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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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敢闘編
  第七十五話 国防委員長

宇宙暦794年1月15日12:00
バーラト星系、ハイネセン、自由惑星同盟、最高評議会ビル、国防委員長執務室、
ヤマト・ウィンチェスター

 年が明けて、年頭訓示以降じかに会っていなかったから年明けの挨拶も兼ねて本部長公室に行ってみたら、シトレ親父が着いて来いと言う。何処へ行くのかと思っていたらこんな所に連れて来られた。
「まあ二人とも楽にしてくれたまえ」
目の前の国防委員長ヨブ・トリューニヒト氏はデスクの上の内線の受話器を取ると、しばらく誰も入れるなと言った。隣室の秘書への電話だった様だ。これから三人で話す内容はきっとろくでもない事なのだろう。
「艦隊司令官の椅子の座り心地はどうかな、少将」
「ええ、満更でもありません、委員長閣下」
「満更でもないか、君は面白いな。本部長から聞いていないかな、君を艦隊司令官にと推したのは私なのだよ。礼くらいあっても然るべきだろう?」
「…ありがとうございます。ですが小官が望んだ訳ではありません。軍の人事は玩具ではありませんよ、閣下」
「手厳しいな。推したのは私だが、問題はないと言ったのは本部長だよ」

 この男と直接話したのは何度目だろう。褒められるのは嫌いじゃないけど、この男に限っては原作のイメージが強すぎて手放しで喜べないんだよなあ。本当にシトレ親父は問題ないと言ったんだろうか?
「本当なのですか、本部長」
「ああ、本当だ」
本当かい…。
「コーヒーでいいかね?」
俺達二人の返事を聞かないうちに、トリューニヒトは自分でコーヒーを淹れだした。
「人事は玩具じゃない、か。手厳しいね。でも私としては玩具にした覚えはないんだがね」
「…本当にそうお考えなのですか?」
「それが本当かどうかの議論はまた別の機会におくとしよう。今日君を呼んだのは、君の考えを直に聞こうと思ったのだよ。本部長が、君が面白い事を言っていると言うのでね」
「委員長閣下、少し宜しいでしょうか…本部長、こういう行動は嫌いだと自ら仰っていませんでしたか?」
「私が嫌いなのは私利私欲、自己顕示欲の為に行われる政治家への猟官行為だ。立場上私が国防委員長と話をするのは当たり前の事だし、私自身は恣意的に行動した事はないぞ」

 そんなにムスっとしなくてもいいじゃんか、シトレ親父よう…トリューニヒト、お前は笑うな。
「ハハハ…色んな軍人を見てきたが、ここまで物怖じしない若者を見たのは初めてだな。先日のネグロポンティ君ではないが、君の意見を聴いてみたいのだ、同盟軍、いや同盟の取るべき方針を」
「同盟の取るべき方針、ですか?」
「そうだ。君の考えが検討するに足る物なら、私は君を全面的にバックアップする」
シトレ親父…話してないなんて絶対嘘だな…。
「…バックアップすると仰られても…同盟の方針となると、国防委員長という地位では権限が不足するのではありませんか?」
「そうだね。今の地位では不足かな」
「という事は最高評議会議長の椅子が必要になるという事ですが、委員長閣下は軍を政争の道具になさるおつもりですか?」
「いけないかね?」
「…いい事だとお思いなのですか?」
俺の言葉を聞きながら、トリューニヒトは笑みを消す事なくコツコツとデスクを叩いていた。まさか、いけないのか、と厚い面の皮で言われるとは思わなかった…奴は叩く指を止めると再び話し始めた。
「先年の事だが、イゼルローン要塞攻略にあたって君は当時のシトレ長官代理の作戦案を修正した。あれは何故かな?」
「…シトレ長官代理の作戦案ではイゼルローン要塞は陥とす事は難しい、そう判断したからです」
「そうだったね。それについては軍事上の技術的な要件だから疑問はない。だが修正案を出すにあたって君は目的を要塞攻略から帝国領進攻へと変更した。それは何故かな」
「…小官の考えた作戦案は全艦隊を動員するものでした。全艦隊を動員したのは一次攻略部隊が失敗した時に備えてです。ですが一次攻略部隊が無事成功した場合、余勢を駆って帝国領へ、という意見が二次攻略部隊…陽動作戦に参加した艦隊から出るのは避けられないという懸念がありました。であればと当初から作戦目的を帝国領進攻としたのです」
「軍内部のガス抜きの為もある…作戦の裏の目的だったね」
「そうです」

