星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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策謀編
第百十二話 各々の戦い
帝国暦487年11月15日16:00
アルテナ宙域、アルテナ星系、ブランデンブルグ、エーバースヴァルデ、銀河帝国正統政府、
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム
皇帝 クリスティーネ・フォン・ゴールデンバウム
宰相 ヴィルヘルム・フォン・リッテンハイム公爵
国務尚書 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公爵
軍務尚書 エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム伯爵
内務尚書 ラートブルフ男爵
財務尚書 シェッツラー子爵
司法尚書 ヘルダー子爵
宮内尚書 ホージンガー男爵
内閣書記官長 カルナップ男爵
『……ねばならない。今まさに未曾有の国難の時、我等はここに銀河帝国正統政府の樹立を宣言するものである。立てよ臣民、帝国万歳!』
録音された万雷の拍手が、リッテンハイム公の退場と共にフェードアウトしていく。
「しかし、ブラウンシュヴァイク公がよく国務尚書で満足なされたな」
「次期皇帝をエリザベート様に譲るという条件です。両家の協力は不可欠、度量の大きさを見せつける為に名より実を取った、という事ですな」
今は敢えてゴールデンバウムを名乗られているリッテンハイム侯の夫人、クリスティーネ様が皇帝、その夫君が宰相…度量の大きさか、宰相は元来皇太子や皇族の席にある者が就く。リヒテンラーデ公が宰相代理に留まっていたのもその為だ。皇帝の地位にあるお方が有能ならば、宰相は置かずともよい。国務尚書以下の閣僚が協力しなければ政権は機能しない。リッテンハイム公はただ単に女帝夫君として宰相に就かれたのだろうが、その事自体がクリスティーネ陛下の能力に不安がある事を示してはいないか…だからこそブラウンシュヴァイク公は宰相の地位を欲しがらなかったのだろう。閣僚の序列としては次席にある国務尚書の地位を担う事で閣僚をまとめあげ、実質的な政府首班としての影響力を確保する…それに、政府の基盤は安定していない。ブラウンシュヴァイク公は現時点でエリザベート様を全面に押し出すのを警戒したに違いない。
「禅譲の次期はいつ頃になるのだ?」
「それは今後の協議で決めると公は仰っていました」
即位の順もおそらくアンスバッハあたりが進言したのだろう、そう思って尋ねると、シュトライトは違うといった様に首をふった。
「最近フェザーンから派遣されて来た、経済顧問官のルパート・ケッセルリンクという者の進言によるものです」
「ルパート・ケッセルリンク…聞かぬ名だな。それに顧問官などという存在を我々に派遣した事がオーディンに知れたら、フェザーンはオーディンへの忠誠を疑われるのではないか?」
「ケッセルリンクによりますと、フェザーン内でもオーディンと我々…どちらを支持するか、意見が割れている様なのです」
「ほう。自治領主のルビンスキーはどちらを支持しているのだ?」
「どちらも帝国には変わりがない、帝国そのものに忠誠を誓うと言っていた、と…オーディンの駐在所弁務官府にはルビンスキーの補佐官であったボルテックという男が送り込まれた筈だ、ともケッセルリンクは申しておりました」
「フェザーンらしいな。どちらに転んでもいい態度という訳か。ケッセルリンクという男もルビンスキーの駒ではないのか?」
「いえ、ケッセルリンクはフェザーン財界から送り込まれた様です」
フェザーンらしいやり方だ。確かボルテックというのはルビンスキーの補佐官だ。フェザーン財界とは言うが、ケッセルリンクという者も、ルビンスキーの手駒に違いない。帝国政府にもこちらにも人材を送り込んで、経済的に帝国領域を支配しようという事か…。
