ああっ女神さまっ 森里愛鈴 ―天と地をつなぐ翼―
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19 愛してるの回数
「なあ、ウルド」
「何よ」
「女って……結婚してからも、“好き”って言って欲しいものかな」
螢一の問いに、ウルドは怪訝そうに眉を上げた。
「何バカ言ってんの、あんた。結婚したからこそ、言って欲しいに決まってるでしょ」
「そうなのか?」
「あんた、口下手なんだからね……三日に一回は言いなさい」
「いや、それは──」
「あたしなら二時間に一回は欲しいけど?」
「……螢一さん」
背後から、やわらかな声がした。
「あ、聞いてたんだ」
振り返ると、ベルダンディーがほんのり頬を染めて立っている。
「じゃ、あたしはちょっと外すわ」
ウルドは口元に笑みを残したまま、ひらひらと手を振って部屋を出ていった。
静かになった室内。
ベルダンディーは一歩近づき、螢一の視線をまっすぐ受け止める。
「……私なら、毎日でもいいんですよ」
その声音は、春先の陽射しのようにやわらかく、それでいて確かな熱を帯びていた。
螢一は思わず視線をそらし、照れくさそうに笑った。
「じゃあ……努力するよ」
「はい。……楽しみにしています」
春先の陽射しのような微笑みを浮かべるベルダンディー。
その背後から、呆れたような声が割って入った。
「まあまあ、朝からお熱いこと。まったくいい歳して……いや、いい歳だからか。やれやれだわ」
廊下から顔を覗かせた愛鈴が、口の端を上げる。
その言いぐさに、スクルドがすかさずツッコんだ。
「お前は承太郎か!」
畳に座ったままのベルダンディーが、ふわりと笑って首を傾げる。
「あらあら……」
そして、螢一が苦笑まじりに言い添える。
「いや、そこは徐倫だろ……」
ツッコミと返しが交錯する中、朝の光だけが静かに差し込んでいた。
その中で、確かに、家族としての日常が息づいていた。
落ち葉が風に乗って、廊下の隅にひらりと舞い込む。朝の静けさに、ふいに響いた声。
「鈴はさ、なんで生徒会長、受けなかったの?」
ユズリハがぽつりと呟いた。興味というより、素朴な疑問だった。
愛鈴は湯呑みを手にしたまま、ピクリと肩を震わせる。
「これ以上忙しくなってたまるかぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
全力の絶叫に、場が一瞬沈黙する。
……そして。
笑いの余韻が廊下に満ちる頃、外では秋風が再び枯葉を運んできた。
舞い降りたひとひらは、愛鈴の肩にそっととまって──彼女はそれを払いもせず、ふう、と力なく座り込んだ。
「副会長で十分だって……ユズリハもそう思うよね……?」
「はい。私、庶務でも手一杯です」
「なっ、なんでお前がいるんだよ」
思わぬところから正論が飛んできて、愛鈴はぐぬぬと唸る。
そして、湯呑みを机に置くなり、立ち上がって叫んだ。
「いや、そもそも青春しようと思ったら! あんなもんやるんじゃないっ!!」
一拍置いて──
「生徒会長、ってこと?」とアカネが笑いながら確認すると、
「そうだよ! なんであんな激務を自ら背負いにいくんだよっ! あたしは! あたしは自由な昼休みと放課後が欲しかったんだぁぁぁ!!」
愛鈴は机に突っ伏し、叫びながら涙を流すフリをしてみせた。
「……完全に逃げの姿勢ですね」
ユズリハが真面目な顔で頷く。
「青春は犠牲の上に成り立つのだ……」
スクルドがどこか遠い目をして呟いた。
「わかる。うちの母もそんな感じだった」
と、なぜか瑠璃も便乗。
「え、海さん生徒会長だったの?」
「いや、生徒会長を投げ飛ばした方」
「どういうことだよそれぇぇぇ!」
朝の静けさは、もはやどこかへ消え去っていた。
騒がしい朝のひと幕に、ふと空気が変わった。
