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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第7章】八神家が再び転居した年のあれこれ。
   【第1節】新暦85年、8月までの出来事。

 
前書き
 この年は「大きな節目の年」でもあり、章タイトルにもある「八神家の再転居」に先立って、「なのはとフェイトの現場復帰」や「カナタとツバサの地球への転居」や「ノーヴェが巻き込まれたテロ事件」や「ティアナとヴィクトーリアの初めての合同捜査」など、実にさまざまな出来事がありました。
 他にも、アインハルトがフェイトの補佐官になったり、カリムが「騎士団総長」に就任したり、ヴィヴィオとコロナが16歳でIMCSの選手を引退したり、ユーノの許にやや奇妙な報告がもたらされたり、カルナージでまた久々の「合同訓練」があったり、67年の戦闘機人事件における「最後の昏睡者」が覚醒したり……といった感じで、この章の内容も前の章に続いて、かなり雑多なものとなっております。
 

 


 新暦85年(地球では、令和3年・西暦2021年)の春。
「さすがは、なのフェイ」と言うべきでしょうか。損傷からわずか三年半でリンカーコアも完全に回復し、二人はこの4月から揃って職務に復帰することになりました。
【もしかしたら、昨年の「ミカゲのおまじない」が多少は効いたのかも知れません。】

 また、この4月には、ヴィヴィオやコロナやアンナ(16歳)が高等科の2年生に進級しました。リオも先月には故郷のルーフェンで訓練校を無事に卒業し、この4月からは現地で新人陸士です。
 ミウラ(18歳)も、今年は士官学校の2年生になりました。グラックハウト症候群(巨女病)のため、すでに「エリオとも大差が無いほど」の大柄な体格となっています。
 アインハルトも、昨年の秋に補佐官試験「第一種・甲類」に合格し、すでに研修を済ませていたので、この4月からは早速、復帰したフェイトの「もう一人の補佐官」になりました。
【もしもファトラから『是非に』と頼まれていたら、アインハルトの立場では、ちょっと断りづらいところでしたが、幸いにも、彼女は「自分の使い魔」以外の誰かを補佐官に迎える気は全く無いようでした。】

 また、ルーテシア(20歳)も、この頃にはすでに研修を終えて、形式的には「准尉で捜査官」になっていたのですが、彼女が正式に准尉や捜査官としての活動を始めるのは、(わけ)あって翌86年からのことになります。

 一方、シャーリー(27歳)は元々「魔力の無い技官」だったので、フェイトが休職していた三年半の間、ずっと〈本局〉の技術部でデバイス関連の仕事を手伝っていました。
「AEC武装の非合法化」によって、レイジングハートやバルディッシュがその種の武装を解除されることになった際に、その作業を手伝った後も、彼女はそのまま技術部で働いていたのです。
 彼女は技官としてもなかなか優秀だったため、執務官補佐に復職するに際しては技術部の方から少しばかり引き止められたりもしたのですが、『私以上に、フェイトさんの事務担当補佐官に相応(ふさわ)しい人材が見つかったら、その時にはまたよろしくお願いします』と丁重に頭を下げて、その慰留(いりゅう)をやんわりと辞退し、フェイトの許に戻って来ました。
【なお、彼女の両親からは何度か結婚の話が持ち込まれたのですが、彼女自身は本当にその方面には関心が無いらしく、内容も吟味(ぎんみ)せずに、すべて断っていました。】

 こうして、なのはとフェイトは無事に復職しましたが、残る問題は「双子の育児」です。
 最初に、『子供には全く魔力が無い可能性もある』と聞かされていたので、なのはとフェイトは二人して『一体どう育てるべきか』とあれこれ話し合ったりもしたのですが、桃子とリンディの側から「とても強い希望」が寄せられたこともあり、結局は、地球の「お祖母(ばあ)ちゃんたち」の方で育ててもらうことになりました。
【どうやら、リンディ(58歳)は、二年前にゼメクとベルネをロファーザ(エイミィの母親)の側に取られてしまって、ちょっぴり寂しかったようです。】

