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続・プレイボール ~ちばあきお「プレイボール」“もう一つの続編”~

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第8話 バックネット裏の刺客の巻

 
前書き
 佐野:二年生にして、名門・東実のエースの座をほぼ手中にする。青葉学院出身。中学時代は、墨谷二中と三度に渡り激闘を繰り広げた。快速球と切れ味鋭い変化球を武器とする本格左腕投手。


倉田:東実野球部の一年生(原作『キャプテン』に名前のみ登場)。青葉学院出身。中学時代、春の選抜で準優勝を果たしたものの、夏は地区大会の準決勝で井口擁する江田川に完敗。雪辱を期し、先輩・佐野の後を追って東実野球部に入部した。ボールの威力は、佐野にも引けを取らない。 

 
1.ライバルとの再会
 

 バックネットを挟み、イガラシは佐野と向かい合う格好になる。
「わりぃな。試合中、驚かせちまって」
 ライバルは笑みを湛えた目で、こちらを見下ろしていた。その後方に、もう一人の男が、どこかから小走りにやって来た。すらっとした長身の、明らかな投手体型。やはり東実のウインドブレーカーを身に纏っている。
(な、なんで佐野さんがこんな所に。それに、となりの男は、たしか……)
「おお。そういやぁ、二人は初対面か。なら紹介しておこう」
 佐野が親切めかして言うのを、イガラシは「いいえ」と遮った。
「その必要はありませんよ。昨年の地区大会で、互いをよく調べたはずですから。佐野さんの後のエース、倉田君でしょう」
 あれは五回戦辺りだったか。例によって、コールド勝ちで試合終了が早まり、余った時間で墨二のメンバー達と青葉の試合ぶりを偵察したのだ。
 予想通り、青葉も圧勝。当時のチームメイト達は、口々に「今年も強いな」と言い合ったが、とりわけイガラシの印象に残ったのが、この倉田だった。前年よりエース候補と言われていた大橋を押し退けただけあって、ボールの威力は佐野に匹敵していた。
 この倉田擁する青葉と、もし決勝で対戦した場合、苦戦は免れないだろうとイガラシは覚悟した。もっとも、青葉は準決勝にて井口率いる江田川に完敗し、墨二との対戦はならなかったが。
「なるほど、ウワサは本当だったのですね」
 イガラシは、軽く睨む目で言った。
「佐野さんをしたって、元青葉のメンバーが、東実に集まりつつあるというのは」
「よせやい。こちとら高校まで、コイツらのめんどうを見るはめになろうとは、思わなかったんだからな」
 佐野が苦笑いした。倉田は、バツの悪そうな顔でうつむいている。
「ったく、なさけねぇやつらだぜ。部長に頼まれて、おまえらと戦う時の注意点をまとめてたってのに、その前でこけてやんの。それも江田川ごときに」
「で、でも……どうして」
 さすがに倉田が気の毒になったので、話題を変えた。
「今日、うちが練習試合すると分かったんですか? たしか東実のグラウンドって、ここからだいぶ遠かったんじゃ」
 尋ねると、佐野は「あちゃぁ」とわざとらしく顔を覆う。
「シード校だってのに、まだまだワキが甘いな。この時期、甲子園をねらう上位校は、どこも夏大のめざわりになりそうなライバル校の動向を、つねに探ってるんだ。かつておまえら墨二が、俺らにやったようにな」
 ひそかに吐息をつく。この負けん気の強さ、相変わらずだな……と、むしろ嬉しく思う。
「ま、それだけじゃなく……この倉田の天敵、江田川の井口が進学したってのもあるがな。こいつから聞いたが、おまえと井口は埼玉のシード校相手に、すげぇピッチングしたらしいじゃねぇか」
 しまった……と、胸の内につぶやく。
(どうやら少々、派手にやり過ぎたらしいな。東実に知られたということは、他校も当然この情報をキャッチしているはずだ。今後は、自分達がマークされることも警戒しなければ)
「おまけに……うちは一度、おまえら墨高に負けている」
 声のトーンを落とし、佐野は話を続けた。
「うちの監督なんか、血眼になって対策を練ってるぞ。レギュラー外の部員に、ずっとおまえらの動向を探らせてた。そしたら、何の縁があったのか知らんが、墨高があの箕輪と試合するっていう情報をキャッチしてな」
 くくっ……と、ふいに佐野が自嘲的な笑みを浮かべる。
「言うのはシャクだが、俺としても、おまえらにそう何度も煮え湯を飲まされるわけにはいかないんでな。こうして出向いてきたというワケさ」
「へぇ……知らなかったです」
 イガラシは、皮肉を込めて言った。
「佐野さんが、こんなにおしゃべりだったなんて」
「む。なんだと?」
「よかったんですかね、ペラペラと内部事情をしゃべっちゃったりして。それに天下の東実が、うちみたいな新興チーム相手に必死になってくれているなんて、ぎゃくにありがたいですよ。もっとどっしり構えられた方が、うちとしては厄介でした」
 怒るかと思ったが、佐野は「はははっ」と高笑いした。
「おもしろい。それでこそ、イガラシだぜ」
 背後で、鈍い打球音がした。振り向くと、凡フライが三塁側ファールグラウンドに上がっていた。箕輪のサード武内が「オーライ!」と一声掛け、難なく捕球する。
「くそっ。打たされた」
 加藤が一塁ベース手前で、腰に手を当てうなだれる。
(ちっ、しぶてーな。一点差でしのがれちまったか。つぎの回からは、おそらく主戦クラスの投手が出てくる。いっきょ三失点というのはやつらも想定外だったろうが、それでも予定通り、リードを保って継投に入れるわけだ。けど……)
 イガラシは横目で、バックスタンドの二人をちらっと見やる。
(こうして偵察されてるのなら、なおさらブザマな試合はできねぇな。少しでも弱みをさらせば、まちがいなく夏大でつけ込まれる。その材料を与えてしまう。いや……そんなこと、させてたまるか)

