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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第1章】無印とA'sの補完、および、後日譚。
  【第5節】闇の書事件にまつわる裏話。(後編)

 さて、話は少しだけ遡って、アインスが天に帰った直後のことです。
 その日は「冬至の三日後」で、地球の暦では「12月25日」という日付(ひづけ)になりますが、ミッドの暦法では、この日こそが「1月1日」になります。
【この件に関しては、「背景設定1」を御参照ください。】

 事件も終わったので、〈アースラ〉の艦内では、急遽(きゅうきょ)「新年のお祝い会」が開かれました。
 クロノとリンディも、報告書の作成などは「また明日から」ということにして、今日だけは特別休暇を楽しみます。
「母さん。とうとう終わりましたね」
「本当に……終わったのよね?」
「ええ。父さんの身魂(みたま)も、きっと喜んでくれていると思います」
 一拍おいて、リンディも無言のまま小さくうなずきました。
 正直に言えば、20年や30年はかかるかも知れないと覚悟していた仕事が、思いがけず10年で決着してしまったので、リンディはまだちょっと実感が()かないと言うか、何やら体の奥底からゴッソリと気が抜けてしまったかのような感覚に襲われています。
(私……これからは一体何をして生きて行けば良いのかしら……。)
 軽く酒を飲みながら、自分の「今後」や、なのはやフェイトやはやての「将来」について考えているうちに、リンディの中では次第に「ひとつの考え」が形を成していったのでした。

 翌26日の昼、リンディはまず、なのはやフェイトやアルフとともに、高町家を訪れ、なのはの家族に管理局や魔法関連の話をすべて打ち明けました。
 幸いにも、水曜日だったので、「喫茶翠屋」は定休日です。
 最初は、士郎も桃子も恭也も美由希も『はぁ?』という表情で、なかなか信じてはもらえなかったのですが、なのはとフェイトが軽く宙に浮かんで見せたり、アルフが変身して見せたりすると、ようやく『これは手品でもドッキリでもないのだ』と納得してくれました。
 その上で、リンディは士郎と桃子に「なのはの将来」についても、是非とも前向きに考えてもらえるよう、頭を下げてお願いしました。

 また、なのはとフェイトは先日、「魔法少女」に変身した姿をアリサとすずかにバッチリと見られてしまっています。
 そこで、二人ははやてともよく話し合った上で、その日のうちに、アリサとすずかには『明日、はやてちゃんの家で、すべて説明するから』と連絡を入れておきました。
 そして、27日の朝、はやては退院すると、騎士たちとともに地元のスーパーへ直行しました。大量の食材を買い込んで帰宅すると、そのまま「退院祝い」のホームパーティー用に御馳走(ごちそう)を作り始めます。
 本来ならば、『祝われるべき人物が自分で食事を作る』というのは、かなり奇妙な状況なのですが、八神家には「はやて以上に美味(おい)しい料理を作れる人」が一人もいないのですから、これもまた仕方がありません。(苦笑)

 午後には、なのはとフェイトがアリサとすずかを連れて、八神家に到着します。そのパーティーの席で、なのはとフェイトは(リンディたちの了解の許に)アリサとすずかに洗いざらい、すべてを打ち明けました。

『何よ、それ! あんたたちばっかり、ズルいじゃない! なんで、私やすずかには、魔法の力が無いのよ!』

 アリサがそう言って、少し本気で腹を立てるような一幕もありましたが、パーティーはおおむね(なご)やかな雰囲気のまま終了します。
 そして、アリサとすずかは以後、管理局からも正式に「現地協力者」と認定されることになったのでした。


