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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第4章】Vividの補完、および、後日譚。
   【第4節】新暦80年、9月までの出来事。



 明けて、新暦80年。
 まず、3月になると、ジークリンデが唐突に嘱託魔導師の資格を取得しました。それが一体何の役に立つのかは、本人にも今はまだよく解っていません。


 そして、同3月には、ナカジマジムが正式に拠点を構えました。
 場所は、首都クラナガン新市街の北部。「格闘技ジムとしての機能」と「スポーツジムとしての機能」を兼ね備えた大型の総合ジムです。
 周辺の街区には「オフィス街や高級住宅街」もあり、一般の会員として「ビジネスマンや有閑(ゆうかん)マダムたち」が利用することも、充分に期待できる環境でした。
 同じ頃には、ミウラも正式に八神道場からナカジマジムへと移籍し、ノーヴェはナカジマジムの会長として、競技選手のコーチからジムの経営までこなして、ますます忙しくなっていきます。
(また、この年度末には、ファビアの保護観察期間も「(さかのぼ)って半年」に短縮され、即座に終了しました。)


 そして、4月になると、ヴィヴィオたちはは初等科の5年生(最上級生)に、アインハルトたちは中等科の2年生に進級しました。
 以下は、そんな時期のヴィヴィオとアインハルトの、二人きりでの会話です。
【基本的には、コミックス最終話からの引用ですが、例によって少しばかり変えてあります。】

「ヴィヴィオさん、何かお悩みですか?」
「大したことじゃないんですけど、5年生になって、将来の夢と言うか……格闘技も続けてはいきたいんですが、それ以外の可能性についても、いろいろと考えていたんです」
「お母様方のような『公務員』や、以前(まえ)(うかが)った『学者さん』や……あとは、ヴィヴィオさんなら、聖王教会でも歓迎されそうですよね」
「ええ、そんな感じです。どれを選んでも、『自分で決めたことなら後悔なんてしない』とは思うんですが……それでも、『何かを選ぶ』ということは、『別の何かとお別れする』ということでもありますから……それが少し(さび)しいかなって。
 選べる道が幾つもあるという時点で、これも随分と贅沢(ぜいたく)な悩みではあるんでしょうけど」
「なるほど……。でも、それでしたら、贅沢ついでにもっと欲張って、いっそのこと、全部を選んでしまっても良いんじゃありませんか?」
(ええ……。)

 最初にそう聞いた時には、ヴィヴィオも驚きましたが、言われてみれば、確かに、ルーテシアのように一人で何役もこなしている人はいますし、「なのはママ」も管理局員と母親業をしっかりと両立させています。
 そんな話を踏まえて、アインハルトはこう語りました。

「最近、私もちょっと欲張ってみたいと思っているんです。自分の覇王流を磨きながら、私なりの覇王流を伝えていける子を探してみたい、とか……やりたいことは全部やって、その上で、自分と自分の大切な人たちを笑顔にできる道を選んでいきたい、とか……。実を言えば、私は、そうした気持ちをヴィヴィオさんから教わったんですけどね」
「え? いえ。そんなことは……」
「ありますよ。ヴィヴィオさんが、小さく()り固まっていた私の世界を拡げてくれたんです。その恩返し、と言うと大袈裟ですが……この先も、もしヴィヴィオさんに何か困ったことがあったら、頼ってください。私は必ず駆けつけますから」

 それは、ヴィヴィオとアインハルトにとっては、大人になってからも決して色あせることの無い「色鮮やかな(vividな)青春の日々」でした。
【原作コミックスの内容は、ここまでです。】


 なお、年度明けには、ウェンディが「特例措置」でティアナの現場担当補佐官になりました。
 一方、ギンガとチンクは陸士108部隊を離れ、まずは「地上本部」所属の捜査官になりました。


