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エヴァンゲリオン REAL 最後の女神

作者:竜牙
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使徒大戦
第一章
  1.01

第一章 最後の使者

[chapter:1.01]

 第二発令所。
 第一発令所は第一五使徒会戦時に破壊されたまま、いまだ修理の目途《めど》すら立っていない。だが、第二発令所も、設備自体はほとんど第一と同能力の物を備えている。弐号機の起動実験に不足はなかった。
 今回の実験は、新しく登録されたフィフスチルドレンの機体との相性を確認するためと、そのついでに現段階での各パイロットのコンディションを確認するためのシンクロ試験──と通達されていた。しかしその実体は、シンクロ率が著しく低下しているセカンドチルドレンと、フィフスチルドレンのシンクロ率の比較──端的に言ってしまえば、ほぼ決定事項である弐号機専属パイロットの交換の最終確認と、降任されるセカンドチルドレンへの大義名分《いいわけ》のためであった。
 それを告げられたわけではないが、惣流・アスカ・ラングレーはその明晰な思考でもって、大人たちの意図を明確に看破《かんぱ》していた。すなわち、その上層部の決定──自身が望まない未来を突き崩すには、この実験でもって自らが弐号機に誰よりもふさわしいということを証明してみせるしかない。操縦桿を握りしめるアスカは、その事実を誰よりも強く噛みしめていた。そして同時に、打開できる可能性が限りなく低いものであることさえも。
 正面モニターに開かれたウィンドウの一つ、エントリープラグ内の映像の中で、アスカは目を閉じて歯を食いしばり、プレッシャーと戦っていた。
 ──そう、これは文字通りラストチャンスなのよ。アスカ。あなたが天才だと言うのなら、ここで示さなくて、いつ示すの。一度は現実逃避したけれど、アタシは結局ここに帰ってきた。自分を救うものは、自分しかないのよ。誰も助けてなんてくれなかった。今までも……これからもそう。
 すでにフィフスチルドレン、渚カヲルのシンクロテストは終了している。シンクロ率七二%。その数字だけ見れば、全盛期のアスカに及ばない。しかしコアの書き換え無しでその数字をたたき出したのである。専用のコアのインストールがすめば、いったいどれだけの数値をたたき出すのか。そして、アスカ自身のシンクロ率は低下の一途である……。
 だが、まだアスカは絶望してはいなかった。一度はすべてを捨てたからこその強さがあった。戦わずにあきらめることはもう己に許しはしない。
 往時の自身のシンクロ率を取り戻せれば……いや、そこまでいかなくともカヲルの現時点でのシンクロ率を抜きさえすれば、首の皮をつなげることはできるだろう。コアの換装によるカヲルのシンクロ率向上はあくまで可能性でしかない。実戦経験があり機体搭乗時間において優越するパイロットを降ろすだけの理由にはならないはずだ。まもなくとされている伍号機のロールアウトを待つ可能性は充分にあるはず……そうアスカは計算している。
「これより弐号機のシンクロ実験を行います」
 司令塔を振り返った赤城リツコ博士の確認するような視線に、指揮卓から鷹揚に頷いて見せる碇ゲンドウ。それを確認して、リツコはモニターに向き直る。
 赤城リツコが綾波レイの素体群を勝手に破棄した件については、正式に不問に処されていた。既にダミープラグが完成し、使徒戦が終盤にかかっている以上、素体群の重要度は低下している。その罪を問うよりも、エヴァの管理責任者を失うべきでないと考えたのであろう、とリツコは推測している。既に碇ゲンドウには失望している。いまさら男女の仲を求めるつもりはない以上、ゲンドウが技術者として自分を遇しようとするなら、それに乗るだけのことだ。
「第一次接続開始」
 リツコの号令とともに、エヴァ弐号機の延髄から、十字架に似た停止信号プラグが引き抜かれていく。伊吹マヤの指がすべるようにキーボードの上を踊る。
「停止信号プラグ、排出終了。主電源接続」
「エントリープラグ挿入」
「了解、エントリープラグ挿入」
 日向の復唱とともに、弐号機の延髄のカバーがさらに持ち上がり、プラグ挿入体勢に変形する。
 EVA-02と刻印された、鈍色《にびいろ》のプラグがゆっくりと差し込まれていく。
 ケイジでそれを見守るのは、すでにテストを終えているプラグスーツ姿の二人の少年だった。よどみなく作業を続ける整備員たちの邪魔にならないように、壁際まで下がり、見学していた。
「……アスカ、だいじょうぶかな……」
 弐号機を見上げながら碇シンジはつぶやいた。
「シンジ君は優しいね……。セカンドチルドレンが心配かい?」
 その独り言に答えるように、隣に立った少年が答えた。
 渚カヲル。五番目のチルドレン。シンジの黒瞳、黒髪と対照的なまでに色素に乏しい容姿──赤目、銀髪の少年だった。
