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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第5章】エクリプス事件の年のあれこれ。
   【第4節】同81年の10月以降の出来事。(後編)



 さて、新暦81年の「エクリプス事件」は〈次元世界〉のさまざまな方面に(ひろ)く暗い影を落としましたが、十代の少年少女らによる公式魔法戦競技インターミドル・チャンピオンシップもまた、その例外ではありませんでした。
 ミッドには直接の大きな被害こそ無かったものの、IMCSの選手たちは、みな『自分たちが、今こうして魔法戦競技などに貴重な青春を費やしていられるのも、世界が平和だからこそなのだ』という事実を改めて痛感してしまったのです。
 その結果、『自分もいずれは管理局員に』と考えていた選手たちの多くが、その予定を前倒しにしました。
 10月の中旬に都市本戦が終了すると、すでに19歳となっていたヴィクトーリアやザミュレイや、最初からその予定だったシャンテ(16歳)ばかりではなく、クヴァルゼ(14歳)を始めとする何人かの有力選手たちもまた、今年を最後にIMCSから引退することを表明します。


 また、なのはとフェイト(ヴィヴィオの両親)が入院したことで、アインハルトとミウラも少なからず動揺し、一度は『自分たちも中卒で早く局員に』などと考えたりもしたのですが、引っ越したばかりの新居で相談を受けた八神司令(謹慎中)からは次のように(さと)されました。

(はや)る気持ちも解らんではないが、今やっとるコトを中途半端で放り出すというのも、どうなんやろうな? 気持ちは嬉しいけど、あと2年だけ「普通の生活を送りながら、地力(ぢりき)を蓄える」というのも、将来的に悪くは無いんと(ちゃ)うか? 人生、「急げば()え結果が得られる」とは限らんのやで』

 そこで、二人は考えを改め、やはり、予定どおりに高等科に進学して、IMCSもあと2年だけは続けることにしたのでした。
 しかし、ミウラは「肉体上の重大な変化」のため、年内には、八神家に引き取られることになりました。
 何と、彼女は「グラックハウト症候群」にかかっていたのです。


 新暦81年の10月下旬。
 はやては新居(古びた洋館)で、シャマルからの報告を聞いていました。彼女は先程、ミウラと一緒に〈本局〉から戻って来たばかりです。
(なお、ミウラは一旦、実家に戻っていました。)

「まず、アギトちゃんの話ですが……マリエル技官が言うには、『今のところ、命に別状は無いが、まだ当分は目覚めさせることができない』とのことです」
「……できない理由は、何なんや?」
「実は……部分的にですが、『基礎プログラム』にまで損傷があるので、現状のまま急いで目覚めさせると、十中八九、『旧来の人格』が維持できません」
「つまり、今、下手に目覚めさせると、別人になってしまうということか?」
 シャマルは悲しげに、ゆっくりとうなずきました。
「おそらくは記憶も失われ、当然に性格も多少は変わってしまうことでしょうね」
「一体どうすれば、元のとおりになるんや?」
「理想的には、どこかでもう一体、アギトちゃんと同じ『純正古代ベルカ製』のユニゾンデバイスを見つけて、そこからコピーを取るのが良いんですが……」
「それは……ちょぉ難しそうやなあ」
 ちなみに、同じユニゾンデバイスでも、リインは「古代ベルカ製」ではないので、内部の構造(つくり)もだいぶ違っており、リインからコピーを取っても、アギトの「基礎プログラム」を修復することはできないのだそうです。

 シャマルは続けて、「グラックハウト症候群」の説明に移りました。そもそも、ミウラを今日、本局へ連れて行ったのも、医療部でそれを確認してもらうためだったのです。

「この病気は、古代ベルカでは、ただ単に『巨女病』と呼ばれていました。生まれつき魔力の強い女子が、思春期以前から、脳に繰り返し『意識が飛ぶほどの強い衝撃』を受け続けていると、十三歳か十四歳ぐらいで『極めて(まれ)に』発症する病気です。
 ただし、病気とは言っても、実際には『四~五年かけて、体格と体力が飛躍的に増大してしまうこと』以外には、何も不都合がありません。審美的・対人的にはともかくとして、医学的・健康的には何ひとつ問題が無く、また、感染も遺伝も全くしないので、古代ベルカでは基本的に放置されていました」
「やっぱり……その変化は、もう()められんのか?」
「下手な止め方をすれば、それこそ命に(かか)わります。それに、発症例が少なすぎて、臨床試験を(おこ)なえるほどの数の患者も集まりません」
「そもそも、私は今回、病名それ自体を生まれて初めて聞いたんやけど……そんなに珍しい病気なんか?」
「はい。医療の世界では『数億人に一人』とか、『同じ世界の同じ世代に、二人の患者はいない』とまで言われています」
(ええ……。そんなに……。)