 一方、『あれから、士郎と桃子は』と言うと、美由希とその夫が「喫茶(きっさ)翠屋(みどりや)」の後を継いでくれたおかげで、五十代のうちから早々と「隠居」も同然の気楽な身の上となっていました。
 二人は必要に応じてお店の仕事に手を貸したりもしながら、喜々として孫たち(美由希が産んだ1女と1男)を育てています。

【前に述べたとおり、美由希の夫は「入り婿」で、元からパティシエです。髪も黒く、外見的にはほとんど「濃い顔をした日本人」なのですが、実は、日仏のハーフで、名前はロベール・ススム・デュラン・高町と言います。
 二人は、新暦76年(地球では、平成24年・西暦2012年)の3月にエイミィがミッドに戻った後、6月に初めて出逢って、翌7月には「電撃結婚」をしました。
 また、美由希の長女である「美琴(みこと)」は新暦77年(平成25年・西暦2013年)の9月に、長男である「奏太(そうた)」は新暦80年(平成28年・西暦2016年)の12月に、それぞれ生まれています。
 この美琴と奏太の姉弟は、普段からリンディやアルフにも遊んでもらっており、夏休みに「お隣の双子」が里帰りをすると、そちらの(新暦72年生まれの)「カレルお兄ちゃん」や「リエラお姉ちゃん」ともよく遊んでもらっていました。
 ちなみに、美琴(新暦95年の時点で18歳)の方は、一つ年上のイトコである(しずく)とともに、エピローグに「重要な役」で登場しますので、どうぞお忘れなく。】


 そんな訳で、復職直後ではありましたが、新暦85年の4月中旬、なのはとフェイトは二日間の有給休暇を取って、補佐官のアインハルトとともに、満2歳になったカナタとツバサを朝のうちに地球の海鳴市に連れて行きました。
「即時移動」の到着地点は、もちろん、リンディの家にある「駐在員(ちゅうざいいん)詰所(つめしょ)」です。

【なお、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」では、まるで『ミッドから地球まで、一瞬でテレポートして来た』かのような描写になっていましたが、この作品では、『あれは、次元航路の描写を省略していただけだ』という「解釈」で行きます。
 つまり、『実際には、「管1ミッドチルダ→ 管15デヴォルザム→ 管46クレモナ→ 外72ファルメロウ→ 外97地球」という四本の一等航路をひとつにつないだ上で、十何秒かの時間をかけてそこを通って来た』という設定です。
 また、こうした「即時移動」に関しては、先に「背景設定5」でも述べたとおり、必ず『全身を球形のバリアで覆って移動する』という形になるので、当然ながら『自力でバリアを張れるだけの魔力を持っていない人には「即時移動」はできない』ということになります。
 したがって、シャーリーは今回、当然にミッドで「お留守番」となりました。
 また、満2歳のカナタとツバサは、各々なのはとフェイトの胸に抱き(かか)えられ、「手荷物」のような(あつか)いとなりました。】

 一日目は、まずアインハルト(18歳)を正式に高町家の家族に紹介しつつ、皆で昼食会です。
 高町家の人々も、さすがにもう隠し切れないと判断して、美由希(37歳)の夫ロベール(35歳)には、この時点で魔法関係の話をすべて打ち明けました。
 この日、地球では平日(水曜日)でしたが、幸い「喫茶翠屋」は定休日です。
 また、この時間にはまだ、美琴(8歳)は小学校に、奏太(5歳)は幼稚園に行っており、家にいなかったので、その間に急いで話を済ませました。

