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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
反ソ連合結成
  スパイの遊び場 その3

 
前書き
 外交官特権を持つものは、ウィーン条約により、接受国では逮捕できません。
2015年のセブで起きた中国総領事による銃撃事件の際、フィリピン政府は犯人の事を中国側に身柄を引き渡すのが精一杯でした。 

 
 昼前、マサキの部屋に鎧衣と白銀が入ってきた。 
開口一番、白銀が尋ねて来た。
「シェルドンは帰ったんですか」
 マサキは椅子から立ち上がると、彼らの方を振り向いた。
「ああ、家族の待つインターコンチネンタルにな。
明後日にはバージニアに帰ると」 
 いつも着ている愛用の黒詰襟の服ではなく、ダークグレーのダブル姿に、鎧衣は思わず凝視した。
思いのほか均整の取れた体に、ウェストを絞った若干細身のスーツがよく似合う。
「シェルドン大佐夫妻は、木原君に会う為だけに危険を承知でウィーンにまで来たという事か」
「それだけ、さっきの話は本気だったのですね」
 マサキはタバコに火を点けながら、頷いた。
「それで、申し出は受け入れるのかね?」
「CIAと組むんですか」
 まくしたてるように言う鎧衣と白銀の方を振り向いた後、マサキは静かに答えた。  
「CIAと組んだ場合のメリットは、シェルドンの妻が言った通り、世界中に広がっているCIAの諜報網を利用できることだ。
南米ニカラグアの反政府組織(コントラ)に与えた様に、最新兵器の武器売却の権利や資金も簡単に手に入れられるだろう。
それだけじゃなく、CIAの息のかかった経済人と手を組んで、表の経済活動も可能だ」
 マサキは灰皿の置かれたテーブルに近づくと、吸っていたタバコをもみ消した。
「CIAと組んだ場合のデメリットは、(ひさし)を貸して母屋(おもや)を取られる可能性があるという事だ。
いくら天のゼオライマーがあるとはいえ、一筋縄ではいかない米国人が相手だからな」
 鎧衣は眉を寄せた。
確かにマサキの言う通りだ。
 たとえ向こうが勝手に情報を送ってきても、見返りを求めないはずがないからだ。
情報の世界とは、常にギブアドテイクだからである。
 最悪の場合、政府関係の情報は米国にすべて筒抜けになるだろうし、運が良くても協力関係にある軍や捜査機関は、CIAやFBIの影響下に置かれるだろう。
「貴様らは、どう考える」
 鎧衣は、俯きながら答える。
「私は、正直どういっていいか、わからないというのが本音だ。
情けない話だが、私はサラリーマンとして上司の意見に従っていたからな。
今度の事も政府の上層部の指示に従うことになるだろう」
「僕も旦那と同じ意見です。
木原先生が決めたら、それに従うだけです」
 マサキは、一瞬言葉を詰まらせた。
なぜなら彼らの問いに、満足な答えがなかったからである。
「しばらく考えさせてくれ」 
 鎧衣は愛用するダビドフの葉巻を取り出すと、口に銜えた。
「じゃあ、私たちは大使館の方に戻るよ。
ボンの玉瀬君から連絡があるかもしれんから、長い事留守にするわけにはいかんからな」
「木原先生は今日一日、自由に為さって、長旅の疲れをいやしてください」
 マサキはソファーに腰を下ろした。
「そうさせてもらうよ」
 
 部屋に一人残ったマサキは、シェルドン大佐夫妻から渡された資料を精査していた。
そこには米国の新型爆弾であるG弾にかんする戦略が記されていた。
「こいつらは、核爆弾をナパーム弾の延長にしか考えていないのだな」
それが資料を見たマサキの率直な感想だった。
 前の世界で、戦後日本で生活したマサキにとって、核とはある種のタブーであった。
タブーであるからこそ、最初の八卦ロボである山のバーストンに、18発の核弾頭を装備させた。
世界征服のため、各国政府を恫喝する方便としてである。
 核兵器は、その強力過ぎる威力から簡単に使える兵器ではなく、政治的な意味合いの強い兵器である。
冷戦時代、米ソ両国がそれぞれ数千発の核を保有したことによって大国間の戦争が回避できたという事実がある。
 以上の話は我々の世界の話であるが、マサキが辿り着いた世界では違った。
地球に侵攻したBETAを防ぐ為に、中近東と中ソで相次いで戦術核が使用され、しかも作戦遂行に有効に寄与してしまったのである。
 核を単なる大型爆弾とする1950年代の考えに回帰する雰囲気となり、核爆弾投下の敷居が下がってしまったのだ。
 こうした状況で畏怖したのは、この世界の被爆国である東西ドイツである。
 唯一の被爆国であるという神話は崩れ去り、その影響は決して軽いものではなかった。
非核という原則を神聖視するあまり、核保有はおろか、同盟国間での核共有さえ悪とする考えが浸透し、東西ドイツには、表向き米ソの核は持ち込まれなかった。
 だからこそ、KGBスパイであるエーリッヒ・シュミット少将や、アクスマン少佐のような悪漢の付け入る隙が出てきたのだ。
核共有のための親ソクーデターや、ゼオライマーの次元連結システムの獲得に一層拍車がかかったのである。
 核を忌避するドイツが生き残るためには、核を超える超兵器を獲得するしかない。
 アクスマンの発想自体は、彼自身にあった僅かばかりの愛国心から起こったものであったのか。
それとも、アクスマンの利己的な精神から出たものなのか。
 木原マサキは、ドイツ人の考えを認めつつも、自分の計画の妨げになるので、排除する道を選んだ。