「そのため、発症の機構(メカニズム)もなかなか解明されなかったのですが、新暦の時代になってから、巨女病の正体が、『脳髄それ自体が「独自の」自己防衛本能に基づいて特殊な内分泌質(ホルモン)を分泌し、ある種の魔力資質との相乗効果によって全身を物理的に強化・改変する』という現象であることが、ようやく判明しました。
 全身の骨格と筋肉の中でも、特に頭蓋骨や首回りの筋肉などが強化されやすい傾向にあるのは、そのためであり、また、症例が極めて少ないのも、極めて特殊な魔力資質が要求されるからだったのです。
 そうした医学的な機構(メカニズム)が解明された後には、これは、『病気』と言うよりも、単に『症状』であるものと考えられるようになり、医学的にも、正式に『若年性脳衝撃誘導型特殊内分泌質過剰分泌性魔力資質相乗式身体強化症候群』と命名されました」
「……(なん)やて?」
「すみません。今のは、(おぼ)えていただかなくても結構です。この正式名称があまりにも長すぎたので、今では『巨女病』は一般に、その機構(メカニズム)を解明した医師の苗字(みょうじ)を取って、『グラックハウト症候群』と呼ばれています」

 シャマルは、さらに説明を続けました。
「近いうちに、ミウラちゃん本人に対しても詳しい説明が必要でしょう。家族の理解が得られるとは限らないので、場合によっては、彼女は、もうウチで面倒を見た方が良いかも知れません。
『強くなった分だけ寿命が少し縮む』という説もありますが、それはただ単に『自分の体が別人のようになってしまったこと』や、『対人関係の変化によるストレス』で寿命が縮んでいるだけかも知れず。詳しいことは、まだよく解っていません。
 また、脳髄そのものの機能も多少は増強されるので、結果として、記憶力や思考力が多少は増大する場合もあるそうです。一般に脳震盪(のうしんとう)を繰り返すと、脳の認知機能が低下する場合があるので、おそらくは、脳自身がそれを回避するために、そのようにしているのでしょう」

「しかし……脳への衝撃で繰り返し意識が飛ぶ、というのは、具体的にはどういう状況なんや?」
「現代ミッドでは、主にIMCSなどの競技会によるものですが、古代ベルカでは、主に父親からの虐待によるものでした。古代ベルカでは、発症後に『父親殺し』もよくあることだったそうです」
「それは、また……嫌な話やなあ……」
「ちなみに、私たちがミウラちゃんと最初に出会った頃の話ですが、彼女の『自己評価』があまりにも低すぎたので、実を言うと、私は当時、彼女が家庭内で親から『言葉による虐待』を受けているのではないかと疑っていました」

【当初、ミウラは自分のことを、『ボクは本当に不器用で 人見知りで口べたでドジでおっちょこちょいで なにをやってもダメな子だった』と評していました。
(この件に関しては、Vividのコミックス第5巻を御参照ください。)】

「しかし、数億人に一人ということは……同じ症状の人が、ミッドにもう一人ぐらい、上の世代におるんと(ちゃ)うんか?」
「ミッドで直近の発症例は、三十年あまり前のことになります」
「ということは、その人、まだ四十代なんか? 話とか、訊けんのかな?」
「残念ながら、その女性は、十代のうちに……その……」
「ええよ。続けてや」
「人生に絶望して、親兄弟を全員『素手で』皆殺しにしてから、自分も自殺したのだそうです」
(なんで、そうなるんや……。)
 はやては、思わず頭を(かか)え込みました。