 こうして、新暦66年1月。
 地球の暦でも年が明けると、リンディ提督は〈アースラ〉の指揮を艦長に任せて「地球周回軌道上での待機と海鳴市一帯の監視続行」を命じる一方、みずからはクロノたち10名とともに、即時移動で〈本局〉へ飛びました。
 まずは、11人全員でレティ提督の許に出頭し、協力して「最終報告書」の作成を始めます。
その席で、はやては「アインスからの記憶」に基づいて証言し、それによって、半年前に〈ジュエルシード〉が1個「消費」されていたことも判明したのですが……リンディは悩みに悩んだ末、その席で「秘密の提案」をしました。
『ジュエルシードとアインスの件は、無かったことにしよう』と言うのです。

 レティはさすがに難色を示しました。
「ちょっと、リンディ。あなた、自分が何を言ってるのか、解ってる? 『上層部に対して虚偽の報告書を上げろ』と言ってるのよ!」
「いいえ、虚偽を語る訳じゃないわ。ただ、真実を語らないだけよ」
(ええ……。)
「それに、局の規定でも『あまりにも不確実性の高い話は、作成者の判断で報告書から削除しても構わない』ということになっているはずだけど?」
「不確実って……本人が証言してるのに?」
「そこが問題なのよ。……はやてさんたちもよく聞いていてほしいんだけど……レティ。あなた、今までに『リンカーコア同士が融合した』なんて話、聞いたことある?」
「……言われてみれば、無いわね」

 レティはそう言うと、コンソールに指を走らせ、素早く過去の事例を検索しました。
「と言うより、局の記録にある範囲内では、歴史上、そんな事例は一度も無いわ。……ちょっと、待って! 古代ベルカの文献には、『リンカーコア同士を無理に融合させると、「対滅(ついめつ)」を起こして双方ともに死ぬ』とか書いてあるんだけど?!」
「やっぱり、コア同士の融合なんて、本来はあり得ない話なのね。ましてや、リンカーコアの移植によって、そのコアの元の持ち主の記憶まで移植されるなんて話は……」
「……そうか。冷静に考えたら、これって、完全にオカルト分野の話なのね」
 レティにも、ようやくリンディの意図が理解できたようです。

【ここで言う「オカルト」は、ただ単に「科学的には全く説明がつかない事柄」という程度の意味合いの用語です。
「リリカルなのはStrikerS サウンドステージ03」にも、『はやてのコアから「(かぶ)分け」されたリンカーコアを持つリインフォース・ツヴァイが、夢の中で(現実には一度も会ったことなど無いはずの)アインスと会って話を聞いた』という件に関して、マリエル技官がそれを「オカルト」と評する場面があるのですが、その場面でのその用語も全く同じ意味合いです。】

 はやて「え~っと、すいません。アインスの記憶がわずかながらも私に伝わっとるというのは、そんなに珍しいことやったんですか?」
 レティ「ええ。本来は、『全く』あり得ないことよ」
 リンディ「だから、このまま素直に報告書を書いてしまうと、最悪の想定としては、はやてさんは〈本局〉の技術部に囲い込まれて、実験動物のような扱いを受けることになると思うの」
 レティ「その可能性があるから、あなたは『事実を隠匿(いんとく)しろ』と言ってるのね?」
 リンディ(大きくうなずいて)「これが、あなたの職業倫理に反していることは解っているわ。でも、ここはひとつ彼女の将来のために折れてくれないかしら?」
 レティ「そこまで言われて折れなかったら、私、ただの悪役じゃないの。(苦笑)」

 レティ提督はひとつ大袈裟(おおげさ)に肩をすくめて、リンディ提督の「秘密の提案」に同意しました。もちろん、ここにいる12人全員が、その秘密を絶対に守ることを互いに誓い合います。
 こうして、「闇の書事件に関する最終報告書」は、結果として「はやての功績や能力」を相当に過少に評価した内容となったのでした。
 しかし、それで良かったのです。
 もしも馬鹿正直にすべてを報告していたら(リンディたちは彼等の「存在」にすら気がついてはいなかったのですが)きっと〈三脳髄〉がその報告書の内容に関心を持ち、はやては、リンディの言う「最悪の想定」よりもさらに(ひど)い状況に陥っていたことでしょう。


