていた忍さんと恭也さんとノエルさんとアルフさんが既に待っていた。

「すいません、待ちましたか?」

「いや、大丈夫だ」

 僕たちはどうしても学校という場所に行っている以上、その場所に拘束されてしまう。それを言うと、恭也さんや忍さんは、大学があるはずなのだが、大丈夫なのだろうか? しかし、前世の頃の記憶を辿ってみても大学とは強制的に勉強させる場所ではなくする場所だ。出欠も自分の責任。授業も選択だ。下手をすると授業に出なくても代返などで何とかなる。

 もっとも、恭也さんたちの性格から考えるに、きちんとしていることは間違いないだろうが。

 それはともかく、今日は時空管理局の人達との話し合いだ。本当なら事情を知っている高町家の皆さん、僕の家族も来る必要があったのだが、さすがに仕事や家事、子育てがあるため出席が不可能だった。そのため、恭也さんに一任している。それは僕の家の責任についても同じだ。それは昨夜、電話でお互いに確認した。

 最初、蔵元家代表は僕でも大丈夫、みたいな話になりかけていたのだが、小学生という身分で一任するのは相手を軽んじているという風に見られなくもないので、僕も口は出していいことにはなっているが、最終決定は恭也さんが握ることになった。

 忍さん、ノエルさんは月村家代表だ。事情も知っている上にジュエルシードを一個だけとは所持しているのだからこの話し合いにも参加する意義がある。

 そして、アルフさんはアリシアちゃん―――フェイトちゃんの代わりだ。記憶を失って、母さんを本物の母さんと思っているアリシアちゃんに代わって事情聴取を受けに来たのだ。

 これが今回の話し合いの面々だった。やがて、昨日、こちらと決めた時間になって、バリアジャケットと同じ黒いシャツと黒いジーパンに身を包んだクロノさんが公園に姿を現した。しかし、名は体をあらわすというが、クロノさんは黒が好きなのだろうか。

「お集まりいただき、ありがとうございます。では、早速行きましょうか」

 クロノさんの案内に従って、僕たちは再びアースラへと案内された。クロノさんの案内で、昨日と同様に威圧感のある廊下を渡った後、やはり昨日と同じ部屋に通された。しかも、部屋の内装も変わることはなかった。さくら吹雪が舞い、純日本風のような部屋。お茶会を行うような部屋から変化はなかった。

 その部屋の中心に座っているのは、ライトグリーンの髪の毛をポニーテールにしたこのアースラと呼ばれる船の艦長―――リンディさんだった。その隣には管制塔のオペレータだったエイミィさんが分厚い資料を持って座っており、さらにその奥には、ハニーブロンドの人間形態のユーノくんが座っていた。

「あら、皆さん。ようこそ、アースラへ。どうぞ、お座りください」

 僕たちはリンディさんの勧めに従って用意された座布団に座った。

「ああ、申し訳ない。使い魔の……」

「アルフだよ」

 僕たちと同じく座布団に座ろうとしたアルフさんだけが、クロノさんに呼び止められていた。

「それでは、アルフさん。あなたは別件になるので、別室でお話を伺っていいでしょうか?」

「……分かったよ」

 渋々といった感じでアルフさんは別室で話を聞くことを認めていた。

 クロノさんに引率されて出て行くアルフさんの背中を見ながら僕は大丈夫だろうか、と心配になってしまった。時空管理局が警察のようなものと聞いたからだろうか。密室での取調べという言葉にいい思いがしないのは。昨日、クロノさんから感じた人柄からすれば、大丈夫だとは思うが、アルフさんも僕の家族の一員と言ってはいいほどに馴染んでいるので心配にならずにはいられなかった。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。事情を聴くだけだから」

 僕の心配した視線を感じたのだろうか、湯飲みを傾けていたリンディさんが僕の内心を見透かしたような言葉を投げかけてくれた。

 その言葉を鵜呑みにすることは、さすがにできないが、気休め程度にはなった。もっとも、万が一のときは、念話でも何でもいいから僕たちに知らせることを伝えてある。

「さて、それでは、話し合いを始めましょうか」

 僕たちの手元にお茶とお菓子が運ばれた後、リンディさんの仕切りで僕たちの話し合いは始まった。

「まずは、現状把握からいきましょう。現在、ジュエルシードは、なのはさんが9つ。忍さんが1つ。合計10個のジュエルシードの封印に成功しているという認識でよろしいでしょうか?」

 その問いに僕たちは頷く。

「通常、私たちの世界で、ロストロギアを回収していただいた場合は、ロストロギアの階級によって謝礼金をお支払いして、ロストロギアを引き取っているのですが……あいにく、この世界は管理外世界で、通貨が手に入りませんでしたので、金などの貴金属でお支払いしようと思うのですが、いかがでしょうか?」