「ただ、それは新暦51年のことで、直後に、一連のテロ事件や経済恐慌があり、その陰惨な事件のことは、社会的には速やかに忘れ去られたそうです。それから……これは本当に『俗説』でしかないのですが……古代ベルカには、『巨女の産む子にハズレ無し』という言い回しがありました」
「ハズレって、(なん)や?」
「この文脈では、『魔力が無い子供、もしくは、魔力に乏しい子供』の意味ですね」
「つまり、グラックハウト症候群の女性が産んだ子供は、全員が『確実に』強い魔力を持って生まれて来る、という意味か?」
「はい。一体どういう機構(メカニズム)でそうなるのかは、まだ全く解っていませんが……古代ベルカでは、そのために『子供を産むための機械』のように扱われて、閉経するまで延々と、十八人も子供を産まされ続けた巨女もいたそうです。症例が少なすぎて証明もできませんが、これを否定できる実例もまだ見つかってはいません」
「それもまた……ちょっと本人には聞かせられへん話やなあ」
「ええ。現代では、専門家たちでも知らない話なので、やはり、ミウラちゃんにも、今の話は聞かせない方が良いでしょう」


 数日後、はやてとシャマルは、ミウラを新居に呼んでひととおりの説明をしてから、二人だけでリナルディ夫妻との直談判(じかだんぱん)(のぞ)みました。
 はやては初めてミウラの家族に会いましたが、こうして見ると、確かに、家族の中でミウラだけが髪の色なども全く違っています。明らかに、ゲンヤと同じような「突然変異」の(たぐい)でした。
 訊けば、やはり、ミウラの母は夫から不貞を疑われ、DNA鑑定までさせられたのだそうです。おそらく、この両親は、それ以来ずっと、ミウラを普通に愛することができずにいたのでしょう。

 やがて、ミウラの母親がそっぽを向いたまま、小声でポツリと『私だって、あの子さえ生まれて来なければ』と口走ったのを聞いて、シャマルが珍しくキレました。
 椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がり、一気にこうまくし立てます。
「あなたたちは、彼女が当初、自分のことをどう評価していたか、御存知ですか? わずか9歳の少女が、自分のことを『不器用で、口下手で、ドジで、ダメな子だ』と言っていたんですよ。普通に愛されて育ったのなら、9歳児は自分のことをそこまで悪く考えたりはしません。誰かからそう(ののし)られたから、そう思うようになったんです。
 さあ! そんな小さな小児(こども)に向かって、一体誰がそんな暴言を吐いたんでしょうね? 一方的に被害者ぶるのは()めなさい! あなたたちもそれなりに(つら)かったのかも知れませんが、彼女自身の辛さに比べれば、その程度の辛さなど大したものでは無いんです!」

 適当なところで、はやては片手を上げて、シャマルを()めました。手振りひとつで、静かに座らせます。
 完全に()()された中年夫婦は、それでも、ポツポツと自己弁護を始めました。
二人の言葉の大半は、ただの言い訳でしたが、はやてはじきに気がつきました。リナルディ家で魔力を持っているのは、本当にミウラただ一人なのです。
 魔力の話になると、父親はようやく素直な言葉を述べました。
「率直に言って……私たちは、あの子が(こわ)いのです」
 これは、要するに「魔力を持つ者と持たざる者との差」であり、古代ベルカで言えば、そのまま「貴族と平民の差」でした。
 そして、魔力の無い普通の人間たちにとって、これは、実にしばしば「越えられない壁」だったのです。

 はやては、わざと音を立てて、テーブルの上に両手をバンと置きました。
「解りました。……彼女も、思春期の多感な少女ですから、私としても『彼女が心穏やかに暮らしていける環境を、御実家の方で整えていただけるのであれば、それに越したことは無い』と思っておりましたが……どうやら、それも難しいようですね。
 どうでしょうか? 実のところ、私たちは彼女の将来をとても有望視しております。この際ですから、彼女を私たちの家に預けてみる気はありませんか?」
「それは……養子に取る、というお話でしょうか?」
「実際に、彼女の生活環境を整えてあげることさえできれば、少なくとも私たちの方は、戸籍にはこだわりません。彼女自身が成人した時、自分でどう考えるのかは、また別の話になりますが」
 リナルディ夫妻は互いに()(くば)せを()わし、小さくうなずき合うと、ぴったりと声を合わせて、はやてとシャマルに向かって頭を下げました。
「「解りました。よろしくお願いします」」
 この二人も、決してミウラを憎んでいる訳ではないのでしょう。ただ単に『上手(じょうず)に愛することができない』というだけのことなのです。