障子の向こうから、やわらかい、けれど背筋がすっと伸びるような声が届く。
「──みなさん、登校の時間ですよ」
ベルダンディーの笑顔とともに、その姿が廊下に現れる。
長い髪が揺れ、やさしく微笑んでいる……はずなのに、全員の背筋に冷たいものが走った。
「やばい……笑顔の裏の殺気……!」
愛鈴が小声でつぶやく。
アカネと瑠璃は同時に立ち上がり、スクルドとユズリハもぴしっと姿勢を正す。
「いってきまーす!!!」
「清々しい朝ですこと!!」
「荷物忘れましたでも取りに行きません!!」
数秒後、玄関の扉がバタバタと開閉され、他力本願寺の朝はようやく出発の時を迎えた。
そんな皆を見送りながら、ベルダンディーは穏やかに微笑んだ。
「ふふ……間に合ってよかったです」
玄関の戸が閉まり、にぎやかな足音が遠ざかっていった。
静かになった他力本願寺の朝。
台所から戻ってきたベルダンディーが、ふと首をかしげながら問いかけた。
「スクルドは……今、フリーのエンジニアよね?」
「だね」
螢一は新聞をたたみながら頷く。
「だとすると……こんな朝に、どこに行ったのかしら?」
「さあ?」
湯呑みに口をつけながら、螢一は曖昧に返す。
ベルダンディーの瞳が、じわりと細くなる。
「……“さあ?”って……」
「え、いや、その、多分──」
「多分?」
「君の気迫に……逃げたとか……?」
一瞬の沈黙。そして、ベルダンディーは微笑んだ。とても静かに、穏やかに。
「……そう」
その笑顔に、螢一は思わず体をこわばらせる。
湯呑みの中の茶が、ほんの少し揺れた。
その“そう”の一言に、空気がわずかに震える。
そのとき、廊下の奥からウルドが顔を出した。
片手にはパン、もう片手には新聞の折り込みチラシ。
見るからに部屋着で、完全に“まだ支度してない人”の風貌。
「ま、螢一も悪くないわよ。……でもね」
ウルドはベルダンディーを一瞥して、にやりと笑った。
「あなたの場合、気迫の裏に“鬼迫”が潜んでるからね」
螢一は思わず息を呑み、ベルダンディーはそのまま微笑を保ったまま──そっと、湯呑みの茶を飲み干した。
……その所作の静けさが、逆に恐ろしい。
「うわっ、こわっ」
ウルドはひとりで吹き出しながら、パンをかじる。
「だからスクルドも逃げたんじゃないの? あの子、察しはいいから」
石畳の裏手を音もなく駆け抜け、寺の塀をひょいと越えた。
それを聞いた瞬間、スクルドは背筋を伸ばしてぞわっと震えた。
「こ、怖かった……」
自転車も持たずに全力ダッシュで飛び出してきたせいで、足元にはスリッパ、手ぶら。
近くの住宅街を抜けて、人気のない公園のベンチに腰を下ろす。
「はあ……勢いで逃げてきたけど……」
腕組みしながら空を見上げる。
「ジャンク屋さんは開店まであと2時間。パーツ屋さんは2時間半……」
スクルドはスカートのポケットから小型のペンタブレットを取り出し、指先で空中にスケッチを描き始める。
「うーん、じゃあこのへんで頭の中に設計図でも引いとくかな。風力チャージャーの内蔵式リベース……いや、どうせなら──」
その時、ふと視線の端に動く影が映った。
髪の毛が風で乱れ、ジャージのフードをかぶった少年が、缶コーヒーを片手に自販機から離れていく。
「……ん?」
目を細めるスクルド。あの顔、あの雰囲気──
「おや? あいつ……朝倉リクじゃんか」
心の中で呟きながら、そっと木陰に隠れる。
「ウルトラ一族の、あいつが……なんでここに?」
スクルドの頭の中で、機械の設計図が一旦すべて吹っ飛んだ。
公園のベンチに腰をかけたまま、道を歩くジャージ姿の少年を凝視していた。
(……間違いない。朝倉リク。ウルトラマンジード。M78星雲の分家、いや、ベリアルの遺伝子──)
彼女の頭の中で情報が高速回転する。
(でも、彼は地球に干渉しないっていう前提だったはず。ウルトラ一族は天上界とは不可侵。なのに、なんで地上に……?)