 ロベールは(あご)がカクンと下に落ちたまま、全く文字どおりに『()いた口が(ふさ)がらない』という状態でしたが、まあ、これが「普通の人間」の反応というものでしょう。(笑)
 表向きの設定としては、『カナタはなのはの子供で、ツバサはフェイトの子供で、本来ならば、ツバサはハラオウン家の方で育てるべきなのだが、二人は以前から「まるで」実の姉妹のように仲良しなので、普段は高町家の方で一緒に育てることにした。時おり、ハラオウン家の方でまとめて預かってもらうこともあるだろう』ということにします。
 そして、美琴と奏太は(近所の人々とともに)長らくそう信じ込み続けたのでした。
(つまり、地球では、ツバサは便宜上、「ツバサ・ハラオウン」と呼ばれていた、ということになります。)

 そして、午後には、アリサとすずかも子供づれでハラオウン家の方へ遊びに来てくれて、四人でお互いの子供を見せ合ったりして、実に楽しい一日を過ごしました。
 アリサの娘リンダは、この時点で満1歳と5か月。すずかの娘とよねは、満1歳と2か月。二人とも地球では「カナタやツバサと同学年」ということになりますが、住所が少し離れているので、どうやら「同じ幼稚園」には(かよ)えないようです。
【アリサの夫やすずかの夫の設定は「両方とも入り婿」ということ以外には、何も考えていないのですが……取りあえず、『二人ともまるっきり普通の人で、魔法関係の話はすべて秘密にしておく必要があったので、「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ01」に出て来た、すずかの屋敷などに設置されていた「転送ポート」は、リンディの家の「駐在員詰所」が完成した時点で(ひそ)かに撤去されていた』ということにしておきます。】

 ところが、なのはとフェイトがそれぞれの親許で一泊して、翌朝、カナタとツバサを親に預けたまま、ミッドに戻ろうとした丁度その時、海鳴市にまたもやロストロギアが出現しました。
 その名を「キラーウィング」と言います。
 飛行能力や殺傷能力も充分に備えており、十年前の「プニョプニョスライム」に比べれば相当に危険なロストロギアでしたが、なのはやフェイトから見れば、大したモノではありませんでした。
 それなりの空戦にはなりましたが、この二人にとっては、せいぜい「肩慣らし」といったところです。復職後、事実上の初仕事ではありましたが、サクッと封印しました。
(二人とも休暇中でしたが、「現地駐在員からの直接要請」があったので「古代遺物管理部・機動課」からの人員派遣を待たずに動いた、という形式です。)

 二人の「実戦」を()の当たりにして、アインハルトはしきりに感心します。
(ヴィヴィオさんと結婚しようと思ったら、やっぱり、私も「お義母(かあ)様たち」と同じぐらいに飛べるようになっておかないと……。)(ドキドキ)

 一方、なのはとフェイトは二人で空を飛びながら、こんな会話をしていました。
 なのは「でも、ロストロギアって、ホント、十年ごとに海鳴市に来るよね」
 フェイト「そう言えば、〈闇の書〉も『はやてが産まれる前の年には地球に来ていた』って話だから……ジュエルシードのちょうど十年前になるのかな?」
 なのは「ははっ。ホントだ。不思議だね~」
【我ながら、露骨な伏線だ!(笑)】


 こうして、三人はまたミッドに戻ったのですが……この85年には、他にもさまざまな出来事がありました。
 まず、少しだけ(さかのぼ)って、3月の末には、聖王教会でカリムが正式に「騎士団総長」に就任しました。聖王教会の組織全体における「軍事部門のトップ」という大変に重要な役職です。
 しかし、カリムはこの時まだ38歳であり、しかも、前任者のバルベリオ総長(70歳)が彼女の養父(事実上の父親)だったため、当初は教会の中でも一部に、『いくらレアスキルの持ち主でも、三十代ではまだトップとして若すぎるのではないか』とか、『これは、名門グラシア家による事実上の世襲ではないのか』などといった批判もありました。
 ただ、実際には、カリムの人望の厚さに加えて、『バルベリオ総長自身は、後継者候補リストの中から、何とかして彼女の名前を(はず)そうと努力していた』という事実(こと)もあり、批判はあくまでも少数意見に(とど)まったようです。