 また、4月も末になると、スバル(20歳)が運転手役のアルト(21歳)と二人で、不意にナカジマジムを訪れました。
「競技選手のみんなは、今年も5月にはカルナージへ行くと聞いたけど、私もティアナも、今年は同じ時期には行けそうにないから、暇なうちに少し協力しておこうかな、と思ってさ」
 スバルはそう言ってリングに上がり、競技選手たちと軽くスパーリングをしました。アインハルトを始めとして、五人とも、リングの上ではスバルと(はつ)手合わせでしたが、さすがに戦闘機人にはなかなか歯が立ちません。
 そうした練習が終わると、一行はスバルのおごりで「ちょっと良い店」に行き、全員で夕食会を楽しみました。
 しかし、スバルの相変わらずの食べっぷりには、みな、(あき)れてしまいます。

 スバル「いやいや。エリオだって、これぐらいは食べるよ?」
 アルト「エリオはまだ15歳で体が成長期だから! 一緒にしちゃダメだよ!(笑)」
 ミウラ「……ボクも一杯食べて、もう少し成長しようかなあ……。(動揺)」
 ヴィヴィオ「いや。多分、下手に真似はしない方が良いと思いますよ。(迫真)」

 それでも、ミウラ(13歳)の体は、この年の末頃から皆が驚くほどの急成長を始めました。それまでは、学校のクラスの中でも小柄な方だったのに、全く不自然なまでの急成長ぶりです。
 しかし、その「理由」が解るのは、もう少しだけ先のことでした。


 ちなみに、新暦80年(西暦2016年)の5月には、地球のドイツで、月村忍(33歳)が第三子(次女)の霧香(きりか)を出産しました。


 そして、5月の下旬、ヴィヴィオたちは再びカルナージでの合同訓練に(のぞ)みました。6月の修学旅行を前にして、今年もまた3泊4日の日程です。
 ナカジマジムからは、ノーヴェ、アインハルト、ミウラ、ヴィヴィオ、コロナ、リオ。他には、オットーとディード。エリオとキャロ。そして、現地在住のルーテシアとファビアの、合計12名がこれに参加しました。
(今回、なのはやフェイトやスバルやティアナは、仕事で来られませんでした。)
 オットーとディードが言うには、『今年は「教会の行事」の関係で来月からは忙しくなり、地区予選や都市本戦の応援にはとても行けそうにないので、今月のうちに「お手伝い」をしに来た』とのことです。

 練習会では、恒例のチームバトルにおいて、エリオが1 on 2で「ミウラとリオ」を圧倒したり、基本ルールが「空戦禁止」なので、ディードが予想以上に苦戦したり、ファビアの精神攻撃魔法がシャレにならない代物だったりと、実にいろいろな出来事がありました。
【精神攻撃魔法の被害者は、主にキャロでしたが、以後、練習会での精神攻撃魔法は「禁じ手」となりました。危うく、真竜が召喚されてしまうところでした。(苦笑)】


 また、訓練後には、オットーとディードが露天風呂で以下のような話をしました。
「教会の成立は、旧暦259年、新暦で前281年のことですから、今年でちょうど360年になります。伝承の信憑性にはやや疑問もありますが、ともかく、今年は『教会成立360周年記念祭』ということで、いろいろな行事が目白(めじろ)押しなんですよ」

 なお、オリヴィエも当初は「現在の教会本部」のすぐ近くで「自分の書斎」に(こも)って暮らしていたのだそうです。もっとも、その書斎の正確な場所は、今ではもう全く解らなくなってしまっているのですが。(←重要)
 しかし、旧暦260年、オリヴィエは「昇天」の一か月ほど前になって、突然、わずかな数の随行者らとともに大陸の北端部、当時は完全に無人の土地だったヴァニセイム山脈へと旅立ちました。
そして、オリヴィエはそのまま〈聖なる山〉カトラマナスから昇天し、遺体は残らなかったのだと伝えられています。
 だからこそ、ドクター・スカリエッティは、クローンを造るために聖遺物である「聖王の(ころも)」に付着していた皮膚細胞を採取する、などという面倒なコトをせざるを得なかったのでした。

