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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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激闘編
  第八十四話 カストロプ動乱

帝国暦486年6月10日08:00
カストロプ星系外縁部、銀河帝国、銀河帝国軍、メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル
ジークフリード・キルヒアイス

 この星系…カストロプ星系に来るのに時間がかかったのには理由があった。事故死したカストロプ公の事故調査の結果が出るのを待たねばならなかった事。公の跡を継ぐ予定のマクシミリアンと内務省とでのやりとりの結果を待たねばならなかった事。内務省はマクシミリアンに対してカストロプ家の名跡と代々所持していた財産については相続を許可したものの、前カストロプ公が財務尚書在職中に得た物については、調査の後相続の可否を決定する、と通達した。前カストロプ公が生前に何をしてきたかを考えれば本領安堵だけでも有難いと理解できる筈なのだが、彼はこの決定に反発したばかりか、内務省と財務省から調査の為に派遣された官吏の一人を意思表明の為に殺害するという暴挙を行った。調査団の団長はマリーンドルフ伯という貴族で、カストロプ家とは遠縁にあたっていた。温厚で公正明大という人柄を買われての人事だったが、これが裏目に出た形となった。伯は人質にされ、今では生死すら不明だった。この状況に帝国政府は激怒、マクシミリアンは反逆者とされ討伐される事が決定したが、この決定までに半月を必要としたのだった。

「生死不明の人質が居るというのは難儀だな。シュムーデ提督も、それが気になって思うように戦えなかったのだろう」
「芸術的な言葉選びだな参謀長」
「玉虫色とでも言いたいのかな、メックリンガー提督」
ケスラー参謀長とメックリンガー提督は暗に先行したシュムーデ提督を非難していた。だが、非難するのはお門違いという状況がシュムーデ艦隊から伝えられた。シュムーデ艦隊は一万二千隻、事前の情報によるとカストロプ家の艦隊は八千隻、余程へまをしない限り負けない筈だが、シュムーデ艦隊は四割の損失を出して敗退していた。
「シュムーデ艦隊からの情報によりますと、一万隻程の別動隊に後背を取られて前後より挟撃された…という事です」
参謀長は前言撤回とばかりに天を仰いだ後、私に向き直った。
「一万隻の別動隊だと…キルヒアイス大佐、どう思う」
「はい参謀長。調査中断前までの情報によりますと、カストロプ艦隊は約八千隻の兵力を擁している、という事でした。雇い入れたか、以前より別に兵力を隠匿していたのではないでしょうか」
「そう考えるのは分かるが…大佐、一万隻だぞ?隠匿は難しいだろう。雇い入れたと言うなら宇宙海賊あたりだろうが、それ程の兵力を持つ海賊など聞いた事がない。提督はどう思う」
「今は事実だけを見ようではないか参謀長。シュムーデ艦隊は敗退し一旦後退、敵は一万八千隻。それに比べ我が方は九千隻…冷静に考えれば一度後退し援軍を乞うのが上策だろうが、それはミューゼル閣下や上級司令部の望む所ではあるまい」
メックリンガー提督の答えを聞いたケスラー参謀長の口元は真っ直ぐに引き結ばれていた。意図して言ったのではないだろうが、提督の答えは参謀長の退路を断った様なものだった。事前の情報から二個艦隊も送れば充分、と判断した統帥本部や宇宙艦隊司令部は正しい。そう判断したからこそミューゼル艦隊も全軍ではなく臨時編成での出撃を許されたのだ。だが援軍を求めるという事態はその判断は誤りだったと証明してしまうばかりか、我々の能力にも疑いが持たれてしまう事は確実だった。ラインハルト様の立場を思えばそれは絶対に避けなければならない。更には軍、特に三長官の能力に疑問符が付きかねない。そうなっては困るのが軍の現状だった。私の目から見ても、シュタインホフ、エーレンベルグ、ミュッケンベルガーの三元帥に代わる人材が現在の帝国軍にはいない。能力はあっても地位が釣り合わない。三長官の地位を望む者は多いだろうが、突然その地位に着く事を望む者はいない筈だった。ラインハルト様とて現時点ではどの職も望んではいない。今のラインハルト様は能力以前に指揮官として地歩を固め実績と信頼を勝ち取る必要がある。だからこそ部下の我々だけを出撃させたのだ。それに面子の問題もあった。地方反乱ごときに大艦隊を派遣していては帝国軍の鼎の軽重が問われる、軍内外から必ずそういう声が上がるだろう。確かにその通りだし、相手は反乱を起こしたとはいえ全く計画的なものでもない筈だったし、しかも貴族で職業軍人でもないのだ、そんな相手に苦戦など許される事ではなかった。

