冥王来訪
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第三部 1979年
大東京の反乱軍
前兆 その1
前書き
函館から百里は700キロ近くです。
アントノフ124の最大速度は865 km/hなので、空路だと1時間ちょっとで着きます。
9月10日深更、司法省(今日の法務省)から管理下に置いていたアントノフ124が国防省へ移管された。
それに伴って、同機を陸海軍航空隊の基地へ移送するための作業に着手した。
翌11日未明にかけて、アントノフ124を函館空港から百里飛行場(今日の航空自衛隊百里基地、茨城空港)ヘ移送した。
百里飛行場が選ばれたのには理由があった。
同地は、都心から近く、戦前から百里原海軍航空隊が設置されており、2,700メートルの滑走路を有している。
また東茨城郡小川町(今日の小美玉市)は、当時寒村だった為、周囲を気にせず、ソ連の大型機を簡単に止められるのも魅力だった。
(合併前の小川町の人口は、約2万人弱で、茨城県内の町村でも少ないだった)
そういう事情の為、急遽マサキたちは茨城県まで飛ぶことになった。
陸軍航空隊所有のV-107に乗り込み、空路、百里飛行場へ向かった。
V-107は、ヴァートルが開発したタンデムローター式・ターボシャフト双発のヘリコプターだ。
1958年4月22日に初飛行をした後、米海軍に採用され、HRB-1/CH-46A "シーナイト"として知られる機体である。
(ヴァートルは、1960年にボーイングのヘリコプター部門に、その後、2002年にボーイングに完全買収された)
日本では川崎重工がライセンス権を取り、KV-107として、およそ110機が発注された。
少量ではあるが、タイ王国やサウジアラビア王国向けとして輸出された。
これはボーイング・バートル社の方針であり、米政府の意向を反映したものであった。
役割分担で、バートルは軍事最優先、川崎は民需向けと決まっていた。
マサキはヘリから白銀たちと降りると、そのまま基地の貴賓室に通された。
そこで待っている基地司令と面会する約束だった。
「基地司令の藤堂です。
まあ気楽になさってください」
髪こそ半白だが、将官にしては若いという印象だった。
まだ、五十路にはならないのではあるまいか。
背はすらりと高く、肌にはシミもほとんどない。
だが総身から発せられる気迫は、将官のそれを思わせた。
「まずは、ご足労頂き感謝いたします」
彩峰は、一礼してから答えた。
相手が海軍将校なので、傍からも緊張しているのが分かるほどだ。
「技術本部付の彩峰萩閣です。
閣下のご歓待ありがとうございます」
司令官は一瞬戸惑ったが、笑みを浮かべて彩峰に返した。
目の前にいる将校は、未だ春秋に富む年齢だ。
海軍式の呼び方を知らなくても、仕方があるまい。
「……実際の調査が始まるは、早くても明日以降。
それまでは、石岡の街まで出てのんびりするがいいでしょう」
彩峰は、この壮年の海軍将校に感謝を感じた。
「ご厚意、痛み入ります」
マサキは一連のやり取りを見て、国防省も悪趣味な事をするものだと。
陸海軍の統合を進めるというお題目の為に、こんな辺鄙な田舎まで送られた彩峰を気の毒に思った。
マサキ達が百里基地に移動した夜、京都では、何やら不穏な動きがあった。
一連の亡命事件にマサキが関与しているとの疑いから、急遽、斉御司邸で会合が持たれた。
参加者は、容共親ソ派の青年将校や革新官僚。
日ソ関係の悪化を恐れた彼らは、密議を開くことにしたのだ。
斉御司のもとには連日のように親ソ派をはじめ各派の議員が押しかけ、口々に現政権の政治手法への違和感を訴えた。
それは暗に「斉御司の裏工作は誤りだったのではないか」というニュアンスが込められていた。
そうした声がますます斉御司を政権批判に駆り立て、両者の関係は冷却化の一途をたどった。
「閣下、わざわざのご足労ありがとうございます。
本当に痛み入ります」
斉御司邸の別室に声が響き渡る。
15人ほどの青年たちが、座卓に座る男に深々と頭を下げた。
「諸君、挨拶は良い」
男は、取り付く島も与えず続ける。
けばけばしいアロハシャツに、ゴルフ用の白いスラックス。
雰囲気からして、堅気の人間には見えなかった。
「問題は、木原をどう排除するべきかだ」
男の言葉が終わると同時に、一人の人物が立ち上がった。
「お喜びをください。
綿密に連絡を取り合っている間者からの、ご報告がございます。
すでに富士の教導団は、我らが手中に収めてあります」
声をあげたのは、戦車教導隊の連隊長で、吉岡大佐だった。
今日は他の軍人たちと同じくサマースーツを着込んで、この場を訪れていた。
「それに払った代償は、大野と穂積の死か。
ずいぶんと高くついたものだ」
吉岡の短く刈り揃えた頭と、鋭い眼光が男の方を向く。
「あの者どもは、好色過ぎることが裏目に出ただけです。
あの時、ハイネマン博士にこだわらず、ベルンハルト嬢を攫っておれば成功したでしょう!
木原は古いタイプの人間ですから、関わった女の事を優先して、九條家までは累を及ぼさなかったでしょう」
鋭い視線が、上座から注がれる。
「貴様はこう言いたいのか!
ハイネマンをソ連に連れ出す風に、九條を動かした儂が悪いと!」
この目の前の亡者は、己の欲が失敗の原因だと、自覚しているのだな。
吉岡大佐は、そう確信しながらも、平謝りに詫びいった。
「滅相もございません」
男は酒杯を飲み干すと、吉岡大佐に向かっていつになく鋭い言い放った。
「ならばよい」
男は、下座にいる別な人物の方を向く。
「首尾は」
答えた人物は、吉岡とは別な陸軍将校だった。
「上々です」
「して、御剣の方はどうなった。
こちらに引き込めそうかね……」
「いえ。
御剣も斑鳩も、それほど単純ではないでしょう」
二人は、反米反ソで鳴らしている人物だ。
こちらの陣営に引き込めるか、甚だ心許無い。
口調は穏やかだったが、作戦はうまく行かないという意図が見え隠れしていた。
再び、吉岡大佐が口を開いた。
「そこで、交渉の場をこちらで準備いたしました」
「交渉?」
大伴中尉は、吉岡の意見に両目を瞬いた。
親米派の御剣が話し合いに応じるのだろうかと。
「絶対に、こちらの条件を飲まざるを得ない交渉ですがね」
吉岡は、偽悪的な笑みを浮かべながら言った。
「もし断れば、御剣も斑鳩、二度と我々の前に立つことはできないでしょう」
後書き
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