 その後、ユーノはレティ提督に臨時の助手として()き使われ、はやてと騎士たちはリンディの引率(いんそつ)でメディカルチェックのために医療部へと向かいました。
 残る四人は、取りあえず食堂で一服することにします。

【年が明けたので、ミッド式の数え方だと、全員、誕生日を待たずに年齢がひとつ繰り上がって、現在、クロノは15歳、なのはとフェイトは10歳、アルフは3歳、ということになります。この件に関しても、「背景設定1」を御参照ください。】

 四人がクロノを先頭にして通路を歩いていると、十字路で不意に一組の若い男女と出くわしました。かなり(たくま)しい感じの美形のアニキと、それ以上に大柄な体格の美女です。
「おお。誰かと思えば、クロノじゃないか。久しぶりだなあ!」
「ラウ! 相変わらずのようで何よりだ」
「聞いたぞ。何だか随分と大変な事件だったんだってなあ」
「君の方こそ、この年末年始は大活躍だったんだろう? 話には聞いているよ」
 クロノはニコニコ顔で、相手の男性とそこまで一気に(しゃべ)ってから、また三人の方へと向き直りました。
「ああ、こちらは僕と同期の執務官、ラウ・ルガラートだ。この名前は覚えておいて損は無いぞ」
「補佐官のムッディオーレです。以後、よろしくお見知りおきください」
 見上げるような体格の肉感的な美女は、それでも、実にお(しと)やかな仕草(しぐさ)でお辞儀をしてみせます。

 すると、ラウは不意にクロノの首をヘッドロックのように小脇に(かか)え込んで、二人で壁の側を向きました。
 一旦、女性三人の相手を補佐官に任せて、クロノと念話で素早くこんな「男同士のヒソヒソ話」を()わします。
《で? どっちがお前のカノジョなんだ?(ニヤニヤ)》
《そんな関係じゃないよ! あの二人は、ただの外部協力者だ。》
《何だよ、リゼルさんからはお前にもようやく「年下のカノジョ」ができたと聞いて来たのに。》
《なんで、アイツの言うことなんか、()に受けるんだよ!?》
《……クロノ。いくら良い体つきでも、他人の使い魔はやめておけよ。(迫真)》
 もちろん、これは、あからさまな(ワル)ノリです。
《だから、カノジョとかじゃないって言ってるだろう! ……と言うか、ラウ。その言い方だと、自分の使い魔なら別に構わないと言っているように聞こえるんだが?》
《そうだなあ。まあ、確かに、ムッディは最初から、半ば「俺の愛人」のようなものだが。》
 クロノ(15歳)のささやかな「反撃」にも、ラウ(19歳)は堂々と開き直り、そう言ってのけました。
(もちろん、実際には、ただシャレでそう言っているだけなのですが。)

 一方、アルフはとっさに二人の前に出て、ふと相手の臭いを()ぎました。
「あんた、人間じゃねえな。使い魔か?」
「我ながら上手に化けたと思っていたのですが、やはり、『犬の鼻』までは、ごまかし切れないようですね」
「犬じゃねえ。狼だ」
「それは失礼しました。……ちなみに、私はミッドの西半部に()む、性格の穏やかな『西黒熊』の使い魔です。東半部に棲む、凶暴な『東黒熊』とは生物学的にも別の(しゅ)ですから、きちんと区別してくださいね」
 言葉づかいは丁寧でも、『どうせ、その程度の違いでしょう?』と言わんばかりの態度です。
 アルフは思わず相手を睨みつけましたが、そこへラウの言葉が届きました。
「済まんが、クロノ。今日はちょっと急いでいてなあ。また今度、ゆっくり(めし)でも()おうや」
「ああ。約束だぞ」
 ラウは三人にも軽く会釈をすると、そのまま足早に歩み去って行きます。
 そして、ムッディオーレもひとつ優雅な会釈をして、(あるじ)(あと)を足早に追いかけて行ったのでした。