 「一旦後退してこの星系から出る。キルヒアイス大佐、シュムーデ艦隊に合流の要請を。 善後策を協議しよう」
シュムーデ艦隊は既に星系外に退避しているが合流にはそれ程時間はかからない…四割の損失…今は六千隻から七千隻程の兵力になっているだろう。
「参謀長、シュムーデ提督と通信が繋がります」

「閣下、この度は…」

“よい。私の慢心がもたらした結果だ。卿等にも迷惑をかけるな…済まぬ”

「お顔をお上げ下さい。一度の敗戦は一度の勝利で償えばよいではありませんか。戦いはこれからです」

“そう言ってくれると少しは気が楽になるというものだ…合流したいという事だが”

「はい。合流して善後策を協議したいと考えております。合流後、小官、メックリンガー准将、ロイエンタール准将、ミッターマイヤー准将、そしてキルヒアイス大佐、計五名で閣下の元へ参ります。宜しいでしょうか」

“そうだな…いや、私がそちらへ行こう。その方が手間が少ない”

「ご足労おかけします。では後程」



08:45
ミッターマイヤー分艦隊旗艦イェタラント
ウォルフガング・ミッターマイヤー

 「そうだな、確かに協議は必要だ。了解した……ああ、ロイエンタールには俺から伝えておこう。では」

「シュムーデ艦隊と合流ですか、提督」
「そうらしい。まさか敵に別動隊を組織する余裕があるとはな。大貴族のお坊ちゃんだからとて侮れんぞ。ミュラー、卿も来るか?」
「行きたいのは山々ですが、小官まで同行してしまいますと司令部に残るのはバイエルライン中佐とドロイゼン少佐だけになってしまいますが…」
「それもそうだな。では悪いが卿は残ってくれ」
「了解です」
ナイトハルト・ミュラー、今回の出撃の為に艦隊司令部から派遣された男だ。若いが沈着冷静、バイエルラインやドロイゼンにも見習って欲しいものだ…同じ様にロイエンタールの所にはワーレンが派遣されている。ケスラー、メックリンガーを支えるのにはキルヒアイス…今回の配置を進言したのも奴だ。前衛両翼に俺とロイエンタール、中央後衛に戦局全体の火消しとしてメックリンガー、それを参謀長のケスラーとミューゼル閣下の意思を反映すると言ってもおかしくないキルヒアイスが統括する…ただののっぽなどではなかった。出来る男だ。

“何か用かなミッターマイヤー提督”

「ロイエンタール…何か用か、は無いだろう。シュムーデ艦隊と合流後、作戦会議だそうだ。シュムーデ提督も来られるらしい」

“了解した…なあミッターマイヤー、敵の別動隊だが、一万隻もの艦隊を急に編成出来ると思うか?”

「俺もそこは疑問に思う。若し宇宙海賊の類いを雇ったのだとしても、奴等に整然と艦隊行動を取れるとも思えん。まあ何にせよ敵には違いない。とりあえず作戦会議を楽しみとしようじゃないか」

“そうだな…では後で”



09:15
メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル、
ジークフリード・キルヒアイス

 所属不明の一万隻…カストロプ家に与する何者か…それとも単純に傭兵の類いだろうか…。
「参謀長、メックリンガー提督、少しよろしいでしょうか」
「どうした、大佐」
作戦会議でじぶんの考えを披露する前に、二人には先に話しておかなければならない。
「秘密の相談かな?…リッチェンス、艦隊の座標はこのままで固定だ。少し頼む…二人共、私の部屋に行きましょう」

