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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第十六話




 月村家でジュエルシードの反応を見つけながら、ジュエルシード自体は見つけられなかった休日から数日後のゴールデンウィーク前にある奇妙な連休。僕の前世の記憶が正しければ、ゴールデンウィーク前にはこんな連休はなかったはずだが、この世界では存在するのだから仕方ない。

 さて、本当なら朝からジュエルシード探しに奔走している僕たち四人なのだが、今日は毛色が違った。今日は四人ではなく、六人だ。追加の二人は美由希さんとなのはちゃんのお母さんである桃子さん。おばさんと呼ぶにはしり込みしてしまうような若さを保っている桃子さんをおばさんと呼ぶことはできず、桃子さんという呼称で納得してもらっている。

 前回からあまりにジュエルシードの発見率が低いための人海戦術の投入か? とも思ったが、真相は異なる。もしも、人海戦術なら僕たちはこんなところでベンチに座ってなどいない。

「長いですね」

「こんなものさ」

 僕と同様にベンチに座る恭也さんは慣れているのか、なんでもない風に答えてくれる。僕だって女の人の買い物が長いことぐらいは知っている。ただし、それは知識で、だ。実際に遭遇するとなると確かに長い。ただ待つだけという時間が無性に長く感じるのかもしれないが。

 そう、なぜか今日、僕たちはショッピングモールへ買い物に来ていた。買い物と言っても日用雑貨品ではない。なのはちゃんの洋服だ。なぜ、こんなことになったのか分からない。気づいたら、僕たちはショッピングモールにつれて来られていた。ちなみにユーノくんは一人でこの周辺を探ってもらっている。僕と恭也さんはそれに着いていくべきかと思ったが、桃子さんと美由希さんがそれを許してくれなかった。

 なぜ? と問いかけても、明確な答えは返ってこなかった。ただ、美由希さんが答えてくれたことが気になる。美由希さん曰く『君のせいだから』ということらしい。

 こうやってなのはちゃんの洋服を買うためにショッピングモールに来た理由はどうやら僕にあるらしい。しかも、待っている間に恭也さんから聞いたのだが、なのはちゃんがこうやって洋服を買いに来ることは今までなかったようだ。

 その二つの要素から考えるに、僕に付随して洋服に関する出来事になのはちゃんが遭遇して今日の予定を決めたということになるだろう。そう考えると、見つかる解は一つしかない。つまり、先週の月村邸のことだ。すずかちゃんが見せたあの黒いワンピースのような洋服。それを見てから? いや、それなら、『僕』に理由があるとは考えられない。ならば、すずかちゃんに対して僕が行った行動が原因ということだろうか。そうだとすると、僕がすずかちゃんの洋服を褒めたことぐらいしかない。

 なるほど、僕の想像でしかないが、確かに筋は通っているだろう。なぜ、僕がすずかちゃんの洋服を褒めるとなのはちゃんも対抗するように洋服を買いに来るのだろう、と疑問を持つほど鈍感ではない。理解はできるが、その言葉を口に出すのは恥ずかしいものだ。もっとも、なのはちゃん自身はその感情に気づいていないだろうし、そもそも、それをきちんとした言葉で定義できるかどうかも疑問である。

 なのはちゃんたちのような小学生、つまるところ思春期前の僕たちが明確に『恋』を自覚できるか、というと甚だ難しい。なぜなら、『恋』の根源にあるものは、恋は下心、愛は真心というように異性に対する感情だからだ。僕たちの年齢は、男女の境はできるはじめるものの、明確に意識するのは難しい。意識したとしても自分の中で完結してしまうものである。なぜなら、思春期のような二次性徴前の僕たちには、異性に触れたい、というような感情が薄いからである。だから、特別な関係―――つまり、恋人関係になろうとしない。よって、自分の中で完結してしまうのだ。