 こうして話がまとまると、はやてとシャマルは、すぐにリナルディ家を()し、八神家に待機させていたミウラの許に吉報(?)を届けました。
 なお、夫妻から聞いた限りでは、彼等自身の父母も祖父母も、みな魔力など持ってはいませんでした。
 つまり、ミウラの魔力は隔世遺伝ではなく、純粋な突然変異で、これは「魔力の無い一族の許に生まれた新生児」の中では6万人に一人ぐらいです。さらに、ブレイカー資質もまた「強い魔力を持つ者たちの中で」やや多めに見積もっても、せいぜい千人に一人ぐらいでした。
 そこまでならば、まだ「なのは」という前例もあるのですが、その上さらに「巨女病」とは、ミウラは一体なんという数奇な運命の下に生まれたのでしょうか。
 はやては思わず、『何とかしてミウラにも「普通に」幸福で充実した人生を送らせてあげたい』と考えたのでした。

【なお、ミッドの総人口は今や10億人に達しており、新生児も毎年1000万人以上は生まれています。つまり、「ミッド全体で」ならば、『突然変異による魔力の持ち主は、毎年160人あまりも生まれている』という計算になるのですが、その中でも、魔導師になれるほどの「充分な魔力資質」を持った者は全体のおよそ20分の1、平均して毎年8人ほどしかいません。】

 同10月の末、ミウラは八神家に引き取られる形で正式に転居し、しばらくは「古びた洋館」ではやてたちと一緒に暮らすことになりました。
 また、翌春には、高等科もそこから最も近い魔法学校を選択することになります。

【なお、コミックス第13巻には、『ミウラの学力には、いささか問題がある』という描写があるのですが、翌82年の春に高等科に進学してからは、彼女は、骨格の急速な成長や筋力の(いちじる)しい増強と同時に、記憶力や思考速度なども「それなりに」改善されて行きました。
 そのため、84年の春に高等科を卒業する頃には、ミウラの成績は同学年の中でも「かなりの」上位に()い込むほどとなっており、ミウラはそのまま(はやての勧めもあって)管理局の士官学校の「陸士コース」に進学しました。
 彼女の成長ぶりがよく理解できていない両親からは、『八神司令のコネで、裏口入学をしたのではないか?』などと疑われたりもしたようですが、もちろん、そんなことは全くありません。
 士官学校は全寮制なので、結局のところ、ミウラが八神家に居候(いそうろう)をしてしたのは(高等科時代を中心に)ほんの2年と5か月たらずのことでしかありませんでしたが、その「2年あまり」の間に、ミウラは体格も格段に大きくなり、髪の色ももう少し濃いものになり、少なくとも外見的には「小児(こども)の頃とは、ほぼ別人」になっていたのでした……という設定で行きます。】


 また、81年の11月から12月にかけて、IMCSの方では、今年も「都市選抜」と「世界代表戦」が(もよお)されました。
 ヴィクトーリアは、まず都市選抜に勝って、ミッドチルダ・チャンピオンになります。
 そして、世界代表戦の準決勝は、実に微妙な判定でしたが、惜しくも判定負けとなり、3位決定戦では圧勝して、ヴィクトーリアは「次元世界で第3位」となりました。
(なお、昨年の「次元世界チャンピオン」サラ・フォリスカルは、リベルタの首都メラノスに実家があったため、今年は「エクリプス事件の最終戦」で家族が被災していました。
 そのため、彼女自身は身体的には無傷でしたが、心理的なダメージが大きく、リベルタでの都市本戦では、最初から出場を辞退していたのです。)

