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ああっ女神さまっ 森里愛鈴 ―天と地をつなぐ翼―

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18 魔女協会提出用報告書

  魔女協会提出用報告書

 報告者:木幡 茜
 件名:一連のクトゥルフ騒動について


 一、概要

 猫実市および周辺地域において発生した一連の異常事象、通称「クトゥルフ騒動」について報告する。
 現象は複数の怪異顕現と精神侵蝕を伴い、地域住民に心理的影響を及ぼした。源流には旧支配者由来の干渉があり、完全な払拭には至っていない。


二、発生経緯

 1. 初動
河川敷に儀式痕跡を確認。海産由来の供物と黒色燭台。以降、住民が「夢に海底を視る」「囁きを聞く」などの症状を呈する。

 2. 拡大期
 夜間に瘴気状の霧が発生。小動物の異常行動、住民の錯乱が報告される。臨時調査隊を編成。

 3. 収束
 森里愛鈴、立花ユズリハらによる介入に加え、外部協力者の参戦により儀式残響の中枢を破砕。結界・鎮静儀礼を重ね、瘴気は停止。地域の症状は漸次回復傾向にある。


 三、観測された異常現象

* 精神侵蝕型干渉:囁き・幻視の反復、睡眠時に顕著。
* 質変容:石材表面が鱗状化。
* 召喚的兆候:海潮に同期した位相振動。深きもの召喚儀式に酷似。


 四、対応と評価

* 実施措置
簡易結界の多重展開、神属加護による鎮静術、魂痕の封印。

* 外部協力者:ウルトラマンゼロ
 本件における最大の規格外。触手体を正面から押し返し、結界の揺らぎを一撃で覆す戦闘力を示した。精神侵蝕への抵抗も高く、自らの「守るべきもの」を軸に干渉を振り払った。
味方であったことは僥倖。敵対時の被害想定は算出不能である。


五、今後の課題

* 夢領域への残存干渉は続いており、定期観測を要す。
* 住民の夢記録を回収し、干渉強度を測定する必要。
* 女神・魔女の連携強化が急務。
* ゼロについては統制外の存在であり、協会として関与不可能。ただし「規格外の盾」として再接触に備え、観測・臨時連携の枠組みを検討すべき。


六、結語

 本騒動は一応の収束を見たが、根本危機は未解消。特に精神領域の侵蝕は不可視であり、軽視は禁物である。
 外部協力者ゼロは規格外であり、制御も予測も不可能。ただし、今回は味方として作用した事実を記録に残す。

 以上、報告する。

―― 木幡 茜
 正直、もう二度とご免だ。



  魔女協会会議抜粋記録

「――以上が木幡茜からの報告だ」
 読み上げが終わるや否や、長老席のひとりが口を開いた。
「規格外は規格外だ。扱えぬものは記録すら不要。報告書からゼロの名を削除せよ」
「しかし!」若い実務派の魔女が立ち上がる。
「実際に彼がいなければ結界は破られていた。記録から消せば、次に何が起こった時、我々はどう備えるのですか」
「備える?ふん。脱兎ルールを忘れたか。制御不能な存在と関わるな、それが古来よりの定めだ」
 場内がざわめく。何人かは頷き、何人かは歯を食いしばる。
 けれど最終的に議長の槌が鳴った。
「――本件、保守派の意見を採る。ゼロに関する記述は協会公式記録から削除。観測は各個人の裁量に任せる」
 言葉は冷たく決まり、紙の上からゼロの痕跡は消されていった。
 ただ、現場を知る魔女たちの胸には、あの「規格外」の影が確かに刻まれたままだった。


 会議後の場面:真琴

 会議が散会し、古参たちが去った後の静かな回廊。
 真琴は議事録をまとめていた年長の魔女に小声で尋ねた。
「……本当に、ゼロの記録を消しちゃうんですか?」
 相手はため息をつき、書類を抱えたまま首を振る。
「決まったことだ。危険を呼ぶ芽は摘む。それが協会のやり方だ」
 真琴は唇を噛んだ。
「でも、あの人が戦ってくれなかったら……。現場にいた人の“命の重さ”まで消すつもりですか?」
 返事はなく、ただ背中だけが遠ざかっていった。
 真琴は一人残され、手帳を開く。
 そこには小さな字で、自分なりに書きとめた報告の抜粋。
 消される前に必死で写した「ゼロ」の名もそこにあった。
「記録から消すなら……せめて私は、残しておく」
 彼女の声は小さく、けれど確かに廊下に響いた。


  真琴の記録

 夜、自室の机に灯りをともして。
 真琴は協会の公式文書とは別に、自分だけのノートを広げていた。
 そこには茜の報告に載せられなかった数々の名前が、丁寧な文字で並んでいる。
 森里愛鈴。立花ユズリハ。青木瑠璃。
 そして――ウルトラマンゼロ。

