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とある銀河の物語

作者:JK
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004 試験終了

初めてのミッションで、卒業試験で、なんかえらい事になってしまったなぁ。
二人を助けたことは、やはり命令違反かなぁ?
十体や二十体どころじゃないぞ、残ったアンドロイドは。
たった七発の残弾でどうこう出来る状態じゃ、ないよなぁ。
ああ、のどが渇いた。
空腹よりも、渇きのほうがきついんだな。
死んでもいいから、水をたらふく飲ませてくれんかな?アンドロイドは水筒なんか、持ち歩かないか。

・・・・・まてよ。

今の俺はほとんど電気的には見えないんだよな?
だったら、この木の陰に隠れてじっとして、やつらが通り過ぎるのを待てば助かるんじゃないか?
いや、今のうちに木に登ってしまって、視覚的にも見えなくなってしまえば絶対に助かる。
そうだ、まだ死なないで、すむ。
死なないで・・・
「ちっくしょう!!!」
隠れていた木から転がり出て、続けさまに三発撃ち放した。ええい、もう一発。
あたるわけが無い。まったくの無駄弾だ。
しかし、存在を暴露した俺は、とりあえずやつらの標的となるだろう。
自分が信じられない。
おれは、こんなに弱かったのか。
こんなに脆い男だったのか。
半日前には、あんなに張り切っていたのに。
あの親子を助けて、最後まで守ってみせると、決めたのではなかったのか。
あの少女の、俺を見つめる目が思い浮かぶ。
抱きつかれた時の、温かい感触が蘇ってくる。
娘を見つめる、ミスターの優しげな表情。
俺は、自分の命と引き換えに、あの二人を捨てようとしたのか。
ただの"使い捨て要員"の俺が・・・
そんなこと、あってはならないよな。
ある、はずが、ない。
「あるはずが、ない!!」
走り出していた。
既にずいぶん近づいてきていた。好都合だ。
動く、まだ身体は充分に動く。
アンドロイドの頭を蹴り飛ばし、銃を奪う。
遠くを狙って撃った。なるべく広い範囲のアンドロイドの気を引きたい。数発でエネルギーが切れた。アンドロイド本体からエネルギーを取っていたのだろう。
そのまま棍棒代わりに振り回す。素手で殴るよりはマシだ。
動き、バイザーを突き割り、移動する。倒したアンドロイドの銃を拾っては発砲し、棍棒にする。
いつに間にか簡易マスクが脱げていた。
奴らの目に見えるようになってしまった。
ふん。
狙ってみるがいいさ。
俺は速いぜ。
お前ら旧式操り人形じゃあ捕まえられるもんか。
ほら、次はお前だ・・・

地平線辺りの空がボゥと明るくなった。
おいおい、日が登る時間じゃないだろ?
大きくはないが、重い音も響いてくる。
突然、森の奥から青白い閃光が二つ、ほとばしってきた。
アンドロイドが二体打ち倒された。銃撃だ。援護なのか?
銃撃は止まず、圧倒的な圧力を感じさせた。アンドロイドが後退していく。
弱い閃光の三点射が混じっているのに気が付いた。
「エムが、来てくれたのか・・・もう一人は、誰だ・・・」
手近の木に寄りかかり、射撃の邪魔にならないようにする。
彼らが来てくれたのなら、もう大丈夫だろう。2人も、無事なんだ。多分・・・
ずるずると、そのまま座り込んでしまった・・・

「よし、リリア、頼む。」
「アイ・アイ」
ミアルと二人で件の収容所を爆破し、アンドロイドを追い立てていたバルロスはタイミングを見計らって指示を出した。
森のほうからも、予定通りアンドロイドが追いたれて出て来ている。こちらはエムとランの役割だ。
低空で“キャッツ”が進入して来る。三つほどのECM兵器を投下した。
地上百メートルほどの高さでパラシュートが開き、瞬間的に、爆発的に、高電磁波を放出する。
すべてのアンドロイドの回路が焼ききれ、ばたばたと倒れていった。
「よし、予定通り回収地点で落ち合おう。バルロス、切る。」
「アイ。アイ。」
足早に移動する。
回収地点とは、つまりナップのいるところだ。
「どんな気分です?仕官殿に指示を出すというのは?」
冗談ぽく言ってるミアルだが、気を使ってくれているのだ。
「そうだな、お前さんならわかるんじゃないかな、ミアル。」
「・・・へ?」
「お前さん、奥方に意見するときはどんな気分になる?」
「そりゃもう、うちのかみさんと来たら譲らないときは絶対に譲らないから、とにかく気を使いまくりますよ。」
なぜか、うれしそうに言う。ミアルは、どんなことであれ、自分の奥さんのことを話すのがうれしくて仕方が無いのだ。
「今度、その気の使い方を伝授してもらおうかな?」
「ははぁ、それは、なかなか、ナップに経理を教えるより難しいですなぁ。」
「俺はそんなに出来の悪い生徒に見えるかね?」
「いやいや、生徒の問題ではなく、学科の問題ですよ。大体において参考書なんて無い学科ですからね。」
「なるほど・・・そんなもんか。」
「そんなもんです。どうしても学びたかったら、結婚でもしてみるんですな、一度くらい。あーいたいた、エムとランだ。」
ついさっきまでドンパチやっていたとは思えない会話が続いていたし、ミアルの声も緊張感を感じさせないものだった。
そのミアルが、木の根元にもたれ掛っているナップを見てつぶやいた。
「すげぇ、ナップがナップしてやがる・・・」