 メックリンガー提督は自室に移動すると、キャビネットからグラスを三つ取り出した。
「私はワインよりこっちの方が好みでね」
瓶の中身はモルトウイスキーの様だった。
「気付けの一杯か。それでは大佐、話を続けてくれるかな」
「はい。お二人はクロプシュトック侯の反乱の時の事を覚えておいでですか」
そう…あの時も正体不明の艦隊が現れた。少し旧型の叛乱軍の艦艇で構成されたそれは当時の我々…ヒルデスハイム艦隊の後背から迫って来たのだ。アントン、ベルタの両提督が対処していなければ、今回のシュムーデ提督のように挟撃されていたかもしれない。若しあの時と同じ艦隊だとしたら…。
「卿は今回の正体不明の艦隊が、クロプシュトック討伐の時のあの艦隊だと言うのか?…どう思う、参謀長」
「にわかには信じがたいが…あの時の正体不明の艦隊は確か、叛乱軍の艦艇で構成されていたな。シュムーデ艦隊からの情報には、それは無かったぞ。考え過ぎではないのか」
「もうワンセットあるとしたらどうですか。あれとは別に、帝国軍の艦艇で構成された艦隊が存在するとしたら」
「まさか」
「思いつきに過ぎない事は確かです。ですが否定するに足る確たる証拠がないのも事実です。あの艦隊を運用している者達は、古いとはいえ多数の叛乱軍の艦艇をこの帝国内で運用する事の出来る資金力と能力を持った者達です。であれば帝国内で帝国軍艦艇を揃える事など造作も無い、と思われますが」
「しかし我が軍がそれを見逃す筈は…そうか、貴族達の艦艇があったな。では卿は、正体不明の艦隊の裏には貴族達が絡んでいると言うのか」
ケスラー参謀長とメックリンガー提督の表情は、不審から驚きに変わり、更には呆れ顔に変わっていた。喋っている私でさえそう感じる部分があるのだからそれも仕方がない。
「いえ、それはないと思います。ですが貴族の方達は自らが保有する艦艇を売る事が出来る…帝国軍から払い下げられた艦艇も存在するでしょうし、そしてそれを買う事の出来る資金力を持った者達もまた存在しています」
「資金力を持った者達か…帝国や貴族ではないとすれば、卿は…フェザーンの事を言っているのか」
「可能性はあります。あの時ミューゼル閣下は、謎の艦隊の裏にはフェザーンが存在するのでは、とお考えでした。戦局が叛乱軍に有利な状況で、彼等が死兵を使う様な策を用いる必要はない、だとすれば、と…それを思い出したのです」
「…提督、もう一杯貰えないか」
「構わんよ…もうニ、三杯は必要だろう」
メックリンガー提督はお互いのグラスにモルトを注ぐと、何も言わずに私のグラスにも注ぎ出した。

 

12:00
メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル、
ジークフリード・キルヒアイス

 「そんな事が…フェザーンは非武装中立の筈だ、有り得ないだろう」
会食も兼ねて作戦会議が始まった。私の推測を聞いたシュムーデ提督は予想通りの反応だった。参謀長やメックリンガー提督は私の考えを肯定的に捕らえてくれたが、私の想像に過ぎない事は確かだし、シュムーデ提督がこの推測を肯定する理由はどこにもない。私達のやり取りを黙って聞いていたロイエンタール提督は話に加わる頃合いだと判断したのだろう、ナプキンで口を拭いながら、口を開いた。
「可能性は確かにある。だがそう決めつける事も出来ないのも確かだ。敵の正体はさておき、まずは対処法を決めようではありませんか」
「そうだな。敵の正体に悩むより、カストロプ軍一万八千隻として考えよう…シュムーデ閣下、閣下を後背から襲った別動隊は、カストロプ本隊とは合流していない事は確かなのですね?」
ロイエンタール提督の言を受けて、ミッターマイヤー提督はそう言いながら私に向かってウインクした…そうだ、敵の正体より今は勝つ事を考えるべきだ。
「そうだ。後退後の敵の動きを見る限りカストロプ本隊とは合流していない。申し訳ない事だが今は居場所も分からん」
シュムーデ提督は苦渋という文字を顔に貼りつけたらこうなる、という見本の様な表情で再度頭を下げた。戦えば必ず損害は出るし、不意に前後から挟撃されながら秩序を保って後退した事だけを見ても、シュムーデ提督の能力は非凡といっていいだろう。敵が鮮やか過ぎたのだ。
「お顔をお上げ下さい閣下。次は必ず勝つ事が出来ます」
皆の視線が一斉に私に向けられた。