 なお、クヴァルゼ・ムルダン(18歳)は、昨84年には早々と捜査官の資格を取って(かつてのギンガと同様に)最速で「陸曹待遇」となっていたのですが、陸士四年目となるこの年の春には、故郷であるパドマーレ近郊の陸士154部隊に異動となりました。
【その後、彼女は長らく、その地で「薬物関係専門」の捜査官として働き続けることになります。彼女は「小柄で童顔な捜査官」として、また「インタルード 第7章」にもチラッと登場しますので、どうぞお忘れなく。】


 一方、はやては、二人の旧友が無事に現場復帰したのを見て、ほっと胸を撫でおろしていましたが、そこへ〈本局〉のレティ提督(少将)から新たな「出張任務」の要請が届きました。
『5月初日からの半年間。エルドーク・ジェスファルード提督が率いる〈オルセア包囲網〉に加勢して来てほしい』と言うのです。
『本来、予定していた艦が、別件で動けなくなってしまったため、その代理として』ということなのですが……その包囲作戦の主な行動内容は、『亜空間から降りて来た違法な武器密売船を早期に発見し、それが惑星オルセアへと降下する前に軌道上で拿捕(だほ)する』という、とても地味な作業なので、あまり大がかりな武装隊など連れて行く必要はありません。
 そこで、はやては、今では独立して小さな部隊を率いることの多いシグナムとアギト、ヴィータとミカゲを〈本局〉のレティ提督の許に残し、また、ちょうど「良い転居先」が見つかったところだったので、シャマルとリインを「新居の建築と転居の準備」のためにミッド地上に残し、家族の中ではザフィーラだけを連れて〈ヴォルフラム〉で〈外2オルセア〉へと向かいました。
(つまり、82年の「謹慎(きんしん)明け」の時とは、逆のメンバー構成です。)

 そして、それから半年の間に、八神はやて提督(29歳)は「リンディやレティの士官学校時代の先輩」でもあるエルドーク・ジェスファルード提督(59歳)と大いに親交を深めました。
(はやてはこの時点で、エルドーク提督からは随分と気に入られたようです。)
 結果として、はやては、この年の10月の「イストラ・ペルゼスカ上級大将やレジアス・ゲイズ中将の10回忌」には出席できなかった訳ですが、管理局員としての職務が優先されるのは当然のことであり、残念ながら、それもまた仕方の無いところでした。


 一方、この年の5月の下旬には、ミカヤ・シェベル(24歳)が、同門の剣士ヴォルード・スタルガーノ(22歳)と結婚しました。同門と言っても、実力は彼女の方がはるかに上で、私生活においても完全に彼女の方が主導権を握っているようです。
 なお、当然ながら、ミカヤはこれによって、もう「ナカジマジムの手伝い」をする時間的な余裕が無くなってしまい、勤続4年あまりで正式に「寿(ことぶき)退職」しました。

 そして、その翌日には、首都圏第六臨海地区の総合娯楽施設「プレジャーランド」で無差別テロ事件が発生しました。
 ノーヴェは、ナカジマジムのメンバーなどとともにミカヤの結婚式に出席した帰りで、たまたま現場に居合わせていたのですが、そこで「見ず知らずの小児(こども)」を(かば)って、いきなり瀕死の重傷を()ってしまいます。
 その後、ノーヴェは基礎フレームを交換され、「生体ポッド」内の特殊溶液の中に入れられ……そのポッドから出された後も、10月までは「リハビリの毎日」が続き……結局のところ、ノーヴェはその年のIMCSには全く関与することができませんでした。
【この一件については、「背景設定7」を御参照ください。】