 きっと、なのはちゃんはこのことには気づくことはなく、感情は薄れていくだろう。人の心は移ろい行くものだから。将来、大人になったときに『私の初恋はショウくんだったんだよ』と酒の肴にでもなれば上等だろう。

 僕がこの事態について考え、ある程度結論をだしたところで、洋服売り場からなのはちゃんが、まだ試着段階のシャツとスカートを持ってきて、嬉しそうに笑いながら自分の身体に合わせて僕に見せてくる。

「ショウくん、ショウくん。似合うかな?」

「うん、可愛いと思うよ」

「えへへ」

 なのはちゃんに対して何もすることはないと判断した僕にできることは、桃子さんに選んでもらったのであろう可愛らしい洋服を持ってきたなのはちゃんに褒めの言葉を送ることぐらいだった。



  ◇  ◇  ◇



 連休から数日後。僕たちは海鳴の街の中心に位置するビル郡を走り回っていた。太陽はとっくに水平線の向こう側に消えている。いつもなら、日が暮れれば帰宅する僕たちだが、今日はそういうわけにはいかなかった。久しぶりにユーノくんがジュエルシードの反応を見つけたからだ。

 さすがにジュエルシードの反応を見つけておきながら、また明日、とはいかない。ジュエルシードはいつ、誰の手に渡るか分からないのだ。しかも、万が一、他人に渡ってしまうと甚大な被害が出る可能性が高い。ユーノくん曰く、生物の中でも人というのはジュエルシードに触れたときの発動効果が高いらしい。だから、放置するわけにはいかず、なのはちゃんの家と僕の家に連絡して、今日は日が暮れておきながらも探索を続けているのだ。

 だが、闇雲に探しても仕方ないので、ある程度目星はつけている。もしも、目立った場所に落ちているなら、誰かが拾っているだろう。なにせ、外見上は蒼い宝石なのだ。興味をそそられず誰も拾わないというのは変な話だ。だから、落ちているのは、ビル郡の道路の真ん中ではなく、路地裏に近い場所だろうという推測を立てて捜索している。

 近くにあることが分かっているのにぞろぞろと群れて探す必要はない。ある程度の距離をとりながら、今はユーノくん、僕と恭也さん、なのはちゃんというチームで三手に分かれていた。お互い、あまり離れず、すぐにいけるような距離で探している。

 ユーノくんが反応を見つけてから一時間近く探している。だが、中々見つからない。見つからなければ、誰も拾ってないさ、と高をくくっているものだが、反応があるとすぐに誰かに拾われてしまわないか、と不安になってしまう。だから、僕と恭也さんは黙々とジュエルシードを探していた。

 そして、路地裏に入ること十数本目、なんとなく違和感を感じて覗き込んだポリバケツの裏に僕は目的のものを見つけた。ポリバケツの影に落ちていたそれは路地裏の隙間から入ってくるビルの光を蒼く反射していた。

「恭也さん、見つけました」

 近くで僕と同じようにジュエルシードを探していた恭也さんを呼ぶ。恭也さんは僕の声を聞いてすぐに飛んできた。

「どれだ?」

「これです」

 僕は、近くに落ちているジュエルシードを指差した。すぐ近くにジュエルシードが落ちているのに拾い上げないのは、僕の願いにジュエルシードが反応してしまうことを防ぐためだ。すぐに触れてどうにかなるというわけではないだろうが、万が一僕が思ったことを願いと受け取ってしまうことが怖い。僕の目の前にある宝石は、その淡く輝く蒼とは異なり、触れれば爆発する不発弾のような危険性を孕んでいた。

 ―――なのはちゃん、ユーノくん、ジュエルシードを見つけたよ―――

 恭也さんを呼んだ僕は、すぐに念話でなのはちゃんとユーノくんに知らせる。早くこいつをなのはちゃんに封印してもらわなければならない。なのはちゃんもユーノくんもすぐにこちらに来るようだ。