そのとき──目が合った。
「……っ!」
思わず反射的に声が出る。
「お、おはようっ!」
リクは驚いたように立ち止まり、少しだけ首を傾げながら返す。
「……おはようございます?」
その語尾にこめられた微妙な疑問形が、スクルドの内心を微妙にざらつかせた。
(この反応……やっぱり、あたしのこと、知らないな)
だが、そのとき──リクの足元の影がぐにゃりと揺れ、そこから一人の小柄な存在が現れた。
白くてまんまるの体、黒目がちの瞳、大きな口──人間ではない、明らかに“何か”がそこにいた。
「だめだよ、リク! 知らない人に話しかけちゃ!」
その“影”──ペガが慌てたように顔を出す。
「ペガ!? いや、別に話しかけたのは向こうからだし……」
スクルドは目を細めて、その“影の存在”を見つめる。
(あれが……ペガッサ星人。ジードと共に行動するサポート個体……)
情報と現実が交錯し、スクルドの表情はますます読めなくなる。
「……ふーん、なるほどね。まあ、別にいいけど」
腕を組んで立ち上がり、わざとらしくため息をついた。
「通りすがりの変な女の子って思っとけばいいわよ」
腕を組んでため息をつくスクルドに、リクはほんの少しだけ考える素振りを見せ──
「……通りすがりの仮面ライダー?」
その瞬間、スクルドの眉がぴくりと跳ねた。
「──をいっ!!」
全力のツッコミが公園中に響く。
ペガは「ひぃっ」と縮こまり、リクは「え、違った!?」と目を丸くする。
「どこに変身ベルトが見えるのよ! そもそもこのスカートのどこにライダー感があんのよ!? ていうか!」
「ていうか?」
「それ以上ボケると光の国に通報すんぞ!」
「ちょっと待って!? 僕関係者だからね!?」
スクルドの全力ツッコミが炸裂した直後──リクはどこ吹く風で、真顔で言葉を継いだ。
「……っていうか、そもそもなんであんたが地球にいるのよ」
スクルドは腕を組み、睨むように見上げた。
「というより、認識が古いのよ!」
「へ?」
「5人揃ったら戦隊、通りすがったら仮面ライダー──って、それもう十年以上前のセンスじゃない!」
「えっ、そ、そうなの!?」
「今はもっとこう……バディものとか、令和ライダーとか、戦隊もローテーション激しいし、ほら、流行追えてないじゃない!」
スクルドの詰めに、リクは明らかにたじろいでいた。
「あ、ご、ごめん……」
ペガも後ろで申し訳なさそうにうなだれている。
数秒後、スクルドがふっとため息を吐いた。
「で、なんで?なんであんたがここに?」
「ふぁ?」
「ゼロの時空移動に巻き込まれた?」
リクは少し間をおいて、そっと目を逸らし──
「……完全な事故です」
「やっぱりかーーーーっ!」
スクルドの叫びが、公園に響いた。
リクの「完全な事故です」という宣言を受け、スクルドは額に手を当てた。
「……で、帰れるあてはあるの?」
リクは少しだけ考えこみ、頷く。
「ゼロに会えれば……だけど」
「“だけど”?」
すかさずスクルドが返す。
リクは曖昧に笑い、肩をすくめるようにして答えた。
「……どの人間態使ってるのか、わかんないや」
「……ああ、そーだった」
スクルドは虚空を見つめ、頭を軽く振った。
「あいつ、ややこしいやつだったわ……」
地球に現れるたびに別人として歩き回り、どこかでなぜかいい感じに溶け込んでいる光の戦士。
そして大抵、やらかした後に一言「へへ、まあいいじゃねえか」で済ませる男──それがウルトラマンゼロだった。
スクルドは深いため息を吐いた。
「で、そのゼロを探すには……」
「……感で」
「感でぇ!?」
スクルドの怒号が再び響いた後、しばし沈黙。
その間に、ペガがぽつりと口を開いた。
「可能性が高いのは……レイトさんですけど……」
「おお、レイトさんか。あの人、わかりやすくて助かるよな」
リクがホッとした顔で頷く。
だが──
