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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第十一話 前



 激動の一夜が明けた。
 夜に得体の知れない何かに襲われ、魔法が使えるという動物に出会い、同級生が魔法を使ってそのバケモノを退治するというまるでアニメや漫画の中でしかないような出来事。
 一夜明け、朝日が部屋の中に差し込むような時間になっても、昨夜のことは夢だったんじゃないだろうか、と思ったのだが、僕の机の上で、タオルの敷かれたバスケットに入って未だ眠っているフェレット―――イタチではなかったらしい―――を見ると嫌でも昨夜のことが現実であると思い知らされる。

 もっとも、超常現象を体験している僕だから、こんな具合で済んだのだろうが、一般人だったら、現実逃避すらしているのではないだろうか、と思っている。

 だから、高町さんは一体どうしているだろうか、と心配になった。

 なには、ともあれ、放課後にはフェレットくんと高町さんを交えて話をしなければならないだろう。
 僕たちは、関わってしまったのだから。これから、魔法に関わるにしても関わらないにしても、事情が分からなければ、その判断さえ不可能だ。

 もっとも、僕としては、昨夜のことのようなことは勘弁願いたいのだが。



  ◇  ◇  ◇



 おはよう、おはよう、と朝の挨拶がところかしこで交わされる。本当なら、僕も次々に入り口からやってくる友人たちと挨拶を交わし、お喋りに興じたいところなのだが、昨夜の出来事が影を落としていた。
 つまり、フェレットくんに呼び出される前に終わらせる予定だった宿題がまったく終わっていないのだ。幸いにして、宿題の教科が算数で、計算問題だけだったので、なんとか始業前には終わってくれるだろう。

 入り口から次々に入って来た面々は、僕が朝に宿題をやっているのがよっぽど珍しいのか、一瞬驚いたような顔をして、にやっ、と笑うと「今日は雨かな?」なんてことを言う。そんなに珍しいことか、と疑問に思い、よくよく考えてみれば、確かに僕が宿題を忘れるのはこれが初めてじゃないだろうか。
 そんなことを考えながらも僕はカリカリと鉛筆を動かす。次々と計算式が埋まっていく。あともう少しといったところで、背後から声をかけられた。

「おはよう~、って、ショウ、あんたなにやってるの?」

「宿題だよ」

 後十分ほどで始業の時間になりそうだ、という時間になってアリサちゃんとすずかちゃんが僕の席にやってきた。
 彼女たちの席が僕の隣なんてことはない。二列離れた向こう側だ。もっとも、アリサちゃんとすずかちゃんは隣同士ではあるが。彼女たちは、僕が他の友人と話しているときはやってこないが、朝の時間に本を読んでいるときなどは必ずやってくる。
 今日も僕は、下を向いていたので本を読んでいると勘違いしたのだろう。だが、残念なことにやっていることは宿題だった。

「ショウくんが宿題忘れるなんて初めてじゃない?」

「昨日の夜はちょっと疲れることがあって、宿題をやれなかったんだ」

 疲れ具合はちょっとではなかったが。ちなみに、フェレットくんはまだ僕の部屋で寝ている。まだ起きていないと思う。一応、彼の傍に置手紙と地図を書いていたが、気づいてくれるだろうか。もっとも、フェレットくんが気づかなかったら、一度家に帰ればいいだけの話だ。

「ふ~ん。って、あっ! 昨日の夜といえば、あの動物病院で事故があったらしいわよ」

 ……なんだって?

 僕は、カリカリカリと宿題を進めていた手を止めてアリサちゃんの話に耳を傾ける。

「なんでも、病院にトラックが突っ込んだみたいにグチャグチャになってたんだって」

「昨日のフェレット大丈夫かな?」

 だよね、とアリサちゃんもすずかちゃんも心配そうにしている。
 フェレットくんの魔法で元通りに戻ったはずの動物病院がグチャグチャになっているという部分は気になるが、それよりも、いらぬ心配をしている二人のほうが先決だ。