「もちろん、『現実には、遺体は山奥のどこかにひっそりと隠されている』という話もあるのですが、登攀(とうはん)ルートが解らない以上、あの山々の中から今さらそれを探し出すのは不可能でしょう。また、たとえ見つかったとしても、360年も風雨にさらされていれば、もう完全に白骨化しているはずです。おそらくは、DNAの採取どころか、衣服や持ち物から本人か否かを確認することすら困難でしょう」
「来年には、きっと『再臨派』のバカどもが『聖王昇天360周年』ということで、あちらこちらで一般の方々にも御迷惑をおかけすることになるだろうと思いますが……今のうちに、謝罪しておきます」

 オットーとディードが(去年までは「陛下」呼びだったのに)今年の初め頃から、ヴィヴィオのことを名前で呼ぶようになったのは、もっぱらそのせいでした。
 騎士カリムとシスター・シャッハからも、『再臨派のバカどもを刺激する可能性が高いので、もう「陛下」呼びはやめるように』と昨年から命じられていたのです。
【なお、聖王教会の公式教義については、「背景設定10」を御参照ください。】

 また、ヴィヴィオとコロナとリオは、今年で5年生なので、来月には修学旅行という学校行事がありました。
 オットーとディードに言わせると、『自分たちはミッドと〈本局〉とカルナージ以外の世界にはまだ行ったことが無いので、ちょっと(うらや)ましい』とのことです。
 行先はパルドネアでしたが、具体的な場所は、当人たちもまだ聞かされてはいません。
 リオは、キャロがパルドネアの出身と知ると、やや興奮気味の口調で問いかけました。
「どんな世界なんですか? て言うか、修学旅行先って、どのあたりになると思いますか?」
「私は、7歳でパルドネアを離れちゃったから、アルザス以外の土地のことはよく解らないんだけど……いくら時差が小さいとは言っても、さすがにアルザス地方は無理だろうと思うよ。
 首都圏も時差が大きすぎるから……多分、あまり時差の無い〈西の大陸〉のどこかになるんじゃないのかなあ?」
 それを聞いて、リオは、随分と落胆しました。
〈中央領域〉に限って言えば、大型竜族の住む世界は、他にはコリンティアとアペリオンぐらいのもので、どちらも一般人が普通に行ける場所ではなかったのです。

【キャロは翌日、要するに、リオは大型竜族に会いたがっていたのだと知って、フリードを「元の大きさ」に戻し、フリードに頼んで、自分とリオを背中に乗せて空を飛んでもらいました。おかげで、リオは修学旅行へ行く前から、もう大満足です。(笑)】

 さて、リオが落胆した直後のことですが、『そう言えば、アインハルトとミウラも二年前には、初等科で修学旅行に行ったことがあるのでは?』という話になりました。
 実際には、アインハルトは「休学中」で修学旅行には行ってなかったのですが、一方、ミウラは初等科5年生の時に、ゼナドリィの古都サグアディエへ行ったことがあります。
 ミウラは訊かれるがままに、答えました。
「新都バクトニエと古都サグアディエの関係は、ちょうどミッドにおけるクラナガンとパドマーレのような関係かな。クラナガンとパドマーレよりも、もう少しお互いに『いがみ合っている』のかも知れないけど」
「一般論として、何か注意事項って、ありますか?」
「そうだなあ……。やっぱり、どこであれ、お互いに相手を見下すような態度はダメだよね。ボクらも初等科の時には、古都サグアディエの旅館で『はるばる田舎から、よぉお越しやす』と、パドマーレでも言われるような決まり文句を言われて、クラスの馬鹿が一人、『クラナガンは田舎じゃねえ!』とか言って、いきなりキレちゃったんだけどさ。
 まあ、ああいった歴史の古い土地に住んでいる人たちが言う『田舎』は、ただ単に『歴史の浅い土地』ぐらいの意味だからね。適当に聞き流してあげないと。(苦笑)」

 そこで、ミウラは思い切って、唐突に男湯の方へと(さく)越しに声をかけました。
「そう言えば、エリオさんって、ゼナドリィの出身なんですよね?」
「いや、ごめん。ボクも5歳でゼナドリィを離れているからね。実は、もうほとんど覚えてないんだよ」
 会話が続かず、ミウラは少し残念そうな表情です。それは、「初恋」と呼んでしまうには、まだ淡すぎる感情でした。
 これ以降は、ミウラの方からエリオに何かをアピールできる機会も無く、3泊4日の合同訓練はあっさりと終了してしまったのでした。