 リンディさんの言葉に僕たちは驚いていた。謝礼金がもらえるとは思っていなかったからだ。僕たちが活動したのはお金のためではない。動かなければ、僕たちと海鳴の街が危なかったからだ。僕の感覚でいえば、ジュエルシードは危険物で、どちらかというと早く引き取って欲しい代物だったのだが、まさか謝礼がでるなんて夢にも思っていなかった。

 され、我らがリーダはどうするのか? と思って横目で隣に座っている恭也さんに話しかけてみる。

「……恭也さん、どうしますか?」

「いや、この展開は俺も予想外だ」

 僕たちが事前に話した内容では、せいぜい魔法に関する注意を受けて、ジュエルシードを引き渡して終わりだと思っていたのだ。後は、せいぜい全部終わった後に僕たちにも教えてもらえるようにお願いするぐらいかと思っていたのだ。
 謝礼金なんて頭の隅にもなかった。だからこそ、こうやって悩んでいるわけだが。

「申し訳ありません。率直にお聞きしますが、それはおいくらぐらいになるのでしょうか?」

 恭也さんが先陣を切って聞いた。確かに、謝礼金がもらえるということで混乱していたが、いくらもらえるか、が問題である。小額なら手間賃かアルバイト感覚でもらえるかもしれない。

「そうですね、昨夜のうちに調べたあなたがたの金やプラチナなどのお値段から換算した値ですと、このくらいになりますね」

 すぅ、とエイミィさんの手から差し出された紙を見る。そこに載せられた値は、やたらゼロがついていた。あまり数えたいとは思わないが、数えれば間違いなく親父の年収を超える額がそこには書かれていた。

「これが全額ですか?」

「いえ、ジュエルシード1つあたりの値段です。そうですね、これに実際に集めていただいた謝礼が入りますので……一番下の額になりますね」

 この言葉に僕は絶句した。ジュエルシード1つで親父の年収を超えるお金と交換。しかも、謝礼が入って一番下に書かれた数字はもはや見たくもない数字だった。大きすぎて愕然としてしまうのである。お金とはある種の力である。故にあまりに額が大きすぎるとそれには恐怖に似た何かを感じてしまう。僕が庶民だからかもしれないが。

「もしかして、少なかったでしょうか? もう少しであれば、私の権限で増額も可能ですが」

「いえ、結構です。むしろ、多すぎます」

「そうですか?」

 僕たちが愕然としていたのにそれを少ないと落胆していたと勘違いしたのだろうか。とんでもないことを言ってきた。さすがに恭也さんもすぐさま拒否していたが。しかも、恭也さんの多すぎるという発現に意外そうな顔をしていたのだから。

「ジュエルシードの危険度から考えれば、妥当な額です」

「いえ、俺たちはお金のためにやっていたわけではありませんので……」

「しかし、受け取っていただけなければ、私たちも借りを作ったことになりますので困ります」

 謝礼金を値下げするという驚いた交渉を行う僕たち。実に奇妙な光景だが、それだけこの額は多すぎるのだ。莫大なお金を不意に受け取った人の人生は酷く簡単に壊れてしまう。宝くじなどで一等などの大金が当選したとき、換金しない理由で上位にあったのは、莫大なお金を得ることへの恐怖である。それをはるかに超える額なのだからしり込みするのも当然といえるだろう。

 その後、話し合いは続いたが、お互いに平行線。あまりお金を受け取りたくない高町家、蔵元家と借りを作りたくない時空管理局。結局は、恭也さんが折れて、全額受け取ることにした。忍さんの「お金はいくらあっても困らない」という台詞で折れたようだ。

 高町家と蔵元家の分配方法は、後で話し合うことにした。もはや額が大きすぎてあまり考えたくないが。

「それでは、これらの書類にサインを……」

「ちょっと待って、私たちはまだ了承してないわよ」

 恭也さんたちの話し合いは終わったのだが、それに待ったをかけたのは月村家代表の忍さんだった。月村家はジュエルシードが一個だから額に不満でもあるのだろうか? と思っていたが、そうではなかった。

「私たちはお金はいらないわ。その代わり、欲しいものがあるの」

「聞きましょう」

 忍さんが欲しいものがあるといったとき、少しだけリンディさんの目が細くなり、柔和な笑みの裏側に鋭いものが見えたような気がするが、忍さんはそれに気づいたのか気づいていないのか、平然と続きを口にした。