無事全員“キャッツ”に収容された。
約一名意識不明?の状態で、だが。
その六人と、クリス特別教官が簡易医務室に集まっていた。
ベットが二つしかなく、七人も集まれば狭苦しいが、二人ベットが必要なものがいたのだ。
一人はもちろんナップ。まだ寝ている。
「寝る子は育つのよ。ま、期待しましょ。」とリリア。余裕なのか何なのか、微笑んでいる。弟としてみているのかもしれない。
もう一人はランだ。
肋骨の三本と左上腕骨にヒビが入っており、打撲、擦り傷は言わずもがな、だ。
加えて言うなら、今回の最終試験で大きな怪我を負ったのはランだけだ。
「最終的な総括は教官が帰ってきてからということになるわ。」
それぞれの顔を見回しながらクリス特別教官が言う。
ランがベットから降り、エムの隣に立つ。額の冷や汗が痛々しい。
「実戦とはいえ、あくまで試験。つまり教育的な意味合いが強かったということを覚えておいてください。」
無事に収容された安心感がどこかに吹っ飛び、緊張した雰囲気がすぐさま戻ってくる。
さすがに最終試験に選ばれる人材は、その辺のけじめはわかっている。無言で頷いた。
「あるものは予想通りの結果だったし、あるものは予想以上、予想以下だったものもいるけどね。」
ランが珍しく感情を表情に表した。が、懸命にも何も言わなかった。
「クリス特別教官。」
バルロスが半歩前に出る。
「そういった内容は、ナップが起きてから言ってくださったほうがよろしいかと。」
バルロスでなくとも、予想以上の結果を出して帰ってきたナップに、憧れのクリス特別教官の言葉を聞かせてやりたくなるだろう。
「ナップが?なぜ?」
意外にも、冷ややかに見つめ返す。
「彼だけよ、私の予想以下だったのは。」
皆の顔色が一斉に変わった。そんな、馬鹿な!
「あなた方も聞いたでしょう?私は彼に“本当は五日と言いたい所だけど”と言ったはずだわ。」
「そ、それは聞きましたが・・・」
「彼が私の言葉をどう捕らえたのかはわからない。また、ウォルフ教官からも何か言われたのでしょう。でも私もウォルフ教官も、この件に関しての五日と六日の違いを充分にわきまえての発言よ。彼には彼の考えがあり、私には私の考えがあった。そしてコレは私の評価よ。」
意外なほどの語気の強さに、バルロスはたじろいだ。これが伝説の特殊工作員の迫力だ。
「最終試験は、試験だけど実戦なの。」
先ほどとは間逆なことを言う。しかし、両方とも、現実なのだ。
「実戦は、大抵ほかの現場と連動しているわ。なぜこの場にウォルフ教官がいないのか?それは彼が五日でこの最終試験を終わらせられなかったから。教官に余計な仕事をさせておいて、“お帰りなさい、よくやったわ”なんて、私にはとても言えない。」
そうなのかもしれない。そういうことなんかもしれない。そうなのだろう・・・でも。
そこまで要求するのか。
この十八歳にもならない青年未満に、そこまで厳しい要求をしているのか。
「ウォルフ教官はナップが六日で終わらせても何とかなるように準備していたわ。だから六日でもいいぞ、とか何とか言って送り出したんだろうとは思うけど、でも“よくよく考えて行動しろ”という類のことは言ったはずよ。それが教育的側面のポイントだったのだから。」
ああ、そんなことを、ナップは出発前に言っていた・・・
「そして私は、五日で終わることを前提に後のことを考えていた。・・・・ラン。」
「イェス、マァム。」
いつもの、ゆったりとしたランではなく、緊張している。決して痛みのせいだけではないだろう。
「この最終試験で、命を落とすとしたらあなただと思っていた。」
このメンバーにとって、なんと驚きの多い一日であることか。
「あなたは要領もよく、理解も早く、基本性能がとても高い。またそれをあなた自身がよく理解してる。だから逆に、いろいろと隙が多かったのよ。つまり自分の隙が見えていなかった。」
「イェス、マァム。」
「私は、今回の最終試験に選ぶつもりは無かったのだけれど、ウォルフが“ま、大丈夫でしょ”の一言で入れたのよね。」
話し始めて、初めてクリスの口元に笑みが混じった。
「私はあなたが帰ってこないということも、ある意味覚悟していた。でも、肋骨のヒビ程度で帰ってきて、私の前に立っている。」
「イェス、マァム。」
「・・・どうやら、いろいろと気づいて、帰ってきたようだしね。」
「・・・イェス、・・・マァム。」
「今回も、ウォルフ教官の見る目は確かだったということになりそうね。今後に、期待させていただくわ。」
「アイ・アイ・マァム。」冷や汗びっしょりだ。
「もちろん、あなた方にも。みんな怪我も無く、エクストラ・ミッションにもよく対応してくれました。・・・ちょっと早いけど、卒業、おめでとう。」
「イェス、マァム。サンキュー、マァム。」
クリス特別教官が簡易医務室を出ると、ランがその場に崩れ落ちた。
皆が駆け寄る。
「・・・・これが・・・これが・・・まったく・・・・」
バルロスとミアルに支えられながら、ベットに戻った。