 再びトリューニヒトはデスクをコツコツと叩き出した。
「だが、それだけではない筈だ。君は軍内部だけではなく、いずれ同盟市民が帝国への出兵を望むのではないかと危惧したのではないかね?」
奴の顔からはいつの間にか不愉快な笑みが消えていた。
「あの作戦はシトレ長官代理が持ち込んだものだ。当時の作戦本部長も無論了承していた。その後作戦案は君によって修正された。要塞攻略が小規模の被害で済んだ場合、軍内部に存在する不平不満を解消する為にもアムリッツァを確保する。成程と思った。今まで攻められる一方だった訳だし、全艦隊を動員したのに直接要塞攻略戦に参加した者とそうでない者とでは不公平感があるのは否めない…というのは理解出来たからね。そして陽動部隊にアムリッツァ占領の功を譲り軍内部の不平不満を沈静化させる。そしてアムリッツァを確保する事で帝国軍の誘引撃滅を図る。軍人達は武勲の立て放題だな。その上でアムリッツァと帝国に近い辺境星系を再開発し同盟内の経済の活性化に繋げる。アムリッツァを確保し続ける事が出来なければ全てがご破算だ、軍人達や役人達もサボる事なく任務に邁進するだろう。まあ前哨宙域の解放と再開発の促進は私がやった事だが…国内の再開発という意味で他の委員会にも政治的な貸し…点数を稼がせる事が出来る。リスクはあるが誰も損する事のない、いい案だと思ったよ。君のおかげで、評議会内での国防委員会の重みは一気に増した」
 
 それはあんたの重みだろう…とは言っても、流石とは思いたくはないけどトリューニヒトは腐っても政治家なんだな。俺は他の委員会なんて全く気にしてなかったからな…。実際に奴は他の委員会を巻き込んで一気に辺境の再開発を始めたから、他の委員会にしてみれば存在意義の再確認という意味でもトリューニヒト様々だろう。例えそれが認めたくない事実であってもだ…冷めたコーヒーを一気飲みして、トリューニヒトは再び語り始めた。
「そして作戦は成功して現在に至る訳だが…果たしてガス抜きの対象は軍部だけだったのか、と思ってね」
「…どういう意味でしょう?」
我ながら芸の無い間抜けな相槌だけど、奴がそれを待っている様に口を閉じるから仕方がない。
「そのままの意味だよ、少将。私がさっき言った様に、君は同盟市民が帝国への出兵を望むのではないか、そう思ったからあの作戦案を思いついた、違うかな?」
そう言うと、トリューニヒトは空になったカップに再びコーヒーを淹れ出した…。

 …意外に洞察力が鋭い。原作の様な状況に同盟が陥らない様に思い付いただけとは言っても、根底にはそれがあるからなんだ。原作だとイゼルローン要塞攻略戦が成功した為に同盟はひどい事になった。ヤンさんの成功を妬んだ闇落ちフォークの自己実現の為だけに、評議会議長に直接持ち込まれた作戦案である帝国領進攻…そして政権維持の目的の為だけにそれは実施された。同盟国内に作戦が発表されても、市民の反対の声は聞こえなかった。それほど帝国に対する反感は強いのだ。現実が見えていたのは一部の政治家と軍人だけ。そして大義成就の為に現実は無視された挙げ句内容は行き当たりばったり…トリューニヒトはあの時賛成しなかった。奴の目から見てもとても成功するとは思えなかったのだろう。作戦は失敗し、賛成しなかった事でトリューニヒトは株を上げた。自己保身の為だったのかも知れない、だがトリューニヒトはトリューニヒトなりに現実を見ていたのだ。政治家として単純に勝ち馬に乗りたいだけなのかも知れない。ある意味奴はフォークの名台詞の通り『高度な柔軟性を保持しつつ、臨機応変に対処』している…。

 「閣下がそう仰る根拠はお有りですか?」
「ハハハ…根拠か。今言った通りだよ。何故アムリッツァを確保したのか。作戦としての理由は君が出した修正案の通りだ。だが、果たしてこれは軍部のみを考えての事なのか。この点を突き詰めていくと、ガス抜きという話は軍部だけでなく同盟市民に及ぶのだ。考えてもみたまえ、軍に人材を提供しているのは同盟市民なのだよ…百五十年も戦争が続き、イゼルローン要塞完成後は防戦一方…そしてイゼルローン要塞の攻略が成った…軍部ですら余勢を駆って、という意見が出るとするならば、同盟市民とて同盟は攻勢に転じたと考えてもおかしくはない。むしろ市民は軍部以上にそう感じるだろう。違うかな?君はそう考えた筈だ」
「……」
「イゼルローン要塞の攻略で作戦を終えたとしよう。市民は必ずや帝国領への出兵を望むだろう。彼等は、自分達が払った犠牲は要塞一つでは事足りないと思っている。戦争に対する民衆の価値観というのは大昔から変わらない。彼等は払った犠牲に釣り合う利益を求めるものだ。それは専制政治打破という主張だけでは得られない。君はそれを知っていたがゆえにイゼルローン要塞だけでなくアムリッツァという餌をちらつかせた。現に景気は上向きになり、市民は腹を満たし始めた。そして今同盟市民はこう思っている、現実問題として同盟は現時点では帝国を倒せない。だから今は富国強兵だ、その為のアムリッツァ確保だったのだと」

