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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第1章】無印とA'sの補完、および、後日譚。
  【第2節】ユーノ・スクライアの物語。(後編)


 さて、ここで物語は(さかのぼ)って……今を去る9年半ほど前、新暦55年の末のことです。
 ハドロの率いる支族は、同55年の10月のうちに、クレモナにも近い〈無81ナバルジェス〉の低緯度帯で「クラナガンとは2時間ほどの時差がある土地」に、新たに発見された遺跡を発掘調査するためのキャンプ地を築いていました。
 しかし、同年の12月になると、そのキャンプ地のすぐ近くに、一機の見知らぬ小型艇が「自動航行プログラム」に従って着陸し、搭乗口の扉のロックを開放すると、今度は「自殺プログラム」に従って全機能を停止します。
 それは、あからさまに不審(ふしん)な状況でした。

 その支族で技師と医師を(つと)めている「マルギス夫妻」が、二人で慎重にその艇内に乗り込んで見ると、操縦室は最大で五人乗りの「よくある設計(つくり)」でしたが、実際に乗っていたのは後部座席に女性がただ一人でした。しかも、今は薬で眠らされています。
 操縦者(パイロット)が乗り込まない「完全自動操縦」は、明らかに違法行為でしたが、この状況では、それは大した問題ではありません。
 女性はノーメイクでしたが、それでも、なかなかの美人でした。しかし、年齢はもう四十前後といったところでしょうか。手の指の荒れ方などから見て、つい先日まで日常的にみずから家事労働をしていた女性なのだろうと容易に見当がつきます。
(つまり、彼女は決して「上流階級の出身」ではありません。)
 また、彼女の私物と(おぼ)しきモノは、旅行用のトランクひとつしか見当たりませんでした。そのトランクは当然に施錠されていましたが、外部から通常のスキャンをした限りでは、危険物は何も入っていないようです。

 その女性を小型艇から降ろして、キャンプ地で通常の医療検査をしてみると、彼女は遺伝的には「クレモナ人のハーフ」でしたが、今は妊娠していることが解りました。
 もしも四十歳で初産(ういざん)ならば、このキャンプ地ではちょっと厳しかったかも知れませんが、幸いにも、どうやら経産婦のようです。
 彼女自身も胎児の方も、健康状態には特に問題が無いようなので、今のところ、出産に関してもさほど心配をする必要は無いでしょう。出産予定日もまだ5か月は先のことで、スクライア一族としては一安心(ひとあんしん)といったところです。
 小型艇の方も「自殺プログラム」によって、すでに航行記録などのデータは全て消去されていましたが、一族があらかじめ軌道上に設置しておいたサーチャーの記録から、この小型艇は、やはり「最寄(もよ)りの管理世界」である〈管46クレモナ〉の方から来たものだと判明しました。
 あの世界からであれば、このレベルの小型艇でもざっと12時間で来られるはずです。
 それでも、薬の投与量を間違えたのでしょうか。彼女は、それからさらに半日ほど(おそらくは通算で丸一日ほど)眠り続けたのでした。

 そして、翌朝になってようやく薬が切れて、大きな天幕の下で目を覚ますと、その女性はやや狼狽気味にゆっくりと周囲を見回しました。
 冬場でも温暖な土地らしく、固い地面の上に直接、ベッドやテーブルが置かれています。天幕の一方は大きく巻き上げられて、外の様子を一望することができました。
 女性はベッドの脇に自分の靴とトランクを確認して、まずは安堵の表情を浮かべましたが、そこでふとハドロと視線が合うと、彼の顔の右側に残る醜い火傷(やけど)(あと)に気づいて、今度は思わず小さな悲鳴を上げそうになります。
「ああ。目が覚めたかね。(こわ)がらなくても良いよ。私は昔の事故のせいで、こんな見苦しい外見になっているが、君には何も危害を加えるつもりなど無い」
 言葉は流暢なミッド語で、とても優しい声でした。
 何の根拠も無く、『この人なら、信用しても大丈夫だ』と思えてしまうような、心にしみ込んで来る声です。

 それでも、その女性はまだ警戒を(ゆる)めぬまま、少したどたどしいミッド語で『あの(ひと)は……どこですか?』と問いました。
 当時まだ「長老」になって三年目のハドロは、『あなたは昨日の夕方、向こうに見える小型艇に乗ってここへやって来たが、あれに乗っていたのは、最初からあなた一人だけだった』ということを、今度は先程よりももう少しゆっくりとした口調で説明しました。もちろん、相手がミッド語にあまり堪能(たんのう)ではないと知った上での配慮です。
「では……ここは? と言うか……あなたたちは?」
 そこで、ハドロはまた穏やかな口調で、自分たちが遺跡の発掘などを生業(なりわい)とするスクライア一族であることや、自分がその「総責任者」であること。また、ここがクレモナにも(ほど)近い無人世界であることなどを、女性に語って聞かせました。
 すると、その女性はしばらく呆然と天を仰いでから……ふと膝を(かか)えてうずくまり、声を押し殺して、さめざめと泣き始めました。
 おそらく、『自分は捨てられたのだ』と理解したのでしょう。まったく、ヒドいことをする男もいたものです。