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「戦術予報だ。」
ウッド教授に呼ばれ、情報処理室の外で待機していたクリスは、彼の姿を見て少し眉を上げた。
全身全霊をつぎ込んだのだろう。数時間でげっそりやつれたようだ。
「これ以上のものを作れといっても、絶対に出来ない。」
コム・パッドをクリスに手渡しながら言う。
「ありがとうございます。そしてお疲れ様でした、教授。」
「あいさつなんぞはいい。とっととチームに送ってやれ。」
「ほいよ。」
クリスの横から手が伸び、コム・パッドを取り上げる。
その手をたどっていくと、どこかで見た顔が乗っていた。
薄いサングラスをかけ、細まきの葉巻をくわえている。こいつは・・・
「ウォルフ!何してんだ、こんなとこで!!」
「ごあいさつだな。」右手の親指を動かす。後ろを見ろよ、と。
こちらもやつれ、来ている白衣もいい加減くたびれていたが、それでも精一杯の笑顔を向けている女性が立っていた。
「お母さん!!」
マティルダの反応は早かった。飛びつくように母親の腕に抱かれに行った。
「・・・・ア、アメリア!無事だったのか!!・・・このやろう!ウォルフ!!どういうことだ!!!」
「ま、話は後だ。部屋を用意してある。三人でゆっくりしてくれ。戦闘艦のキャビンだ。狭いが、とりあえずプライバシーは確保できるから。」
ほれほれと追い立てる。こら、まて、話が先だ、このやろう、と抵抗するウッド教授を軽くあしらい、有無を言わさずにキャビンの押し込む。
「で、どうだい?」
クリスに聞く。クリスはいつも以上にあきれ返っていた。
「ウッド教授は予想以上に早く作り上げたけど、あなたはそれ以上に早く帰ってきたわ。まったく、どうやったら・・・」
首を振りながら、肩をすくめる。
「ま、一人でやればこんなもんだよ。最近出張っていなかったせいか、セキュリティも甘かった。」
と、こともなげに言う。
敵基地の中心部に侵入しての救出作戦で、しかも不十分な情報の元でやらざるを得なかった。
毎度のこととはいえ、呆れてものが言えない。この人に不可能の文字は無いのか?
とにかく、ウォルフの参入が鍵となって、戦略的な奇妙なバランスが作り上げられたのは事実なのだ。
「今回はあなたにやられっぱなしだわ。ナップも、ランも、教授も。」
「お褒めに預かり、光栄ですな。」
クリスの腰を引き寄せ、軽く口づけする。腰はしっかり押し付け、お互いの目が“続きは後で”と確認しあっている。
「とにかく、教授の戦術予報のReviewだ。付き合ってくれ。」

「娘さんも一緒でいいのか、博士?」
狭い戦闘艦だ。士官用のキャビンとはいえ五人も入るとさすがに窮屈だ。
ドリンクを配るにも難儀する。
難儀するが、ウォルフのリクエストで、ウッド教授がコーヒーを入れている。コーヒーの香りが漂ってきた。
先ほどの事があるせいか、ウッドは誰がお前なんかに、と息巻いていたが、娘の「お父さん」の一言で静かになった。
シャワーを浴び、睡眠をとり、量と栄養価だけは充分な食事を取り、三人ともそれなりに元気になったようだ。
心にも、多少の余裕が出来ただろう。三人とも、艦備え付けの作業着に着替えている。
「ええ、今まではニコラと二人だけで話し合ってきたけど、こんなことが起こってしまったからね。・・・もう、子供じゃないと思うことにしたわ。」
「教授?」
「・・・いくら戦闘艦だからといって、もう少しいいコーヒーを使えよ。士気に関わるぞ。」
半ば本気で言っているようだ。
「傾聴に値する意見だが、これからの話にこの娘を入れてもかまわないのか、と聞いてるんだ。」
「ふん、もう、子供じゃ、ない。ごまかせも、しない。仕方がなかろう。」
「ふむ、で、君はどうだ?」マティルダに向かってい言う。
「おい!!」
ウッド教授が勢いよく振り向く。お湯がこぼれた。
アメリアが立ち上がって、タオルを取り、拭いはじめた。「ニコラ・・・あなた。」
「もう子供じゃないといったのは、教授だろう。だから俺は彼女を大人として扱うが、どうだ?」
相変わらず皮肉っぽい口調のウォルフの物言いだが、冗談で言っている訳ではないようだ。
「これから話すことは、もちろん君のご両親、特にお母さんのことが中心となるが、とても重要なことで誰にも話してほしくないことも含まれるかもしれない。」
マティルダの目を見ながら話を続けた。
「だから君に約束してほしいんだ。これからこの部屋で見聞きする内容は、たとえ重要ではなさそうなことでも決して他人には話さない。話していいのは、ここにいる四人にだけだ。約束できるかい?」
「はい。」
間をおかずに答えた。真剣な目をしている。
「よし。では、次だ・・・。」
マティルダはちょっと、首をかしげた。次?
「ここ二週間大変な思いをしてきたね。本当に、ギリギリのところだった。だから、私たちとしてはいろいろなことを、つまり、君と、ご両親と、その周りにいる人たちの安全のことを考えた。だからここしばらくは、窮屈な思いをすることになると思う。」
「窮屈?」
「そう、何処に行くにも警備のものがつく。目に付く形か、或いはつかない形か。監視といってもいい。これは、大きな責任のある人たちの、義務のようなものだ。そして君のお母様はとても大きな責任を持っている。好むと好まざるとに関わらず。」
ウォルフの目がちらりと、アメリア博士に向く。
代わりに何か言おうとするウッド博士を、アメリアは抑えた。
「・・・いつまでですか?」
「君たちの安全が確認されるまで。安全な場所に移動するまでといって言ってもいいかもしれない。・・・短くて半年、長ければ一生。」
「・・・わかりました。」
「よし、では次で最後だ。君と、ご両親と、その周りにいる人たちの安全のことを考え、時には理不尽と思えることを君たちにお願いすることがあるかもしれない。しょっちゅうあるわけではないが、絶対にある。そのときは、何も言わずに言うことを聞いてほしい。できるかな?」
「その時は、今日の約束のことだと、言ってください。それなら、出来ます。」
「いいだろう、誓えるかね?」
「はい。」
「では、自分の言葉で、言ってみてくれるか?」
ベットから立ち上がり、背筋を伸ばした。
「はい・・・わたし、マティルダ・ジョースター・ウッドは、今日、この部屋で見聞きする内容をここにいる四人の方々意外には誰にも話をせず、監視される生活を受け入れ、私と、私の両親と、その周りにいる人たちの安全のために要求されることに関して、異議なく従うことを、誓います。」
「よし・・・すごいな、マティルダ、本当にもう、子供ではないな。」
初めて、ウォルフがマティルダをファースト・ネームで呼んだ。
「いえ、そんな・・・でも、ありがとうございます。」
心持ち顔が紅潮して、実際よりずいぶんと大人びて見える。本当に大人の仲間入りをしたような気がした。
「・・まぁ、その、なんだ・・・」
なぜか顔を紅くした父親が言いよどんでいるうちに、母親は娘の側に行き、肩を抱いてベットに座りなおした。
「で、コーヒーはまだかね、教授?」
「・・・もう少し、ひたらせろよなぁ・・・」
ぶつぶつつぶやきながら、コーヒーを人数分注ぎ始めた。