 また、その年の6月には、ルーフェンでもテロ事件が発生しました。
 正式に陸士になって間もない時期に、リオ(16歳)はいきなり爆破テロに遭遇し、目の前で自分の両親を爆殺されてしまいます。
 そして、後日、ミウラの下手(へた)な慰め方がかえってリオの怒りを買い、二人は突然、(なか)(たが)いをしてしまいました。
「アンタは身内を殺されてないから、そんなコトが言えるんだよ!」
 リオはミウラに向かって怒りの表情もあらわにそう吐き捨てると、一方的に通話を切って、そのままミッドからの通信を全部ブロックしてしまいます。
 そして、彼女はすぐに「潜入捜査官」となり、表の世界からは完全に姿を消してしまったため、その後、ミウラは自分の失言に対する「謝罪の機会」すら与えてはもらえませんでした。
 だから、あの日のリオの「涙ながらの怒りの声」は、今もミウラの耳の奥にこびりついたままなのです。

 また、それと同じ頃に、カレルとリエラ(13歳)が通う聖王教会系列の魔法学校では、「中等科2年生の恒例行事」がありました。
 クラス単位でベルカ自治領へと(おもむ)き、幾つかの班に分かれて(地球で言うボーイスカウトのようなノリで)何日かキャンプ生活を送るのです。
 野生動物も普通に生息している環境なので、もちろん、生徒らが「本物の危険」には(さら)されないよう、修道騎士たちが目を光らせてくれてはいたのですが……。
 そうした中で、カレル・ハラオウンは悪友の「カレル・パルモーラ」とともに、二人で羽目(はめ)(はず)して、少しばかり「やらかして」しまい、(あと)で、偶然にもそのクラスの担当を務めていたシスター・シャンテとシスター・ディードから「こってりと」(しぼ)られました。
 なお、「二人のカレル」はこの時点で、シャンテとディードにはしっかりと顔や性格を覚えられてしまったようです。(笑)


 一方、ティアナは、4月から仕事で〈管15デヴォルザム〉の第三大陸カロエスマールの第二州都ウルバースを訪れていたのですが、5月からは思いがけず、まだ「二年目の新人」であるヴィクトーリア執務官との合同捜査となりました。
 ティアナの担当事件も、ヴィクトーリアの担当事件も、実は黒幕が同一の組織で、それが、この都市(まち)の旧市街に深く根を張った伝統的な犯罪集団「ゲドルザン・ファミリー」だったのです。
(なお、エドガーとコニィにとっては、今回の事件が「正式な執務官補佐」としては最初の仕事になります。)
 翌6月になると、ティアナとヴィクトーリアは、四人の補佐官たち(ウェンディ、メルドゥナ、エドガー、コニィ)とともに、その案件を最終的に「力ずくで」解決したのですが……。
 その際に、ティアナは「やむを得ず」旧市街の街中(まちなか)で特大級のブレイカーをぶっ(ぱな)して「歴史ある(相当に古びた)石造りの街並み」を丸ごと吹っ飛ばしてしまい、彼女はそれ以降、はなはだ不本意ながらも、一般のメディアからは「破壊王」と綽名(あだな)されるようになってしまいました。
 後に、この事件は〈ゲドルザン・ファミリー壊滅事件〉、略して〈ゲドルザン事件〉と呼ばれることになります。
【この事件に関しては、いささか嫌な「後日譚」があるのですが……その話は、また「第一部」でチラッと()れます。】


 そして、この年の7月中旬、ユーノ司書長(29歳)はまた不意に倒れて、そのまま入院してしまいました。
 例によって、専門家以外には誰も名前を聞いたことが無いような珍しい病名でしたが、主治医のウェスカ・ラドール(59歳)によれば、幸いにも、今回は治療法の確立している病気だったため、ほんの一か月あまりで退院できるようです。
 それでも、入院中は何もすることが無く、ユーノも随分と退屈していたのですが、やがて8月になると、今年の春に(ちょうど、カナタとツバサが地球へ連れて行かれた頃に)長老アグンゼイドの姪に当たる女性と結婚したばかりのダールヴから、『ドルバザウムで当時の移民船が発掘された』との報告が入りました。
【七年前、新暦78年に「追加調査」が終了した後も、現地では若干名の人員が交代で遺跡調査を(ついでに、ガウルゥへのささやかな生活支援を)続けていたのです。】