 …いつもの芝居っ気たっぷりの表情は鳴りを潜め、奴の表情は真剣そのものだった。トリューニヒトの考え方を理解する折角の機会だ、色々と聞いてみよう。
「閣下の仰り様を聞いていると、同盟市民が戦争を望んでいるかの様に聞こえますが」
「個人としては望んでいないだろう。個人が大衆になった時に戦争を望むのだと思う。そうでなければ百五十年も戦争は続かんよ。専制政治打破は民主共和制の崇高な義務、だからね」
「失礼な言い方になりますが…そう同盟市民を煽動しているのは閣下の様な政治家の方々、ではありませんか?」
「私が、政治家が市民を煽っていると?私を含めて政治家は職責を果たしているだけだよ。私に限って言えば、国防委員長としての職責をね」
「市民を煽る事が職責だと?」
「煽っている様に聞こえるとしたらそれは私の不徳のいたすところだな。為政者としては戦争状態である以上その遂行に寄与せねばならない。始めた以上は勝利か、帝国から一定の譲歩を引き出さねばならない。それすら実現出来ずに厭戦気分が同盟を支配したらどうなる?帝国に敗けたらどうなる?建国の理念の否定だよ。結局我々は政治犯の子孫に過ぎなかったと認める事になる。同盟の政治家としてそれを認める訳にはいかないし、市民とてそれは認めないだろう。国是として帝国の打倒があるのだから、無責任に戦争を止めようとも言えないんだ。それを言うには年月も経ちすぎたし、犠牲も払い過ぎた」
「言い訳の様にも聞こえます」
「そう、そうだな。立派な言い訳だよ」
言われてみるとそうなんだよ。政府閣僚、同盟の政治家としては当たり前の話なのかもしれない。今思うと原作では同盟の閣僚誰一人として講和とか停戦の類いは言わなかった。散々煽っておいて今更講和や和平など言い出せるものではなかったのかもしれない。作中でウォルター・アイランズが守護天使と化してヤンさんの献策を受け入れたのは同盟の敗戦が目前に迫っていたからであって、ジョアン・レベロやホアン・ルイなどの良識派と呼ばれる存在ですら和平や講和についてはろくに語っていないのだから、評議員や政府閣僚ともなると戦争継続については皆肯定的なのだろう…そうなんだよ、同盟建国の経緯からしてそもそも帝国とは妥協出来ないのだから、余程じゃなければ和平なんて言葉が出る筈はないんだ…。