「もうわかってると思いますが、こうなるのは時間の問題でした。ですから、誘拐されるということを前提とした計画も立てていました。」
話し自体は、クリスが進めた。
「誘拐されるのが、わかっていたのですか?では、どうして・・・」
阻止できなかったのか?マティルダの疑問も、もっともだ。
「それは、だ、マティルダ、いろいろと事情があって、だな・・・」
どうも、今日の俺は言いよどんでばかりいる。そう思いながら自分の妻を見た。
「実はね、マティルダ、以前にウォルフから話があったのよ。危険だって。それで、安全な場所に移動してほしいといわれてたの。」
「そ、そうなんだ、マティルダ。言われては、いたんだ・・・」
冷や汗かきまくり、だ。畜生、なんて説明すりゃ、いいんだ?
「教授・・・」
椅子にもたれ掛ってリラックスしながらコーヒーを飲んでいるウォルフがのんびりと言う。
「ここは、ひとつ、女性たちに任せよう・・・しかし、同じコーヒーでも、教授が入れるとこんなに違ってくるんだよなぁ・・・」
「し、しかしだな、ウォルフ・・・」
「もう、お父さんはいいから・・・今度は私の入れたコーヒーを召し上がってください。ウォルフさん。」
「ほほう・・・俺はコーヒーには、ちょいとばかり、うるさいぜ?」
いたずらっぽく、言い返す。
「俺が今のところ、何が何でも飲みたいと思うコーヒーは、君のお父さんの入れたコーヒーくらいだからな。」
「そのお父さんの飲むコーヒーは、最近は私が淹れてます。」
マティルダも、負けていない。
「ふむ、それは楽しみだ。次に君たちの住居にお邪魔したときに、お願いしよう。」
「はい、喜んで・・・・で、お母さん、続きは?」
知らないとはいえ、ほとんど伝説と化した人物“ウォルフ・ザ・シルバー”と娘の会話をハラハラして聞いていたアメリアは、いきなり呼ばれてついどもってしまった。
「え、あ、その、それで、ふ、二人で話し合って、お断りしたのよ。あの家は、お父さんのご両親の形見みたいなものだったし、お父さんと私の思い出がいっぱいあって、手放したくなかったの・・・」
「その辺の事情は、いろいろと複雑なものがあってね、マティルダ。」
割り込むように、クリスが話し始めた。
「アメリア博士の重要性を考えたら、あまり手荒なことはしてこないとも考えられたし、私たちも現状で対処できる方法を考え始めていたから。」
「だけどな、マティルダ、一番のポイントは君だったんだ。君に、ごく普通の生活をしてもらいたいと、二人は願ったんだよ。」
四人の顔が一斉にウォルフの方を向く。それぞれの表情で。
私には、言えなかった。とアメリア。
お前がそれを言うのか。とウッド。
やっぱり、そうですか。とマティルダ。
言うと思った。とクリス。
「だから守るほうにもいろいろと制約が出来てな。でも、守り抜くつもりだった。誘拐を阻止できると思っていた。その準備が整う前に、やられた。うかつだったよ。・・・だがね、大げさな意味ではなく、銀河に影響を与えるアメリア博士とその連れ合いの、たった一つの願いが、娘のごく普通の生活だったんだ。信じられるかい、マティルダ?」
マティルダが再びベットから立ち上がり、ウォルフの前に立つ。深々とお辞儀をした。
「本当のことを言ってくださって、ありがとう。ウォルフさん。感謝いたします。」
泣くかな、と思ったが、違った。微笑んだ。
「私、お父さんとお母さんの次に、ウォルフさんのことが、好きになりました。」
「それは残念だな、俺は年上が好みなんだ。」
「そのせりふ、今日二回目です。」
また、微笑んだ。いい笑顔をする。母親ゆずりだな。
「だが年下が嫌いというわけでもない。コーヒーを楽しみにしているよ。・・・クリス、後は頼む。」
そういって、残りのコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「最大の目的は達したしな。」
空のコーヒーカップを一度掲げてからテーブルに置いた。
キャビンを出て行こうとするウォルフの手をウッド教授がつかむ。
「おい、ひとつだけ聞かせろ。」
「ん?ああ、クリスは俺より年上だ。」
「ばかやろう・・・・企んでは、いないよな?」
「・・・・・・・・・」
「俺たちを納得させるためにわざと誘拐させ、助けて自分たちの都合のいいように使う・・・」
「・・・・・・・・・」
「どうなんだ?」
「そういう話が、上のほうであったのは事実らしい。」
「そう、なのか・・・」
「だから俺とクリスは急いだ。馬鹿なことになる前にすっきりさせておきたかったからな。だが、敵はもっと早かった。そういった意味では、俺たちの力が足りなかったからということになるか。」
「うそじゃ、ないな?」
言葉を押し出すように、繰り出した。言いたくないのだ、本当は、こんなこと。
「教授・・・」
改めて教授と、博士とマティルダに向き直った。
「教授をだますのは簡単だが、博士とマティルダをだませるほどの演技派じゃねぇよ。」
マティルダに向かってウインクする。
「それに、教授をだましてうまいコーヒーが飲めなくなったらどうする?俺にとっては銀河の問題よりもそっちのほうがずっと問題なんだ。」
「ふん、その説明は、わかりやすいな。」
にやっと笑い、誰にともなく片手を挙げ、出て行った。