 今回も普通に感染するような病気ではなかったので、ユーノはダールヴを「特別待遇」の病室に呼び寄せ、直接に話を聞くことにしました。
 そこで、ダールヴはおおむね以下のような内容を語ります。

『その移民船の中には若干の手記も残されていたんですが、それによると、やはり、その船がただ一隻でベルカから直接にドルバザウムへやって来た、ということ自体には間違いが無いようです。
どうやら、あなたが昨年に刊行した例の著書で言うところの「第二戦乱期」の初期に「次元震動兵器とかいうモノが実際に使われて、多くの次元航路が一斉に崩壊する」という大事件が、本当にあったようですね。
 おそらく、彼等「避難民」は、第二戦乱期が始まった直後に、一時的な避難のつもりでベルカを遠く離れたまま、航路の崩壊によって帰れなくなったのでしょう。本格的な移民にしては、初期装備があまりにも貧弱すぎます。ですから、今後、あの船のことは「移民船」ではなく、「避難船」と呼ぶことにしましょう』

 そうした説明が一段落すると、ユーノはとても基本的なことを尋ねました。
「なるほどね。それで、具体的な話、その避難船はどのあたりで発掘されたんだい? あの遺跡の周囲には、特にそれっぽいモノは何も無かったと思うんだが」
「それが、あの遺跡からも、さほど遠い場所ではなかったんですよ。あそこから小高い丘をひとつ越えた北側で……その丘をぐるりと迂回して歩いても、せいぜい20キロあまりといったところでしょうか。その丘を踏み越えて行けばほんの10キロ足らず。徒歩でも普通に日帰りできる程度の距離です」
「ちょっと待ってくれ、ダールヴ。それなら、一体どうして、その避難船は今まで20年もの間、発見されずにいたんだ?」
「それなんですけどね。実は、つい最近まで、その船の駆動炉が生きていたらしくて……その駆動炉に直結された形で、何らかの『遮蔽(しゃへい)装置』が働いていた可能性が高い、とかいった話なんです」
「七百年以上もの間、その装置がずっと稼働し続けていたと言うのか?!」
「まったく、信じがたい話ですけれどね」

「その言い方は……もしかして、確認は取れていないのか?」
 ユーノの口調は決して叱責めいたものではありませんでしたが、それでも、ダールヴはいかにも申し訳なさそうな口調でこう答えました。
「それが、船内の『機関部に続く通路』も厳重に封鎖されていまして。船体そのものがもう老朽化しすぎていて崩壊の危険性があるので、外部から無理に穴など()けて機関部に突入することも難しい、という状態らしいんですよ」
 ユーノがそれを聞いて思わず溜め息をつくと、ダールヴもまた肩をすくめ、続けて以下のような内容を語りました。
(前半は、ユーノもよく知っている話です。)

『管理局が最初にドルバザウムを「発見」したのは新暦12年のことですが、軌道上から一見して、すぐに「無人の世界」だと分かったため、そのまま放置されてしまい、本格的な調査が入ったのは、それから丸々半世紀も経ってからのことでした。
 新暦40年代の後半以降、管理局はようやく、犯罪者らが違法に住み着くことなどを未然に防ぐため、すべての無人世界を順番に詳しく再調査していきましたが、その流れで、62年にはドルバザウムもようやく軌道上から全表面を詳しくスキャンされ、その際にあの遺跡も発見された、という訳です。
 それからすぐに、スクライア一族にも現地調査の依頼を出しましたが、順番は「何故か」後回しにされてしまい、「当時の長老」ハドロに率いられた支族が実際にあの世界を訪れたのは、65年になってからのことでした。
 今からちょうど20年前のことです。
 管理局の調査隊も、62年には上陸こそしませんでしたが、かなり精密なスキャンをしていましたからね。その時点で、もしも「遮蔽装置」が稼働していなかったのであれば、あの避難船も遺跡と同時に、たとえ軌道上からでも発見できていたはずなんです。
 しかも、七百年以上も前に避難民が全滅してから、スクライア一族が来るまでの間、ドルバザウムは完全に無人の世界だった「はず」ですから、遮蔽装置が最初に稼働し始めた時期というのは、少なくとも現時点では「避難民が全滅する以前」を想定せざるを得ないんですよ』