 ようやくジュエルシードが見つけられて一安心といったところだが、見つけたからといって簡単に気を抜くわけにはいかなかった。先日の月村邸でのことがあるからだ。僕たちが知らない魔導師がどうやら地球にいるからだ。今回は僕たちが早かったが、もしかしたら、次の瞬間にも目の前にあるジュエルシードを狙ってくるかもしれない。

 もっとも、魔導師が本気で僕たちを狙ってきたら勝つことは無理なのだが。

 確かに恭也さんは強いかもしれない。だが、それは地球人相手だ。恭也さんの師匠である士郎さん曰く、銃ぐらいならなんとかなるが―――この時点でなにか色々おかしいような気がする―――魔導師に空を飛ばれたらおしまいらしい。何より魔法という物理的なもの以外だと歯が立つかどうか分からないし、そもそも刀が通るかどうかも分からないのだから。

 そして、僕は論外だ。確かに魔力はある。だが、なのはちゃんみたいな才能はなかったようで、ようやくシールド系の魔法であるプロテクションが使えるようになったぐらいだ。ちなみになのはちゃんはプロテクションの魔法を一時間で使いこなしていた。もっとも、ユーノくん曰く、デバイスがあったおかげともいえるらしい。デバイスなしで魔法を組むというのは非常に難しいようだ。

 相手にならないことは分かっている。しかし、分かっているが、気を抜くわけにはいかない。もしかしたら、僕のプロテクションで一瞬だけでも時間が稼げるかもしれない。その間になのはちゃんが来てくれるかもしれない。最初から諦めているよりもマシだろう。だからこそ、恭也さんも気を抜いていないのだから。

 もう少しでなのはちゃんもこっちに来るといった時にその違和感は唐突に訪れた。影からじっと見られるような違和感。目に見えない何かを感じたときのような違和感。最近で言うと一番近いのはジュエルシードが発動したときだろうか。そうだとすると、この違和感はもしかして―――。僕の予想を裏付けるようにユーノくんから念話が入ってくる。

 ―――ショウっ! 気をつけて! 誰かが結界も張らずに魔法を使ってるっ!! ―――

 やっぱり! と思うと同時にその違和感は現象として僕の目の前に現れた。月や星が見えるような夜空にも関わらずゴロゴロと鳴る雷。明らかに不自然すぎる現象。しかし、僕はその現象を説明できることを知っている。すなわち、これが別の魔導師の魔法ということである。路地裏から見える表通りの人々もなんだ? といわんばかりに空を見上げている。恭也さんもこの異変を感じ取って備えている。

 そして、その雷はまるで何かを探るような探査針のように地面を穿ち、やがて僕の真上にも落ちてくる。

 拙い、と本能的に感じた。僕の真下にはジュエルシードがあるのだから。もしも、この行動が別の魔導師の仕業だとすると、この雷は当然、ジュエルシードを見つけるためのものだろう。ならば、この雷をジュエルシードに当てるのは拙いと思い、僕は雷に対して覚えたばかりの魔法を発動させる。

「プロテクション!」

 淡く白い光を放つ円形の盾が僕と雷を遮るように展開される。これで、防いでくれるか!? と思ったが、思った以上に上手くいかないようだ。僕のプロテクションは紙のようにいとも容易く破られ、幾分威力の落ちた雷が僕に向かって落ちてくる。

「いつっ!」

 まるで、静電気が走ったときのような衝撃が走り、同時にその雷はジュエルシードにも走ってしまう。ジュエルシードの変化は唐突だった。僕の真下にあったジュエルシードは今まであったようなただの宝石ではなく淡く蒼い光を放っている。魔法を覚えた手の僕でも感じられるほどの魔力の奔流だ。

 ジュエルシードから魔力の奔流を感じた直後、何か別の世界に入ったような違和感を感じると同時に周りの雑踏もラジオのスイッチを急に消したように消えた。おそらく、ユーノくんが広域結界を張ったのだ。とりあえず、これで一安心だ。話によるとこの広域結界はユーノくんが結果以内に取り込む人間を取捨選択できるらしいのだから。