「次は戦術予報に関してです。」
「ああ、あれは、ちょっと納得できないな。説明してくれ。」
ウォルフがいなくなると、話しやすくなる。いいことなのか、何なのか・・・。
「はい、実際のところ、ナップがお二人を救出した時点で敵には自動的にそれこそ光の速さでその報告が行くはずですから、あのときの戦術予報は博士の救出作戦には使えないものでした。」
「・・・それで?」
「今後のことを、考えたのです。」
「つまり、アメリアを取り戻した後、どうなるか、どうするか、という観点だな?」
「はい・・・出来れば、ウォルフとも、これくらい冷静に話し合ってくださればいいのですが。」
マティルダが吹き出した。「本当に、すみません。」
「何でお前が謝るんだ、マティルダ?」
アメリアも吹き出した。やれやれ・・・。
「・・・皆さんには安全な場所に移動していただきたいと思っています。つまり、『船』に移っていただこうかと思っているのです。」
「『船』・・・か。」
ウッド教授がベッドに座りなおす。
戦略的な一大拠点であり、移動する大都市であり、ウォルフとクリスが発見し、銀河の勢力図を変える一大要因となった、『船』。
「アメリア博士には主席研究員として。しばらくは“客員”が付きますが。」
多少の謝罪をこめて、クリスがアメリア博士に向かって会釈する。アメリア博士は、ただ肩をすくめただけだった。
「そしてウッド教授、あなたは増員予定のあった戦術予報士としてお招きできると思うんです。」
「だが、あそこにもアカデミーはあるだろう?」
「アカデミーはありますが、ポストの空きはありません。」
「ま、そう都合よくは行かないか・・・」
「重ねて申し上げますが、敵が狙っているのは、アメリア博士です。ですから私たちは、アメリア博士とそのご家族を安全な場所に移したい。そこでウッド教授?」
「・・ん?」
「あなたはアメリア博士のご家族だからというだけで、移動されたいですか?それとも戦術予報士として必要なので、『船』に呼ばれたいですか?」
「おれは歴史の教師として呼ばれたいんだよ。・・・まったく。」
ほかに選択肢がないのは、充分にわかっていた。だが、歴史を学ぶものとして、恩師の足元にも及ばないまま断念するのはあまりにも残念なことに思えた。
「この人の作った戦術予報は、実際のところどうだったの?」
もっともな質問をアメリアがした。
「ウォルフ曰く、“初めてなんだから、こんなもんだろ”だそうです。」
「何だ、その程度か。・・・・スカウトする価値、あるのかな?」
「私から見れば、これはウォルフの最大限の賞賛に属するとは思います。」
「・・・どこが?」
狭い部屋だ。小声でつぶやいてもいやでも聞こえてしまう。
「“慣れたらこんなもんじゃなくなる”、といっているように聞こえませんか?」
ふーむと、腕を組んで考え込んでしまった。
「私の個人的な評価としては、なかなかのものだったの思っています。正直、独学でここまで作りこめる人はめったにいませんし・・・」
「?」
「あの、極限状況で作成したのです。あなたの才能は、本物か、本物に近いものでしょう。これが知りたくて、あの状況で無理をお願いしたのです。」
才能、か。・・・好きなこと、出来ること、やりたいこと、そんなこんなが皆同じものだったら、どんなに楽だろう・・・
「ふん、本当に俺の職業には興味がないんだな。」
クリスが肩をすくめた。「そういうわけでは、ないのです。ほんとうに。」
「あなたの恩師が言ってたわね。『歴史はじつに面白い。起こった事実を地理的にも、時間的にも、きわめて広い範囲で知ることが出来るからだ。どんどん積み重なっていって、止まるところを知らない。多くのものが学び、掘り下げ、さらに興味深いものにもしてくれている。だが、どれほど歴史を深く学ぼうとも、未来を予想できるようになるわけではない』と。」
「ああ、恩師の引退講演だな・・・」
恩師に会いたい。ふと思った。『船』に行ったら、もうお会いできる機会もなくなるな・・・。
「戦術予報は、ある意味、未来に関する学問よね。」
「戦術予報なんて、学問と呼べるか。戦争の道具だぞ。」
俺は純粋な、学問の徒なんだ。出来れば、戦争なんかとは関わりたくはなかった。・・・軍事オタクだけど。
「私は、歴史の先生をやっているお父さんもいいけど、必死で戦術予報を作っていたお父さんとすごくカッコいいと思ったよ。」
マティルダにしてみれば、父親の、見たことのない一面だったのだから、新鮮に感じただろう。
「そりゃ、もう、アメリアの命がかかっていると思ったからなぁ・・・必死だったよ。」
「・・・そうなの?」
小声で、娘に聞く。
「うん、すごく必死で、かっこよかった。“コーヒーはまだか”なんていいながら、私が持っていっても、結局最後まで手を付けなかったの。」
「あらあら。」
うれしそうに夫の顔を覗き込む。
「かっこよかったんだって、あなた。」
いつもはカッコよくないのか、などと場の雰囲気を壊すようなことはこの際言わないでおこう。
「わかったよ。・・・・クリス、ひとつ条件がある。条件なんぞ要求できる立場ではないだろうが・・・」
「なんでしょう?」
クリスに屈託はない。
「あいつの、ウォルフの戦術予報はすべて俺にやらせろ・・・・どうせあいつは戦術予報なんか無視してやってるんだろ?」
「よくご存知ですね。・・・というか、必要としていないというか・・・」
「そうだろう、な。そしてそれは将来あいつの足かせになるかもしれない。」
「・・・それは戦術というより、戦略の予報ですね。」
「そうだ。戦略的にそうならないように、あいつの戦術を固めてやる。・・・出来るかどうかはわからないが、やらせろ。それが条件だ。」
「今回の件の恩返し、ですか?彼には迷惑なだけかもしれませんよ。」
「そんなことはわかっているし、そんなつもりもない。あいつは口も悪いし態度もでかいが、コーヒーの味だけはわかるやつだ。そしてこの世でコーヒーの味がわかるやつは、歴史を勉強しているやつよりもずっと少ないんだ。」
「・・・・わかりました。では、ニコラ・テスラ・ウッド教授を戦術予報士として『船』は歓迎します。」
男という生き物は、時としてとても面倒なことを好き好んでやる、ということをマティルダはこのとき、学習した。
「引退講演の最後、覚えてる、あなた。」
「うーん、なんだっけ?」
「未来は予想するものではない、切り開いていくものだ。そして、強い意志を持ったものが、未来を切り開いていくことが出来ると思っている、と。」
本当に覚えていなかったわけではない。言うのが恥ずかしかっただけだ。同じ事を考えていたから。
「あ、そういえば・・・クリスさん、ナップさんは無事ですか?」
「ええ、今医務室にいるわ。」
ウッドとマティルダの顔色が変わった。
「怪我をしたのか・・・ひどいのか?」
「全然、寝ているだけです。」
「?」
「そうそう、ナップのことでご相談があります・・・・」