 そうした話を聞いて、ユーノは独り静かに考えました。
(だが、もし本当に技術的には可能なのだとしても、わざわざ遮蔽(しゃへい)をする「意味」が解らない。『一時的な避難のつもりで、ベルカ世界にいる誰かから身を隠していた』と言うのならば、なおのこと、ベルカ世界への航路が崩壊した時点で遮蔽を解除しなかった理由が解らない。
 それに、当時から遮蔽していたのであれば、〈ジュエルシード〉もそのまま船の機関部に隠しておいた方が発見されずに済んだはずだ。何故あんな中途半端な隠し方をしたのか?)

 実は、ユーノは以前から「まだ全体像(かたち)が見えて来ないパズル」を完成させるためのピースをずっと探し続けていたのでした。
 普通の人間ならば、とうの昔に()をあげて(ほう)り出しているような、全く文字どおりの意味で「気が遠くなるような作業」です。

 ユーノはさらに、こう考えました。
(あるいは、新暦12年から62年までの間に「誰か」がひっそりとドルバザウムに来て、〈ジュエルシード〉の存在には気づかぬまま、その船の遮蔽装置だけを稼働させ、機関部への通路を封鎖して去って行った? それはそれで、随分と奇妙な話だが……少なくとも遺跡の側には、「避難民の滅亡後、スクライア一族の来訪前」に、誰かがそこを訪れた形跡など全く無かった。
 もし本当に「誰か」が来ていたのだとしたら、その誰かは一体何をしに、わざわざあんな辺境の無人世界になど来たのか? そして、何故あれほど完璧に「自分がそこにいた痕跡(こんせき)」をすべて消し去って行ったのか?)

 まだまだ情報が不足しており、これ以上は今ここで考えても、どうにもなりません。ユーノは、ダールヴに引き続き調査と報告を続けるように依頼しました。


 また、少しだけ(さかのぼ)って、7月下旬には、IMCS第33回大会が始まりましたが、「ミッド中央」の地区予選は久々に大荒れの展開となりました。
 まず、ヴィヴィオ(16歳)はエリートクラスの一回戦で「現実に」右膝の靱帯(じんたい)を損傷してTKO負け。これを最後にIMCSの選手を引退します。
 事前の予想としては、『ヴィヴィオは「当然」これに勝ち、二回戦にも勝って、後日、三回戦では「こちらも当然に勝ち上がって来た」リンギア・ヴリージャス選手との再戦となり、昨年の都市本戦「準決勝戦」の雪辱を晴らせるかどうか』という「熱い展開」になるはずでした。
 しかし、前年度準優勝者のリンギア選手(17歳)もまた、事前の予想に反して、エリートクラスの一回戦でいきなり新人(ルーキー)のエトラ・ヴァグーザ(12歳)に敗退し、ヴィヴィオと同様に、そのまま引退してしまいます。

 また、ヴィヴィオを倒した新人(ルーキー)ヴァスラ・クランゼ(12歳)は、三回戦ではそのエトラ・ヴァグーザをも倒し、さらに勝ち進んで、8月下旬の予選決勝ではジャニス(19歳)をも判定で下し、一気に都市本戦への進出を決めました。
(まるで79年のミウラのように!)
 また、コロナ(16歳)も不覚を取って、久々に地区予選の準決勝で敗退し、そのまま選手を引退します。
 一方、アンナ(16歳)は、再び都市本戦に進出。ファルガリムザ姉妹(13歳)も、2年目にしては悪くない成績でした。