「フェザーンは経済的に帝国を支配しようとしているのでしょうか。小官にはそう思えてならないのですが」
「卿もそう思うか」
「はい。自治領主府とフェザーン財界、この二つが対立する事などあり得ません。内戦がどう転んでもいいように、両陣営に協力しているのでしょう」
「あからさま過ぎるとは思わないか」
「はい。ですが、ある意味でルビンスキーは本心を語っているのでしょう。内戦でどちらが勝利しても、帝国には変わりはないのですから」
シュトライトの言う事は理解出来た。フェザーンとしては両陣営に協力する事で自らの安全を担保しているのだ。敗れた側にも協力していた事自体は咎められはするだろうが、それはどうとでもなる事だった。
「ブラウンシュヴァイク公…国務尚書閣下や宰相閣下はこの件について何か仰っていたか」
「いえ、今は帝国内において主導権を握る事が優先だと…アンスバッハ准将は、フェザーンとの間に何かしらの約定を結んだ方がいいと進言しておられるのですが」
約定…通商条約といったところだろうか。経済的な影響力をある程度は抑制する事が可能かもしれない。何もしないよりマシ、という程度かもしれないが、やらないよりはいいだろう。
「閣下はこれから出撃なさるのですか?」
「軍務尚書自ら出馬というのも滑稽な限りだが、人員不足なのでな」
頭数は居る。だが、指揮官としてそれなりの軍事的素養を持った者の数は多くない。ノルトハイム兄弟、昇進させたナッサウ、ゾンダーブルグ…きちんとした専門教育を受け、実戦経験が豊富な艦隊指揮官となると、この四名しかいないのが正統政府軍の現状だった。フレーゲル男爵、コルプト子爵はそれなりに実戦経験はあるが、彼等も含め艦隊を保有する各家の当主達…艦隊指揮官には我慢を学んで貰わねばならない。各家の部隊規模にもばらつきがある。総数十五万隻にも及ぶ艦艇を整理、編成しなおすのには骨が折れた…。
●銀河帝国正統政府軍
ヒルデスハイム艦隊:二万隻
エーバーハルト・フォン・ヒルデスハイム上級大将
(軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官兼務)
アントン艦隊:一万五千隻
オットー・アントン・フォン・ノルトハイム中将
ベルタ艦隊:一万五千隻
ハインリヒ・ベルタ・フォン・ノルトハイム中将
ナッサウ艦隊:一万五千隻
ユルゲン・フォン・ナッサウ中将
ゾンダーブルグ艦隊:一万五千隻
ウーヴェ・フォン・ゾンダーブルグ中将
ヘルクスハイマー艦隊:一万五千隻
ヘルクスハイマー伯爵中将
フレーゲル艦隊:一万五千隻
フレーゲル男爵中将
ブラウンシュヴァイク宙域警備艦隊:二万隻
ブラウンシュヴァイク公爵元帥
リッテンハイム宙域警備艦隊:二万隻
リッテンハイム公爵上級大将
「ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム宙域を回って、当地の警備艦隊の訓練を行う。アントンに任せようと思ったが、軍事行動としては正統政府の初陣ゆえ、どうしてもと言うのでな」
ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム宙域には名目上の指揮官として両公爵が指揮する警備艦隊を、二万隻ずつ配備している。お二人共直卒するといって譲らなかったのだが、宰相と国務尚書を私の指揮下に置く事は出来ないと言って丁重にお断りした。それに、位置的に考えて、主戦場はシャンタウ、フレイヤ、マールバッハとなる可能性が高い。それらの宙域から近いブラウンシュヴァイクとリッテンハイムに両巨頭を指揮官として置く訳にはいかなかった。二人が居なくなったら正統政府は瓦解してしまう。
「あの二つの宙域を獲られる訳にはいきませんからな。あのどちらかを首都として選定出来ればよかったのですが、戦略的な縦深に欠けます」
