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冥王来訪 補遺集

作者:雄渾
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第二部 1978年
ソ連編
  白海の船幽霊 ヴェリスクハイヴ攻略戦

 
前書き
 台湾人読者からの意見であったヴェリスクハイヴ攻略戦です。
彼の意見があるまで、ヴェリスクハイヴの事を忘れていました。
 こちらも、ハーメルンで掲載したものの再掲載となります。
設定資料集を眺めながら、史実とすり合わせた話となりました。
(日本語版設定資料集の書籍版、再販しないかな……) 

 
 さて、ここは、ソ連極東最大の軍港、ウラジオストック。
臨時の赤軍参謀本部が置かれたウラジオストック要塞。
そこに一人の男が呼び出されていた。

居並ぶ軍高官たちを前に、男は挙手の礼をし、尋ねる。
「ご命令により、出頭いたしました。同志大将、今回のご用件とは……」
席の上座に座る参謀総長が、静かに口を開く。
「同志大尉、早速だが……明日より半年間、ダマスカスに出張してほしい」
「すると……この私もGRUの指揮下に入れと……」
「仔細は、作戦指示書に書いてある。私からはこれだけだ」
参謀総長からの指示は、いつになく、男の心を騒がせた。
ごくりと生唾を飲んだ後、参謀総長の灰色の瞳をじっと見つめて。
「了解しました。同志大将」
そう短く述べると、静かに部屋を辞した。


 シリアに向けて出発したのは、ソ連赤軍最精鋭部隊。
音に聞こえる、第43機甲師団麾下(きか)、ヴォールク連隊第二中隊の面々である。
武運(つたな)く、ゼオライマーのメイオウ攻撃に敗れ去った彼らの士気は、依然として高かった。
 
 復讐を誓い、機会をうかがう彼らに、参謀本部は指示を出す。
『帝国主義の走狗であるイスラエルを牽制するために、シリア空軍の戦術機部隊を強化せよ』
密命を受けた彼らは、分解したMIG-21をソ連船籍の輸送船に積み、ウラジオストックから出港。
日本海を抜け、マラッカ海峡を通り、海路、南方に向かう。

 時は、1978年の9月29日。
冷戦下の世界では、ソ連船籍の輸送船団を自由に航行させてくれなかった。
 太平洋に展開する、米海軍第七艦隊所属の駆逐艦と潜水艦部隊。
そして、千島列島から台湾海峡までを哨戒する帝国海軍の連合艦隊。
日本海溝の下に複数の潜水艦部隊を配置し、P-2J対潜哨戒機やPS-1対潜飛行艇などをもって、待ち構えていた。
 無論、ソ連海軍も手をこまねいているばかりでなかった。
対潜哨戒の機能のない輸送船を護衛する目的で、参謀本部は大規模な護送船団を組織した。
ソビエツキー・ソユーズ級戦艦「ソビエツカヤ・ウクライナ」「ソビエツカヤ・ロシア」。
スヴェルドロフ級巡洋艦10隻に、複数の原子力潜水艦が後から続く。
 
 
 この大船団は、対外的には国際親善訪問の目的で、出発した。
しかし、真の目的は違った。
全世界に向けて、『ソ連海軍健在なり』と、広く宣伝するためである。
 寄港地は、東南アジアの北ベトナムの海防(ハイフォン)、インドネシアのジャカルタ。
マラッカ海峡を越えて、先の1975年にパキスタンから独立した新興国、バングラディッシュのチッタゴン。
インド洋に入って、南アジア最大の国家で、ソ連友好国の一つであるインドのムンバイ。 
 そして、アフリカ大陸を臨むアデン湾沿いの国家、南イエメンのアデン。
紅海を直進し、エジプトのスエズ運河を抜けて、シリアのタルタス港に向かう。

 地中海沿いのタルタス港には、ソ連海軍の一大軍事拠点である、第720補給処がある。
このタルタスの海軍兵站拠点は、1971年にソ連がシリアとの二国間協定に基づき、設置したものである。
米海軍の第六艦隊――1971年当時、第六艦隊の司令本部はイタリアにあった――に対抗するべく、ソ連海軍の地中海第5作戦飛行隊後方支援として開設されたのが始まりである。


 場面は変わって、戦艦「ソビエツカヤ・ロシア」の士官食堂。
 参謀総長より、密命を受けたグルジア人の大尉は、思慮に耽っていた。
想いをはせる、フィカーツィア・ラトロワについて、一人悩む。
彼女は、男の(おも)(びと)でありながら、股肱之臣(ここうのしん)でもあった。
 彼は、まだ30にならぬ凛々(りり)しい黒髪の偉丈夫(いじょうふ)であった。
若い青年将校である。瑞々(みずみず)しい肉体の奥底にある、性も盛んであった。
同じ部隊にいたときは、一人中隊長室にいても、自然、ラトロワのたち居いや匂いには、ふと心を捕らわれがちだった。
『なにも俺ばかりではあるまい。恥ずかしがることもなかろう。
戦場に立つ野獣の一人ならば、誰しもがそうであろう……』
 彼は、しいて取り澄ます。
それにしても、夜々、彼女の部屋を訪ねる事を思い立ちながら、抑えに抑えて、夜明けを待つのは苦しかった。
益なき疲労に、日々人知れず苦しむほどであった。