【突然ですが、この節の最後に、このエトラ・ヴァグーザについても、少しばかり詳しく述べておきます。
 彼女は新暦73年の生まれで、出身は「意外と移民の多い」セレムディ地方ですが、彼女自身は生粋(きっすい)のミッド人です。髪は黒褐色の直毛で、肩甲骨を丸ごと覆うぐらいの長さ。体格はやや小柄で、大人になっても160センチ程度。地元の魔法学校の中等科と高等科に通った5年間はIMCSにも出場しました。
 流派は、剣術と柔術を巧みに組み合わせた「双月流」で、『刀を持ったままで、相手を投げ倒しながら斬る』など、初見では随分と奇抜な動きのようにも見えますが、実は、相当に合理的で実践的なスタイルの総合武術です。

 彼女はまず、85年の第33回大会では、スーパーノービスクラスで初出場しました。初戦は緊張のあまり、ボテボテの泥試合になってしまいましたが、かろうじて判定勝ちとなります。
 次のエリートクラス一回戦では、相手(リンギア・ヴリージャス選手)が昨年の都市本戦準優勝者だったので、「ダメで元々」とばかりに勢いよく飛び込んで行きましたが、それがかえって功を奏したのでしょう。思わぬ大金星(だいきんぼし)となりました。
 エトラはそのままの勢いで、同日午後の二回戦にも勝ちましたが、後日、「12歳の新人(ルーキー)対決」となった三回戦では、不覚にも格闘型のヴァスラ選手にKO負けを(きっ)します。
(その後、そのヴァスラ選手が一気に都市本戦まで勝ち進んだのを見て、『これほどの相手だったのなら、私が負けても仕方ないか』と、自分で自分を納得させました。)

 翌86年には、ヴァスラ選手は「何故か」もう出場していませんでしたが、エトラは予選準決勝で、今度は「覇王流の」アンナ選手(17歳)にKOされ、それ以降、彼女はアンナを「ライバル」と見做(みな)して、さらなる鍛錬に励みました。
(この年、アンナは都市本戦で3位に入賞します。)
 87年には、エトラも念願の都市本戦に出場しましたが、二回戦でまたもや、シード選手のアンナに倒されてしまい、ベスト8への進出は果たせませんでした。
(この年、アンナは18歳で、ついに「覇王流後継者」として都市本戦で優勝します!)
 また、88年になると、彼女は15歳にして「新たなスキル」に目覚め、地区予選では再びアンナと同じ組になったため、対アンナ戦で「奥の手」としてそのスキルを「初披露」するつもりで鍛錬に(はげ)んだのですが、予選準決勝で思わぬ伏兵に足元をすくわれて判定負けとなり、アンナとの予選決勝を目前にして無念の敗退となりました。
(この年は、アンナも微妙にコンディションを崩しており、都市本戦では久々に上位入賞を(のが)してしまいました。)
 89年には、昨年の悔しさをバネに奮闘を重ね、都市本戦ではついに「奥の手」も披露して3位となり、上位入賞を果たしましたが、そこにはもうアンナ(すでに20歳)の姿はありませんでした。

 エトラはこれを最後に、IMCSを引退。90年の春には高等科を卒業して、17歳で陸士訓練校に入り、「都市本戦・上位入賞」の実力を評価されて、「半年の短期プログラム」で卒業。その年の秋には早速、三等陸士となって、地元セレムディ地方の陸士266部隊に配属されました。
 そして、92年の春には、彼女は最速で捜査官になるとともに、事情(わけ)あって西隣の地方の陸士267部隊へ異動。さらに、95年の春には、22歳で本局所属の広域捜査官となり、そこで一つ年下のディアルディア(後述)とコンビを組んで、以後、99年の春までは、ひたすらに「地道な」活動を続けることになります。
 このエトラとディアルディアも「第二部」にチラッと登場しますので、どうぞお忘れなく。】


 
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