「その通りだ。想定戦場から近すぎる。政府軍の侵攻を受けた場合、それぞれに二万隻置いたとしても時間稼ぎにしかならん」
本音としては、全ての兵力を手元に置いておきたかった。合計十五万隻と合計十一万隻では、打てる手数に違いがありすぎるし、両宙域にそれぞれ二万隻の兵力など、各個撃破の対象でしかない。
「しかし、軍務尚書閣下自らの出馬となると、政府軍が過剰反応するのではありませんか」
「大丈夫だ。万が一の場合、ベルタ艦隊、ナッサウ艦隊、ゾンダーブルグ艦隊がマールバッハからマリーンドルフに向けて進発する事になっている。政府軍もおいそれと主力を振り向ける事は出来ないだろう」
「…どうやら、弱輩者の杞憂だった様です。感服致しました」
シュトライトはそう言って深々と頭を下げ、御武運を、と挨拶してブラウンシュヴァイク公の許へ戻って行った。過剰反応か…おそらく政府軍は過剰反応を示す筈だ。長期の内戦は避けたいだろうし、緒戦で私を討ち取れば彼等の士気は大い上がり、こちらの結束にヒビを入れる事が出来る。こちらにとってもそれは同じだった。云わば博奕の様な物だ。誰が出て来るかは分からないが、充分に元の取れる賭けだ。
「伯父貴、行きますか」
「伯父貴は止せ、アントン」
「この場合何て呼べばいいか迷ってしまいまして…まさか伯父貴が、三長官兼任なんて事になるとは思ってませんでしたから」
「そうか…それもそうだな。では伯父貴のままでよい」
「ありがたい。気を使わずに済みます」
アントンは鼻の下を擦りながら、はにかんだ。私と共に出撃するのは、アントン艦隊、フレーゲル艦隊だ。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイムの警備艦隊と合流し、キフォイザー宙域で訓練を行う。
「各艦隊の状況はどうなのだ」
「正規艦隊には及びませんが、前ほど酷くはありません。フレーゲルの坊っちゃんやコルプトの若旦那もだいぶマシになりましたよ」
フレーゲル艦隊はフレーゲル男爵家、コルプト子爵家の艦隊
が主力だった。両家共にブラウンシュヴァイク公の協力を得て、一から艦隊を作り直したのだ。自尊心が強く驕慢な性格は二人共に変わってはいないが、艦隊を取り上げられるという屈辱を味わってそれなりに思うところがあったのだろう。
「伯父貴が幕僚副総監になって貴族艦隊にも訓練をさせたでしょう、効果はあった様です」
アントンがそう言うのなら間違いないだろう、これなら政府軍と戦ってもそう酷い事にはならないかもしれない。
11月16日14:00
ヴァルハラ星系、オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、
グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー
「正統政府を自称する敵の方が兵力において勝っております。ヴィーレンシュタイン方面の兵力は動かせません、挑発して敵兵力を引摺り出し、各個撃破するのが妥当ではないかと思われます」
そう発言したのは総参謀長のグライフスだった。
「誘引撃滅という事か。となると餌が必要なる訳だが」
グライフスの発言を受けて、上級大将に昇進したクライストが会議室を見渡しながら発言した。誘引撃滅…確かに旨そうな餌が必要だ。だが餌役に充てられる者は、ただ食べられてしまえばいいというものではなかった。敵を惹き付けて味方の来援まで戦線を維持し、尚且つ優勢な敵と単独で渡り合える非凡な戦術能力が必要とされる。
ミュッケンベルガー艦隊:二万隻
クライスト艦隊:一万五千隻
メルカッツ艦隊:一万五千隻
ギースラー艦隊:一万二千隻
ゼークト艦隊:一万二千隻
シュトックハウゼン艦隊:一万二千隻
ケルトリング艦隊:一万二千隻
シュムーデ艦隊:一万二千隻
ドライゼ艦隊:一万二千隻
フォーゲル艦隊:一万二千隻
カイテル艦隊:一万二千隻