 そんな時である。
白い海軍士官の制服を着た男が、口付きタバコ(パピロス)を燻らせ、湯気の出る紅茶を持ってきた。
「なあ、若様。海坊主(うみぼうず)って見たことあるかい」
グルジア人は、海軍少佐の男のことを振り返ると、
「何、海坊主(うみぼうず)だって……。まさかBETAの見間違いじゃないのか」
その瞬間、青年の表情からスゥっと血の気が引いた。

 海坊主(うみぼうず)とは、船の行く手に現れるという化け物の事である。
坊主頭で夜間に出現し、これに会うと船に悪いことが起こるといわれる。
 泉や湖、海から出る化け物は、何も日本ばかりではない。
その神話や伝承は、欧州をはじめ、全世界にある。
ソ連も例外でなく、極東のシベリアにいる蒙古系の少数民族、ウデゲ人の神話に似たような例が残っている。
泉の化け物『ボコ』で、旅人などを沼地奥深くに誘い込み、泥土にはまり込ませるという。

「俺はこの目で、カスピ海を渡る要塞級を見たことがある」
海軍少佐は、信じられぬ表情をするグルジア人青年を見た後、自嘲の笑みを漏らす。
「フフフ、そんなもんじゃねえんですさ。
あれは俺がウデゲ人の(じい)やに聞いたボコという化け物に、(ちげ)えねえとおもってますさ」
 海軍少佐は、シベリア出身だった。
幼少のころから、ウデゲ人の古老(ころう)の話を聞いていたので、海坊主(うみぼうず)も身近に感じたのだ。
「まさか……」
しばし驚愕の色を露わにする青年を見つめた後、大きなため息を漏らし、
「いいでしょう。話しましょうか、アルハンゲリスクの海坊主(うみぼうず)の事を……。
あれは、去年の革命記念日、11月7日の、前の晩のことですかね……」
 旧ソ連では11月7日は、ロシア革命の記念日であった(ベラルーシでは今日も祝日)。
男は、淡々と語り始めた。


 1977年11月6日。
重金属の雲に覆われたアルハンゲリスク港。
500キロ先のヴェリスクハイヴから這い出るBETA群、総数2万。
この白海を望む一大拠点の防衛を任された、ソ連軍精鋭の第一親衛戦術機連隊は、一斉攻撃を仕掛けた。
砂塵を巻き上げ、吶喊する108機のMIG-21バラライカ。
 後方の砲兵陣地から響く砲火は、雷鳴のごとく、どよみ、その周囲は硝煙によってまるで霧が張ったようになっていた。

 まもなく、1万体以上のBETA群が姿を見せると、連隊長が檄を飛ばす。
「敵補足。各個撃破せよ!」

20ミリ機関砲が唸り声をあげた。
弾倉に差し込められた2000発のケースレス弾が、隙間なく戦車級や要撃級のボディーに打ち付けられる。
血煙を上げ、倒れていく怪獣の後ろから、一筋の光線が通り抜ける。
 戦術機部隊を支援するために低空飛行で援護射撃をしていたmi-24「ハインド」ヘリコプターに、直撃。
瞬く間に、ヘリは爆散し、周囲に緊張が走る。
「光線級が水平射撃をしてきただと!」

「こうなれば、サーベルで光線級を切り刻んでやれ!」
連隊長が、近接長刀を繰り出して、そうつげると、一斉に数機の戦術機が躍り出た。
А(アー)1、Б(ベー)2、側面に回り込め」
連隊長の駆るバラライカは、眼鏡のように並ぶ二つの大きな目玉めがけて、長刀を一閃(いっせん)する。
長刀がBETAの大きな目玉を切り裂くと、霧のような血煙が舞い、機体に降りかかる。





「ノヴォド・ヴィンスクより入電。新たに東方より約1万近いBETA梯団の接近を確認中との事」
戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」艦長が、指示を出す。
「光線級の排除を確認を待たずに、順次艦砲射撃に移れ」
つづて、航海長より、連絡が入る。
「全艦、戦闘配備完了」
「各艦、自由砲撃開始!」

戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」に搭載された三連装の46センチ砲が、ゆっくりと陸地に向けられる。
合計9門の艦砲が、各自に火を噴く。

 創設以来海戦未経験のソ連赤色海軍では、艦砲は長らく各砲門ごとの独自発射であった。
1905年の日露戦争以来、ロシアの水上艦艇部隊は大規模な海戦経験のなく、そのノウハウが失われたのも大きかった。

 艦砲射撃もものかは雲霞(うんか)のごとき大軍が一度に寄せたので、見る間に、BETAの死体の山は、数ヵ所に積まれた。
その死体の数も突撃してくる敵の数と等しく、二万余個という数である。
 しかし、その勢力の十分の一も撃ち倒すことはできなかった。
とどまることを知らぬBETAの大群……。
このままでは、アルハンゲリスクの中心街を抜かれる。
 そんな懸念が、全軍に広まり始めた時である。
突如として、海面から天空に向けて、黄色い光の柱が立ち上った。
白とも灰色ともとれる、一体の巨人が海中より浮き上がってきたのだ。

