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邪教、引き継ぎます

作者:どっぐす
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第三章
  25.ローレシア王、死す

 包囲されながらも、行く手を阻むロンダルキアの敵を次々と吹き飛ばし続けていたローレシア王・ロス。
 ついに、その勢いが止まるときが来た。

「っ……」

 口から、声が漏れ出た。
 盾でアークデーモンの槍を正確に受けたが、同時に突きを入れてきた他のアークデーモンの槍が刺さっていた。
 今度は腹部。腰が入っていた一突きで、体重も乗っていた。深い。

 手応えありと感じたアークデーモンが、さらに槍を押し込む。

「……ぁ……ッ……」

 ロスの目が見開き、顎が上がり、口が開いた。
 背中側から三つ又の槍の槍先の一つが生えた。貫通したのだ。

 激痛でそれを理解すると、ロスは唸りとともに剣を振り、その槍の柄を叩き切った。
 アークデーモンの外側には、他の魔物たちも距離を詰めようとしていたが、一斉にビクンと止まった。

 接近戦を挑んできたアークデーモンを斬り飛ばし、ロスは魔術師を求めふたたび動き出す。
 だがその足に、すでに力強さはなかった。
 それを見て、別のアークデーモンが意を決したように近づき、三つ又の槍で突く。

「ぐ……」

 右胸近くに刺さる。やはり貫通し、背中に槍先が一つ現れた。
 これもロスは柄を叩き切ったが、そこにさらに別のアークデーモンからも槍が側腹部に刺し込まれた。
 そのアークデーモンは、刺した槍をすぐに引き抜いた。

「っ……」

 引き抜かれた箇所から、血がドロドロと流れ出した。
 ロスは虚ろになった目で、多数の魔物の奥に見える魔術師フォルを見た。
 その途端に、また次の槍が後ろから差し込まれた。

「がっ……」

 貫通まではしていないが、やはり深い。
 またアークデーモンが槍を抜く。やはりそこからも、血。
 そして。

「ゴフッ」

 ロスの口から勢いよく血が噴き出た。

 激しい吐血を見て、接近戦を挑んでいたアークデーモンが一度離れていく。距離を詰めようとしていた他の魔物たちも動きを止めて、ローレシア王・ロスの様子を見守った。

 いつのまにか、青い装備は真っ赤に染まっていた。
 三つの槍先を体から生やしたまま、ロスは雪の上をフラフラと少し歩き、やがて片足から崩れ、倒れた。

 どうやら立ち上がってくることはない――魔物たちがそう判断したのか、緊張を解いて寄ってこようとしたときだった。

 突然、ローレシア王がやってきた方向から、爆音とともに魔物たちの悲鳴が聞こえた。
 と、同時に。

「全員広がれ! 距離を取れ! 急げ!」

 アークデーモンによる指示が、戦場に響き渡る。緊迫感のある声だった。
 すっかり密となっていた魔物たちが、それぞれお互いに適度な距離を取り、広がっていく。

 さらには、悲鳴が聞こえた方向の魔物たちが、遠位から左右に分かれていった。それがすぐに軍団の内側まで伝播してゆき、広い道ができていった。
 そのような指示までは、アークデーモンから出ていない。
 原因となったのは、空間を駆けてきた数名の人間たち。いや、その先頭にいた一人の人間だった。

 ヘッドギアからあふれる茶色がかった金髪を揺らす青年。サマルトリアの王子・カインである。

 カインは、魔物に取り囲まれた空間のど真ん中にローレシア王・ロスの倒れている姿を認めると、そばまで行き、遠巻きに包囲している魔物たちを一瞥(いちべつ)してしゃがみこんだ。
 並の人間であれば、隙だらけということで一斉に襲いかかられているだろう。しかし魔物たちは武器や爪を構えたまま、その場を動かなかった。否、動けなかった。

「ザオリク」

 静かな詠唱。
 ロスが小さなうめき声をあげた。
 カインはそれを確認してわずかに微笑を浮かべると、槍先が刺さったままの彼の体を両手で抱え、立ち上がった。

「ロス、ごめん。刺さってる槍はそのままにするよ。今抜くと失血死するかもしれないから」
「へ、兵士……たち……は……」
「大丈夫。見逃してもらえてたみたい。見えてないと思うけど、全員ここにいる。ここに来る途中で会った」

 安心したロスが、その身体を完全に預けた。
 荷物持ちの兵士たちも寄ってきて、カインの身体に触れる。

 カインは魔物の群れの奥を見た。
 雪でやや白っぽく見えるが、ギガンテスの巨体の前に、魔術師・フォルの姿が確かにあった。

「お見事」

 呪文を唱える前に一言、そうつぶやく。

「ルーラ」

 一行は、空へと消えた。






 ルーラで飛んだ先は、サマルトリア城のすぐ近くだった。
 おそらくロンダルキアの祠ではないだろう――カインはそう思っていたため、意外な場所ではなかった。

 のどかな景色だった。
 丈の低い、しかし豊かな草が柔らかな日差しを浴び、ところどころに緑を付けた樹が点在していた。

 カインは、ロスを草の絨毯(じゅうたん)の上に降ろした。
 兵士たちが見守るなか、まずはベホイミで全体を回復させ、次に刺さっている槍先をゆっくり抜きながら、やはりベホイミの呪文をかけていく。
 激痛であるはずだが、ロスは顔をしかめることもなく、ぼんやりと青空を眺めながら施術を受け続けた。

「回復は無事終わったよ。もう大丈夫」

 血まで拭き終えると、カインはロス本人にではなく、(そば)にいた兵士たちに向けて言った。
 意味を察した兵士たちが、声の届かないところまで離れていく。

 風が、吹いた。
 ロンダルキアの刺すような雪風とは違う。サマルトリアのそよ風は限りなく優しかった。

「……俺は、いったい何をやっているんだろうな」

 やがて、仰向(あおむ)けのままのロスの口から、そうポツリと漏れた。
 同じくしゃがみこんだままで青空を見上げていたカインが、彼の顔に視線を移す。

「いいときもあれば、悪いときもあるさ。今までもそうだったでしょ」

 カインはロスの青いヘッドギアについているゴーグルのヒビに気づくと、両手を伸ばしてそれを取り除き、微笑(ほほえ)んだ。 
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