【以下、この作品では、ヴィヴィオとアインハルトが登場する他にも、ヴィクトーリアとジークリンデ、ルーテシアとファビア、ミウラとコロナが管理局員として活躍します。
 エルスやシャンテやニーナやクヴァルゼやジャニスも、少しだけ登場しますが、他の選手たちは以後、基本的には登場しませんので、リオやミカヤやハリーのファンの方々は、悪しからず御了承ください。
 設定としては、『リオは84年の春に15歳で中等科を卒業すると、その頃から急速に治安が悪化していた故郷のルーフェンに戻って現地の陸士隊に入り、「最初は」テロ対策などの治安維持活動に従事。ミカヤは85年の春にはナカジマジムを退職し、24歳で結婚。その後も天瞳流道場の師範代として後進を育成。ハリーは首都(しゅと)警邏隊(けいらたい)の陸士と捜査官を経て、86年の春には22歳で本局所属の「広域捜査官」となり、その後は独自に活動を続ける』といったところです。】


 さて、はやても今は謹慎中の身でしたが、『なのはとフェイトの長期休職によってできた穴を、多少なりとも埋めてゆく努力をしたい』という意識が働いたのでしょうか。その後も、彼女はしばらくの間、あちらこちらで『有能な魔導師を見つけては、管理局に勧誘する』という活動を続けました。
 まず、81年の11月には、ルーテシアとファビアを勧誘します。
 メガーヌの了解の(もと)に、はやてが二人の「法的後見人」という立場を悪用して(?)裏から手を回した結果、それまで嘱託魔導師だった二人は「秘密裡(ひみつり)に」正式な局員となりました。
(ルーテシアとファビアも、「ヴィヴィオ襲撃事件」の後、『もういつまでも「民間人」のままではいられない』と腹をくくっていたようです。)
 二人の「名目上の所属」は、カルナージの「離島警邏隊」でしたが、ここで言う「離島」とは、具体的にはホテル・アルピーノが建っている「あの島」のことなので、実際には『今すぐに、何か仕事がある』という訳では無く、まだしばらくは「予備役(よびえき)」のような扱いになります。
 実のところ、ルーテシアとファビアにしてみれば、二体のガリューのおかげで、もう「ホテル・アルピーノの手伝い」にはあまり時間を()かなくても良くなっていたので、局員として働く準備は(心理的にも状況的にも)すでに整っていたのでした。

 また、12月になると、はやては、IMCSでの活動を終えたヴィクトーリアにも働きかけました。
 ヴィクトーリアとしては、ジークリンデのために「いつでも自由に動ける立場」を維持しておきたいという気持ちもあり、また、翌年の春には叔父ダミアンが「少将」に昇進することがすでに内定していたため、それと同じタイミングで管理局に入るのは、まるで「虎の威を()る狐」のようでもあり……正直なところ、それなりの躊躇(ためらい)はあったのですが、はやてに説得されて、まずは空士訓練校への入学を決めました。


 なお、エリオはフォルスで重傷を負った際に、そのまま現地の病院に(かつ)ぎ込まれていたため、キャロと同様に、リベルタでの「最終決戦」からは脱落してしまっていましたが、後日、そこからミッド首都東部郊外の「局員専用病院」へと転院しました。
 翌10月の中旬、特務六課が解散させられた後に、キャロとフリードは(ヴォルテールから治療を受けた上で)何事も無く、ミッドに戻って来ます。
 そして、11月になって、エリオはようやく(キャロやフリードと同様に)傷跡のひとつも残さずに完治して、無事に退院しました。
 その際、二人は『一足お先に失礼します』と、フェイトやなのはにも挨拶をしに行きましたが、その際に、前述のとおり、マルセオラ(9歳)にも紹介されました。
 そして、エリオとキャロ(16歳)は、ギンガやチンクやトーマにも挨拶をして、気持ちとしてはやや不完全燃焼のまま、フリードとともにスプールスへ戻りました。

 一方、ギンガはこの機会に「両の義手」を、チンクもまた「右の義眼」を、最新型のモノに取り替えました。それで、退院がエリオよりも後になったのです。
(これ以降、ギンガは両手で、リボルバーナックルの「軽量化された簡易版」のようなデバイスを扱うようになります。また、チンクは「何故か」その後も右目には眼帯の着用を続けました。)