「しかし叛乱軍への対応を副司令長官に任せきりという訳にも参りますまい。増援という事態も考慮し、ある程度はまとまった兵力を残さねばなりません。それを考慮しますと、誘引撃滅を企図するとしてもなるべく効率的に行わねばなりません」
続くゼークトの発言は帝国軍の置かれた現状を表していた。叛乱軍に動きはないが、無視は出来ない。内戦の状況如何では介入してこないとも限らないのだ。
「なるべく効率的にか…メルカッツ提督、お願いできようか」
「はっ。いただける兵力は如何程になりましょうか」
「卿の艦隊を含め五個艦隊。どうだろうか」
「了解致しました、微力を尽くします。明日には作戦計画案をお持ち致します」
「うむ。ギースラー、ゼークト、シュトックハウゼン、シュムーデ…以上四名はこれよりメルカッツの指揮下に入れ。かかってよい」
メルカッツ以下の五名が会議室を出たのを確認すると、グライフスが恐る恐るといった面持ちで口を開いた。
「メルカッツ提督は大丈夫でしょうか。あの方は複数の艦隊を率いた経験は少なかった筈ですが」
「口を慎め、総参謀長。メルカッツとて自信がないのならそう言った筈だ。奴の用兵は実直で派手さは無いが、その分期待を裏切る事はない。どうだ?」
「…確かにそうであります」
「宿将とまで言われておるのだ、餌としては充分であろう」
11月20日10:00
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
「姉上の御様子はどうだ、キルヒアイス」
「恙無くお過ごしでいらっしゃいます…これをラインハルト様にと」
キルヒアイスが差し出したのはケーキの入った小さな箱だった。
「クレームダンジュか。久しぶりだな、姉上のケーキは」
「ラインハルト様の分はハイデマリー嬢がお作りになった物ですよ」
少し残念だったが、開けてしまった以上は要らないとも言えない、恐ろしいが…
「そういえば、お前は食べたのか」
「はい。私はアンネローゼ様が作って下さったものをいただきました」
「…自慢は要らないぞ」
キルヒアイスは総参謀長の職を離れ、警護担当官として姉上の警護に当たっている。公私混同かとも考えたが、ここは帝都オーディンではない。姉上の身に何かあった時に疑わねばならないのは俺の部下達、その家族だ。そんな事態は避けたかったし、何より一番信頼している者に姉上を預けるのが最上策だと考えたからだ。キルヒアイスが姉上の身を守れない事態になった時は、たとえ俺であっても守れないだろうし、俺に何があったとしてもキルヒアイスになら姉上を託す事が出来る…。
「自慢ではありませんよ、こういう物は食べて貰いたいと思う人に食べて貰うのが一番というものです。ハイデマリー嬢は一生懸命に作っておいででした」
「…ハイデマリー嬢が俺に食べて貰いたいと?」
「はい。そうでなければわざわざ作ったりしませんよ。昇進のお祝いに、と」
一日付で上級大将に昇進した。何もしていないのに昇進というのも滑稽だが、突き返す程無欲でもないから有り難く話を受ける事にした。軍内部のバランスを取る為の措置、辺境防衛の責任者が大将では任務の重大さに比して階級が釣り合わないという事らしい。
「昇進祝いか…昇進した事よりこのケーキを食べられる事の方が余程嬉しいな。ハイデマリー嬢には私が喜んでいたと伝えてくれ。ところで、リューネブルクはどうだ?」
「信頼に値する方ですね。共に戦うならあの様な方に隣に居て欲しいと思います」
キルヒアイスが姉上やハイデマリー嬢、そしてヴェストパーレ男爵夫人をオーディンから連れ出すにあたって同行して来たのがリューネブルクだった。ミュッケンベルガー元帥の警護をしていたのだが、その元帥の命を受けたのだという。元々リューネブルクは逆亡命者という事もあって、装甲擲弾兵総監オフレッサーとの折り合いが悪かった様だ。内戦という事態を受けてそれが表面化し、捕虜交換以来無任所となっていたリューネブルクを元帥が引き取った、という。擲弾兵少将ともなれば旅団指揮官というところだが、奴の指揮下にあるのは戦闘団規模の増強大隊でしかなかった。しかも回されて来た兵士達は帝国に残る事を選んだ元の叛乱軍捕虜達…。叛乱軍でも似たような扱いを受けている擲弾兵…奴等の言うところの装甲兵…達が居た筈だ。