 そして、6月上旬には、ヴィヴィオたちが実際に修学旅行に出かけました。
 イクスヴェリアの小さな分身は、学校の行事なので自分は一緒に行くことができないのだと知ると、『ガーン!』と大変にショックを受け、激しく落胆します。(笑)

 また、この頃までは、眠り続けるイクスヴェリア本体の「お世話役」であるセインやシャンテがそのまま分身のお世話係も兼任していたのですが、各員とも「教会成立360周年記念祭」の関係で忙しくなり、また、イクスヴェリアの分身が、自分もまた旅行がしたかったのか、いよいよ活発にベルカ自治領の中をあちらこちらへと飛び回るようになったため、翌7月には「分身専属のお世話係」として別の修道騎士2名が着任しました。
【以後、この二人はセインたちの指揮の(もと)、新暦95年の1月まで実に14年半に(わた)って、その職務を忠実に勤め上げることになります。】


 そして、7月下旬。今年もまた、IMCSの地区予選が始まりました。
 結論から先に言えば、今年の第28回大会は、昨年に比べると、やや盛り上がりに欠けました。全体として新人選手にも乏しく、ナカジマジムにとっては組み合わせ順も決して良いものではありませんでした。

 まず、ルーテシアやファビアやコロナの欠場に、一部のファンは大いに落胆しました。
『正統派の選手ばかりでは詰まらない。変わり(だね)の選手がいた方が、見ていて面白い』という意見も、確かに解らなくはありません、
 なお、コロナの欠場は、ただ単に「ジムの人手不足」のせいでした。コロナはユミナとともに、他の選手のマネージャーやトレーナーのような仕事まで引き受けていたために、今回は自分自身の(選手としての)コンディションを上手く調整することができなかったのです。
 未熟者と言われれば、確かに、そうかも知れませんが、まだ11歳の少女にその両立を求めるのは、さすがに『理想が高すぎる』と言うものでしょう。

 また、目立った新人(ルーキー)も、フロンティアジムの「期待の新人」である「槍の使い手」リンギア・ヴリージャス(12歳)ぐらいのものでした。
 彼女は、予選のエリートクラス2回戦までは順調に勝ち進みましたが、3回戦でミカヤ(19歳)にいきなり「秒殺」されてしまいました。
 一方、昨年の新人クヴァルゼ・ムルダン(13歳)は、予選準決勝でアインハルト(13歳)に敗退します。
 リオ(11歳)は、予選準決勝でテラニス(17歳)を相手に奮闘しましたが、惜しくも敗退し、ヴィヴィオ(11歳)もまた、予選決勝でザミュレイ(18歳)に惜しくも判定負けを(きっ)しました。
 その結果、ナカジマジムからは、アインハルトとミウラだけが都市本戦へ進出、ということになります。
 なお、シャンテ(15歳)も、予選決勝でジークリンデ(17歳)と当たってしまい、そこで敗退していました。


 そして、翌9月になると、またカルナージで、今度は大人たちの合同訓練がありました。
 参加者は、「地元民」のルーテシアとファビアの他に、なのは、フェイト、スバル、ティアナ、エリオ、キャロ。さらに、ギンガ、チンク、ディエチ、ウェンディの計12名で、2泊3日の少しばかり(あわ)ただしい日程です。
 ギンガやチンクの参加はやや珍しいことでしたが、本人たちによれば、『この4月から地上本部勤務となったので、少し鍛え直したい気持ちだった』とのことでした。
 ディエチとウェンディもカルナージは初めてです。
【ウェンディは、コミックス第2巻でも描かれていたとおり、79年の5月にも行きたがっていたのですが、今回、初めて来ることができました。】