 

「あ、帰ってきたぞ」
 三塁側ベンチ。イガラシが戻ってくると、ナイン達は一斉に駆け寄った。
「お……おい、イガラシ。あれって東実の佐野だろう」
「しかも、となりにいたのは、一学年下の倉田じゃねぇか。佐野を頼りに、あいつまで、東実に入ってたのかよ」
「それよりやつら、うちと箕輪が試合すること、どうやってかぎつけたんだ」
 束の間ベンチが騒がしくなった。イガラシが戸惑い、制止しようとする。
「あの……ち、ちょっと」
「落ち着けみんなっ」
 谷口は、意図的に大声を発した。
「この状況で、他校のことを気にしている場合か。いま戦っている相手は、箕輪だ。それを忘れちゃダメじゃないか!」
 倉橋が「キャプテンの言う通りだ」と同意する。
「それに、東実の連中が偵察しているのなら、なおさら気を引きしめねぇと。こんな浮足立ってるところを見られちゃ、やつらにナメられる。墨高は大したことないって、よそに広められてしまうぞ。それでもいいのか?」
 周囲は一瞬にして、静まり返る。横井が少し気まずそうに「わかったよ」と返答した。
 谷口の気掛かりは、イガラシだった。
(この流れでいけば、遅くとも終盤には登板することになる。佐野に何か言われたくらいで、動揺するほどヤワな男ではない。しかし、ライバルに弱みを見せまいと、ムチャに走るということは十分考えられる)
「イガラシ」
 呼んでみると、後輩は「はい」と目を見上げた。冷静な、いつもと変わらない表情に、まずは安堵する。
「分かってると思うが、いまは目の前のことに集中してくれよ。三点返したとはいえ、まだリードは向こうだ。流れを引き寄せたとは言いがたいからな」
「ええ、そうですね」
 顔色一つ変えず、イガラシは答えた。
「なんとかヒマを見つけて、ぼくもブルペンに行きます。井口のやつ……たぶんあと二イニング、もたないので」
 思わず、ぐっと顎を引く。イガラシの試合を見る目の鋭さに、嘆息しながらも、だからこそ懸念が募る。
 やはり、いざという時……おれが覚悟しとかなくちゃいけないな。

 

2.狡猾な箕輪高
 

――五回表。井口は、またも箕輪打線に攻め立てられ、ついに失点を喫した。
 速球にシュート、いずれも得意球をクリーンヒットされ一塁三塁のピンチを迎えると、犠牲フライであっさり五点目を許す。
 それでも、キャッチャー倉橋の巧みなリードと、バックの再三の好守により、辛うじて最小失点で切り抜ける。
 しかしイガラシの予見通り、もはや続投は難しいと思われた。

