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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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本編前
  第七話




 高町さんの家は普通の一軒家だった。僕の家と比べてもさほど差はないだろう。
 廊下を歩いて、リビングに案内される。そこにはテーブルがあり、夕食の準備でもしていたのだろう奥の台所からは、おいしそうな匂いが漂ってきていた。

「ここで座って待っててね。なのはに聞いてくるから」

 呼んでくるんじゃないんだ。そんなことを思いながら、僕は案内されるままにテーブルの椅子に座った。
 椅子に座った僕は、ふぅ、ととりあえず息を吐く。先生から高町さんの家の住所と地図を貰ってなんとかここまで来たのはよかったが、バスと徒歩を使った移動はこの身体に結構な疲労を与えたようだ。

 そのまま、待つこと一分程度。僕が入ってきた入り口から少し困った顔をした高町さんのお姉さんが出てきた。

「蔵元くん、だったかしら? ごめんなさい。なのはが会いたくないって」

「そうですか」

 高町さんが会いたくない、といったことに関して、僕は何の感慨も持たなかった。
 仮にこれで僕が高町さんの親友なら、何があったんだろうと心配しただろう。しかし、僕は、高町さんの友人といえるほど関わりを持っているわけではない。去年クラスメイトだった女の子という認識だ。ここにいるのは先生に頼まれたからに過ぎない。
 それに、高町さんのお見舞いという話を使わせてもらったが、これは建前でしかない。本当の目的は高町さんの両親だ。

「あ、でも、せっかく来てくれたんだからケーキでも食べていく?」

 今なら紅茶もつけちゃうわよ、となぜか、紅茶とケーキを勧めてくるお姉さん。僕が表情を崩さなかったのを一体どういう風に思ったのだろうか。

「いえ、結構です。それよりも、高町さんのお父さんとお母さんはいらっしゃいますか?」

 僕の言葉に高町さんのお姉さんは、怪訝な顔をした。

 それもそうだろう。なにせ、妹と同じ学年の男の子が訪ねてきたかと思えば、親がいるか、と聞くのだから。
 もしも、これが先生なら何の問題もなかっただろうが、如何せん、僕はその先生に頼まれてここにいる。

 こんな風になることが予想できたから僕は嫌だったんだ。

 だが、高町さんのお姉さんの口から飛び出した一言から考えれば、彼女が怪訝な顔をしたのは、僕の発言によるものではなかったことが容易に想像できた。

「私がなのはの母親よ」

「え?」

 思わず呆然とした声を出してしまった僕におそらく罪はないはずだ。
 どうやったら、こんな若い母親が出てくるのだろうか。
 いや、だけどよくよく考えてみれば、僕たちは八歳だ。晩婚といわれる今の世の中だが、世の中には早くに結婚した夫婦もいたって不思議でもないわけで、となると二十代半ばの母親がいても不思議な話ではない。うん、そうだ。僕はそう結論付けた。

「どうかした?」

「いえ、ずいぶん、お若いお母さんだな、と」

「小学生なのにお世辞? 上手ねぇ」

 ころころと笑う高町さんのお姉さん、改め高町さんのお母さん。
 今の段階で大学生だ、といわれても僕は信じてしまうだろう。

 しかし、なんだろう? この違和感。若いとは思っているが、なぜか頭の隅で何かが違う、と訴えかけている。何かはまったく分からないが、何かが違う、と。それはまるでアリサちゃんや忍さんのときのような―――