 二人がすぐ次の十字路を曲がって姿を消すと、しばらくその後ろ姿を睨み続けていたアルフが、不意に向き直ってフェイトに言いました。
「あたしも補佐官、やりたい。ねえ、フェイト、執務官になってよ」
 どうやら、ムッディオーレに対して、何か対抗意識を持ってしまったようです。(笑)
「ムチャ言わないでよ、アルフ。そんな、簡単に成れるようなモノじゃないんだから。(苦笑)」
 アルフは()まらなさそうに唇を(とが)らせましたが、その一方で、なのははふとクロノにこう問いかけました。
「そう言えばさ、クロノ君。執務官って、どうやって成るの? 何歳から成れるの? て言うか、今まであまり細かい話を聞いたことが無かったけど、具体的にはどういうお仕事なの?」

【公式の設定では、執務官という役職は「それぞれの所属部署における、個々の事件や法務案件の統括担当者」という位置づけのようですが、それだと指揮系統などが本当にバラバラになってしまうので、この作品では、『執務官はみな、管理局〈上層部〉に直属の存在であり、普段は個々の部署に「出向」して働いている。(つまり、その部署に「所属」している訳では無い。)』という設定で行きます。
 詳しくは、また「背景設定3」で述べますので、そちらを御参照ください。】

 話が長くなりそうなので、四人はまず食堂に入りました。
 まだ食事の時間帯ではなかったので、席は()いていましたが、それでも、四人は各々の飲み物を手に、あえて(すみ)の方の席に陣取ります。
 そこで、クロノはまず基本的な説明から話を始めました。

 まず、執務官とは、事件の捜査から現場の指揮・犯人の確保・場合によっては刑の執行までを、すべて単独でこなす権限を持った特別な役職である、ということ。
 当然ながら、状況次第では単騎でも個々の案件を解決することのできる「万能型の魔導師」だけが、相当に難しい試験で選抜された後に、この役職に就くことを許可される、ということ。
 また、所属は本来、「管理局〈上層部〉の直属」であり、階級も尉官相当なので、現地では普通に武装隊の魔導師や陸士たちを指揮することができる、ということ。
 新人のうちは〈本局〉の「運用部差配課」から仕事を受ける形になるが、普段から「通常の指揮系統」には属さない、極めて独立性の高い職種である、ということ。
 そして、大半の執務官は、若いうちは「外回り」の執務官として幾つもの世界を巡ってさまざまな案件を処理し、(とし)を取ってそれが身体的にキツくなってからは〈本局〉や「故郷の世界の地上本部」などで「内勤」に転向する、ということ。
 なお、内勤の老執務官の仕事内容は、平時には普通の法務官と同様だが、当然ながら、有事には現地で「尉官相当の捜査官」として行動することもできる、ということ。

 さらには、毎年、試験に合格できるのは「次元世界全体」でもわずか30人たらずであり、平均を取れば合格者はおおむね20歳前後である、ということ。
 また、管理局の定年は基本的には70歳なので、平均して「勤続50年」と考えると、執務官の総人数は管理局全体でも1500人に満たないぐらいで、「外回り」の執務官に限って言えば、せいぜい1000人ほどだろう、ということ。
 近年では、「主要な22個の世界」以外の管理世界からの合格者も次第にそれほど珍しい存在では無くなり始めており、自分の同期にも〈第58管理世界アンドゥリンドゥ〉の出身者が一人いる、ということ。
 ミッド世界の優位性は相対的には減少傾向にあるが、それでも、「ミッド式魔法」の優位性そのものは全く揺らいではいないので、まだまだミッド出身者が最も人数が多い、ということ。
 とは言え、ミッドからの合格者は、いくら多い年でも10名には届かないので、結果としては、同郷で「同期」の執務官同士は〈本局〉での研修で、みな互いに顔見知りになる、ということ。