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「ま、何処でも寝れることだけが特技のお前にしちゃ上出来だと、俺は思っているんだがね。最後の戦場でも寝てたんだって?」
教官の嫌味も、今の俺にはどうでもいいことだ。俺は、あの人の期待を裏切ってしまったんだ。
確かに、“本当は五日といいたいんだけど”といってたなぁ・・・はぁ。
加えて、最後は自分自身を裏切りそうになった。ほとんど、裏切っていた。
まったく・・・。
「ナップ。」
「イエス・サー。弁明のしようもありません。サー。」
「何か、言いたい事はあるか。」
教官による、ガンルームでの最終試験の総括はついさっき終わった。
一人一人のミッションを、短くではあるが分析評価された。みんな、それぞれにとんでもないミッションだった。
バルロスなどは、最前線の中隊長の前に連れて行かれ、“これから三日間お前が指揮を取れ”といわれたのだ。
中隊長といえば佐官で当たり前、どんなに低くても大尉が任命されている。
原隊ではバルロスは曹長だぜ、たしか。よく部隊員たちが言うことを聞いたもんだ。
リリアは俺の降下の後、”キャッツ“のコクピットに座り、俺以外のメンバーの降下と、俺を含む全員の回収と、ほかのチームの援護と、とにかく休む暇のない六日間を過ごしたらしい。
その間、ずっと正規ののパイロットがコ・パイに座っていたらしいが、ミッションがすべて終わった後、リリアにマスターキーを手渡した。
つまり、“キャッツ”を譲ったということだ。
ミアルはどこかの方面軍の、ズタズタになった兵站をほんの数日で立て直してきた。
エムも最前線に出向し、狙撃の妙を披露していた。
ランは、そうだな、ランは俺と同じ偵察任務だった。
俺から見て、何処が、何が悪かったなんてわかりゃしない。しいていえば、そう、運が悪かった。
それでも、腕も肋骨も左側でしかも、ヒビだけだったのは勿怪の幸いだ。
俺とは違った意味で充分考えた装備を携行していたので、何とか回収まで凌ぎ切って、無事回収された。
総括が終わり、無事訓練終了。キャンプ卒業だ。正式にバルロスが隊長となり、“キャッツ”が与えられた。
が、例によって、俺一人教官に呼び出された。
それにしても、唯一怪我をして帰ってきたランが予想以上で、余分な救出作戦までやってきた俺が予想以下なんて、いや、まったく、深いよなぁ・・・
「ノー・サー・・・・ですが、自分は思っていたほど、強くありませんでした。」
「・・・・ふん。」
教官が横を向いた。興味ないのか、俺の告白なんぞには。
「こういっちゃあ何ですが、あれだけの訓練を受けてきたのです。自分は強くなった、いろいろなことが出来るようになったと思っていました。ですが・・・」
「六日間、ただ単に寝て過ごしたわけじゃ、なさそうだな。え?」
「イエス・サー。もちろんです。」
どうやったら、寝たまま1800Kmの距離を走破出来るって言うんだ?
「この六日間、何を見て、何を聞いた。何を思った?」
「はぁ、この六日間、でありますか?」
とにかく走って、走って、走りまくって・・・・この間のことは何も覚えてないなぁ。やばいかなぁ。
その後のことは、割と覚えてる。感覚が異常に鋭くなったように感じて、あの時は360度同時に見ているような感じだった。
二人を発見したときは、悩んだなぁ、どうしたらいいか。
二人と別れたときは、張り切っていたなぁ。空腹も気にならなかった。
その後のことは、あまり思い出したくないなぁ・・・・
不意に教官と目が合った。人の心がわかるのか、この人は!
「ま、そういうことだ。」ニヤニヤ笑っている。
そういうことって、どういうこと?
「進もうとする足を止めるのは“絶望”ではなく、“諦め”なんだよ。」
「???」
「そして足を進めるのは、“希望”ではなく“意思”だ。間違えるなよ。」
あっけに取られている俺にかまわず、教官は続ける。
「“キャッツ”の母艦は『船』になる。何事もなければ数日中にドック入りできるだろう。それまでに、十三歳の娘くらい、ちゃんと扱えるようになっておけ。」
「はぁ。」
「狭い艦内だ。ドック入りするまでになんども顔を合わせるぞ。」
「はぁ、でも私は年上が好みなのです。」
「なんだ、おまえだったのか。」
「・・・なにがでしょう?」
「・・・まぁ、いい。ドック入りしたら、ここに行け。行って、後はそこにいるものの指示に従え。」
引き出しから紙を取り出し、ナップに渡す。
「以上だ、後は好きなだけ寝てかまわんぞ。」
賢明にも、何も言い返さずに敬礼した。