「改めまして。私が高町なのはの母親の高町桃子よ」

 その名前を聞いたとき、今までと同じようにある一場面がフラッシュバックした。

 ―――夕焼けに照らされるお墓と振り返り微笑む高町さんのお母さん。

 ああ、なんで分からなかったんだろう。アリサちゃんのときに思い出したのに。この世界に疑問を持ったときに調べたのに。目の前にいるのは―――。

「翠屋のパティシエさん?」

「あら、嬉しい。うちのこと知ってくれてるのね」

「ええ、まあ」

 まさか、僕が前世でやったゲームとこの世界の類似を調べるために調査した結果です、とはいえず、曖昧に誤魔化すしかなかった。

 しかし、となると、もしかして―――

「あの……高町さんにお兄さんとお姉さんはいますか?」

「なのはから聞いたの? ええ、いるわよ。恭也と美由希って名前の兄と姉がね」

 やっぱりか。

 高町恭也は、『とらいあんぐるハート3』の主人公で、高町美由希というのはヒロインの一人だったはずだ。確か、剣術家の家系で―――流派の名前とかは忘れたけど―――、確か父親は既に仕事の最中で亡くなっていたはずだ。だから、主人公は無茶をして怪我をしていたはずだし。

 もっとも、今、それが分かったところで、僕には今更何の関係もないのだが。
 これは、ただの確認だ。だからどうした、と一笑していい類の。

「それじゃ、高町さんのお母さん。高町さんについてお話があります」

 僕は至って真面目に高町さんのお母さんに告げる。僕の表情から何を感じたかは僕には分からない。ただ、高町さんのお母さんは、ただの子供と思って侮ったような表情はしなかった。むしろ、先ほどまでの緩んだ柔らかい雰囲気から一気に真面目な雰囲気へと引き締められた。
 これが、母親というものなのだろうか。子供のことともなれば、何でも真剣になる。あるいは、高町さんのお母さんが出来た人間なのかもしれない。普通の大人なら、笑って誤魔化していただろうから。

「そう、なのはについての。だったら、士郎さんもいたほうがいいわね」

 ちょっと待っててね、と言い残して高町さんのお母さんは奥に消えていく。
 リビングで一人待たされることとなった僕は、奥に消えていった高町さんのお母さんを見送りながら思う。

 士郎さんって誰だ?

 自問自答するまでもなかった。話の流れから考えれば、高町さんの父親以外にはありえない。名前もどこか聞いたことがあるような気がする。

 ということは、現実では生きているのか。
 すずかちゃんといい、高町さんの父親が生きていることといい、どこか『とらいあんぐるハート3』と類似性はあるものの、まったく同じというわけではないらしい。ゲームの世界とまったく同じというのも、現実に生きているような気がしないので怖いのだけれども。

 そんなことを考えていると、高町さんのお母さんが消えていった奥から入ってくる人影が見えた。
 僕は、座っていた椅子から降りると、テーブルの横に立ち、彼がリビングに入ってくるのを待つ。

 やがて、奥から出てきたのは一人の男性。がっしりとした体格と若い顔立ちだけを見れば、高町さんのお兄さんといわれても納得できそうだ。
 ただ、雰囲気がやっぱりどことなく違う。そこらへんの大学生とはまったく。人生の重み、経験の重みとでもいうのだろうか。それが柔和な雰囲気の中にどっしりと現れていた。

 何はともあれ、自己紹介だ。

「初めまして。高町さんの同級生の蔵元翔太です」

 ペコリと頭を下げる。

「あ、ああ。俺は高町士郎。なのはの父親だ」

 僕の突然の行動に面食らったようだったが、きちんと挨拶を返してくれた。僕の行動に驚くのも無理はない。こんな行動を取る小学生がいたら誰でも驚く。だが、これから話すことは小学生の戯言と取られては困るのだ。

「はい、自己紹介はそこまでにして座ったらどう?」

 そういいながら、高町さんのお母さんは、暖かそうな紅茶が入ったカップをテーブルの上におく。
 僕と高町さんのお父さんは、僕と一瞬目を合わせると、椅子を引いて座り、高町さんのお母さんもその隣に座る。そして、僕は、なんだか緊張したけれども彼らの対面に座った。