 そして、一日目の訓練後、全員、露天風呂でくつろいでいた時のことです。
 ティアナとウェンディは仕事明けで、最近のミッドの事情にはやや(うと)いようなので、ディエチが今年のIMCS地区予選の内容を二人に説明しました。
(教会本部のオットーやディードたちが忙しくて身動きが取れずにいる一方で、彼女だけは昨年に続いてヴィヴィオたちの練習の手伝いをしていたのです。)
 ディエチはまず、地区予選でのナカジマジムの活躍について、全体としては、やや残念な結果に終わったことを語りました。
「それから、わたし個人としては、クヴァルゼ選手に注目していました。今回、アインハルトさんには、さすがに(かな)いませんでしたが、とにかく身のこなしが軽くて、面白い戦い方をする選手なんです」
 すると、なのはもその話題に乗って来ました。

「ああ。実は、私も彼女にはちょっと注目していたわ。彼女の『諸手(もろて)流・短杖(たんじょう)二杖術』における短杖の使い方は、私の父の『御神(みかみ)真刀流・小太刀(こだち)二刀術』における小太刀の使い方ととてもよく似ているの。
 ただ、あの技法は本来、護身術か、さもなくば暗殺術の(たぐい)であって、競技試合には必ずしも適してないんじゃないかしら?」
「なのはさんのお父さんって、暗殺者だったんスか?!」
「いやいや!」
 なのはは『何故そう思うのか?』と言わんばかりに苦笑しつつ、ウェンディに向かって手を横に振って見せました。
「父は護身の方よ。若い頃は、重要人物の護衛とかをやってたの。もっとも、私が5歳の頃には、もう大ケガをして早々と引退しちゃったんだけどね」

【後に、この時の会話が誤って漏れ伝わり、さらに尾ヒレがついた結果、いつしか犯罪者たちの間では、『本局の〈エース・オブ・エース〉は、実は故郷の管理外世界では大変に高名な「暗殺者の一族」の出身で、彼女は今も、その気になれば格闘による暗殺ぐらいは「お手の物」なのだ。下手に格闘戦など挑もうとしてはいけない』という誤った情報が「まことしやかに」語り継がれるようになってしまいました。(苦笑)】

 引き続き、露天風呂では、こんな一幕もありました。
 ギンガは、つい先日、親友のデュマウザから『どうやら、妹のメルドゥナが執務官を諦めた理由のひとつは、体が育ちすぎて飛びづらくなったことらしい』と聞いていたので、フェイトに対してそのまま『実際に、そういうことって、あるんですか?』と質問してみたのです。
「そうね。十代前半から空士をやってる人の場合は、体の成長がかえって重荷になってしまうこともあるわ。まあ、『慣性コントロール』ができるようになれば、体重なんて全く関係なくなるんだけど」
「そう言えば、フェイトちゃんも一時期、飛行速度が落ちてたよね。……あなた、いつからこんなに育ったんだっけ?」
 フェイトのすぐ隣で、なのはは、お湯に浮かぶ「フェイトの乳房」を間近にじっと見つめながらそう言いました。
「なのは。体の特定部位に向かって語りかけるの、やめてくれる?」
 フェイトもさすがにちょっと恥ずかしそうです。(笑)


 また、二日目のチーム対抗戦では、『事前の意思疎通が不十分だったために、ティアナが、味方のはずのファビアに後ろから撃たれてしまう』などというアクシデント(苦笑)もありましたが、一連の訓練は何とか無事に終了しました。
 そして、夕食の席で、ファビアは不意にこう話を切り出します。
「さて、お互いに気心(きごころ)もよく知れたところで、いささか無遠慮(ぶえんりょ)な質問をさせていただきたいのですが」

 ティアナ《う~ん。そんなに「よく知れた」かなあ?(疑惑)》
 スバル《まあまあ。本人もちゃんと謝ったんだし。(苦笑)》

「ヴィヴィオは、聖王オリヴィエのクローンだと聞きました。今ここにいる12名の中でも、5名がクローンです。チンクさんだけは、私の直接の先祖であるディヴィサと同じ『改造クローン』だそうですが、あとの4名は、特に遺伝子をいじっていない『()のクローン』ですよね?
 素のクローンは、オリジナルとどれぐらい似るものなのですか? また、似ない場合、その理由は何なのでしょう?」
 これは、確かに「いささか無遠慮な質問」でした。それでも、フェイトは(エリオやギンガやスバルに代わって)明瞭に、すらすらとこう答えます。

