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蛮人と思えば

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第一章

            蛮人と思えば
「あの連中なぞものの数ではありませんぞ」
「所詮は小さな島に集まって暮らしておる蛮人共です」
「粗末な服を着て奇妙な言葉を言っておるだけ」
「何でもありませぬ」
 李氏朝鮮の者達は口々にこう言って攻めようとしている日本の者達を愚弄する。だがそれでもだった。
 しかし皇帝が朝廷に出なくなっていた明朝の者達はこう朝廷で話していた。
「あれだけ戦乱が続いていたのだ」
「しかも鳥銃をかなり持っているらしい」
 火縄銃のことだ。明では火縄銃をこう呼んでいた。
「具足もいいらしいしな」
「しかも倭寇を見よ」
 明朝の脅威だった海賊達の話も出る。
「倭寇はあの国から来ていたのだぞ」
「それで弱い筈がない」
「尋常な強さではないぞ」
「確かに蛮人であろうがな」
「しかし尋常な強さではない」
「うむ、日本は強い」
「朝鮮の者達が言う様ではないぞ」
 彼等は愚かではない、日本が強いことを見抜いていた。これは李朝も同じだが倭寇と長きに渡って戦ってきた訳ではない。それでだった。
「用心すべきだな」
「戦うとなると尋常な相手ではない」
「おそらく日本は朝鮮に攻め込んで来る」
「ならば助けぬ訳にはいかぬ」
「覚悟しておくか」
 こう言い合い日本への尋常ならざる覚悟を抱いていた。何しろ日本は明に攻め込む為に朝鮮を通るというのだから。
 だから彼等は用心していた。そして彼等の読みは当たった。
 日本軍は十万を超える大軍で李氏朝鮮に入った。朝鮮軍はまさに為す術もなかった。
 北京に来た李朝の使者は真っ青になった顔で皇帝が座っていない玉座に必死に何度も何度も頭を床に打ちつけながら言う。
「お願いです、どうか兵を」
「送って欲しいというのか」
「蛮族共が来ております」
 こう己の前にいる宦官に対して言うのだ。
「京城が陥ち」
「もう陥ちたのか」
「早過ぎるのではないか」
「もう都が陥ちるとは」
「幾ら何でも」
 明の朝廷の者達はこれには唖然となった。そしてその使者を見て次々に言う。
「嘘ではないのか」
「日本の兵が強いのか」
「それとも李朝の兵が弱過ぎるのか」
「幾ら何でもあまりにも早いぞ」
「おかしいぞ」
「とにかく有り得ぬぞ」 
 こう口々に言う。しかし使者は必死の顔で彼等に言う。
「倭は明にも攻め入るつもりです」
「倭?日本か」
「あの国のことじゃな」
 明の者達は倭という言葉に一瞬戸惑ったがすぐに日本のことだとわかった。明では日本と普通に呼んでいたからだ。
「確かに日本は本朝を目指しておる」
「ただでさえややこしい遼東に入られては厄介だ」
 遼東は明が立ってから常に北元やオイラートと衝突してきた。最前線だ。
 そこに日本が来てはさらに難しいことになる、流石に長城の要である山海関を破られるとは思っていないが。
 だが明の判断は決まった。日本を遼東に入れる訳にはいかなかった。
 すぐに李朝に援軍を送ることになった。早速大軍が北京を発ち朝鮮に入った。
 その大軍を率いる将の中に李如海という者がいた。その彼が部下達に言う。
 大軍は粛々と進む。李は荒野を進む彼等を見回しつつ言うのだ。
「我が軍は火器もふんだんにあり数も多い」
「しかも槍や剣も強いです」
「鎧もいいです」
 数と装備には自信があった。それは部下達も言う。
「しかし倭寇は強かったですな」
「鳥銃に刀です」
「あの二つで倭寇はふんだんに暴れてくれました」
「ですか」
「そうじゃ。日本は強い」
 李は決して彼等を侮っていなかった。
「朝鮮の者達は侮っておったのだろう」
「それであえなく北京も陥落しましたか」
「そうなのですな」
「そうじゃ。油断はできん」
 李は日本軍のことを言う。
「だからここはじゃ」
「はい、用心をしてですな」
「戦うというのですな」
「女真共と同じ蛮人にしても」
 彼等にしても日本は蛮人とは思っていた。確かに彼等を侮っていないにしても。 
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