 「敵は二つ間違いを犯しました」
「二つの間違いだと?どういう事だ、大佐。説明してくれんか」
一つはシュムーデ艦隊を逃がしてしまった事だ。逃がしてしまった事で敵は本隊と合わせて全兵力が一万八千隻である事を我々に教えてしまった。二つめは合流しなかった事だ。合流すれば敵は一万八千隻、我々はシュムーデ提督と合流して約一万五千隻…兵力差はそれほどないが、それでも敵が有利に戦えるのは間違いない。だが敵は合流しなかった事で行動に大きい制約を受ける羽目になった。再合流のタイミングを見極めねばならない上に挟撃体勢に持ち込まねばならないのだ。
「そういう事か…別動隊とて自由に動ける訳ではないという事だな」
「はい。敵は本隊だけでは我々に勝利するのは困難です、必ず別動隊は現れます。そこを討つのです」
「各個撃破という事か…だがそう上手く行くだろうか」
上手くいかせねばならない。問題はタイミングと誘い方だ。
「はい。そこで閣下にお願いがあるのですが」



6月12日09:00
メックリンガー分艦隊旗艦アイツヴォル、
ウルリッヒ・ケスラー

シュムーデ艦隊、行動を開始しました、というオペレータの大きな声が艦橋に響く。シュムーデ提督は囮になる事を了承してくれた。敵を上手く釣り上げる事で緒戦の恥をそそぎたい様だった。
「しかし、シュムーデ提督もよく了承してくれたものだ。確かにキルヒアイス大佐はミューゼル閣下の名代の様な物だが、一介の大佐に過ぎん。場を変えて卿が説得したのか?」
「俺が?そんな事はしていない。ただ…」
「ただ…なんだ?参謀長」
「シュムーデ提督は今回の戦いで長男が戦死された。戦死した長男は大佐にそっくりなんだそうだ」
「それは…キルヒアイス大佐と戦死した長男が重なったという訳か」
「うむ…堪えるだろうな」
「…嫌になるな」
「ああ…」


18:00
 シュムーデ艦隊はカストロプ本星近傍を動かない敵集団に見せつける様に、星系の第四惑星軌道に沿って周回を始めた。カストロプ本星は星系の第三惑星だから、敵にとっては至近といっていい。シュムーデ艦隊の戦闘可能な残存艦艇は五千五百隻、本星近傍にて待機している敵集団にとっては手を出すかどうか微妙な兵力差といえる。シュムーデ艦隊もただ周回するだけではなく、時折カストロプ本星に向けて移動する素振りを見せたりして敵集団を誘っている。我々は星系第八惑星にあたる巨大ガス惑星の衛星軌道を回る小惑星帯に潜んで、中継用に派遣した巡航艦を介して様子を伺っている。