 また、クロノは続けてこう語りました。
「それから、正式な局員に成れるのは、原則として10歳の春からだ。古代ベルカに由来する伝統で、いくら君たちのように優秀な人材でも、9歳までは『候補生』とか『嘱託魔導師』とかいった扱いになる。
 しかし、年が明けたので、ミッド式の数え方だと、君たちももう10歳だ。だから、是非とも、3月には手続きをして、4月からは正式な局員になってほしい。
 また、執務官試験は毎年、秋に行なわれるが、受験のために必要となる条件は『正式な局員』の資格と佐官以上の階級を持つ『現役(げんえき)の局員』からの推薦だけだ。
 だから、理論上は、10歳の秋に一発で合格することができれば、11歳の春から執務官に成れるはずなんだが、実のところ、それは管理局の歴史上、まだ一人も実例が無い」
「じゃあ、クロノ君の12歳って、史上最年少記録なの?」
「ああ。ラウは僕の同期で、僕以上に優秀な執務官だが、僕よりも四歳年上だ。もちろん、16歳でもだいぶ早い方なんだが……」

「僕以上に優秀って……じゃあ、あの人って、クロノ君よりも強いの?」
「執務官としての優秀さは、決して魔導師としての強さだけで決まるものでは無いんだが……そうだね。何の障害物も無い大空で戦ったら、僕にはちょっと勝ち目が無いかな。
 何しろ、彼は『ブレイカー資質』の上に、『炎熱変換資質』まで持ち合わせているからね。現状では、おそらく、僕たちが三人がかりで、ようやく引き分けに持ち込めるぐらいだろう」
「ええ……。(絶句)」
「まあ、『上には上がいる』ということさ。もっとも、『彼よりも上』は、もしかすると、今の管理局の中には本当に一人もいないのかも知れないけれどね」
「あの人が、管理局最強の魔導師かあ……」
 なのはは、ちょっぴり対抗意識を燃やしているようです。(笑)
「君たちはまだ10歳だ。でも、確か、地球の(ことわざ)にも、『十歳の時には神童でも、二十歳(はたち)を過ぎたら普通の人になってしまう』というのがあっただろう? 君たちはそうならないように、これからも是非、鍛錬(たんれん)を続けてほしい。そうすれば、いつかは彼に手が届くこともあるだろう」

 そこで、なのははまたクロノに問いました。
「じゃあ、念のために訊くけど、ラウさんより若い(とし)で執務官になった人って、クロノ君以外にも誰かいるの?」
「決して数は多くないが、何人かはいるよ。例えば、ニドルス提督は……ああ。僕の義理の大叔父に当たる人物なんだが……いや! 彼が執務官になったのは16歳の時だから、ラウと同じ(とし)か。それ以外となると……そうそう。確か、ミゼット提督が執務官になったのは、15歳の時のことだったはずだ」
「ミゼット提督って……〈三元老〉とかいう、ものすごく偉い人のことだよね?」
 そんなフェイトの問いに、クロノは大きくうなずきます。
「ああ。そのまま21歳で艦長になり、28歳で提督になったというスゴい人物だよ。それから……うん、思い出した。
 彼女よりも何年か(あと)のことだが、13歳で執務官になった『伝説の人物』も一人だけいたらしい。名前は、確か……ガイ・フレイル、だったかな? 旧暦539年、つまり、『新暦元年』の前の年のことだ」
「じゃあ、そのガイさんは……今年で79歳?」
「生きていればそういう計算になるが、残念ながら、この人物は二十代のうちに早々と殉職したらしい。しかも、最期はいささか不名誉な死に方だったらしくて、生前の彼を知る年配の人たちは、誰も彼については語りたがらないんだ」