 また、12月には、ギンガやチンクに続いて、トーマも退院し、正式にナカジマ家の一員となりました。
「原初の(たね)」が消滅した影響でしょうか、エクリプスウイルスの治療は予想以上の速さで終了しました。そうして、トーマは肉体的にはもう何の問題も無い状態となりましたが、実は、リリィを(うしな)ってしまったことで、精神的にはかなりの問題を(かか)え込んでしまっています。
 トーマが、再び自分の人生に「意義」を見出(みいだ)せるようになるまでには、まだしばらくの時間が必要でした。


 なお、結果としては、81年の〈エクリプス事件〉は、ミッドではさほど人々の話題には(のぼ)りませんでした。局員や関係者らには若干の被害も出ましたが、社会全体として見れば、ミッド地上の一般市民には、ほとんど被害が出なかったからです。
 この年、ミッドでは「51年の一連のテロ事件の犠牲者たち」の「30回忌・祀り上げ」がそれぞれの土地で(いとな)まれましたが、ミッド地上の一般市民にとっては、むしろこちらの方が大きな話題となったほどでした。

 さらに言えば、ミッドでは、聖王教会の方で、まず新暦80年に「教会成立360周年記念祭」があり、81年には「聖王昇天360周年記念祭」がありました。
 そして、(これは全く「偶然の一致」なのですが)翌82年には続けて、ミッド中央政府の主催による「クラナガン遷都200年祭」も控えていました。
 ミッドでは、管理局による情報統制もあり、こうした「三年続きの祝賀ムード」にも流されて、人々は〈エクリプス事件〉にあまり深い関心を持たなかったのです。
(もちろん、実際に大きな被害の出たヴァイゼンやフォルスやリベルタでは、状況は全く違っていました。新暦75年の〈ゆりかご事件〉も、ミッドチルダ以外の世界ではあまり話題になりませんでしたが、今回はちょうど「それとは逆」の状況だったのです。)
 そういう訳で、当然ながら、トーマも「あの事件の当事者」として周囲に名前を知られたりすることも無く、退院後は(彼自身の内面は別にして、社会的には)ごく平穏な生活を送ることができたのでした。


 そして、新暦81年の末、〈本局〉のマリエル技官は「秘密裡に」謹慎中のはやての自宅(古びた洋館)を訪れ、はやてに「アギトの状況」と「ハーディスの真意」について一連の説明をしました。

「ご報告が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。……まず、アギトさんについてですが、10月にもシャマルさんにお伝えしたとおり、もし急ぐ必要が無いのであれば、どこかに『純正古代ベルカ製』のユニゾンデバイスがもう一体、残っていないかどうか、時間の許す限り、調べた方が得策かと思います。タイムリミットまでは、最低でもまだ四年や五年はあるはずですから」

 次は、『押収された「ハーディスの融合機」のAIから、彼の「EC計画」に関して、かなり詳細な情報が得られた』という話です。

「詰まるところ、ハーディスが造ろうとしていたのは、ある種の魔力駆動炉でした。彼自身の研究によれば、エクリプスウイルスを弱毒化し、感染者をすぐには死なせないようにした『変異株』を使って『弱感染』とでも呼ぶべき状況を意図的に造り出すと、その弱感染者の生命エネルギーを、その特殊な駆動炉で魔力に『直接に』変換することで、莫大なエネルギーが得られるようになるのです。
 そうした弱感染者は、その駆動炉の中に入ると、ほんの24時間たらずでミイラのように()からびて死んでしまうのですが、もしもそうした駆動炉が本当に完成すれば、理論上は年間『わずか』400名ほどの犠牲で『ひとつの世界』全体のエネルギーを余裕で(まかな)うことができるようになります」

 マリエル技官は、続けて『通常の核融合発電では、どうしても排熱の問題が発生してしまうが、この駆動炉ならば、それすらも無い』という話をしました。

「それから、ハーディスは『原初の種』から直接に、そうした『変異株』を取り出すことができたようです。……少なくとも、できるはずだと考えていたようです。
 その『変異株』も『原初の種』も、今はもう残されていませんから、本当のところ、彼の理論がどこまで正しいのか、具体的な検証をすることはもう誰にもできませんが、可能性としては充分に理解できます。
 と言うのも……私たちは普段、リンカーコアや魔力駆動炉で、大気中の魔力素を結合させて魔力に変えている訳ですが、その魔力素とは本来、陸上の多細胞生物から()れ出した『余剰生命力』が大気中で自然に姿を変えた存在(もの)です。
 もしも魔力素という『中間段階』をスッ飛ばして、生命力そのものを魔力に『直接に』変換することができるのであれば、あくまでも『プログラム次第では』という話になりますが、その『変換効率』を大幅に上昇させることも可能でしょう。
 また、『余剰生命力』だけでなく、『基礎生命力』まで(けず)って使い込んでも構わないのであれば、その変換効率をさらに上昇させることもまた可能であろうことは想像に(かた)くありません」