「腐ってなければよいがな」
「いえ、その様な様子は見受けられませんでした。ここに居た方が元の部下達と相まみえる機会はある、それを楽しみにしておく…と」
「元の部下達というのは確かローゼンリッターという装甲兵連隊だな」
「はい。彼が言うにはその連隊の指揮官は要注意だとか」
「そうか。だが暫くはリューネブルク達の出番はあるまい。今は英気を養う時期だと言っておいてくれ」
リューネブルクはキルヒアイスをサポートする傍ら、艦隊に所属する擲弾兵達の訓練と部隊再編を行っている。叛乱軍の根拠地、アムリッツアに仕掛ける様な状況は今のところ考えにくいが、ミュッケンベルガー元帥から擲弾兵の派出要請があるかもしれない。その為の準備だった。叛乱軍とは現在、停戦または自然休戦の状態にある。辺境領主を通じてヴィーレンシュタインの維持に必要な物資を買っているからだ。代金の決済は軍の予備費からフェザーンを通じて行われていた。妙なものだ、戦争をしている相手から物を買う…この戦争に意味がない事の証ではないか。イデオロギーにさえ拘らなければ、人は手を取り合えるのだ。だが、その愚かしい戦争は止む気配がない、挙げ句の果てに味方は内輪揉めをしている最中だ…人類は地球時代から何の進歩もしていないのだろう、だからこそ今でも戦争をやっている…だが俺もその戦争を止める気はない。俺自身が覇権を握る為に…。
宇宙暦796年12月15日08:00
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター
選挙の結果を受けて、トリューニヒト暫定最高評議会議長から晴れて暫定の二文字が外れる事になった。
最高評議会議長:ヨブ・トリューニヒト
国務委員長:マルコ・ネグロポンティ
国防委員長:シドニー・シトレ
財政委員長:ジョアン・レベロ
人的資源委員長:ホアン・ルイ
法秩序委員長:アルセーヌ・ダルメステテール
天然資源委員長:ジェイムス・アイアデル
経済開発委員長:ピヤール・ベルヌーイ
地域開発委員長:トーマス・ギャロウェイ
情報交通委員長:コーネリア・ウィンザー
閣僚の顔ぶれは新任者と留任者が相半ばする形になっている。サンフォードのお声がかりで入閣した美魔女ウィンザーやダルメステテールが残留しているという事は…。
「どう思うかね、副司令長官」
「いいんじゃないですか。トリューニヒト氏の思惑通りシトレ親父が国防委員長になってますし。残留したウィンザー女史とダルメステテール氏も、党こそ違えどトリューニヒト派に鞍替えしたという事でしょうから、スタンドプレーは避けるのではないですか」
「そうじゃろうな。これでやっと対帝国方針が決まるな」
「そうですね…」
先日トリューニヒト氏の別宅に呼ばれた時はまだ選挙期間中という事もあって対帝国方針は定められていなかった。しかも銀河帝国正統政府なんてシロモノまで出てきたから、対帝国方針は定めたくとも定められない状況だったのだ。
マキャベリズム的にはどちらか一方と手を組んで、残った一方を倒し、その後に組んだ相手の手を離して倒す…のだけど、元々イデオロギーが異なる上に、手を組もうものなら国賊呼ばわりされかねない相手とは流石に手は組めない。これだけ考えても原作の同盟末期というのは、どうしようもない時期だった事が分かる。原作の同盟の為政者達はマキャベリズムを間違って捉えていたに違いない。政治や軍事の世界では方程式は正しくても結果が着いてくるとは限らないからだ。原作の場合、何を考えて銀河帝国正統政府と手を組んだのだろう。彼等と手を組めば、ラインハルトを倒せると本当に思っていたのだろうか?結果論だから後から見れば何とでも言える、原作の中のトリューニヒト達は倒せると思っていたのだろう。まあ原作中のトリューニヒトは地球教の手先みたいなもんだったから、進んでああしたのかも知れないけども…。