「遺伝情報が全く同じである以上、身体的には、一卵性双生児と同じぐらいには似ていて当たり前よね。でも、身体以外の要素となると、どうやら一卵性双生児ほどには似ないことが多いみたいなの。実際、私やエリオのオリジナルは、魔力をほぼ持っていなかったらしいわ。
 そうした違いが出る理由は……まず、ひとつには、発生過程の問題ね。着床前の胞胚の段階でも遺伝子の微細な突然変異はあり得るから、実は、本物の一卵性双生児のゲノムですら、必ずしも『細部まで完全に同一』だとは限らないの。まして、医療的な措置がいろいろと(ほどこ)してあるクローン胚なら、なおさらのことよ。
 他にも、胎児の段階での周辺環境の違いも大きいと思う。同じ子宮で同時に育った本物の一卵性双生児ほどには似ない理由の多くは、おそらく、これでしょうね。
 また、もうひとつには、マイクロキメリズムの問題があるわ。胎盤を持つ動物に特有の現象なのだけれど、実は、母体の細胞が胎盤を素通りして、そのまま胎児の体の中に入り込むというのも、ごく普通に起きている現象なのよ。
 実際に、最新の技術では、そうした『母体由来のマイクロキメラ細胞』の有無を調べれば、その人物が『生身の人間の(はら)から産まれて来たか、(いな)か』を判別することだって可能なの」

「それは……普通の生まれ方をした人間なら、誰にでも起きている現象なのですか?」
「ええ。あなたやルーテシアの体内にも、実の母親の細胞は相当な数が(まぎ)れ込んでいるはずよ。
 そうした細胞は、表現形質にはほとんど影響しないんだけど、もっぱら免疫力の強化に役立っているの。免疫に関与する遺伝子は数が多く、それぞれに遺伝子の型も多数あることが多いんだけど、どの遺伝子においても、より多くの型が揃っていた方が、免疫の上では有利になるからね」
「つまり、普通なら、父親由来のモノと母親由来のモノの二種類しか無いはずのモノが、マイクロキメラ細胞があれば、三種類目のモノがあり得る、と?」
「ええ。そういうことよ。もちろん、母親が最初からその遺伝子をヘテロで持っていれば、という条件つきの話になるけどね」
「そうした母体由来の細胞は……おおよそどれぐらいの数があるんですか?」
「個人差もあるでしょうけど、私は『数億個程度』と聞いているわ。そう言うと、すごく多そうに聞こえるけど、人間の体には何十兆という数の細胞があるからね。全体のおおよそ十万分の一だと考えれば、重量は全部まとめても1グラムにすら届かないんじゃないかしら?」
「では、それが無い(ぶん)だけ、クローンは免疫力が弱い、と?」
「ええ。あくまでも一般論だけどね」
「なるほど……。御説明、ありがとうございました」

【この「マイクロキメリズム」それ自体は実在の現象ですが、少なくとも西暦2023年現在の段階では、そうした細胞の個数は、三千万個程度だろうと「推定」されています。
 また、現状では『母体の免疫系が胎児を異物として攻撃することを回避するために、そのように進化を遂げたのではないか』と考えられており、これらの細胞が子供の側の免疫に関与しているかどうかは、全く不明です。
『何億個もの細胞が胎児の体内に移動して、その子の免疫機能を強化している』というのは、あくまでも「この作品の設定」ですので、くれぐれもお間違えの無いよう、よろしくお願いします。】

「それから、『同一の人物から造られたクローンでも、ギンガさんとスバルさんは素のクローンなので、オリジナルと同様に子供は産めない体だけれど、ノーヴェさんだけは改造クローンなので、産める体なのだ』と聞きましたが……実際に、そうなんですか?」
 今回、ノーヴェは来ていないので、チンクが代わりにそれを肯定します。
「うむ。そもそも、我々ナンバーズは全員がスカリエッティのクローン胚を胎内に仕込まれていたのだから、最初から『そのために』改造されたとしか言いようが無い。ノーヴェの髪が赤くなったのも、そうした遺伝子改造の副産物だろう」
「当時は何も考えてなかったっスけど、今、思うと、アタシらって、メッチャひどい扱い、受けてたんじゃないっスか?」
「まあ、『ただの苗床(なえどこ)』というのは、『女の扱い方』としては、間違いなく最悪の部類だろうな」
「結局のところ、単なる道具や兵器としてしか扱われていなかった、ということなんでしょうね」
ディエチの声は、やや寂しげなものでした。