「あなたたちの技術の一部を要求するわ」

「そうですね。どういった類のものをご所望で?」

 僕からしてみれば、それは盲点だったのだが、リンディさんはむしろ納得したように頷くとさらに深いところまで聞いてきた。それは、忍さんの願いを了承したということだろうか。

「具体的には、この紙に書いてある問題を解決するための技術ね」

 もしかして、忍さんはこの流れになることを読んでいたのか、忍さんがちらっと横目でノエルさんを見ると、最初から用意していた紙を持っていたバッグの中から取り出して、リンディさんの目の前に差し出した。それは、いろいろ図が書いてあり、設計書といったほうが正しいような紙の束だった。

「拝見しましょう」

 パラパラと紙の束を斜め読みするように見るリンディさん。

 しかし、あれだけの資料を斜め読みしただけで理解できるのだろうか。いささか疑問だったが、僕の疑問など知らずに最後までリンディさんは資料を読み終えていた。

「細かいところは分かりませんが、本局に問い合わせて問題がないようでしたら、技術をお教えしましょう。ただし、その内容によってはお教えできないこともありますので、ご了承くださいね」

「ええ、分かったわ」

「ふぅ、これで謝礼については終わりですね。後は、これからのことですけど―――」

 謝礼金の話が終われば、後は僕たちが予想した通りの内容だった。つまり、魔法はみだりに使わないこと。魔法世界について語らないこと。ジュエルシードを見つけても、時空管理局に報告して関わらないことなどだ。

 僕たちのほうからも、彼らの要望を了承した代わりに、すべてが終わった後に知らせてもらうこと。アリシアちゃんのことで協力してもらうことなどを約束してもらった。

「これで手続きは以上です。お疲れ様でした」

 すべてについて話し合いが終わった後、僕と恭也さんと忍さんがそれぞれリンディさんが差し出した紙にサインを求められた。内容は、お互いに契約内容を履行します、といったような内容だった。それにサインが終わった後、リンディさんとエイミィさんが深々と頭を下げた後、僕たちも釣られるように頭を下げた。

 ともかく、これで終わりだ。ジュエルシードに関することは、全部終わったと思っていいだろう。残り11個のジュエルシードがあるが、それらを回収するのはクロノさんたちの役割だろうし、僕たちの出る幕はないはずだ。

 命を狙われたところから始まったジュエルシードに関する事件は、結局、僕に魔法という存在を教え、なのはちゃんやユーノくんという新しい友人とアリシアちゃんとアルフさんという新しい家族を迎え入れられた実りあるものだったんじゃないかと思う。

「それじゃ、なのはさん。私たちにジュエルシードを渡してもらえるかしら?」

 すべてが終わった後、なのはちゃんにリンディさんは、手を差し出してジュエルシードを求める。当然だ。彼らはこれを求めて、これを正式に手に入れるために話し合いを行ってきたのだから。

 だが、なのはちゃんは無言。リンディさんの求めに応えることはなかった。

「なのはちゃん?」

 さすがに僕も不審に思って声をかけるが、やはり反応はない。少し間をおいてもう一度声をかけようと思ったとき、なのはちゃんは俯いていた顔を上げて、覚悟を決めたような顔つきをして口を開いた。

「ジェルシードを渡す前にもう一度……もう一度だけあの人と戦わせてください」

「なのはちゃんっ!?」

 なのはちゃんの小さな桃色の唇から紡ぎだされたのは、僕を驚かせるのに十二分な内容だった。まさか、もう一度クロノさんと模擬戦をさせろなんて。一体、何を考えているのだろうか。

「―――もう一度だけでいいのね?」

「リンディさんっ!?」

 てっきり止めてくれると思っていたのにリンディさんは、はぁ、とちょっと憂鬱そうなため息を吐いた後、なのはちゃんの意思を確認するように尋ね、なのはちゃんはリンディさんの問いにコクリと頷いてしまった。

 なのはちゃんが望み、リンディさんが頷いてしまった以上、僕がとめることはできない。昨日に引き続き、クロノさんとなのはちゃんの模擬戦が実現してしまった。しかしながら、昨日、七回も連続で負けたなのはちゃんだ。何か秘策があるのだろうか。

「なのはちゃん……大丈夫なの?」

 僕の心配そうな声を分かってくれたのだろうか、なのはちゃんは両腕でガッツポーズのようなポーズをとった後、笑いながら少し自信の見える笑みで言う。

「大丈夫だよ。だから、見ててね。ショウくん」

 その自信の見える笑みに一抹の不安を覚えてしまうのだった。



  ◇  ◇  ◇



「なのはさん。今回は一回だけですからね」

『はい』

 昨日と同じように画面の向こう側に写ったなのはちゃんがリンディさんの念を押すような声に答える。

 そして、彼女と相対するのは、やはり昨日と同じ黒いバリアジャケットに身を包まれたクロノさん。彼の顔は、どこか戸惑ったような表情で、それでも仕方ないと、どこか諦めたような感情が浮かんでいた。