 不思議なことに、色素を別にすれば、二人の顔立ちは造形的にはかなり似かよっていた。しかしそういった印象をほとんど与えないのは、二人の浮かべている表情と、そこからくる雰囲気が違いすぎるためだろう。
「……そんな、優しくなんて、ないよ」
 シンジは自嘲《じちょう》の笑みをこぼした。
──そう、ボクはアスカが心配っていうよりも、これがうまくいってくれれば、少しは今の人間関係が改善されてくれるんじゃないかって……淡い期待を抱いてるだけなんだと思う。
 そして、それはとても利己的なことなんじゃないか、とシンジは自己嫌悪するのだ。
 シンジ自身はまだ、自分の中のアスカへの思慕の気持ちを自覚してはいなかった。
「でもなんで、カヲル君はわざわざここで見たがったの? 実験結果はパイロット控え室でも分かるじゃないか」
「シンジ君こそ、どうしてそのボクのわがままにつきあってくれたんだい?」
 そう言われてシンジは言葉につまった。やはりアスカのことが心配だったことがその主たる理由になっていたのだが、それを自覚していないシンジには答える言葉がなかったのだ。
 シンジの質問をはぐらかすように、問いに問いで答えたカヲル。だが、シンジはそれには疑問を抱かなかった。
 それはシンジがカヲルに対してもつ強度の依存を示していた。依存ゆえの無批判。
 しかしそれも無理のない心理状態ではある。すでにシンジの精神状態はバランスを失いかけていた。追いつめられた年端もいかない少年が、逃避としての依存対象を求めても誰も責めることはできないだろう。
 第十三使徒との会戦時における、鈴原トウジの負傷。
 度重なる使徒との戦闘の敗北と、シンクロ率の低下で、余裕を無くしていくアスカ。そしてそれはシンジに対する敵意という形に収斂《しゅうれん》していく。
 ほのかな思慕を抱いていた綾波レイの死。そして現れた、三人目を自称するレイ。初対面時のように無表情・無感情の人形めいた姿。そこから喚起される記憶──地下の水槽に浮いていたいくつもの……いくつもの同じ形をしたモノ。
 ただ復讐と加持の残した真実のかけらに取り憑かれ、余裕を無くしてしまったミサト。家族ごっこは、見せかけだったにせよ、多少なりとも取り繕うことに成功していたはずなのに、いまはもう、それも終わってしまった。
 その直中にはさまれて寄る辺なく、もともと不安定なままの心を、戦闘という極限状態で摺《す》り下ろされていくシンジ。
 その彼の目には、好意という甘美な誘惑を全面に押し出して現れたカヲルは、最後のよすがに思えた……。
「全回路に動力伝達確認。」
「稼働電圧、臨界点突破しました。」
「続けて、第二次接続開始」
「了解。第二次接続開始します。」
「A10神経接続しました。思考言語は日本語を基礎言語として固定《フィックス》」
「初期コンタクト問題なし」
「双方向回線開きます」
 プラグ内のLCLが電化され、光が走る。
「……シンクロ率……0パーセント……」
 呆然としたようなマヤの声。
 プラグ内部映像のなかのアスカの顔が、泣きそうに歪む。
「そんな……!」
 一抹の泡とともに思わずこぼれた声が、ひび割れていた。
──どうして? 0パーセントだったことなんて今までなかった。あなたもアタシを捨てるの?
 シンジはそんなアスカを見ているのに耐えられなくなって、モニターから目をそらす。
「アスカ……」
「なんで君はそんなにセカンドのことを気にするんだい? 昨日君は、自分はセカンドに嫌われていて、近寄らせてももらうことさえできないって言っていたのに」
「それは……そうだけど。でも、嫌われたからって、気にならないわけないよ……」
「シンジ君はセカンドのことが好きってことなのかな?」
「そ、そ、そんなこと!」
 あわてて否定しようと手を振り回すが、その真っ赤に染まった顔がそれを裏切っていた。あまりに不意打ちに近いかたちで問われたため、体が正直に反応してしまったというところか。
「ふうん……けなげだね、シンジ君は。ますます好意に値するよ。でもそんなシンジ君を手酷《てひど》く拒絶するなんて、セカンドは許せないね」
「いやっ、だからっ、そのっ」
 なんとか否定しようと慌てるシンジに、カヲルはくすっと笑って。
──それに目障りだしね。
「えっ……? カヲル君、いまなんて?」
 シンジの疑問には答えず、カヲルはモニターを振り仰いだ。
 その紅瞳が一瞬、強く輝いたように、シンジには見えた。
「……えっ? なに、これ!」
「どうしたの? 報告なさい」
 あわてたように叫ぶマヤに、リツコの冷静な指示が飛ぶ。
「神経接続が……神経接続がエヴァのほうから切断されていきますっ!」
 その言葉どおりに、モニターに表示された接続監視ウィンドウの中で、タスクモニタが次々にサスペンドを示していく。
 そして、次の瞬間、ケイジを移していたカメラ映像の中で──弐号機の四つのアイカメラが閃光を放った。
 
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