 「では閣下は職責として市民を鼓舞しているのであって、閣下ご自身の主張として戦争を賛美している訳ではない、こう仰るのですね」
「当たり前だろう、戦争など百害あって一利なしだ。軍事力など、戦争がなければ国内保安向けの必要最低限でいいのだ」
ふむ…もう少し聞いてみるか。
「ですが閣下のその真実のお考えを知る者はいません。それに、閣下の近くには戦争を賛美する団体がいませんか?」
「少将…それは憂国騎士団の事かね?あれはピエロだよ。何度か代表に会った事はあるが、狂信的な原理主義者の印象が強いな」
「彼等と何らかの政治的な提携をなさっている、という事はありませんか?」
「ない。前任者や他の国防委員はどうか知らんが、政治的原理主義者と手を組むなど愚の骨頂だよ」
なんだ、まともじゃないか。政治家としての本音と建前…やはり実際に話してみないと真の姿は分からないという事か…。
「今後はお会いになるのは止めた方がいいでしょう。たとえ閣下が彼等をピエロと思っていたとしても、情勢が変われば取り込まれる恐れがあります」
「胆に銘じておこう」
くそ、これじゃ俺がトリューニヒトのブレーンみたいじゃないか。
「閣下がもし最高評議会議長になられたら、どうなさるおつもりなのですか?同盟の方針に関する小官の私案を申し上げるにはそれを確認せねばなりません。あくまで我々は目的を達成する手段に過ぎませんし、閣下のお考えと相容れない場合もありますので」
俺がそう言うと、トリューニヒトは三杯目のコーヒーを注ぎだした……あとは自分でやれという事か…。シトレ親父、自分でやってくれ!
「私個人としては戦争は止めるべきと思っている。最上は帝国に勝つ事だが…そう上手く行くとも限らない。それ以外の選択肢もあると考えている」
……こんなにまともなトリューニヒトを見られるとは思わなかったぜ。原作での姿は支持者に対するポーズという事か。奴の政治的信条なんてほとんどと言っていい程描かれていないからな。ヤンさんとその周囲から見たトリューニヒト像、というイメージで語られる事が多かったし、アイランズとの贈収賄の現場も描かれていた。その上地球教に取り込まれて同盟市民をだました煽動政治家という役柄だからな…。ヤンさんとその周囲やビュコック爺さん、その他の良識派との対比としてああいう人物像になったんだろうけど、実際に近くで見れば本音と建前を使い分ける、酸いも甘いも知った政治家…よくも悪くもリアリストか…。
「意外と言っては何ですが、閣下は常識人なのですね」
「同盟市民を煽動し戦争を賛美する、えせ愛国者に見えたかね?」
「そう思っている人達も居ます」
「多種多様な価値観こそ民主共和制の真骨頂だ。意外には思わんよ。それで君は今後の推移についてどう考えているのかね」

 推移ねえ…。帝国の支配体制にひびを入れる、それを推進する…には違いないんだが、どうも帝国の反応が薄い。先日の戦いがそれだ。イゼルローン、アムリッツァと此方に奪われた訳だから、帝国としては国内を鎮める為にも威信をかけて奪還軍を催すだろうと思っていたんだがなあ……そもそもこの流れならミュッケンベルガーあたりが奪還軍を率いて出てくる筈なんだが、先日の帝国艦隊の司令官はクライストだった。正規艦隊だけで来るかと思ったらヒルデスハイム艦隊なんてのも交ざっていた…。まあラインハルトが参謀にいるくらいだ、まともな戦力のうちに数えられているのかも知れない…あれ?でもラインハルトはミュッケンベルガーに嫌われてなかったか?大貴族の補佐をラインハルトがやるのもおかしな話だし、帝国も色々と原作と変わってるんだよなあ……うーん…。
「閣下」
「なんだね」
「今後の方針ですが、閣下が最高評議会議長になられる迄は申し上げる事が出来ません」
「何故だね?」
「はい。現在の情勢は小官が予想していた物と多少異なります。それに閣下が小官の考えを採用して下さったとしても、評議会で覆される様なことになっては意味がありませんから…ですが小官自身としては再度状況を変える為にやってみたい事はあります」
「言ってみたまえ」
「通商破壊です。厳密には違いますが…同盟の消費財を帝国領…アムリッツァの周辺で売るのです」
「帝国に…密貿易という事かね?目的は何だ」
「アムリッツァ周辺の帝国領域…まあ帝国からすれば辺境です。帝国辺境には貴族には変わりありませんが、大貴族とは違う所謂在地領主が大勢います。辺境という事もあって、インフラ、流通、教育、医療…と、帝国中枢部から大きく立ち遅れています」
「ほう…イデオロギーではなく、まずは腹を膨らませるという事か」
「はい。空腹の相手と議論をしても、ろくなことはありません。まずは相手方には腹を満たしてもらって、同盟に対するマイナスイメージを少しずつ消していければと思います」
「よくもまあ、そんな事を思い付くものだな」
「優秀な部下が大勢いますので、小官自身は暇なものですから…それは置いておいて、おそらくこの通商破壊行動が再度帝国軍を引き寄せる事になるでしょう。その際はアムリッツァ駐留の同盟軍または同盟国内に残留する艦隊も動員し、出撃してきた帝国軍を殲滅します。これが成れば帝国の支配体制に更なる打撃を与えられます。和平、帝国への降伏勧告…どういう選択肢を採るにせよ、その選択に対する有利な条件を整えるには帝国軍を撃ち破らなければなりませんし」
「成程。是非とも成功してほしいものだ」
「そうですね。そうなれば閣下は最高評議会議長も夢ではありません。来年は選挙と、選挙後評議会内で行われる最高評議会議長の選出投票がある筈ですから」
「軍を政争の道具にするなと言わなかったかね、君は…まあいい」
俺の言わんとした事が分かったのだろう、トリューニヒトの顔には同盟市民によく見せる微笑があった。現政権の支持率が高いのは対帝国戦が優位に進んでいる事、景気が上向きである事が主な理由だが、現議長のサンフォード氏が支持されているのではなくトリューニヒトが支持されているから、というのは評議会内どころか同盟市民全てにとっても周知の事実だった。もし議長になれたら、とは言ったものの、次の選挙でトリューニヒトとその与党は再選間違いないし、奴が最高評議会議長になるのは既定路線と言っても間違いはない。だけどそうなると後任の国防委員長は誰になるかだけど、まさかネグロポンティ?