 ウェンディ「ああ! クローンの話で、思い出したっス! そう言えば、アタシ、お嬢に報告しておかなきゃいけないコトがあったっスよ!」
 ルーテシア「ウェンディが私に報告って……何?」
 ウェンディ「アタシは純粋培養で、多分、『ゲノム(おや)』は三人いるんスけど」
 ファビア「ゲノム親というのは?」
 ディエチ「単に、『素材』とも言いますね。例えば、オットーとディードは、同じ四人の人物を『ゲノム親』にしつつ、遺伝子の編集の仕方を互いに少し変えて製造されました。ゲノム親が全く同じだから、姉妹の中でも、特別に双子あつかいをされている、という訳です」
 ウェンディ「で、アタシはティアナの補佐官になった関係で、ゲノムもいろいろと局の方で調べられたんスけど、どうやら、ゲノム親の一人がメガーヌさんらしいんスよ」
 ファビア「確か……戦闘機人事件が67年、ウェンディさんの始動が71年。時期的には、かなりギリギリなのでは?」
 チンク「いや。姉上やスバルのことを考えると、戦闘機人事件より前に、クイント殿やメガーヌ殿の細胞は、どこかですでに採取されていたと考えるべきだろう」

 ルーテシアは、ちょっと頭を(かか)えながら、思わずこうボヤきました。
「まあ、クイントさんのゲノムが、そのままノーヴェに使われてたんだから、ママのゲノムも部分的には誰かに使われてるかも、とは思ってたけどさあ。……私と実際に血のつながった妹分が、()りにも選って、ウェンディかあ……」
「え? なんスか、その反応は!(不本意)」
「いやあ、人間性って、やっぱり、遺伝子とはそれほど関係ないんだなあ、と思って」
「うわあ。なんかメッチャひどいコト、言われてるような気がするっス!(泣)」
「いや、気がするんじゃなくて、アンタ、それ、実際に言われてるわよ」
 ティアナは無情にも、笑ってウェンディにそう追い打ちをかけました。

 キャロ「うわあ……。それ、今、わざわざ言う必要って、あります?」
 ファビア「ティアナさんって、時々とんでもなくヒドイこと、言いますよね?」
 ティアナ《ええ……。()りにも()って、アンタがそれを言うの? ……ねえ、スバル。私、やっぱり、この子とだけは友だちに成れそうにないんだけど。》
 スバル《う~ん。それは同感だけど、今のは、ティアナもちょっと大人気(おとなげ)無かったんじゃないかな?(苦笑)》


 そうして、三日目の朝食後のことです。

 キャロ「私たちはまだ休暇が残っているので、もう一日、ゆっくりして行きます」
 スバル「いいな~。私たちは、明日からまた仕事だ~」

 そんな会話の後、昼前に、なのはたち8人はミッドに帰りました。
(時差の関係で、4時間後にクラナガンに着いた頃には、現地ではもう夜になっています。)

 その後も、ルーテシアとファビアとエリオとキャロは、四人でいろいろと話し合ったりしていたのですが……午後になって、〈本局〉からキャロの許へ『例の件の特別許可が下りた』という連絡が入りました。実は、キャロは以前から『一度、ヴォルテールと直接に面会したい』と、局に申請していたのです。
 もちろん、「アルザス側の論理」としては、キャロは現実に「黒竜の巫女」なのですから、みずから「黒竜」に会うのに第三者の許可など全く必要は無いはずなのですが、キャロも管理局員である以上は、「管理局の顔を立てること」も多少は必要な訳で……無用の軋轢(あつれき)を事前に()けようとすると、やはり、こうした手続きに(のっと)るのが一番でした。
 スバルたちも以前から、『自分たちもヴォルテールに会ってみたい』とは言っていたのですが、今回は随分とタイミングが悪かったようです。