 「シュムーデ艦隊、十周目の軌道周回に入ります」
私の報告にケスラー参謀長が深く頷く。
「そろそろ痺れを切らす頃じゃないか。一度は敵も突出しかけたのだからな」
「かもしれませんね。ですが、おそらく敵はシュムーデ艦隊に援軍がいないか様子を見ているのでしょう。敵にすればシュムーデ艦隊の行動は牽制行動にしか見えない筈ですから」
「だろうな。敵がどう判断するかだ。シュムーデ艦隊が援軍を待っていると思えば、本隊か別動隊から星系外に向けて哨戒部隊を派遣するなりして此方の援軍の有無を確認しようとするだろう。無いと思えば別動隊が挟撃に向けて動き出す筈だ。メックリンガー提督、気をつけてくれ」
参謀長の言葉にメックリンガー提督が承知とばかりに微笑した。
「こちらも星系外縁には哨戒艦艇を派遣している。動きがあればすぐに報告が来るさ」
「流石だな。助かるよ」
艦橋の中はとても静かだった。隠れている、という事が艦橋で働く者達の気分をそうさせているのだろうか、私語を交わす者はほとんど居ない。休憩の為のコーヒーセットを従卒に頼もうとした時、この静寂を破るのは気まずいとばかりにオペレータが静かに報告の声を上げた。
「哨戒第四グルッペより報告です…哨戒第ニグルッペヨリ通報、我レ、敵ト思ワレル集団ヲ発見。第六惑星付近、オヨソ一万隻規模。味方本隊カラ見テ星系公転面ノ反対方向ニ位置…中継終ワリ。以上です」
とうとう現れた。公転面の反対側…太陽を挟んで向こう側という事か。参謀長が大きく息を吸い込むのが聞こえた。
「現れたな」
「はい」
「全艦に通達、艦隊はこれより発見した敵の追撃に移る」
「了解致しました……艦隊全艦に告ぐ!これより第八惑星衛星軌道を離脱し進撃陣形に移行する。再編後、敵艦隊の追撃に移る。かかれ!」
ケスラー参謀長は満足そうに頷いた。艦隊の指揮官は大抵の場合、指示に関しては多くを言わない。指揮官の指示を噛み砕いて通達するのは参謀の役目だった。これが上手くいかないと命令を再度下令する事になるし、指揮官との意思疎通が出来ていないと見なされる。ラインハルト様も参謀時代はつくづく大変だっただろう…。



6月17日13:00
オーディン、ミュッケンベルガー元帥府、宇宙艦隊司令部、長官公室、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「終わったか」
「はい。首謀者マクシミリアンは自殺、囚われていたマリーンドルフ伯爵とそのご令嬢、殺害された者は残念ですが、残りの官吏達も無事です。詳細な報告書は討伐艦隊の帰還後となりますが、先ずは第一報をと思いまして」
ミュッケンベルガーは俺が作成した報告書に目を通しながら言葉を続ける。
「シュムーデは難儀した様だな……カストロプ公の息子は別動隊に戦闘衛星まで用意していたのか」
「その様です。別動隊は戦術として理解出来ますが、戦闘衛星まで用意するとは穏やかではないと思います。簡単に店で買える品物ではありませんし」
「確かにな…アルテミスの首飾り…これは」
「小官の記憶が正しければ、叛乱軍の本拠地ハイネセンに配備されている物と同じ物です」
アルテミスの首飾り…衛星軌道を周回する十二個の球形の衛星からなる完全自立型の戦闘衛星群。それぞれが高出力のビーム砲、各種ミサイル、戦艦の主砲クラスにも耐えられる偏向フィールドを備え、準鏡面装甲まで施された難航不落の禍々しい白銀の首飾り。ハイネセンにある物がカストロプにもあった…入手先が気になるところだな。
「よく攻略したものだ……核パルス攻撃だと?熱核兵器を使用したのか!?」
「いえ、レーザー水爆ミサイルを現地で改造した物を使用した様です。効果は限定的で、電磁波の影響は地表には及んでいないと」
「驚かせおって…十三日戦争の禁忌を犯したのかと思ったぞ」
熱核兵器…禁忌か。そう思うのなら兵器体系から外せばよいものを…。
「核パルスで衛星群を一時的にブラックアウトさせて、その隙に装甲擲弾兵を衛星に降下させて直接攻撃…中々危険な策だな」
「現場の判断を尊重しましょう。衛星への降下直後に骨折した兵以外、損耗は出ていない様です。指向性のあるゼッフル粒子等があれば…と小官は思いますが」
「それについては現在開発の最終段階にあると聞いているが…卿ならそれをどう使用する?」
「軌道上に大量に放出して点火します。上手く行けば一つ残らず同時に破壊出来ます」
「成程な。それはさておき、よくやったものだ。擲団兵の指揮官は…志願者を選抜して衛星へ降下したのか…ヘルマン・フォン・リューネブルグ、准将…聞かぬ名だな」
「逆亡命者の様です。叛乱軍で大佐の地位にあって装甲兵…装甲擲団兵連隊を率いていたと」
「優秀な男の様だな。卿は会った事があるのか」
「艦隊出撃前の段階では先行するシュムーデ艦隊が艦隊戦を担当、小官の艦隊は惑星制圧が担当でしたので、その打ち合わせの際に一度」
リューネブルグ…戦闘中に叛乱軍から逆亡命した男だ。通常の亡命者とは違い、逆亡命者は厚く遇される事が多い。特にリューネブルグの様に叛乱軍で高位を得ていた者にその傾向がみられる。フェザーンを通じての情報より確度の高い生の情報を得られる事が多いし、政治的、軍事的に利用価値があると見なされるからだった。当然スパイの可能性もあるから、厚遇はしても重要な任務には就かせないのが通例だった。
「能力はあると思います。向こう側では…薔薇の騎士連隊とやらの指揮官だった様です」
「ふむ…それで逆亡命か。オフレッサーめ、派遣する陸戦兵力を減らしたばかりか逆亡命者などを寄越すとはな」
事前の計画では二個装甲擲弾兵師団が派出される事になっていたが、出撃前に送られて来たのは一個戦闘艇中隊と一個装甲大隊が加えられた増強装甲擲弾兵連隊…旅団規模の兵力に縮小されていた。当然ミュッケンベルガーも了承していたと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「まあよい。報告ご苦労だった。国内の討伐任務というのが残念ではあるが、出撃した卿の部下達の昇進は確約しよう」
「はっ。有難うございます」
ミュッケンベルガーはシュムーデ艦隊については何も言わなかった。艦隊戦を任されておきながら緒戦で敗退…功罪相半ば、と言った所なのだろう。
「討伐部隊が帰還したならば、再編成が済み次第叛乱軍に向けて出撃する。当然卿の艦隊もだ。期待させて貰うぞ」
「はっ。では統帥本部に行って参りますのでこれで失礼します」