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「どうかね、新しい“愛機”の感触は?」
コクピットに座り、コーヒーをすするリリアに、バルロスは声をかけた。
「それとも“愛艦”と言うべきなのかな、この大きさでは。」
コ・パイの席に座る。航行中はここがバルロスの席になる。
「そうね、いいわ、新鮮で。今まで高速戦闘機ばかりだったから。」
シートをを可動式にして、バルロスのほうに向き直った。こうしてみると、華奢に見えるほど小さい。
「あれはヒット・アンド・アゥエイが主で、迫力はあったしそれが好きで乗ってたんだけど、使い勝手はこちらのほうがずっといいわね。性に合っているかも。」
「うん、だからスカウトされたんじゃないかな?きっとウォルフ教官の眼力だろう。」
「まさか、原隊の部隊長の推薦よ。キャンプ側からの要望に応じての、ね。ご指名ではないわ。」
「そう、なのか。」
「そう、なのよ。」
微笑を交し合う。
「心配なさらないで。たかが曹長ごときが、などとは夢にも思っていませんから。元大尉殿。」
リリアは入り口を確認し、誰もいないことを確かめた。
「いえ、例の件がなければ、今頃は少佐か中佐でしょうか?」
「現実は曹長だよ、あくまでも。・・・しかし、知っているとは思わなかった。」
多少緊張が解けた様子で、バルロスが言う。
「曹長でいいのさ、三日間とは言え中隊の指揮も取れたことだし、あっちへの未練は、もうないよ。」
「見事な指揮を取られたそうですね。ですが、どうやって?」
立場のことを言っているのだろう。命令とはいえ、キャンプの最終試験で、しかも曹長が中隊の指揮を取るなんて、異例中の異例で、ナップのコード・ネームどころではない。
「副隊長がね、私のことを知っている男だった。能力的には副隊長どまりの男なんだが、義理堅く、面倒見のいい男でね。彼が私の命令を復唱すると、誰も逆らわなかった。」
ああ、とリリアが頷く。
「偶然とは思えない配属だったが、終わってから彼が私に言ったんだ。“どんなひどい命令でも、必ず遂行してみせると思っていました。ですが、ひどい過ちでした。申し訳ありませんでした。あなたの指揮は完璧でした”だとさ。そういわれて、逆に未練がなくなってね。ああ、ここでは俺はもう過去に人間なんだな、って。」
しばらく沈黙が流れた。
二人とも大人である。静かな時間の流し方も、心得ている。
「なんにしても、この小隊を運営するに当たって、君の協力が絶対的に必要だ。お願いできるかね?」
「条件が二つあります。」
「ほう?なんだろう。」
「そう上官として命令してください。」
「・・・・そうだな、変なことを言った。忘れてくれ。・・・上官として小隊運営の協力を要請する。・・・・これでいいかな?」
顔を引き締め、姿勢を正してリリアは答えた。
「イエス・サー。アイ・アイ・サー」
「・・・・で、もうひとつの条件とは?」
「ドック入りしたら、一度食事に連れて行ってください。・・・・尊敬する上官への、部下からのお願いです。」
なるほど、こういうコミュニケーションも、あるのか。
「了解した。が、場所を知らない。行きたいところを選んでくれないか?」
「喜んで。・・・・そんなに高くないところを。三人分・・・・その、あなたの・・・・分も。」
「ありがとう。彼女も喜ぶだろう。感謝する。」
バルロスは、敬礼しようとして途中でやめ、そのままリリアに手を差し出した。
リリアもあわてて握り返したが、手のひらの汗が気になりすぐに手を引っ込めてしまった。