 赤軍は驚いた。
「何だ、あれは?」
 歴戦の兵たちすら、戦わぬうちから(ひる)み立って見えた。
С・Г・ゴルシコフ――30年間にわたり、クズネツォフ元帥の後任としてソ連海軍司令官を務めた人物――、В・А・チェクロフ――ソ連海軍の副提督。独ソ戦の最中北方艦隊に勤務する。史実ではすでに退役していた――など歴戦の海軍提督が、檣楼(しょうろう)の上に昇ってみると、なるほど、兵の怯むのも無理はない。
要塞級と同じ高さを誇る、巨人が駆け抜けていった。
その巨人は、その顔も体も真っ白で、まるで漆喰(しっくい)のごとき姿。


「この年まで、俺はまだ、こんな敵に出会ったことがない。どういうことになるのだろう」
「いや、私も初めてだ。ふしぎな事もあるものだ」

さすがの二将も怪しみおそれて、にわかに、策も作戦も下し得ずにいるうち、白い巨体から高々と見おろしたゼオライマーは、たちまち手の宝玉を光らして、まず前列の戦車級に突っ込み、両者乱れ合うと見るやさらに烈しく次元連結砲を乱打した。
 とたんに土煙を()き、宙を飛び、数万のBETAの中へ襲いかかった。
両手を振り、風を舞わし、血に飽かない姿を見せつける。
ゼオライマーは面白いほど勝ち抜いて、これまた、猛勇をふるって、BETAを殺しまわった。
 まもなく、ゼオライマーは後方の推進装置を噴き出しながら、天高く飛び上がる。
熾烈な光線級の砲火をものともせずに、広げていた両手を胸のほうに持ってくる。
両手につけられた宝玉が煌々と輝き、闇夜を照らし出す。
まさしく、一撃必殺のメイオウ攻撃だ。
 周囲にいた赤軍兵は、いよいよおどろいて、全軍われ先に、港の奥へなだれ打ってゆくと、轟然(ごうぜん)大地が炸ける。
烈火と爆煙に撥ね飛ばされたBETAは、土砂と共に宙天の塵となっていた。

 突如、天地を鳴り轟かせて、ゼオライマーが、ヴェリスクハイヴの頭上へ降ってきた。
光線級の熾烈な対空砲火を浴びても、退く事なく、突き進む無敵のスーパーロボット。
 両手からの一閃で、左右の怪獣は、瞬く間に、何百ともなく(しかばね)となっている。
その上にもなお、衝撃波で壊されたハイヴの天井が崩落してくるので、たちまち、出口はふさがってしまった。

 岩間や地下に隠れていたBETAも押しつぶされ、ハイヴの大広間も、須臾(しゅゆ)にして凄惨な地獄となってしまった。
「メイオウ攻撃」の閃光は、絶大で、炸音は地平線まで響き渡り、濛々(もうもう)の煙は、天に達した。

 ヴェリスクハイヴのBETAは、一体も残らず、焼け死んでしまった。
その数は10万体をこえ、火勢のやがて冷さめた後、これを爆撃機のTU-95で上空から見ると、さながら害虫の亡骸(なきがら)を見るようであった。





 グルジア人の男は、彫りの深い(かお)に影を落としながら、消え入りそうな声でつぶやいた。
「間違いない。それは日本野郎(ヤポーシキ)の新型戦術機、ゼオライマーだ」
「そんな、まさか……」
少佐は、思わず火のついた煙草を口から落とす。
「若様、ご冗談を」
グルジア人の男は、容易に処理のつかない未練(みれん)と怒りを、露わにさせて。
「嘘ではない!」
そういうと顔をそらした。
「俺はヘリに乗りながら、奴のビーム砲でハバロフスクが消え去るのを見届けたのだよ」
恐れを浮かべた緑色の瞳を震えさせながら、静かにうつむいていた。

 確かに、ヴェリスクハイヴは、ゼオライマーによって、完膚なきまでに粉砕された。
それにより、アルハンゲリスクの陥落は避けられ、北方艦隊は、ほぼ無傷で残った。
 しかし、グルジア人の男の胸中(きょうちゅう)は、父を救えなかった怒りに満ちていた。
『母さん申し訳ありません。あなたの愛した父を私は助けられませんでした……』
不遇のうちに亡くなった母を思いながら、天を仰ぐ。
『母さん、あなたが受けた愛妾(めかけ)の苦しみ……』
メイオウ攻撃に破壊されたハバロフスクと、運命を共にした父……
『父上、黄色猿(マカーキ)に打ち取られた無念の最期。
ゼオライマーへの恨み、いずれや、晴らしましょうぞ』
そして、再びゼオライマーをこの手で倒すことを、泉下(せんか)の父母に誓ったのであった。 
 

 
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