「貴官は手を出す必要はないと言っておったな」
眠気を取る様に両手で顔を撫でながら、ビュコック長官が尋ねてきた。
「はい。下手をすると両者が結束しかねません。銀河帝国正統政府軍の主力は大貴族の私設艦隊が元になっています。士気や練度は帝国正規軍に比べて低いとは思いますが、何せ数が多い。陽動や助攻に使うには充分ですし、逆にそうだと分かっていたとしても数が多いので、主攻足り得ます」
「そうじゃな…その場合、帝国軍部隊が陽動や助攻というケースも考えねばならん。むしろそちらの方が厄介かも知れん」
「はい。ですから手を出さないにしてもアムリッツアとハーンの兵力は現状のまま張り付けておくべきだと思います。そうすれば両者の軍事的選択に影響を与え続ける事が出来ます」
「そうじゃな。ところであの計画は順調なのかな?」
「イゼルローン要塞の件ですか?進んでいますよ。素案は既にシトレ国防委員長にも見せました」
「ほう。委員長は何と?」
「自分の想像力の欠如を痛感するのは嫌なものだ、と仰ってました」
「ハハ…それは儂等とて同じじゃよ。要塞を移動させるなんて考えもせんかったからな」
「近日中には正式に計画が開始されると思いますが、この計画は極秘です。現時点で計画を知っているのはシトレ氏、グリーンヒル本部長、長官、技術科学本部長、私、ヤン提督、アッテンボロー提督のみです」
「ファイフェル少佐にも釘を差して置かねばならんな。貴官等の副官にもじゃ」
「はい。計画はイゼルローン要塞の改修としてスタートします。実際、あの要塞は帝国規格の設計ですし、運用の細部面では難があった様です。それを同盟規格に大幅に改めるという事で」
「なるほど、それなら不自然さはない。改修期間はどれ程を見込んでおるのかの」
「工事、運用試験込みで半年はかかるかと」
「そうか。まあそれくらいはかかるじゃろう…その間何も起こらない事を祈るとするか」
原作のガイエスブルグ要塞の改造も半年くらいはかかった筈だ。イゼルローンの改造もそれくらいはかかるだろう。コーヒーを貰おうとすると、ファイフェル少佐が隣室から現れた。
「閣下、シトレ国防委員長があと三十分程でこちらに到着されるそうです。出迎えを行うので正面玄関に集まっていただきたいと本部長から連絡がありました」
「うむ。では行くとするか、副司令長官」
「はい」
今日の委員長来訪は公式行事ではないから、出迎えはなるべく簡素にと言われていた。正面玄関に集まったのは本部長と次長、長官、そして俺だけだ。シトレ親父と俺達は到着後挨拶もそこそこにして統合作戦本部公室に向かった。
「国防委員長就任、おめでとうございます。軍をあげて歓迎致します。お帰りなさい」
「もう現役じゃないんだ、お帰りなさいはよそう」
口では本部長の挨拶を嗜めたものの、シトレ親父は嬉しそうな顔をしていた。って、俺が一番末席か、また皆のコーヒーを淹れる羽目になるとは…。皆がソファに座ったところで、本部長がシトレ親父に来意を尋ねた。
「委員長、本日のご用件は何でしょうか」
「組織改革を行おうと考えている。要は不平不満をなくし人員を適材適所に配置したいのだ」
適材適所…言葉にすれば簡単だが、年功序列ではなく能力本位の人選になるという事だ。要職にある将官や、高級士官にとってはあまり有り難くない話だろう。
「そう仰るという事は、現在の軍高官の人事に問題がある…委員長はそうお考えなのでしょうか」
「そうではないよ。就任前に目を通させてもらったが、現配置については問題がない。待命中の高級軍人だ」