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念願の特務隊に配属された。
しかもどうやら、いわく付きらしい。
士官を押しのけて隊長になる曹長。
多くの部隊が欲しがっている“何でも屋”。
仕官で高速戦闘機隊のエースの配属。
後の若い二人も、いろいろとありそうだ。
特にナップ。
最終試験前に“コードネーム”をもらい、とんでもない課題を押し付けられ、課題以上のことをして回収されても“予想以下”といわれる男。
そして次が重要だ。
年上の女が好み。私のほうが五才は年上だ。
別に男を漁るために特務隊に入りたかったわけではない。
が、出来れば楽しく過ごしたいではないか。
ナップはなかなか可愛げがある。
でもランも捨てがたい。
私よりも年下のはずだが、落ち着いていてとても大人びている。
二人とも、どんな女が好みなのだろう?
ま、これからチームを組むわけだから、いろいろと知る機会はこれからいくらでもある。


「よう、調子はどうだい?」
充分に睡眠をとったナップは元気一杯だ。
憧れの人に“予想以下”などといわれて落ち込みはしたが、いつまでも落ち込んではいない。
切り替えが早いのは、ナップのいいところだろう。
「ああ、すまんな、心配かけて。」
ベッドの上から、あまり力のない笑顔でランが答えた。
カルシウム治療と、代謝促進剤の注射のおかげで結構な痛みがアバラと左腕にある。
優しく、ゆっくり治したいか、痛くても早く治したいか聞かれ、痛い方を選んだのだ。
「しかしなぁ、ランが怪我して帰ってくるなんて思ってもみなかったぞ。」
ベッドの脇にある椅子に座った。ランがほとんど手をつけていない夕食のプレートからパックジュースを取る。
「ああ、すまんな・・・」
「ま、それでもみんな合格したんだし、これからは一緒のチームだな。」
「ああ・・・」
じゅるじゅるとパックジュースをすすりながら、顔をしかめる。
「お前らしくないぞ、元気出せよ。教官に認められたエリートなんだからよ。」
「ああ、すまん・・・ちょっと、ドアを閉めてくれないか?」
唐突に、話したいと思った。
「ん?ああ」
なんとなく、いつもと感じが違うと思ったのか、ナップも素直に従った。
「おまえ、カトレア星系って、知っているか?」
「・・・・名前だけはな。」
辺境星域の、さらに辺境に位置する星系だ。
「だろうな・・・あまり知られていないが、とても古い、歴史のある星系でな、文化とか、思想とか、いくつかの技術もだが、独特のものを培ってきたところだ。」
「ふーん。」
「例えばだ、あそこにはあまり成文化された法律がないんだな。」
「・・・・なんか、危ないところのようだな。」
「法律がまったくないわけではないんだ。警察だってあるし、裁判所だってある。無法地帯じゃあ、全然ない。逆に犯罪なんかは他の星系よりも少ないくらいじゃないかな。」
「うーん、法律もなく、どうやって管理してるんだ?」
「大本は、なんと言ったらいいのかな、人間関係の中で慣習として理解されている“義務”だ。・・・そう、法律の代わりにいろいろと“義務”によって縛られている。」
「義務っつったって、立場が違えば義務も違うだろうし、事情によっても変わるだろう。よくそんなので国が成り立つなぁ。」
わけがわからんという風に、ナップが首を振った。
「そうだな、だから他の星系から来てカトレアに住み着くような人はほとんどいない。生活の仕方が理解できないんだろうな。」
肩をすくめようとして痛みに顔をしかめた。
「あと、“言葉”にも縛られる。」
「嘘がつけない、ということかい?」
「そういう見方もあるが、例えば、カトレアでは契約書を書かない。口約束が正式な契約なんだ。言葉には魂がこもるから。」
「・・・・なんだか、すごいところだな。」
「そうかもな。カトレアの社会の序列というやつが一応あるんだが、それも言葉による”誓い“で形成され、おおむねその序列に従って”義務“が理解される。社会にはそれこそ無数の”誓い“によって形成された序列が枝のように伸びていくが、もちろん無限に伸びていくわけではなく、終わりがある。そう、三角形の上二辺がその終わりに当たり、この上二辺は必ず皇族がなる。三角形の頂点が”皇“だ。」
「王様、かい?」
「“皇”は“皇”だ。」
「・・・・OK、わかった。それで、ラン、いったい、何が言いたい?」
「・・・・ナップ、ちょっとそこに立ってくれ。」
「?」
「いいか、とにかく黙って、俺のやることを見ていてくれ。俺のやることを聞いていてくれ。動かないで。」
ベッドの脇にナップを立たせ、ランはナップの足元にひざまずいた。ナップの右手を両手で押し頂くように包む。
「おい、ラン!」
「黙って、そして動かないで・・・・私、カトレアのシャーンパイクにおいて、父バルダ・ド・コルゴバと母ナタル・ド・コルゴバの元に生を受けたランバール・ド・コルゴバは、ここに親衛兵士としての誓いを、“コードネーム・ナップ”なるものに奉げます。この誓いは私の死によってのみ開放される神聖なものであります。カトレアの祝福のあらんことを・・・」
しばらく、ナップの手を両手で包んだまま動かなかった。
が、何事もなかったかのように立ち上がって言った。
「ま、あんまり気にしないでくれ。俺にとってだけ、意味があるものだから。」
「ち、ちょっとまてよ!何だよ、この誓いって、親衛兵士って?」
 
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