 
「あー、くたびれちったぜ」
 井口がどかっとベンチに腰を下ろす。偉ぶった口調だが、明らかに強がっていた。うつむき加減になると、肩で息をし始める。ぜいぜい、と音が聴こえる。
 無理もねぇか……と、イガラシは幼馴染の背中につぶやく。
(さすがの井口も、高校トップレベルのチームが相手となると、へばっちまうよな。中学で、俺ら墨二や青葉と戦ったのとは、ワケが違うのだから)
 踵を返し、視線をグラウンドへと向ける。この回、やはり箕輪は投手を変えてきた。マウンドには背番号「6」、児玉が立つ。空いたショートには、さっきまで登板していた清水が入っている。こちらが本職らしい。
「なんだよ。またエースじゃねぇのか」
 横井が拍子抜けした声を発した。
「いくら甲子園出場校つっても、これじゃ張り合いがねぇな」
 隣で、戸室が「ああ」と相槌を打つ。
「けっきょく俺達、あちらさんの控え組テストの相手なのね」
「そ、それは……ちがいます」
 ベンチ奥より、半田がメモを手に告げた。
「みなさん、気をつけてください。あの児玉さんは、春の甲子園でも二試合先発しています。彼が今、じっしつ的に箕輪のエースなんです」
 途端、周囲がざわめく。
「えっそうなのか」
「くそ、ただでさえ二点差に広げられたってのに……」
 イガラシは、無言でマウンド上を凝視した。
 半田の話を聞くまでもなく、すでに過去の新聞記事より、春の選抜大会で登板した投手の一人として、児玉の名を確認している。他に、今レフトを守っている石井も投手兼任のようだ。選抜の二試合は、いずれも児玉、石井の順に継投している。
 うちと一緒だな、とイガラシは気付く。
(谷口さんと松川さんが、サードも兼任するのと同じパターンだ。墨高と同じく、箕輪も選手層が薄いのだろう。この辺り、あり余るほど選手のいる他の強豪校とは違うようだ)
「おいっ。児玉が投げるぞ」
 丸井の声に、他のナイン達もグラウンドへと視線を向けた。その眼前。児玉がロージンバックを放り、投球動作へと移る。振りかぶり、練習球の一球目を投じた。
 ズドン。明らかに重いと分かるボールが、キャッチャーのミットへ飛び込む。
「は、はえぇっ」
「さすが甲子園出場のピッチャーはちがうな」
 墨高ナインのざわめきを他所に、児玉は二球目、三球目と投じていく。大小のカーブ、さらにフォークもあるようだ。
 イガラシは、とりわけ児玉の小さく曲がるカーブを警戒した。スピードがあり、さらに打者の手元で鋭く変化する。その軌道を目で追うだけでも一苦労だろう。
「あの速いカーブですね」
 丸井が、同様の感想を漏らした。
「とくに追い込まれて、あのボールを投げられたら、ちょっと難しいっスね。その前に、なんとかしねぇと」
 倉橋も「そうだな」とうなずいた。
「あのボールのキレ、井口のシュートに匹敵するんじゃねぇか。どうりで連中、すぐに井口を捉え出してきたわけだ」
 ほどなく、アンパイアから「バッターラップ!」の声が掛かる。
 この回の先頭は、三番の島田からだった。マウンド上の児玉は、キャッチャーのサインを確認すると、すぐに振りかぶる。
 直後、島田が「えっ」というふうに唇を動かした。
「ストライク!」
 速球が、真ん中高めに決まる。狙っていれば、巧打の島田からすれば、ヒットにするには造作もないボールだ。
「なにやってんだ島田っ」
 ベンチから丸井が叫ぶ。
「絶好球じゃねぇか。なんで見逃すんだよ」
「わ、わりぃ」
 島田は一旦打席を外し、二、三度素振りする。
「ったく……らしくねぇな、島田のやつ」
 後輩のぼやきを、谷口が「まあまあ」と取り成す。
「びっくりしたんだろ。甲子園クラスのピッチャーが、初球からあんな失投するなんて」
「それは分かりますけど。あんな簡単にワンストライク与えちゃったら、あとがキツイじゃないですか」
 丸井が言った通り、島田は苦戦を強いられた。二球目の速いカーブであっという間に追い込まれると、そこから二球ファールで粘ったものの、最後は内角の速球に詰まらされる。サードファールフライ。
 後続の倉橋が打席へ向かうのと入れ替わり、イガラシはネクストバッターズサークルで屈み込む。
 胸の内に、わざとだろうな……とつぶやいた。
(さっきの真ん中高め。甘いコースだったが、あの球威だ。反応してたとしても、島田さんならヒットにはできただろうが、さすがに長打は難しい。打たれても傷は浅いってか。それより……あの甘い球を見逃せば、バッターに「しまった」と思わせられる)
「ファール!」
 アンパイアのコールと同時に、こちらへ鈍い打球が転がってきた。イガラシはそれを拾い上げ、投げ返す。
 視線の先で、倉橋がバットの握りを短くしていた。苦悶の表情を浮かべている。
 四番打者、さらに正捕手も務めるチームの要と見たのか、箕輪バッテリーは配球を変えてきた。初球から、すべて変化球。速いカーブを二つ続け、簡単に追い込む。
 その後、大きなカーブとシュートを投じるも、倉橋は辛うじてカットした。しかし、当てるのが精一杯という様子だ。
 そして四球目。外角低めを突く速球に、倉橋のバットが空を切る。
「ストライク、バッターアウト!」
 後方で、ベンチが一瞬静まり返る。ほどなく、呻くような声が漏れた。
「う、うそだろ。倉橋さんが前にも飛ばせないなんて」
「あれが甲子園レベルのピッチャーなのか……」
 イガラシは、唇を噛んだ。
(くそっ……どこまでも、狡猾なやつらだ。ああやって倉橋さんをねじ伏せれば、うちが動揺すると分かってて、最初からターゲットにしてやがった)
 立ち上がり、小走りに打席へと向かう。倉橋がすれ違いざま、そっと耳打ちしてきた。
「まいった……ありゃ、簡単には攻略できねぇぞ」
「は、はい」
「ああ、たのむ。おまえのバットコントロールなら、やれないコトはないさ」
 ぽんと肩を叩き、倉橋はベンチへ走り出す。
「やはり甲子園クラスの投手だな。それでも、なんとかしないと」
 イガラシが打席に入ると、児玉はすぐに投球動作を始めた。
 初球。膝元を巻き込むようにして、速いカーブが飛び込んでくる。ポーカーフェイスを装ったが、内心苦笑していた。
 ははっ、さすがだな。こんなキレのボール、中学では見たことねぇよ。変化球は、谷原の村井さんよりも上だろうな。さて、どう対応していくか……
 二球目。イガラシは、一瞬あっけに取られた。
 速球が、やや外寄りの高めに入ってくる。島田への初球ほどではないが、これも甘いコースだ。咄嗟にバットを出す。
 パシッと音が鳴る。打球は、飛び上がった箕輪のセカンドの頭上を越え、外野の芝の上に落ちる。ライト前ヒット。
 一塁ベースを駆け抜けた後、イガラシは思わず両手を軽く振った。掌に、じわりと痺れるような感覚がある。
(ちと差し込まれたな。こんなに球威があるとは……だとしたら)
 イガラシはちらっと、マウンド上を見やった。児玉は明らかに負けん気の強そうな面構えだが、初ヒットを許した直後だというのに、まったく表情の変化はない。
(まさか……あの高めの真っすぐ、なにかのワナなんじゃ)
 鈍い音がした。後続の横井が、初球の内角高めの速球を叩くも、やはり球威に押されてしまう。レフトへの凡フライ、スリーアウト。
 ベンチに帰ると、谷口が「イガラシ」と声を掛けてくる。きたか……と、小さくつぶやいた。何の話か、聞かなくても想像が付く。
「つぎの回、アタマからいけるか?」
 イガラシは即答した。
「はい。もちろんです」