「……最悪、この世界で新しい姿、手にしてるかもです」
スクルドは沈黙したまま、ゆっくりとしゃがみ込み──
「……はあああああああ……」
深いため息と共に頭を抱えて座り込んだ。
「なんで光の国のやつらは、変身をアイデンティティにしすぎるのよ……!しかも地上で変わるなぁぁ!」
隣ではリクが「うっ……」と申し訳なさそうにそら目。
ペガは「ほんとすみません」とぺこぺこしている。
数秒の沈黙。
やがて、スクルドはすっくと立ち上がった。
「……いいわよ。もう、こうなったら──」
彼女は制服のポケットから、組み立て途中のデバイスの小型コアを取り出す。
その目には、さっきまでの絶望はない。完全に“仕事モード”だった。
「とりあえず、ディファレーター光線を認識する探知機、作るわ」
「えっ、できるの!?」
リクとペガが同時に叫ぶ。
「できるかどうかじゃない。やるのよ」
スクルドは目の下にクマを浮かべたまま、どこか誇らしげに笑った。
「ディファレーター光線はね……自然界に普通にあるからな」
低く落ち着いた声が、唐突に響いた。
「……っ!?」
スクルドが顔を上げ、リクとペガが同時に振り返る。
「強い弱いはあるが、探知機を普通に作るだけじゃ駄目だぜ」
公園の並木の陰から、ひとりの男が歩いてくる。
背の高い黒髪、目元に少しだけ疲労の影を浮かべたサラリーマン風の男──しかし、その目の奥には宇宙を知る光が宿っていた。
「……レイトさん?」
リクがつぶやく。
男はニッと笑って、指を軽く立てる。
「いよっ──通りすがりのウルトラマンだ」
スクルドは眉をひそめたまま、しばらく動かない。
そして、ぽつりと呟いた。
「……このテンション……やっぱりややこしい奴だったわ」
ゼロ――いや、クールに立っているその人間態・レイトは、じっとスクルドを見つめたあと、ニヤリと口元を歪めた。
「……あんたは確か、ノルン三姉妹の末っ子か」
軽く顎を上げるようにして言い放つ。
「見たとこ──随分育っちゃいるが」
時が止まった。
「……そうよ、天才女神のスクルドよ!」
堂々と胸を張るスクルド──が、唐突にフリーズ。
「……をい、まてい。私、そんなに貧相だった!?」
目を見開き、怒りと困惑が入り混じった顔でゼロに詰め寄る。
「何育ったって! どこが!? どのパーツが!? 測ったわけでもないでしょ!?」
「いやいや、落ち着けって。褒めてる褒めてる」
「おだての言葉が古いわよ!」
そしてその横で、リクがぽそっと呟く。
「……今の“てんっさい”って部分、ビルドっぽかった……」
誰も突っ込まない。
代わりにペガがそっとリクの袖を引っ張って「今は言うタイミングじゃない……」と小声で囁いた。
突然──空気がピシャリと張り詰める音がした。
「──をい」
その声に全員が振り向いた。
そこに立っていたのは、制服の裾を翻して登場した少女、森里愛鈴。
手には、どこから取り出したのか見覚えのあるハリセン。
そして──
「スパァン!!」
ゼロの後頭部に、実に良い音が響いた。
「ぐっ……ってぇ!?」
ゼロ(レイト)は思わず前のめりに。
「おまえ、この前、空に還っていったよな?」
「いや、それはその……こいつを巻き込んだの、あとで気づいて──」
「こいつ」
リクの冷静なカットインが刺さる。
「だったら、はよ帰れ!!」
愛鈴の一喝が、また空気を震わせる。
「……怖ぇ姉ちゃんだなあ……」
ゼロは苦笑しながら首をすくめた。
「ねぇ、ゼロ」
スクルドがちらりと横目で彼を見ながら言う。
「……『学園祭と怪異』読んでね」
「ちょ、メタ発言やめようね!!」
リクがすかさず叫んだ。
公園の空に、朝の陽がまぶしく差し込んでいた。
「……ははっ。地球って、やっぱ退屈しねえな」
後書き
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