「ショウくんっ!!」

 ユーノくんが広域結界を張ったのを感じて安心した直後、聖祥大付属小のバリアジャケットを着たなのはちゃんが杖を抱えて、路地裏に駆け込んでくる。

「なのはちゃんっ! これっ!」

 僕は今にも暴発しそうな淡い光を放つジュエルシードをポケットのハンカチで包みなのはちゃんに投げ渡した。それだけでなのはちゃんは僕の意図を悟ってくれたのか、空中に浮いたジュエルシードに向けて「リリカルまじかる」とお馴染みの封印呪文を唱えてくれる。桃色の光に包まれたジュエルシードは今までの暴発しそうな危うさをその宝石の中に収めて、またただの蒼い宝石へと戻った。その宝石はそのままレイジングハートの元へと吸い込まれていった。

「ほっ、間に合った。ナイスタイミング、なのはちゃん」

 僕は安堵の息を吐いた。あのままだとジュエルシードが暴発しそうだったし、なにより、件の魔導師が来るかもしれなかったからだ。それを考えれば、なのはちゃんが来たタイミングは実にナイスタイミングだったといえるだろう。

「しかし、やっぱりすごいね。あんなの簡単に封印しちゃうんだから」

「そ、そうかな?」

 僕の褒めの言葉になのはちゃんは、照れたように笑っていた。

 事実、淡い光を放っているだけのジュエルシードだったが、そこから漏れ出す魔力は驚異的だったように思える。それをいとも容易く封印してしまうとは、デバイスの補助があったとしてもすごいことだと思う。ちなみに、ユーノくんは発動しかけのジュエルシードを封印することは、レイジングハートの助けがあったとしても難しいらしい。だから、どれだけすごいことなのかは想像するまでもなかった。

「終わったのか?」

 いまいち魔法に詳しくない恭也さんが周りを警戒しながら近づいてくる。さすがに先ほどまで雷が鳴っていたためか、小太刀を抜いてはいなかった。

「はい、とりあえず、表に出ましょうか」

 いつまでもじめじめした裏路地にいる必要はない。なにより、この結界の中には魔導師の攻撃はないのだから安心して外に出られるだろう。恭也さんとなのはちゃんは、僕の提案に賛成したようで頷いて路地裏の出口へ向かって歩き出した。

 路地裏から出てみると、そこは異様な世界だった。さっきまで車通りが激しかった道路には一台も車が走っていない上に人が一杯だった歩道にも誰もいない。さながらゴールドラッシュの後に取り残された廃墟のようだった。建物がまったく壊れていないことがさらに恐怖を煽る。まるで、地球上で生きている人間が僕たちだけのようで。もっとも、ユーノくんの話によると時空間をずらすだけだから、この空間に僕たちしかいないのは事実なのだが。

 しかしながら、疑問に思う。いつまでユーノくんはこの結界を発動しているのか、と。少なくともジュエルシードは封印が終わった。これで別の魔導師たちはジュエルシードを追えない筈だ。先週の月村邸のように。だが、ユーノくんが結界を解く気配はない。

 きょろきょろと周囲を見渡してもユーノくんの姿は見えなかった。

 ―――ユーノくん? ―――

 ―――ショウっ! ごめん! そっちに魔導師が―――

 念話で語りかけて返ってきた返事はやけに物騒なものだった。その真意を問いただそうともう一度念話で話しかけようとしたとき、僕となのはちゃんを後ろに下がらせるように前に出てくる腕があった。考えるまでもない恭也さんの腕だ。今までにないほどに真剣な目つきをして、腰にある小太刀に手を伸ばしていた。