 ウィーン市内を走る外交官ナンバーのBMW。 
その車中では密議が凝らされていた。
 後部座席に座るソ連商工会議所会頭のピトヴラーノフが、問いかけた。
「日本の大空寺さんから連絡があったそうですね」
 ピトヴラーノフからの問いかけに、隣の西独バイエルン州知事のシュトラウスが答える。
「近いうちにウィーンに来られるそうで……」
「そういう事情なので、知事、私は帰らさせてもらいますよ。
後の事はうちのスタッフにお任せください」
 その瞬間、車が急停止した。
「ウォ!」
「どうした!なぜ急停止した」
 運転手はピトヴラーノフの方を振り返った。
「同志ピトヴラーノフ、あの女を見てください」
 歩道に視線を送ると、膝下まであるトレンチコートを着た東洋人の女が認められた。
腰まである長い茶色の髪と、東洋人にしては背が高く、スタイルのいい女。
 ピトヴラーノフは確信した。
あれは、木原の情婦(おんな)
どうしてウィーンに……
「ひ、氷室美久!」
「氷室がいるという事は、木原がいるという事だ!
氷室を拉致して、何故ウィーンに来たか吐かせるんだ」
 助手席と運転席から、男たちが飛び出す。
彼等は、ウィーンの雑踏をかき分けて、美久の方に向けて駆け寄っていった。
 美久に近づこうとしたマサキは、周囲の喧騒に気が付いた。
「木原はあそこだ!」
「どけ、どけい!」 
 逃げ出そうとしたマサキの前に、数名の男が立ちふさがった。
「止まれ、木原」 
 マサキが取り囲まれようとした瞬間、美久が飛び込んできた。
アンドロイドである美久のタックルを受けて、通せんぼをしていた大男は弾き飛ばされる。
「美久!」
 美久は、慌てるマサキの手を引いた。
「脱出するのが、先でしょう!」
 ソフト帽に背広姿の男たちは、ピストルを取り出すといきなりぶっ放した。
「木原を逃がすな!」 
 周囲の人を気にせず、射撃をする連中を後目にマサキたちは、近づいて来たタクシーに乗り込んだ。
「日本大使館まで出してくれ!」
 車はもうスピードで、その場を離れる。
ソ連の工作員たちは一斉にタクシーめがけて斉射した。
 まもなくマガジンの弾を打ち切ると、近くを走っている車を止めた。
運転手を座席から引き下ろすと、車を奪取し、マサキ達を追いかける。
 タクシーを追いかけてきた車は、窓から箱乗りになった男たちが銃撃してきた。
弾はほとんどが逸れたが、それでもなお射撃は止まらなかった。
 タクシーの運転手は青くなりながら叫んだ!
「ゴッドファーザー(1972年公開のハリウッド映画)じゃねえんだぞ。
街中でぶっぱなしやがって!」 
 その内、相手は携帯式の対戦車砲を持ち出してきた。
RPG-18、または「Муха(ムハ)」TKB-076と呼ばれるもので、米軍のM72 LAWを参考に開発された武器である。
 マサキと美久は、その時、運悪く自動小銃を持っていなかった。
外交官特権で武器の所有は認められていたが、嵩張ったので、乗ってきたロールスロイスの中に置いてきていたのだ。
 街中で、ソ連側が発砲することはないだろう。
そんな甘い考えのもとに、万が一のことまでは想定していなかったのだ。
「だけど、どうすりゃいいんです、旦那!」
 車夫の問いに、マサキは答えた。 
「とりあえず、後ろの車をまくんだ」
 車はウィーン市街から離れて、郊外の方に向かった。
郊外に向かう最中、敵はロケット弾を発射してきた。
 一発目はマサキたちの乗るタクシーの真後ろで爆発した。
発射したランチャーを捨てて、二発目を発射しようとしたとき、マサキは窓から身を乗り出して拳銃を撃った。
 射撃しようとした男の額に当たると、男はランチャーの引き金を指を添えたまま倒れた。
直後、成形炸薬弾が車中で発射され、ソ連側の乗る車は爆散した。 
 

 
後書き
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