 まるで、怒られる子供と大人の構図だな、と全然関係ないことを考えながら、まずは何を話そうと運ばれた紅茶を口にした。
 僕が紅茶を飲む一方で、目の前に座る高町さんのご両親は至極真面目な顔をしていた。やはり、娘に関することだ、と最初に言ったからだろうか。高町さんのお父さんは、高町さんのお母さんから話を聞いたのかな。

 どちらにしても、彼らをこれ以上待たせるのは忍びないと思い、僕は口を開く。

「僕も世間話をしにきたわけではないので単刀直入に聞きます。高町さんの不登校の原因に心当たりはありますか?」

 あまりに単刀直入すぎただろうか。正面に座る二人は、驚いたという表情を子供の僕に隠すことはなかった。いや、あまりに急すぎて隠せなかったというのが正しいのかもしれない。

「……それをどこで?」

「情報源は、先生です。僕が先生から直接聞かされました。お二方が来られて、いじめの心配をされていたので、それを調べるために」

 高町さんのお父さんとお母さんは僕の言葉を聞いてどこか複雑な顔をした。

 娘が不登校というのは、世間体を考えると知られたくない事実ではある。
 それを子供の僕が知っているとなれば、情報源とは大人としか考えられない。彼らが心配したのは、高町さんが不登校ということが周りに知られているのではないか、ということだ。だが、それも杞憂だとわかって安堵したが、一方で、先生がこんな子供に調査を頼んだ、ということでそんな複雑な表情になっているのだろう。

 だが、そんな心情が分かったところで、僕が話すことは何も変わらない。

「はっきりといいます。高町さんはいじめになんてあっていません。これは高町さんが在籍するクラスの全員に聞いたことですので、ほぼ間違いないかと」

 もちろん、正直に高町さんをいじめたか? などと聞くはずがない。そこは、子供なりのコミュニケーションで遠回りに聞いたのだ。まだ小学二年生ということを考えれば、遠回りに聞けば、何の躊躇もなく答えてくれるし、半分は元クラスメイトで結構親しく話せる仲だったことが幸いした。
 そして、話を聞いた僕が出した結論は、先ほど話した通りだ。高町さんは、いじめにあっていない。

 もっとも、それ以外の事実が発覚したのは意外だったが。

「そうか」

 僕の報告を鵜呑みにしたわけではないだろうが、クラス全員というのが利いたのか、あるいは先ほどからの僕の態度が利いたのかわからないが、とりあえずは二人とも安堵してくれたようだった。
 だが、安堵しているところ悪いが、僕は偶然、気づいた事実を彼らに伝えなければならなかった。

「ただ、気になることがあります」

「気になること?」

「ええ。確かにいじめられていない。これは、事実です。ですが、話を聞いているうちに感じたことなんですが、彼女、あまり―――いえ、まったく親しい友達がいないんですよ」

 僕は高町さんを僕と同じタイプだと思っていた。誰とでも仲良くし、等距離を取るタイプの人間だと。
 そう、確かにその通りだった。だが、あまりにその距離が遠すぎるように感じられた。

 僕も確かに高町さんと同じタイプだ。だが、その中でも特別に親しい人間というのはいる。
 元保育園の仲間、サッカー仲間、カードゲーム仲間、勉強仲間。彼らの家に行ったこともあるし、逆に僕の家に来たこともある連中だ。
 だが、一方で高町さんにはそんな人間は一人もいなかった。

 確かに高町さんは誰もが知っていた。誰もが話したことがあった。誰の記憶にも残っていた。
 だが、ただそれだけ。『いる』という事実は彼らの記憶に残ってはいるが、ただそれだけだ。何か記憶に残る会話も行動もなかった。
 まるで、無色透明な人間。つまり、それは『いてもいなくても一緒』という話だ。

 怪訝に思った僕はもっと詳しく聞いてみるとよくわかった。
 高町さんは肯定しかしない。あるいは、常に流される。彼女は彼女の意思を見せない。ただ存在するだけの存在だった。