「―――下がってくれ。敵意を持ったヤツがくる」

 恭也さんの答えを証明するように僕たちしかいないはずの空間に現れる一つの影。その影は、ジュエルシードを見つけた路地裏から程なく離れた陸橋の上に降り立った。

 影の正体は少女。アリサちゃんのような金髪をツインテールにし、まるでスクール水着のように身体にフィットする黒い服とパレオのように巻かれた短い桃色のスカートと肩から黒い外套を身に纏う少女だ。しかし、その右手に持つのは可愛らしい少女が持つには似つかわしくない漆黒の戦斧だった。

 彼女が、件の魔導師なのだろうか。大人のような魔導師を想像していたのだが、少女だったものだから予想外もいいところだった。

 恭也さんが今にも小太刀を抜きそうで、なのはちゃんもレイジングハートを構える。情けないことに僕にできることは、二人に前線を任せて後ろに下がることだけだった。

「―――ジュエルシードを渡して」

 黒い外套を羽織った少女からの要求は極めてシンプルだった。だが、要求があったからといって、はい、分かりました、と簡単に渡すわけにはいかない。ユーノくん曰く、これはロストロギアといわれるものの中でも高ランクの危険なものに分類されるものらしい。それを突然出てきた魔導師に簡単に渡せるわけがない。

「君は一体誰!? どうしてジュエルシードをっ!?」

 僕は彼女たちに問いかける。見た目が僕たちと同じ年代の子どもであるし、いきなり問答無用で襲ってこなかったところをみると話が通じるかも、と思ったからだ。だが、その考えは蜂蜜のように甘く、幻想のようにいとも簡単に打ち砕かれた。

「話す必要はない」

 それが彼女の答えで、これ以上、話すことはないといわんばかりに金髪の少女は陸橋から飛び立つ。鎌のように形を変えた戦斧を右手に、月をバックに降り立つ少女は、まるで死神のようで。その少女の目的は間違いなくジュエルシードを持っているであろうなのはちゃんだった。

「なのはちゃんっ!」

 僕から少し離れた場所に立つなのはちゃんを心配して声を上げる。恭也さんも少女の目的が分かって、少女となのはちゃんの間に割って入る。

 すでに恭也さんは小太刀を抜いていた。街灯の光を反射して鈍く光る小太刀。恭也さんが持つのは真剣だ。こちらの銃刀法は前世の僕がいた世界とは若干異なり、免許があれば、携帯も可能らしい。魔導師が敵かもしれないと分かって以来、恭也さんは木刀も携帯することを考えたが、ユーノくんの助言でそれはなくなった。魔導師は普通、なのはちゃんの聖祥大付属小の制服のようなバリアジャケットを身に纏うのだが、それは通常ある程度以上の衝撃をカットしてくれるらしい。それは、もちろん斬撃もだ。だから、傷つける心配をせずに小太刀を振るえるようだ。

 しかし、黒い少女の武器は魔力でできた刃の鎌だ。果たして魔力と物質が打ち合えるのだろうか。

 だが、その心配は杞憂だった。

 ―――protection

 静かになのはちゃんが持つ宝石が描く文字。それは、僕が唯一覚えている魔法と同種の魔法だ。ただし、硬度はまったく異なる。なのはちゃんから放たれた防御魔法は、近くで守る恭也さんと一緒になのはちゃんと黒い少女の間に鉄壁を作り、黒い少女の一撃を受けた。

 反発し合うなのはちゃんの魔力と少女の魔力。結局、黒い少女の一撃がなのはちゃんの防御を破ることはできず、無理と判断したのか、黒い少女はいったん後ろに下がり、道路に着地する。

 睨み合うなのはちゃんと黒い少女。

 恭也さんはすっかり蚊帳の外だった。仕方ない。そもそも、武器が打ち合えるかどうかすら謎なのだから。

 緊迫しあう空気。そこに不意に肩に重みを感じた。ある意味、慣れた重みは間違えようがない。ユーノくんだ。

「ユーノくん、これは一体どういうこと?」

「ごめん、あのまま結界の外に出していたら周りへの被害がどうなるか分からなかったから彼女たちも取り込んだんだ」

「それなら、それで教えて欲しかったよ」

 そもそも襲ってくること事態が予想外であり、急な出来事に対処したユーノくんこそ褒めるべきかと思ったが、せめて教えてくれればいいんじゃないかと思った。だが、ユーノくんもそれは気にしていたらしい。顔を下げて謝罪の言葉を口にする。