「しかし……そのシステムやと、毎年、何百人もの人間が生贄(いけにえ)になる訳やろ?」
「どうやら、彼は『社会の底辺で何の役にも立っていないクズども』を犠牲にすれば、それで良いと考えていたようです」
「その人が役に立っとるか立っとらんかは、一体何を基準にして、誰が決めるんやろうなあ?」
「おそらく、彼は『自分には、それを決定する資格がある』とでも思い込んでいたんでしょうね」
「そういう考え方は、私は好かんなあ」

 はやてが溜め息まじりにそう吐き捨てると、マリエルはさらに、こんな話を始めました。
「それと、こちらはさらに怪しい情報なのですが……先日、ユーノ司書長が遅ればせながら、先史ルヴェラ文明の古文書を解読しました。ただし、基本的にはルヴェラ人たちの『自画自賛』の書物ですから、真偽のほどはよく解りません。まず、それを念頭に置いた上で、聞いてください。
 本来、エクリプスウイルスの『原初の種』は、『人工的に「サードコア」を顕現させるための』……つまり、『人工的に「異能者」を造り出すための』ロストロギアだったと言うのです。もちろん、実際には、その失敗作だった訳ですが……」
「しかし、その『異能者』というのは……私も言葉は聞いたことがあるんやけど、実際のところ、具体的にはどういう意味の言葉なんや?」
「まだ実在が確認されたことはありませんから、具体的な意味内容となると、その用語を使う人によって、まちまちですね。伝承としても、『人類史上、本物の異能者など、指折り数えるほどしかいなかった』という話ですから。
 ただ、多くの場合、異能とは、『物理次元で何か特別なコトができる能力』と言うよりは、ただ単に『全く人間離れした認識能力』を指して言う用語のようです。つまり、解るはずの無い事柄が直感的に解ってしまったり、人類がまだ全く踏み込んでいない認識の領域に一人だけ踏み込めてしまったりする能力のことですね」
 マリエル自身は、一貫して極めて懐疑的な口調でした。

「つまり、異能と魔法は、全く別種の能力と考えて、ええんやな?」
「そうですね。そもそも、サードコアという用語それ自体が、イネートコアやリンカーコアとは別に存在する『第三のコア』という意味の用語なのですから、それぞれのコアに由来する能力も……つまり、『イネートコアによるIS』と『リンカーコアによる魔法』と『サードコアによる異能』も……互いに全く別の存在ということになります。もちろん、現状では、サードコアと異能は、完全に『オカルト用語』という扱いになりますが……」

 ただし、ここで言う「オカルト」は、ただ単に『今はまだ科学的な説明が全くできていない』といった程度の意味でしかありません。
 接触禁止世界(地球のような、魔法文化の無い管理外世界)の住人から見れば、おそらく、通常の魔法ですら、充分に「オカルト」ということになってしまうでしょう。
【異能者やサードコアや「余剰生命力と魔力素の関係性」などに関しては、また「背景設定5」でまとめて説明します。】

「一部には、『次元世界大戦を引き起こした〈最初のゆりかごの聖王〉も、異能者だった』などと唱える人もいるそうですが……」
(そう言えば、「完全体」になったハーディスは、こちらの次の行動を「すべて」予知できとるかのような動きをしとった……。ああいうのが「異能者」なんやろか……。)

 そうした会話の後、マリエル技官は、また〈本局〉に帰っていったのでした。

 後に、管理局の〈上層部〉は、担当技官らにも箝口令(かんこうれい)を敷き、この駆動炉に関する「情報」それ自体を封印しました。
 もちろん、その研究や開発も(エクリプスウイルスと同様に)すべて不許可です。
 こうして、エクリプス事件とその後始末は、年内には早くも終了したのでした。


    
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