 もしそうだったら嫌だなあ…イエスマンで器は小さそうだし…査問会の被告にされそうだ。
「後任の国防委員長はどなたをお考えですか?」
「私はシトレ本部長を推すつもりだ。本人は了承している。シトレ本部長は現職を勇退後、選挙に出る。当選は間違いないだろう。新人評議員という事になるが実績を考えれば、適材だと思う」
思わず振り返ってシトレ親父を見てしまった。なるほどね。やけに静かだなと思ったら、引退とか何とかそういう事だったのか…。
「本部長、本当の話ですか?」
「本当だ。まあ当選すればの話だがね」
「となると軍のトップは…」
「ルーカス…いや大将としてはグリーンヒルの方が先任だから軍のトップはグリーンヒルだな。奴は誠実で有能、識見も深い。皆で支えれば本部長もこなすだろう」
なるほど、トリューニヒトが最高評議会議長、シトレ親父が国防委員長…ある意味最強かもしれないな。だが待てよ、これは軍の将官にしてみればつらいかもしれない。将官に関しては国防委員会が人事権を握っているから、シトレ親父がそこのトップになるという事は、将官に対する評価がおざなりになる事はない。これはある意味、今まであった様な縁故による優遇人事や猟官運動を禁止すると言っている様な物だ。軍部の質的向上を狙っての事だろうが、ううむ、俺も適当な事ばかり言っていられないって事だな…。まあ、これまで以上に適材適所の人事が行われる訳だから、ムーアとかルグランジュの様な阿呆が軍の中枢に座る事はないだろう。
「となると軍の人事も刷新されるのでしょうか、本部長」
「私が国防委員長という職に就いたら、そうなるかも知れないな。むしろ、そうして欲しいのだろう?」
「ええ、せめて艦隊司令官の方々は変えて欲しい人達が居ますね」
そう言つつトリューニヒトを見ると、奴は軽く肩をすくめた。
「という事は人事を刷新しない限り軍としては作戦遂行に難ありと見ていいのかな、二人とも」
シトレ親父は何も言わない。俺に言えってか…。
「そうです。これまでは軍の行動は同盟国内で行われる防衛戦に限られていました。ですから戦争のやり方も単純でよかった。ある意味艦隊司令官の質は問われずに済んだのです。イゼルローン要塞から吐き出される帝国軍を叩く、それだけれでよかった。ですがこれからは違います。当面はアムリッツァ防衛が軍の主な任務ですが、そうではなくなる時がいずれ来るでしょう。艦隊司令官の質が作戦の成否を決める…そういう状況が必ず出てきます。過去のイゼルローン要塞攻略戦をみても…我が軍が攻勢に出た作戦では艦隊司令官の過誤が作戦の足を引っ張っています。という事は極論すれば、我が軍は守るのはそこそこでも攻めるのは下手だ、という事になります…これは変えていかなけければなりません。同盟は帝国と戦争をしているのですから、戦場での勝敗が国内政治と密接に関わってきます。そういう意味でも艦隊司令官は質を求められると思うのです」

 二人とも俺の言葉を黙って聞いていた。成程、バックアップするというのは本当の様だ。でなきゃ黙っちゃいないだろう。
「軍を精強ならしめる事が同盟そのものの方針を決めるという事だな…本部長、どうかな」
「異論はありません」
「しかし艦隊司令官を変えるといっても、配置を離れた後の新たな配置が必要だな。どうかな、少将」
「幕僚会議委員でいいんじゃないですか。ですが幕僚会議は今のところ名誉職に近い。これを軍内部ではなく国防委員長の諮問機関として委員会内に移管したらどうでしょう?国防委員長と直接話が出来るのですから、実を伴った名誉職となります」
「となると同盟軍自体の組織図をいじる必要があるな。大変だぞこれは」
「暇にならなくていいじゃないですか、シトレ国防委員長」
「相変わらず他人事だな君は。こういう事は言い出した本人が責任を持つものだ。優秀な部下がいて暇なのだろう?」
「…言葉のあやというものですよ、さっきのは」
藪蛇だった、くそ…。


 
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