「ごめん。でも、こっちも大変だったんだ。―――って、あれ? ここにいるのは彼女だけ?」

「??? そうだけど―――」

 ユーノくんの怪訝そうな顔に言葉の真意を問いただそうとしたとき、なのはちゃんと黒い少女の状況が動いた。

 最初に動いたのはなのはちゃん。急に地面を蹴るとそのまま靴に羽を生やすと空高く飛翔する。その速度は速く、あっという間に二十階建てのビルの屋上まで空高く舞い上がっていた。一方の黒い少女は、なのはちゃんが空高く舞い上がったのを見て、恭也さんに視線を移し、僕に視線を移したが、一瞥しただけで、なのはちゃんと同じように地面を蹴ってなのはちゃんを追うように空へと飛翔した。

 黒い少女が追うことを確認したなのはちゃんは、まるでここから離れるように高度を保ったまますごいスピードで飛翔する。地面を走るよりもはるかに速いスピード。黒い少女もなのはちゃんに置いていかれるものか、とばかりになのはちゃんを追いかけるようにして空を翔る。

 考えなくても分かった。黒い少女は、こちらとの話し合いを拒否した。このままでは確実に魔法を使った戦いに発展しただろう。なのはちゃんは、僕たちに被害が及ばないように戦う場所を移したのだ。

「ちっ、追うぞ、ショウくん」

 恭也さんもそれを理解したのだろう。なのはちゃんたちが飛び立った方向へと駆け出そうとした。

 しかし、僕は足が動かない。恐怖で震えているわけではない。このまま、僕が行ってもいいのか、という疑問があるからだ。そもそも、僕は、ジュエルシードの暴走体のような人でないものに向けた暴力なら躊躇はないのだが、彼女は明らかに言葉が通じる人間だった。先ほどは問答無用で斬りつけられたが、もしかしたら、という思いがまだあるのだ。

 これは、僕が平和主義者だからというわけではない。モラルのようなものだろう。現代の日本では、幼い頃から暴力は最大の悪だと教えられていた。そのため、『三つ子の魂百まで』というわけではないが、暴力は悪だと意識下に刷り込まれている。だからこそ、躊躇させる。

 恭也さんなどは、護るために振るう力に対して覚悟ができているから、躊躇はしないだろう。黒い少女がなのはちゃんに危害を加えると分かれば、恭也さんは幼い子どもであろうとも躊躇しないはずだ。

 僕が弱いのか、恭也さんが強いのか。ここで問答するつもりはない。

 そもそも、僕が恭也さんを追いかけたところで、使える魔法はプロテクション一つだけ。役立たずもいいところだ。むしろ、僕が狙われたときが厄介な的になってしまうだろう。ならば、僕はこのままここに残ったほうが得策なのだろう。

 少し前を駆け出している恭也さんに結論を告げようと口を開こうとしたとき、不意に恭也さんの足が止まり、あたりを警戒し始める。同時に恭也さんに襲い掛かる赤い影。

「フェイトのところには向かわせないよっ!!」

 赤い影は、恭也さんに奇襲のように殴りかかる。だが、恭也さんは最初から影の気配を知っていたのか、あっさりと拳を避けていた。それを見て、赤い影も奇襲が破れたと思ったのだろうか、ヒットアンドアウェイの要領で恭也さんから距離をとる。