「ああ、大丈夫だよ。昨日の疲れることっていうのは、そのフェレットを追うことだったから」

「「え?」」

「たぶん、檻が壊れたんじゃないかな? 僕の部屋から道路が見えるから。そこからフェレットが走っていたからね。昨日はそれを追いかけてたんだ」

 僕の部屋から道路が見えるのは本当だ。嘘の部分があるとすれば、僕が追いかけたのではなく、呼ばれたという部分だが、いくらなんでもフェレットから呼ばれたといわれても信じられるはずがないだろう。

「それ本当なの?」

「うん、今は僕の部屋にいるよ。朝、来る前にはまだ寝てたけどね」

 わ~、と歓喜の顔が二人に浮かぶ。おそらく、夜の事故の話を聞いてずっと心配してたのだろう。安心してくれて何よりだ。

「それで、そのフェレットだけど、僕の家で飼えるようになったから」

 ただし、僕の部屋限定だが。それ以外だと秋人がフェレットくんをいじめそうで怖い。

 その朗報に二人が沸いていた。当たり前だ。昨日までは、フェレットが手の届かないところに行くものだと思っていたのだから。昨日はフェレットの処遇について話し合ったが埒が明かなかった。アリサちゃんの家は犬、すずかちゃんの家は猫。僕も秋人がいるから無理だと思っていたから。
 もしも、僕たちが無理だったら、あのフェレットはどうなっていたのか分からない。少なくとも自分たちの手の届く範囲にいるのは嬉しいことだろう。喋れるという部分を除いても珍しいペットであることだし。

「それじゃ、名前つけてあげないとね」

「名前?」

 ああ、そうだ。すっかり忘れていた。
 昨日はもう疲れ果てていたから、とりあえずの寝床を作って、すべてを明日に回してしまったせいで彼の名前すら聞いていない。フェレットくんは、自分のことを異世界からやってきたと言っていた。つまり、ある程度の文明が築かれており、固体を示すであろう名前も持っているのだろう。
 ならば、この場で勝手に名前を決めるのは非常に拙いような気がするが、アリサちゃんとすずかちゃんは既に乗り気だった。

「そうねぇ……可愛い名前がいいわよね」

「だよね。あんなに可愛かったんだから」

 昨日の話を聞いていた限りでは、彼は男のように思えるのだが。可愛い名前ということは、女の子風な名前をつけられるのだろうか。
 僕は話の流れについていけないまま、ただ聞いていたが、エリザベスやら女物の名前が並ぶ。

「ねえ、ショウくんはどれが良いと思う?」

「そうよ、あんた一応飼い主なんだから決めなさいよ」

 さて、困った。先ほどから並んだ名前はすべて女物。男であろう彼に名づけるには見当違いだと思うのだが。
 僕は、期待したような表情で見てくる二対の目に視線を向ける。
 明らかに、先ほどから候補に上がった中から選べとその目が語っていた。だが、それでいいのだろうか。そのそも、彼は交流がもてるのだ。万が一、名前がなかったとしても勝手に名づけるわけにはいかない。
 だが、それをアリサちゃんとすずかちゃんに説明することもできない。もしも、僕はフェレットと会話することができるんです、なんていえば、頭がおかしくなったと思われてもおかしくないのだから。

 さて、本当にどうしたものか、と腕を組んで迷っているところに始業を告げるチャイムが聞こえた。

「あ~、もう、チャイム鳴っちゃったじゃない」

「アリサちゃん、名前はゆっくり決めれば良いじゃない」

「まあ、ずっとショウの家にいるなら、それもそうね」

 どうやら、フェレットくんは学校のチャイムに救われたようだった。
 アリサちゃんとすずかちゃんは、勝手に借りていた僕の前と隣の席の椅子から離れると自分の席へと戻っていた。