「消されるなら、私が書く。誰も見なくてもいい。けれど、ここに残しておく」
 ペン先が走る音だけが、静かな夜を刻んだ。
 彼女にとってそれは、ただの覚書ではなく、命を賭して戦った者たちへの祈りのようなものだった。
 ページの最後に、真琴はそっと書き添える。

――英雄たちの名を。未来に消えないように。


 真琴がノートを大事そうに抱えているのを見て、愛鈴が苦笑する。
「……真琴さん、それ、もしバレたら免停喰らうよ」
 真琴は一瞬たじろぐが、すぐに視線を上げる。
「うん、分かってる。でも――消されたら、本当に何も残らなくなっちゃう。英雄の名前まで無かったことにされるのは……どうしても嫌で」
 愛鈴は黙って見つめ、しばし考えてから小さく頷いた。
「……嬉しいよ。私たちが生きて戦ったこと、残そうとしてくれて。でも、無茶しないでね」


  卒業祝の場面イメージ

 聖神学園の講堂。
 友人たちが笑い合い、拍手と歓声が響く中で、真琴は一冊のノートを胸に抱えていた。
 式が終わり、夕暮れの教室で。
 愛鈴、ユズリハ、瑠璃、ユリ、アカネ──仲間たちが集まる小さな祝いの席。
 真琴は照れくさそうにノートを取り出した。
「……実はね、ずっと書いてたの。協会から消された記録。でも、どうしても消したくなかったから」
 ページをめくると、そこにはぎこちない字で並んだ名。
 愛鈴、ユズリハ、ゼロ、瑠璃。
「これが、私にとっての卒業祝い。あなたたちが確かにここで戦って、生き残った証。公式には残らなくても、私のノートには残ってる」
 沈黙のあと、仲間たちの顔に笑みが広がる。
 そして小さな拍手が、真琴のノートを包み込んだ。

 夕暮れの教室。
 ノートを見せてもらったあと、ふと沈黙が落ちる。
 その沈黙を破ったのは愛鈴だった。
「……ねえ、ユズリハ。やっぱりアレ、無茶だったよね」
 ユズリハは少し肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「否定はできません。でも、あの瞬間に退けば全てが終わっていました」
 隣で聞いていた瑠璃が、不安げにノートを指先でなぞる。
「……わたし、間違ってなかったかな」
 愛鈴とユズリハが同時に首を振る。
「間違ってないよ」
「貴女の炎がなければ、深淵は退かなかった」
 瑠璃はしばらく俯いていたが、やがて小さく笑った。
「そっか……なら、よかった」
 窓の外、群青の空に最初の星が瞬き始めていた。

  卒業の夜、校庭にて

 祝いがひと段落し、校庭に出た三人。
 頭上の夜空に、不意に光の軌跡が走った。
 ウルトラサイン。
 愛鈴が思わず顔を上げる。
「ゼロ……!」
 煌めく光の符号が、静かに夜空へ刻まれていく。
 そこに浮かび上がったのは短い一文だった。

――英雄になんてなるもんじゃねぇよ。

 ユズリハが息を呑み、瑠璃が目を丸くする。
 けれど愛鈴だけは、小さく笑って頷いた。
「……うん。でも、あんたは確かに英雄だったよ」
 空の光は一瞬揺れ、そしてゆっくりと消えていった。
 残されたのは、校庭に立つ少女たちの心にだけ残る余韻だった。
 ゼロのサインが消えたあと、空はしんと静まり返った。
 愛鈴はしばし迷ったが、やがて両の手を胸の前にかざし、光を編む。
 ユズリハと瑠璃が驚きの眼で見守る中、夜空に新しい符号が浮かび上がった。

――貴方に祝福を。

 短く、それだけ。
 けれどゼロが残した苦い言葉への返歌としては、これ以上ないほどまっすぐだった。
 遠い星影の向こうで、一瞬だけ赤い光が瞬いた。
 それがゼロの応答かどうかは誰にも分からない。
 ただ、少女たちの胸には確かに「英雄と英雄を繋ぐ光の会話」が刻まれた。



  エピローグ・星の会話

 夜空に光が消えたその頃、光の国の通信用ルーム。
 腕を組んでモニターを見つめていたゼロの背に、勢いよく声が飛んだ。
「師匠ぉ! どうやったらそんなにモテるんですか!」
 振り返ったゼロ、盛大にむせる。
「はあ!? 今のどこを見てそう思った!」
 Zは目を輝かせて詰め寄る。
「だって! ウルトラサイン返ってきたじゃないですか!“貴方に祝福を”ですよ!? もう完全に惚れられてる証拠っすよ!」
 ゼロは頭を抱え、呻く。
「……お前なぁ……。あれは“祝福”だ。恋でも愛でもねぇ……」
「うわぁ……やっぱ師匠すげぇ……!」
 キラキラした眼差しを向けるZ。
 ゼロは深いため息をついた。
 英雄なんてなるもんじゃねぇ。
 けれど――弟子の前では否応なくそう見えてしまうのだった。
 
 

 
後書き
10/12 19時 
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