 僕から見ると恭也さんを挟み、道路に着地した赤い影の正体は女性だった。豊満な身体を見せ付けるようなタンクトップに短すぎるズボン。口から見える八重歯が勝気な雰囲気と顔立ちに拍車を掛けていた。これだけならお姉さんで通じたのかもしれないが、彼女は人間と異なる部分があった。ストレートのセミロングを靡かせる頭の頂点にちょこんとある獣耳とお尻の辺りから出ている尻尾である。

「あれは……」

「たぶん、黒い女の子の使い魔だ。僕もさっきまで襲われていたんだ」

 使い魔。ファンタジーの世界ではよく聞く話だ。なるほど、魔法そのものがファンタジーの代物であるのならば、確かに使い魔がいてもおかしい話ではない。それに僕らの邪魔をするのも納得だ。彼女がどう思っているか分からないが、僕たちが魔法使いだと認識しているなら、僕たちの増援は確かに好ましいものではない。使い魔でもなんでも使って妨害するのが理だ。

「……お前は、何者だ? どうして、俺たちの邪魔をする?」

 僕が聞きたいことを恭也さんが代理で目の前の獣耳をつけた女性に問いかけてくれる。だが、彼女の答えは鼻で笑うことだった。

「はんっ! あんたたちには関係ないね。フェイトの邪魔は絶対にさせないっ! あんたたちはあたしがここでぶっ倒すっ!!」

 ざっ、と足を引き、拳を構える獣耳の女性。どうやら、何を聞いても答えてくれないようだった。それは、恭也さんも分かったのだろう。相手が構えたのを見て、恭也さんも腰の小太刀に手を掛ける。

「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術、高町恭也。推して参る!!」

「なんだかよく分からないけど、あんたは邪魔なんだよっ!!」

 小太刀と拳が交差する。僕の目の前で、剣士と使い魔の戦いの火蓋が切られたのだった。



  ◇  ◇  ◇



 恭也さんと獣耳の女性との戦いは一進一退の攻防戦だった。

 恭也さんの小太刀が煌くが、獣耳の女性のバリアジャケット―――至って普通の服に見えるがバリアジャケットらしい―――のせいで殆どダメージがない。
 片や、獣耳の女性の拳は、恭也さんにいとも容易く避けられていた。聞いた話だと『神速』という奥義は、周りがグレーの空間になり、ゆっくりに見えるらしい。交通事故を起こした瞬間のようなものだろう。それを利用すれば、敵の攻撃を避けることは容易いらしい。だから、獣耳の女性の攻撃は恭也さんには当たらない。

 攻撃せどダメージはなく、決着の兆しはまったく見られない。お互いに疲労だけが溜まっているようだ。もしも、獣耳の女性がなのはちゃんのように遠距離の攻撃ができれば、恭也さんもやばかったのだろうが、どうやら獣耳の女性は遠距離攻撃ができないらしい。

 確かに魔法は使っていたが、それもプロテクションやチェーンバインドのようなものだ。ただし、魔法を使うときは、それなりの隙が生じるため、魔法は避けられた上に手痛い一撃を貰っていた。一瞬で、一体どれだけの斬撃が走ったのか、素人の僕にはまったく分からなかった。ただ、軽く吹き飛んだところを見ると威力は推して知るべきである。もっとも、そんな一撃を貰って平然と起き上がる獣耳の女性にも驚きだが。

 だが、その戦いの決着は不意に訪れた。

「フェイトっ!?」

 戦いの最中、突然、あらぬ方向を向いて誰かの名前を叫ぶ獣耳の女性。そして、その隙を恭也さんが逃すはずもない。今まであけていた距離を一気に詰め、気を抜いた獣耳の女性に何らかの技を決める。獣耳の女性は、ぐふっ、といったような腹から空気を無理矢理出されたような声を出して、少し離れたところまで吹き飛ぶ。

 今まですぐに起き上がったのだが、今回は明らかに大きな隙だったため、恭也さんも威力の大きな技を打ち込めたのだろう。今までよりゆっくりと起き上がってきた。ただ、それでも怪我をした様子はない。