 

 マウンド上。イガラシは、指先をボールの縫い目に掛ける。
 ぴたっと吸い付いてくるような感覚があった。よし、これならだいじょうぶ……と、少し安堵する。投手を務める時は、こうして硬球の感触を確かめるのが習慣となっていた。
 倉橋の準備を待つ間、根岸がキャッチャーズボックスに座る。
「どうする?」
「ああ、キャッチボールはいらねぇよ」
 質問の意図を察して、イガラシは答えた。
「すぐ全力でいく。もう時間もないし、急ごう」
「わかった。それじゃあ、始めようか」
 プレートを踏み、イガラシは振りかぶる。相手を威圧する狙いも込めて、速球を全力投球した。ズバンと、迫力ある音が鳴る。
「ナイスボール! けど……ちと、とばしすぎじゃないか?」
 返球しながら、根岸が苦笑い混じりに言った。
「なぁに、そんなヤワな肩してねぇよ。それにリリーフは慣れてんだ」
 ほんとはブルペンで少し投げたかったけどな……と、こっそり溜息をつく。
 四回と五回の攻撃時、いずれも打席が回ってきたので、ブルペンへ行く暇がなかった。通常であれば、五回終了時のグラウンド整備の時間も使えるのだが、この日は悪天候のため早く試合を進める必要があり、それも省かれている。
 やがて倉橋が駆けてきた。根岸と交代し、ホームベース奥に屈み込む。
「待たせたな。つづき、いこうか」
「はいっ」
 イガラシは、さらに六球投げ込んだ。速球、カーブ、シュート、落ちるシュートと、持ち球を一通り放る。
 ただし、あえてチェンジアップは封印した。倉橋に何度かサインを出されたが、その都度首を横に振る。
 既定の練習球を費やし、二塁送球を終えたところで、倉橋がマウンドにやって来た。ミットで口元を隠し、問うてくる。
「あのボールを投げないのは、偵察を警戒してのことか?」
「いえ、佐野さん達は関係ないですよ」
 イガラシは、くすっと笑みを浮かべた。
「相手が相手ですからね。いざという時のために、取っておこうかなと……それもどこまで通用するか分かりませんが」
「なんだよ。まさか、弱気になってんのか?」
「ぼくがですか? それこそ、まさかでしょう」
 足元のロージンバックを拾い、粉を指先に馴染ませる。広げた掌を、雨粒が打つ。
「ふふっ。そうこなくちゃな」
 倉橋が目を細め、ミットを叩いた。
 
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