 翌朝、ルーテシアとファビアは、キャロに誘われてエリオやフリードとともに、まずは次元航行船でミッドへ行き、そこから、改めて「即時移動」でパルドネアのアルザス地方へ飛んで、ヴォルテールに会いました。
 キャロが「御機嫌うかがい」をすると、ヴォルテールは低く静かに唸り声を上げます。
キャロの翻訳が正しければ、それは『また白天王に会いたい。いずれは子作りもしたい』という意思表示でした。
 真竜は基本的に、みな両性具有体なのですが……それでは、白天王も「真竜の一種」だったのでしょうか? ということは、ルーテシアも「竜使いの一族」の出身だったということなのでしょうか?
 思わぬ展開に、さしものルーテシアもいささか混乱している様子です。
 ヴォルテールの(もと)()して、ミッドに戻った後、四人はそこで二組のペアに分かれ、また、それぞれにスプールスとカルナージに戻ったのでした。

 そして、娘たちからその話を聞くと、メガーヌはしばらく押し黙ってから、やがて、ルーテシアにこう語りました。
「ごめんなさい。あなたがもう少し大人になったら話そうと考えているうちに、すっかりその機会を(いっ)していたわ。あなたももう15歳だから、そろそろ知っても良い頃合いよね。
 あなたの父セルジオ・アルピーノも、その両親も、私の父ザグロス・ディガルヴィも、その両親も、まったく普通の人間で魔力は持っていなかったの。
 私の近代ベルカ式魔法は、私が初等科の時に、同じ街に住んでいた『父の従姉(いとこ)たち』から教わったものだったから、私自身は小さい頃からずっと、自分の魔法資質は『父の祖父母』からの隔世遺伝なのだとばかり思い込んでいた。二世代も飛ばして遺伝するのは、かなり珍しいことだけど、あり得ないことじゃないわ」

 メガーヌは続けて語りました。
「でも、『召喚魔法』となれば、話は別よ。ましてや、本物の『真竜召喚』であれば、その資質はほとんどが遺伝性のもので、突然変異でその資質が発現することなど、まずあり得ない。そして、もちろん、何世代さかのぼっても、アルピーノ家やディガルヴィ家には、そんな資質の持ち主はいない。
 だから、消去法で考えて、あなたの召喚魔法の資質は『おそらく』私の母リーファから受け継いだものなのだろうと思う。
 でも、私の母は、小さい頃の私と同じで体が弱く、『毎日出勤するのが苦痛だから』というだけの理由で、()の悪い在宅の仕事をしていたほどだった。私も、母リーファが生前に魔法を使っていたところなど一度も見たことが無い。
 母は髪の色も、私たちと似たような色合いだったし、私自身も、昔、〈本局〉で調べた限りでは遺伝子の『およそ三分の一』がベルカ人に由来するものだったから、私はてっきり、母リーファも父と同じく『ベルカ系のミッド人』なのだとばかり思い込んでいた。でも……どうやら、そこから考え直さないといけないみたいね」

 しかし、当然ながら、(二人とも、局員では無かったので)ザグロスやリーファの遺伝子データなど、どこにも残されてはいません。
 こうして、以後、ルーテシアは自分のルーツについて調べ始め、ファビアもそれを手伝うようになったのでした。

 ルーテシアとファビアは、まずミッド地上で「移民管理局」の過去データを調べ直すことにします。
 二人とも現地で「やりかけの仕事」などをざっと片づけてから、ガリューやプチデビルズたちにメガーヌやホテル・アルピーノのことを任せて、カルナージを(あと)にしました。
 時は、すでに10月の上旬です。
 そして、ルーテシアとファビアは、ミッド首都中央次元港から近場(ちかば)のホテルを経て、ミッド中央政府の移民管理局へと向かう途中で、全く偶然にも「思わぬ人物」と出くわしたのでした。
【この続きは、ひとつ飛んで、「第6節」でやります。】


 
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