 クロノは続けて、その人物について語りました。
「だが、漏れ聞く限りでは、相当に優秀な人物だったようだね。もしも彼が僕たちと同世代の人間だったら、おそらく、ラウとでも互角か、あるいは、それ以上にやり合えたんじゃないのかな?
 ああ。そうそう、思い出した。そう言えば、以前、ラウのことを『ガイ・フレイルの再来』と呼んで絶賛していた老人がいたよ。多分、スキルなどもよく似ていたんだろうね」
「ブレイカー資質と炎熱変換資質ってこと?」
「ああ」
「まさか、実は、血がつながってる、とか?」
「さすがに、それは無いだろう。そもそも、そういった特殊な資質は遺伝しないことの方が圧倒的に多いし……ラウは、ああ見えて、『ガウラーデでは有数の名家』の出身だ。二人の親も四人の祖父母も、どんな人物だったのか、すべてはっきりと解っている。彼の系譜には、一介(いっかい)の執務官ごときが横から割り込めるほどの『隙』は無いよ。
 一方、ガイ・フレイルは『生粋のミッド人』だったと聞いている。それと……ガイは、どうやら『個人転送資質』まで持ち合わせていたらしい」
「ヴィータちゃんたちが自力で無人世界へ行ってた、アレのこと?」
 クロノは黙って大きくうなずきました。

【ここで言う「個人転送」とは、『A’sで、守護騎士たちが魔法生物を狩りに地球から某無人世界へ行った時のように、次元航行船も転送ポートも使わずに、個人の魔法だけで別の世界へ即時移動をする』という行為のことです。
(なお、余談ながら、この作品では、あの無人世界を〈無127パニドゥール〉と独自に命名させていただきました。)
 また、この作品では、『こうした「個人転送資質」の持ち主は、魔導師の中でも何百人かに一人ぐらいしかいない』という設定で行きます。つまり、「炎熱変換資質」や「電気変換資質」よりはもう少しだけ稀少(レア)な資質ですが、「凍結変換資質」や「魔力収束(ブレイカー)資質」ほど稀少(レア)なものではありません。】

 クロノ「そうだ、フェイト。今時、『執務官試験に一発合格』というのはむしろ少数派だから、君も『ダメ元』で、この秋には受けてみるか?」
 フェイト「ええ……。(困惑)」

【この年、フェイトは正式にリンディの養女となった後、最初の受験では、当然のごとく不合格。翌年の二度目の受験も、なのはの看病に時間を取られ過ぎて(?)準備不足で不合格。68年に、三度目の受験でようやく合格し、翌69年の春、13歳で晴れて執務官となります。】


 さて、〈本局〉でそんな会話があってから、ほんの二十日ほど後のことです。
 新暦66年1月の末日には、スクライア一族の「長老」ハドロ・バーゼリアス・スクライアが死去しました。
 結果としては、『ユーノは〈レイジングハート〉の出所(でどころ)について、彼から直接に話を聞く機会を永遠に(のが)してしまった』ということになります。

 翌日(2月初日)には、ユーノも〈本局〉から即時移動をして、取り急ぎ葬儀に参列しました。場所はクレモナの首都郊外にある例の病院の近くで、彼の享年は77歳だったと言います。
 しかし、何故か『墓はドルバザウムに』という内容の「法的に有効な遺言状」があり、ガウルゥはすでに、ドルバザウムでただ(ひと)り「墓守(はかもり)」を続けてゆく覚悟を決めていたのでした。

 葬儀がすべて終わってから、ユーノは初めて、ガウルゥから『実は、ハドロは昨年の4月から、ずっと病床に就いていたのだ』と知らされました。
 ユーノは思わず、怒りの口調で『どうして、僕には教えてくれなかったんですか!』と問い(ただ)しましたが、ガウルゥからは『それは、単に彼自身がそう望んだからだ』と冷たい口調で返されてしまいます。
「新たな長老アグンゼイドともすでに話はつけてあるし、『口伝(くでん)の継承』もとうに済ませた。何も問題は無い」
 ユーノも『代々の長老だけに語り継がれる「秘密の知識」がある』という話は聞いたことがありました。しかし、それならばなおのこと、『他の人に何かを伝える時間があったのなら、どうして自分には何の言葉もかけてはくれなかったのだろう』という残念な気持ちが(つの)ります。