 ミュッケンベルガーの公室を出ると、思わず大きなため息が出た。艦隊司令官として奴に報告するのは当たり前なのだが、オーディンに待機してデスクワーク、というのはどうも性に合わない。この後は統帥本部、その後は軍務省か、やれやれ…。




6月25日08:00
オーディン、帝国軍宇宙港、
ラインハルト・フォン・ミューゼル

 「ミューゼル艦隊所属、臨時編制ケスラー艦隊、ただいま戻りました」
「ご苦労だった。どうだケスラー、皆より一足早く大規模な部隊を率いてみた感想は」
「はっ…艦隊司令官はふんぞり反っているだけではないのだと、改めて感じました」
「それが解ってくれただけでも有難いというものだ…当直の者を除いて、今日明日は休養とする。艦隊総員にそう伝えよ。当然、各指揮官達もだ。報告も明後日でよい」
「はっ、ご厚意有り難く存じます」
 
 ケスラー達と別れると、そこには出撃前と変わらないキルヒアイスの笑顔があった。
「しかし…もう一日早く帰投出来たのではないのか、キルヒアイス」
「途中マリーンドルフに立ち寄って、マリーンドルフ伯爵のご令嬢を送り届けて参りましたので…というか、想像通りのお顔をしていますよ」
「…想像通り?」
「俺も出撃すればよかった…」
「…五月蝿いな全く…だが、よくやってくれた、礼を言う」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「言ったなこいつ…週明けには昇進だ。お前だけではない、艦隊の主だった者は皆、昇進だ」
「ありがとうございます。となると私は副官という訳にはいかなくなりますが…」
「考えてある。お前が艦隊の参謀長だ。それなら特に副官を置く必要は無いだろう?」
「それはそうですが、宜しいのですか?」
「ああ」
キルヒアイスの他に俺の副官が務まる奴など居りはしない。考えてあるとは言ったものの、全く考えていなかったな…参謀長という職は忙しい。キルヒアイスは文句を言う事はないだろうが、無理はさせたくないしな…。
「分かった、副官を置こう。人選は任せる」
「了解致しました」
「さ、行くぞ」
「官舎に戻るのではないのですか」
「姉上の所に行くんだ。嫌なら俺一人で行くが」
「お供します」
少しムッとしたキルヒアイスが可笑しかった。やはり俺にはお前が必要だ、キルヒアイス…お前は副官や参謀長などではない、肩書など必要ではないのだ…いつか必ず、二人で姉上を救いだそう。そして宇宙を手に入れよう…。












 
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