 それもそうだろう。昨日、七回も連続で勝った相手に今日も相手にしなければならないというのだから。しかも、それが上司であるリンディさんからの命令では諦めるほかない。

 しかし、どうしてなのはちゃんは今日も模擬戦を望んだのだろうか。昨日は、僕との時間であるジュエルシード捜索のための時間を取られたくないからだったはずだ。勝てば、このままジュエルシードが捜索できるから、と。しかし、今日は理由がない。あの契約書にサインした以上、僕たちはこれ以上、ジュエルシードに関わることはないのだから。

 もしかしたら、けじめなのかもしれない。最後に気持ちの整理をつけるための。少なくとも兄である恭也さんはそう思っていた。だから、止めなかったとも。それならいいのだが、なのはちゃんの自信の見える笑みを見たときの一抹の不安は一体なんだったのだろうか。

 僕の不安を余所に事態は進む。

「それでは、なのはさん、準備してください」

 そう、クロノさんはバリアジャケットに着替えていたのになのはちゃんは、まだ学校帰りで聖祥大付属小の制服のままだった。レイジングハートもまだ宝石のままだ。

 なのはちゃんは、リンディさんの声に促されたように胸元にぶら下がっているレイジングハートを手に取るとそれを掲げるようにして、小さな宝石を起動させるためのワードを口にする。

『レイジングハート――――セット・アップ』

 その声と同時になのはちゃんは桃色の光に包まれていた。

 ―――刹那、ドクンと僕の胸が震えたような気がした。

「え?」

 その鼓動を感じたのは、僕だけではなかったらしい。誰もがどこか動揺したような表情を見せていた。今の鼓動は一体? と疑問に思っていたが、答えはすぐに管制塔のオペレータをやっているエイミィさんのどこか焦ったような声で分かった。

「なに……これ? なのはちゃんの魔力増大っ! 魔力ランクS+……SS-、SS……まだ増大っ!」

 管制塔が騒がしくなり、全員の注目が目の前のスクリーンに注がれていた。なのはちゃんのバリアジャケットへの換装が長い。いつもはすぐに光の繭は解かれるというのに今日に限ってはその繭の中身は中々姿を現さず、エイミィさんの魔力増大の報告だけが不気味に管制塔に響いていた。

 やがて、ゆっくりと上から勿体つけるように桃色の光の繭が解けていく。

 そして、中から姿を見せたのは、いつもの聖祥大付属小のような白いバリアジャケットに包まれたなのはちゃんではなかった。

 まず最初に現れたのは、ちょこんとツインテールには短いといえる髪ではなく、黒いリボンで結われた腰まで届くような立派なツインテール。そして、なのはちゃんが身に纏うバリアジャケットは、白を基調としたものではなく、聖祥大付属小のデザインにメカメカしい部品をつけたものである。その中でも一番の変化は、その色だ。純白だったバリアジャケットは、どこか夜を思わせるような黒を基調にし、血を思わせる赤で胸元辺りに文様が描かれたものへと変化していた。そして、なにより一番の変化は―――

「………あれが、なのはちゃん?」

「なのはちゃんってまだ九歳だったわよね?」

 呆然とした僕の声に忍さんが確認のように恭也さんに問う。答えは当然、肯定だ。その恭也さんも信じられないものを見たような表情をしていた。

 そう、なにより一番の変化は、なのはちゃんの姿だ。バリアジャケットや髪型といったような細かいところではない。九歳だったはずのなのはちゃんは、身長が急激に高くなり、子どものような体型は豊満な女性のものへと変化し、美少女だった顔立ちは、美人と呼ぶのが適当な顔立ちになっていた。年齢で言うなら恭也さんたちと同じような年齢だろう。

「魔力パターンは間違いなくなのはちゃんです。ただ、魔力は……SSSランクです」

 エイミィさんも己の職務である以上、データを報告しているのだろうが、信じられないものを見たように声を震わせながら報告していた。

 その声に呆然としてしまう管制室。僕にはその魔力ランクとかの意味は分からないが、彼らが呆然とするのだから、よっぽどのものなのだろう。

『さあ、模擬戦を始めよう』

 誰もが呆然とする中、唯一、当事者のなのはちゃんだけが、口の端を吊り上げた笑みで、クロノさんとの模擬戦の始まりを告げるのだった。



つづく

あとがき
 後編へ続く 
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