 そして、僕たちをきっ、と睨みつけて、どこか悔しそうに顔をゆがめ、たんっ、と地面を蹴るとそのまま空へと飛び立った。

「待てっ!」

 恭也さんが叫ぶが、時既に遅し。空を飛ぶ女性に追いつけるはずもなく、恭也さんは渋々といった様子で諦め、小太刀を鞘に納めた。

「どうしたんでしょうかね?」

「さあな。それよりも、なのはを追おう」

 僕も恭也さんも彼女が飛び立った理由は分からなかったが、それよりも確かになのはちゃんが気になった。あれからかなり時間が経っている。なのはちゃんは無事だろうか。もしも、恭也さんのように戦ったのだとすると、怪我をしていなければいいのだが。

 幸いなことに僕の心配は杞憂に終わった。少し、なのはちゃんが飛び立った方向に向かって走っていると、上空に見慣れた聖祥大付属小の制服を着たなのはちゃんを見つけたからだ。なのはちゃんも僕たちを見つけたのだろう。すぐに方向を変えて僕たちの目の前に降り立った。

 見たところなのはちゃんに目立った外傷はないようだ。ただ、聖祥大付属小の制服のようなバリアジャケットがところどころ黒く煤けていたが、それだけだった。

「大丈夫っ!? なのはちゃんっ!!」

 見た目は何もなくても怪我はしているかもしれない。そう思って、声を掛けたが、なのはちゃんは元気そのもので、いつも見せる嬉しそうな笑顔を見せてくれた。それを見て、ほっと安堵の息を吐ける。それは恭也さんも同じようだった。

「それで、あの少女は?」

「あの子? 急に襲ってきちゃったから返り討ちにしちゃった」

 あはは、とばつが悪そうに頭をかいて笑うなのはちゃん。いや、笑い事じゃないんだけど。しかし、やっぱり襲われたのか。

「そうなんだ。あの子には気の毒だけど、なのはちゃんに怪我がなくてよかった」

 薄情かもしれないが、僕にとってはあの黒い少女よりもなのはちゃんのほうが大事だ。あの子には悪いが、ここはなのはちゃんが怪我もなく、あの黒い少女を返り討ちにできたことを喜ぼうと思う。

「うん、平気だよっ! それよりも、ほらっ、これっ!!」

 そういってなのはちゃんが嬉々として取り出したのはジュエルシードだった。

「これ、どうしたの?」

「たぶん、先週のだと思う。あの子が持ってたから、貰っちゃった」

 やっぱり、あの子だったのか、という納得とどうやってもらったんだろう? という疑問が同時に湧き上がってくるが、あまりにあの子の登場で考えることが多くなってしまったので、後回しにした。

「あの子から? やっぱり、なのはちゃんはすごいや」

「えへへ~」

 満足げに笑うなのはちゃん。

 しかしながら、本当にすごいと思う。なのはちゃんが魔法に触れて一ヶ月も経っていないのだ。それなのに、あの黒い少女を返り討ちにしてしまうほどの実力を得てしまった。魔法を学んでいる僕だから分かる。なのはちゃんは魔法に関して天才だ、と。これが本物だ、と。

 なのはちゃんがいてくれてよかった、と心の底から思う。なのはちゃんのおかげでこの海鳴は間違いなく助かっている。もしも、なのはちゃんがいなかったときなど想像もしたくない。

 しかし、黒い少女や獣耳の女性のような敵も現れた。そろそろ、子ども手には余る事態に突入しようとしていることは僕でも分かる。そろそろ、事件が発覚して三週間が経とうとしている。ユーノくんの話が確かならそろそろ時空管理局とやらが現れてもおかしくないはずだ。

 だから、僕は一刻でも早く時空管理局が来てくれないものだろうか、と願うのだった。



 
 

 
後書き

 次回はなのはVSフェイト。十分に覚悟してお待ちください。 
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