 ガウルゥはさらに、冷たい口調でこう言い放ちました。
「俺は俺にしかできない仕事をする。お前はお前にしかできない仕事をしろ」
「それって……?」
「お前は、スクライア一族のことなど、もう考えなくて良い。このまま局に入って、大切な人々のために力を尽くせ。それから……お前は、ドルバザウムには来なくて良い。30年後に、祀り上げの際に一回だけ来れば、それで充分だ」
 ガウルゥはユーノにそう言い残すと、例の小型艇に乗ってハドロの遺体とともにドルバザウムに行ってしまいました。
 本当に「墓掘り」から始めて、何もかも自分一人だけでやるつもりなのです。

 実を言えば、昨年の7月、無事にハドロの後任が決まった頃、ハドロたちの支族は、わずか半年で「ドルバザウムでの発掘調査」を早くも切り上げようとしていたのですが、そこへ思いがけず、管理局の方から「ちょっと奇妙な追加調査」の依頼が来ました。『その遺跡に埋葬された人々は、本当に全員が「同じ時期に」死んだものなのかどうかを確認してほしい』と言うのです。
 随分と面倒な上に「そうすべき理由」がよく解らない奇妙な依頼ではありましたが、ともかく、ハドロの支族はその依頼を引き受け、その「学術的には何も面白くはない追加調査」を実行に移していました。
 だから、ガウルゥも決して『本当にただ一人、この無人世界に置き去りにされてしまう』などということは無かったのですが……新たに選出された支族長が、じきにまた別の依頼をも引き受けてしまったために、その支族は、ドルバザウムには「ごく少数の人員」だけを残して、船で次の無人世界へと(きょ)を移してしまいます。
 幸いにも、その無人世界はドルバザウムからもさほど遠くはなく、時おり船をドルバザウムまで往復させることなど、大した苦労ではなかったので、「ごく少数の人員」は交代で船に戻ることができたのですが……ガウルゥはそうした人員とも本当に最低限の言葉しか()わすことなく、ただ一人で黙々と「ハドロの墓守(はかもり)」を続けたのだと言います。

【実を言うと、この「奇妙な追加調査の依頼」は、「大元(おおもと)辿(たど)れば『三脳髄の意向』にまで行き着いてしまう代物」だったのですが……。
(この件に関しては、「第3節」のラストを御参照ください。)
 もちろん、スクライア一族の人々は、そんな真相(こと)など、知る(よし)もありませんでした。】

【なお、早くに両親を亡くしたユーノにとって、ハドロは「育ての親」にも等しい人物でしたが、一方、次の長老に選ばれたアグンゼイド(55歳)という人物は、別の支族に属する全く面識の無い人物でした。
 同じ支族の新たな支族長も、『特に仲が良い』と言うほどの間柄ではない人物です。
 この作品では、『その結果、ユーノは〈無限書庫〉での仕事が多忙を極めたせいもあって、この「新暦66年の春ごろ」から丸10年もの間、スクライア一族とは疎遠になっていた』という設定で行きます。】


 ここで、再び「三脳髄」の描写をします。
【映像としては、A’s編の最終回のCパートで。】

「結局、〈闇の書〉の中のアレは手に入らなかったか……」
「いくら辺境の接触禁止世界とは言え、もう少し何とかならなかったのか?」
「現代の技術力では、やはり、アレの捕獲はまだ不可能だったのだろう」
「いきなり〈アルカンシェル〉で吹き飛ばすとは……返す返すも、惜しいことをした」
「なぁに、まだ『手』はいくらでもあるさ」
「そうだな。取りあえず、〈神域〉はアレの代用品ぐらいにはなるだろう」

 薄暗い室内で、薄気味の悪い笑い声だけが、いつまでも響いていました。
 

 
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