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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第二部 黒いガンダム
第五章 フランクリン・ビダン
  第三節 決断 第四話(通算94話)

 
前書き
予定にないカミーユの銃撃に戸惑うエマ。
しかし、それは追撃部隊の出撃を遅れさせた。
状況をきちんと見ていたカミーユの眼にエマは驚く。
カミーユ機に同乗したフランクリンは怯える。
不服そうなフランクリンの態度に苛つくカミーユは……
君は刻の涙を見る――。 

 
 フランクリンは、ただただ不安だった。

 エマと話していたときは期待だけがふくらんでいたが、いざ宇宙にでてみると、死の恐怖がそこかしこに潜んでいると思い知らされる。暗い闇に、何か人を引きずりこむ魔物でもいるような気がしてならかなかった。

 宇宙空間に浮かぶ人工植民島――巨大なガスボンベは、たった一枚の壁向こうは深淵の闇なのだと実感させられた。人類最大の建造物はこうしてみれば、如何に儚いものか。

 そもそも、フランクリンは宇宙が好きではない。仕事柄、宇宙に住まうことが便利であるという理由で宇宙にいるが、本籍地は地球にあり、地球居住者であることに誇りをもっている。

「カミーユ……?」
「スペアシートのベルトだけじゃ、戦闘になったら危険だから、腰のフックで体を固定した方がいい」

 カミーユは強い口調でフランクリンの声を遮った。フランクリンはただ話したいだけなのだが、カミーユは仁辺もない。

 しかし、パイロットとしては、安全圏にいる訳ではないのだから、会話に意識を割きたくはないのは、当然といえば当然である。ただし、フランクリンは技術大尉待遇ではあるが、軍属である。この意識の差はどうにもならないことだった。

 カタッ、カタカタカタッ、カチンッ。

 耳障りな金属音がフランクリンの手元からしていた。不思議に思って、カミーユが覗きこむと、フランクリンの手の震えが止まらなく、リニアシートの固定バーにフックを掛けることができないでいた。

「なっ……」

 たかがこれしきのことで――カミーユは天を仰ぎたい気分になった。それでも、技術者かっと怒鳴り散らしてやりたかった。が、そんな時間も惜しい。早く固定して、いざというときのためにも、戦闘の邪魔にならないようにしておかなければならない。

「貸せっ!」

 コンソールを操作し、自動操縦に切り替えて、手を出そうとした、その時――

――カミーユ!

 エマの声が通信機から響いた。

 刹那、カミーユはサブスラスターのノズルを一斉に光らせた。声に反応して、急制動を掛けたのだ。一瞬、動きが止まったかのように軌道を変えたカミーユ機のすぐ近くを、光束帯が通過した。《アレキサンドリア》の主砲たるメガ粒子砲の軌跡である。

 カミーユとしては、一瞬の隙を突かれた格好だった。操縦をオートパイロットに切り替えたのを見破られたのだろうか。いや、それはない。偶々の流れ弾だ。だが、戦場では、その流れ弾に殺られる者も少なくはない。味方の射線も計算に入れなければ、後ろから射たれるのである。自機の位置を知らせるビーコンやレーザー通信の大切さは、パイロットなら理解していた。

――なにをボーッとしてるの!?

「すみません……父――いえ、フランクリン大尉の固定フックを留めようとして……」

――言い訳しないっ

 間髪入れずにピシャリといい放つ。

 敵は言い訳など聞いてくれない。教練で何度となく繰り返し言われた台詞が蘇る。

「生と死を分けるのは運だけだ。その生を引き寄せるために最大の努力を惜しむな」

 教練講師に就いた鬼軍曹の言葉だ。たしか名前は――

――第二撃、来るわっ

 エマの声に現実に引き戻されたカミーユは、螺旋を描くようにランダムな円運動で回避行動に移る。

 宇宙空間では、大気中のようにビーム兵器は減衰しにくい。集束率が持続する限り有効射程距離となる。ただし、砲塔の仰角は大気中と変わることはない。つまり、射線から逃れるには、直線外へと機動する必要があるということだ。MSにサブスラスターやアポジモーターを備えているのはそういう理由である。特にAMBACした上での機動は姿勢制御に必要な推進剤・冷却剤を節約できる分、機体の稼働時間を引き延ばす効果をもたらしている。

「エマ中尉っ!」

 火線がカミーユの方に集まっている。同乗者がいるのは同じ条件であったが、ヒルダは設計技師のフランクリンよりも宇宙馴れしており、落ち着いて行動していた。いまだに、スペアシートのシートベルトのみで体を固定しているフランクリンを気にしながら操縦しなければならないカミーユ機の方が動きが鈍い。

――あと二分よっ

 信号弾を挙げてから三分経過している。

 今頃はレコア隊がこちらに向かっている筈だ。もう少しだけ粘れば、脱出できる。カミーユも気持ちを改めて操縦桿を握り直した。なるべく揺れを少なくして、フランクリンの恐怖を抑えるように配慮する。

「親父、いまのうちに――」

 言いながら振り返ると、そこには泡を吹いて気を失っているフランクリンがいた。カミーユの配慮は取り越し苦労だった。

 小さく嘆息を吐いて、正面のスクリーンに映るサブウィンドウを見る。小さな光点となった《アレキサンドリア》から太い光束帯がひっきりなしに吐き出されていた。

 作戦時間を示すタイマーが残り五分を切った。

――来たわ! 以後、無線封鎖!
「了解!」

 この闇の向こうに味方がいる――そう思えるだけで、安心感が増してくる。だが、そこに寄りかかれば、死神がすぐに大鎌をふるって命を奪うだろう。

 まだ追撃を振り切った訳ではない。
 もう一戦交えて、早く安全圏に退避しなければならなかった。 
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