 ふぅ、と安堵の息を吐いた僕の目の前には、広げられたノートと計算ドリル。

 ―――ああ、しまった。宿題終わってないな。

 それから、五分の間で必死に脳をフル回転させながら、僕は宿題を終わらせた。



  ◇  ◇  ◇



 さて、学校の授業というのは、一週間ごとのスケジュールが決められている。それらに関して殆ど変更はない。例外があるとすれば、災害のとき、あるいは、先生たちの都合があるときだ。そして、今日はその例外に該当していた。
 三年生にもなれば、高学年と同等とはいかないが、それに準ずるだけのコマ数の授業がある。毎日、五コマの授業はある。だが、今日はどうやら先生たちが新年度の職員会議ということで、午前中で授業が終わった。
 私立のためか給食という概念がない聖祥大付属は、授業が終わって短い清掃時間を終えて、簡単なホームルームで終わりだ。ここまでの時間で十二時にもなっていない。放課後に、学校で適当にお弁当を広げて遊んで帰るか、家に帰って一度集合しなおすかは個人の自由だ。
 ちなみに、僕はお弁当を持ってきている。いつもなら、誰か適当な人間を捕まえて一緒に食べるのだが、今日のところは悩まなくてもよかった。先約が昨日の夜に入っているからだ。

 よっ、と机の端に引っ掛けている鞄を手に取ると僕はすぐに教室から出ようとした。しかし、それを呼び止める声が背後から聞こえ、僕は足を止めて後ろを振り向いた。

「ショウ、あんた、今日のお昼はお弁当なんでしょう? だったら、屋上で食べましょう」

 流れる金髪を靡かせて、ちょこん、と弁当箱をつまんでアリサちゃんが言う。その背後には微笑みながら返事を待っているすずかちゃんの姿もあった。
 よくある光景だ。僕はクラス内のグループをうろうろしているので、アリサちゃんたちとも一緒に食べることはある。いや、塾の関係やアリサちゃんの英会話教室や本を借りる関係で―――お金の関係から貸せないことが心苦しい―――すずかちゃんの家に行くことも考えれば、このクラスで一番仲がよく、一緒にお昼を食べる回数も一番多いのかもしれない。

 いつもどおりの僕だったら二つ返事だっただろう。だが、今日は前述したとおり先約―――高町さんのことがあるので、そういうわけにもいかない。なにより、昨日の夜、「また明日」とは言ったものの具体的な時間を言っていなかった。僕よりも早く帰宅されてしまうと高町さんの家まで出向かわなければならなくなる。それはいささか時間の無駄だ。
 ちなみに、昨日の夜そのことに気づいて携帯電話を広げたのだが、よくよく考えれば、僕は高町さんの携帯の番号を知らなかった。しかも、今は個人情報もかなり厳しいものがあって、一年生のときの連絡網にさえ電話番号は載っていなかった。
 もっとも、載っていたとしても自宅の固定電話だから、夜遅くに電話するのはためらわれただろうが。

 さて、そんなわけで、僕は断りの返事をする。

「ごめん、今日は用事があって帰らなくちゃいけないんだ」

「なによ、あたしたちより優先することなんでしょうね?」

 どうやら、アリサちゃんの負けん気が出てしまったようだ。端から見れば、自分を優先しろという自己中心的な言い方に聞こえなくもないが、かれこれ二年以上の付き合いがある僕だ。彼女がこのような言い方しかできないことはわかっている。

「まあ、そうだよ」

 少なくともアリサちゃんたちのお昼と昨日の出来事を天秤にかけると優先すべきは、やはり昨夜の出来事だろう。

 僕が珍しく―――大体アリサちゃんやすずかちゃんにこんな言い方をされると僕は断れない―――あっさりと返事をしてしまったことにうっ、と怯むアリサちゃんだったが、さすがにここまで言われてしまえば、引き止めるほど彼女は子供ではない。

「ふんっ、いいわよ。あたしたちは二人でお昼を食べるからっ!」

「あ、ショウくん、また明日」

 おそらく屋上に向かうのだろう。アリサちゃんは少し怒ったような態度を見せて僕の横を通り抜けて、ドスドスという擬音が聞こえてきそうな歩き方で教室を出て行く。その後ろを困ったような表情をしてすずかちゃんが着いていき、僕の横を通り抜ける前に手を振って別れの挨拶をしてくれた。僕もそれに答えて手を振り、ごめんと心の中で謝りながら二人を見送った。



  ◇  ◇  ◇



 さて、アリサちゃんたちの相手をしていたので、もしかしたら帰ってるかもしれない、と不安になったのだが、幸いにして隣のクラスはまだホームルームが終わったばかりだった。このときばかりは担任の適当なホームルームに感謝である。
 ぞろぞろと教室から次々と生徒たちが出てくる。仲が良い友人なのだろうか。「今日は何する?」などと仲良さげに話しながら出てくる隣のクラスの生徒たち。彼らを注意深く見ていると、やがて僕が目的にしてた人物が出てきた。