配置に着いていない高級軍人…というと疑問に思うかも知れないが、これが結構な数で存在している。彼等は現役軍人でありながら『待命を仰せつける』という命令で勤務しているのだ。シトレ親父は現役時代に基地の統廃合を遂行して四百万人の軍人達を民間に戻した。代わりに宇宙艦隊が増強されて、新設ポストも用意されたけど、ポストの数にもやはり数に限りはある。待命中の将官達は『最高幕僚会議議員、統合作戦本部付』という肩書で勤務するのだけど、謂わば窓際族に近い形なのだ。始末に悪いのは、軍隊における窓際族というのは退官前とかの『今までご苦労様でした』という再就職前の人間が行く所だ。だけど現状はそうじゃない、ポストが無い為に現役バリバリの将官達がそういった状況に置かれていた。ポストに空きが出るまで何もせずに過ごしているのだ。
「ウィンチェスター、君は以前に常設の諮問機関を作るべきだと言っていたな」
「はい」
「それを作ろうと考えている。国防委員会に設置し、そこでの討議を経て、重要かつ喫緊の案件を最高幕僚会議に上げる」
「では、その諮問機関を経ていない案件は…」
「当然だ。勝手に最高評議会に上げられる事はない。スタンドプレーを避ける為でもある」
ははあ、再進攻の件か。上手くいったから良いようなものの、結果としてはなし崩し的に俺の思いつきで進めた様なものだ。
「スタンドプレーを避ける為だけではない。人材の再活用と高級軍人の監視という意味合いもある」
「それはどういう事でしょうか」
本部長の疑問に答える様に、シトレ親父は組み直した足の上で手を組んだ。長身で均整の取れた体躯だから軍服も似合っていたけど、スーツもよく似合っている。
「退役して解った事がある。待命中の将官達は危険な存在だ。現首脳部にも批判的な者達が多い。彼等が君達をどう評していると思う?時流に乗って艦隊を私物化し老人を操る若僧と、その言う事を聞くだけの統合作戦本部…たまたま上手くいっているに過ぎない、とね。まあ、私としては上手くいって欲しいから君達に任せたのだから、耳が痛い限りだが」
本部長と長官は憮然としたけど、予想出来る事ではあった。小学校や中学校でさえ好きな者同士のグループが出来たりするのだから、大人の世界ともなれば当然の話だ。ましてや軍隊は暴力装置だ、ポストの数や部下をどれだけ抱えているかが正義と言ってもいい。そこから溢れた者達が不平不満を持つのは当たり前の話なのだ。組織内で不平不満をぶちあげているだけならまだいい、それが外部と繋がると問題は一層複雑化する。トリューニヒト政権を切り崩そうとする政治家達、軍から契約を勝ち取りたい新規、中堅業者、醜聞を探し回る各メディア…挙げればキリはないけど、それらが軍内部の不満分子と繋がったら…。
「軍を私物化している若僧としては是非お願いしたいですね。前で戦っている時に、後ろにガタつかれては困りますから」
皆が一斉に俺を見た。若僧とは俺の事だろうけど、非難されている当事者としてはこう言わざるを得ない。俺を押し上げたシトレ親父も不本意だろうけど、俺はもっと不本意だ。
「その通りだ。諮問機関で現状に対する是正点を吸い上げ、不満分子を監視する。監視は諮問機関という物のあり方としては間違っているかも知れないが、現首脳部でなくともこれから先充分に起こり得る事態だ。これからの軍組織の健全化の為にもやらねばならん」
そう、このまま戦争が上手く行けば、その後に待っているのは軍備縮小だ。そうなった時に不平不満が爆発したらとんでもない事になる。「当面は無任所の将官がメンバーとなるが、設立にあたっては統合作戦本部だけではなく後方勤務本部、技術科学本部の協力が必要だ。当然君等にも手伝って貰う」
「了解しました」
本部長の返事に深く頷くと、シトレ親父は見送りは要らないと言って公室を後にした。これから親父は後方勤務本部や技術科学本部にも根回しに向かうのだろう。委員長就任そうそう大変な事だけど、シトレ親父は俺達のバックアップをしてくれようとしている。是非とも協力しないとな…。
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