 確かに自分の意見を言えない人間というのは存在する。だが、それは内気な性格からである。僕が知っている限りでは高町さんは、そんな性格ではなかった。そうでなければ、最初の二週間程度で僕が気がついているはずである。一応、クラス全部に気を配っていたのだから。

 どうしてそうなったのか僕には分からない。
 なにか打算があったのか、もともとの性格だったのか、自分の意見を考えるのが苦手なのか。
 いずれにしても不登校という現状は不可解なものである。なぜなら、それらはすべて高町さん自身が承知の上での行動であり、不登校という結果には決してならない選択だからである。

 どうしてだろう? と僕がこれ以上考えても何も分からないので、僕は高町さんの現状をすべて高町さんのお父さんとお母さんに伝えた。

「―――というわけです」

 僕の話を二人は神妙な面持ちで聞いていた。僕と違って八年間ずっと高町さんを見てきた二人である。何か思うところがあったのかもしれない。

「僕から言えることは以上です」

 少しだけ冷めた紅茶を僕は口に含む。ずっと話していたからだろう。少しだけ冷めた紅茶は乾いた僕の喉を潤してくれた。
 一方で二人はずっと何かを考えるように黙っている。雰囲気は非常に重い。それも納得できる。なぜなら、彼らは今まで高町さんの現状に一切気づいていなかったのだろうから。子供のことに気づかなかった親というのは存外ショックなものだろう。

 しかし、そうなると、高町さんは、友達がいるように家族の中では振舞っていたということだろうか? なぜ? 家族に心配させないために?
 やっぱり分からない。そもそも、彼女に関することは些細なことしか知らない僕が結論を導き出せるわけがないのだ。
 いくら心理学を学んでいたとしても『高町なのは』という少女を知らない僕が彼女の心理を理解するのはこれが限界だった。

 やがて、黙り込んでいた高町さんのお父さんが曇らせていた表情を取り繕ったように笑みを見せてくれた。

「蔵元くん、だったかな。大事なことを教えてくれてありがとう」

「いえ、僕にはこれぐらいのことぐらしか出来ませんから」

 僕にはこれ以上のことは出来ない。

 彼女と友達でも、親友でも、恋人でも、家族でもない赤の他人である僕には彼女と話をするなんて無理な話だし、個人的な興味で心理学に手を出した程度では引きこもりの女の子にカウンセリングなんか到底無理な話だ。

 結局、僕に出来ることなんて、学校で調べたことをこうしてご両親に伝えることぐらいだった。
 後は、彼ら家族の話だ。残念なことに赤の他人である僕にはこれ以上関われることがない。

 伝えることも伝えたので、僕は鞄を手に取り、帰る準備をした。

「それじゃ、お邪魔しました」

「今日は、本当にありがとうね」

 僕が鞄を手にとってリビングから玄関へと移動する時の挨拶、それに応えるように今度は高町さんのお母さんがお礼を言ってくれる。

「あの―――」

 何度もお礼を言ってくれるのが忍びなくて、何か言葉を残そうとした。だが、何を言っていいのか分からない。まさか、こんなところで「ケ・セラ・セラですよ」なんて言えるはずもない。
 僕には引きこもった経験もないし、親になった経験もない。だから、引きこもった子供がいる親にどういう言葉を残していけばいいのか分からない。だから、ありふれた言葉で応援するしかなかった。

「頑張ってください」

 こんな言葉しか出てこない自分が口惜しい。だが、そんな言葉でも嬉しく思ってくれたのだろうか、高町さんのお父さんと母さんは手を振って僕を見送ってくれた。

 高町さんの家の玄関を出て、門戸を出たところで改めて高町さんの家を振り返る。

 ほんの少しの邂逅だったが、それでも高町さんのお父さんとお母さんが人間が出来た人というのは分かった。先生が言っていた死を覚悟したというのは分からなかったが。
 だから、今の僕には祈ることしかできないけれども、彼ら家族が上手くいけばいいな、と思った。


 
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