 特徴的なツインテールをぴょこんと跳ねさせた少女―――高町さんだ。彼女は、鞄を背負って、どこか元気なさげに俯いて肩を落としているように見える。
 もしかして、昨日のことで疲れているのだろうか。もしかすると魔法とは非常に疲れるものなのかもしれない。生憎、僕は魔法が使えなかったため、そこらへんのことは分からない。
 だが、疲れているとしても、今日の話はしなければならない。なぜなら、高町さんがまだレイジングハートという魔法の制御機器を持っていて、彼女しかこの事態に対処できないとなれば、むしろ決定権を持っているのは高町さんといえるからだ。彼女が話を聞かなければ、何も始まらない。だから、悪いとは思うけど、少しだけ話を聞いてもらおう。
 もっとも、後でなにか甘いものでもご馳走してあげようと思う。疲れたときには甘いものとよく言うし。

 さて、そうと決まれば、早くしないと高町さんを見失ってしまう。だから、僕は彼女を見失わないように後ろから声をかけた。

「高町さん」

「ひゃいっ!?」

 僕は割りと分かりやすく、気配を殺したつもりはないのだが、どうやら高町さんからしてみれば、突然の衝撃だったらしい。あからさまに驚きと分かるような声を出して、飛び上がった。

「ああ、ごめん。もしかして、驚かしちゃったかな?」

 僕はあまりの驚きように困惑しながら謝る。高町さんは、どこか恐る恐るといった様子で後ろを振り返り、僕の顔を見た瞬間、まるで幽霊でも見たように目を丸くして驚いていた。
 まじまじと僕の顔を見ながら、高町さんは無言。一体、どうしたというのだろう?

「……蔵元くん?」

「そうだよ。蔵元翔太だよ」

 やがて、呟くように僕のことを確認する高町さん。本当にどうしたというのだろうか。
 そんな風に僕が顔を見ていたのが悪かったのだろうか、なぜかじわぁっと目が潤んでいるような気がする。

「た、高町さんっ!?」

 僕はあまりに突然の出来事に慌てた声を上げてしまう。困った、まったく意味が分からない。僕は一体なにをしたというのだろうか。肩を叩いただけで女の子を泣かせるようなことはしていないと天地神明に誓っていえるのだが。
 だが、僕の声で気がついたのだろうか。目をぱちぱちと瞬き、ごしっと袖で涙を拭う。袖が通った後、高町さんの顔には笑顔が浮かんでいた。

「えっと、高町さん、大丈夫? 僕何かした?」

「ううん、何もしてないよ」

「本当に?」

「うん、ちょっと目にゴミが入っちゃっただけだから」

 にゃははは、と笑う高町さん。その表情はとても作り笑いのようには見えない。これは、一安心しても良いのだろうか。少し気になるが、ここまで聞いても何も言ってくれないということは彼女には言う気はないということだろう。なら、これ以上、聞き出したとしても無駄だと思うので、とりあえず、この件は保留にすることにした。

「えっと、それじゃ、高町さん、今日はお弁当?」

「うん、お母さんに作ってもらった」

 僕は彼女の返事にほっと胸をなでおろした。もしも、彼女がお弁当ではなく家で食べるのであれば、一度、高町さんの家に行かなければならないからだ。今の状況とこの先の状況が分からない以上、彼女の家でおおっぴらに魔法の話などできない。だから、高町さんがお弁当を持ってきているのは好都合だった。

「それじゃ、公園で食べようか」

 海鳴市にある公園。サッカーや野球ができるほど広いというわけでもなく、ジャングルジムやブランコなどの遊具があるわけでもない、そんな場所。ゆえに平日の昼間はまったく人気がない。早朝や夕方は、ランニングなどをする人がいるが、お昼には本当に人気がない場所なのだ。

 僕は、それでいいかな? と問いかけるように高町さんに視線を合わせると、高町さんはうん、と頷いてくれた。

 さて、フェレットくんはきちんと来てくれているだろうか。


 
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