 やがて、女性はふと何かを思い出したかのように慌てて自分のトランクのロックを開放し、一番上から何か便箋(びんせん)のような紙を一枚、取り上げて黙読すると、いきなり何処(どこ)からともなく火を放ち、その紙を一気に焼き払いました。
「それは……炎熱変換資質かね?」
 ハドロが少し驚いたような声を上げると、女性はやや恥じらい気味にこう答えます。
「私の魔力量はとても(ちい)さいので、できることと言ったら、この程度ですが」
 燃え尽きた灰が固い地面の上に落ちると、女は素早く靴を履いて、その灰を踏みにじりました。よほど他人(ひと)には読まれたくない内容だったようです。

 それでも、ハドロは不審な表情ひとつ浮かべることも無く、また優しい声でその女性に語りかけました。
「では、そろそろ朝食にしようか。一人で立てるかね?」
 女がうなずくと、ハドロはガウルゥを呼んで食事を運ばせました。そのテント内のテーブルで、二人きりの食事が始まります。
 BGMは、デヴォルザム第三大陸〈カロエスマール〉出身の「伝説の歌姫」アディムナ・サランディスが歌う名曲中の名曲「故郷の緑の丘」でした。
 アディムナ自身は三年前(新暦52年)の秋、カロエスマールで一連のテロ事件があった直後に36歳で唐突に引退してそのまま完全に世間から姿を消してしまっていましたが、この曲は今も、クレモナ人ならば誰もが口ずさめるほどの有名な歌です。
 当然ながら、女もすぐに、それに気づいた様子でした。
 また、テーブルマナーを見る限り、この女性は決して「下層階級の出身」という訳でも無いようです。社会的には、ごく普通の、中間層の出身なのでしょう。

 互いに無言のまま食事を終えると、ハドロはふと女にこう問いかけました。
「さて、これから、君はどうしたいかね? クレモナかどこかに帰りたいのならば、送らせるよ」
 すると、食事中にも自分なりにいろいろと考えていたのでしょう。女は激しく首を振ってそれを拒絶し、ハドロにこう懇願します。
「私を、あなた(がた)の一族に加えていただく、という訳には行きませんか?」
「それは、決して楽な人生では無いよ。ここは大人(おとな)しく、この歌のように故郷に帰っておいた方が、この先、君は楽に生きて行けるのでは無いのかね?」
 決して強要するような口調では無かったのですが、それでも、女は再び激しく首を振りました。本当に、何かしら「戻れない事情」があるようです。
「どのみち、クレモナは私の『生まれ故郷』ではありません。私が愛着を持って故郷(ふるさと)と呼べるような『緑の丘』は、もうどこにも無いんです」

 その言葉から、女の生まれ故郷が〈カロエスマール〉であることは、容易に想像がつきました。〈管46クレモナ〉以外で、クレモナ人がまとまって住んでいる土地など、カロエスマール以外には存在しないからです。
 それに、カロエスマールでは、もう二十年以上も前から全土で土地の再開発が進んでいました。おそらく、『かつては美しい「緑の丘」だった土地が、殺風景な宅地や工場用地として造成されてしまう』といったことも、決して珍しい話ではなかったのでしょう。
 女は続けてこう語りました。
「お願いですから、私をここに置いてください。ここで、この子を産ませてください。ただし……この子の父親は決して探さないでください」
 よほどの事情があるのでしょう。ハドロが無言のまま、『さて、一体どうしたものか』と思案に暮れていると、女は目に涙すらにじませながらこう続けました。
「あの小型艇の所有権は私にあるようですが、あれもあなた(がた)にお譲りします。ですから……どうか、お願いします」

 その小型艇は、数年前の「型落ち」ではありましたが、よく整備されたものでした。普通に売り払うだけでも、単なる「(はら)ませた女への手切れ(きん)」としては、全くあり得ないほどの額になることでしょう。
 それを『丸ごと持参金として差し出す』と言っているのですから、スクライア一族の側には何の損もありませんし、正直に言えば、ちょうど「手持ちの小型艇」が随分と(いた)んで来たところでもあります。
 もちろん、問いただしたいことは幾らでもありましたが、ハドロはあえてそれらを飲み込み、女の願いをそのまま(かな)えてあげることにしました。
「解ったよ。君がそこまで言うのなら、そういうことにしよう」
「……本当に? いいんですか?」
「うむ。しかし、スクライア一族に加わるのであれば、名簿に君の名前を乗せなければならない。だから、まず名前を教えてはくれないかな?」
 名前を問われると、女はまた(うつむ)き、口を閉ざしてしまいます。
「何なら、今日から新しい名前に改名しても良いんだよ」
 ハドロはあえて『偽名でも構わない』という言い方はしませんでした。

 すると、女はしばらく考え込んでから、こう答えました。
「それでは、私のことは今日から、アディ・モナスと呼んでください」
 それは、明らかに「アディムナ・サランディス」から取った、「ADIMNA S.」のMとNの間に母音のOをひとつ(おぎな)っただけの名前です。それは、『彼女の歌を聴きながら』というこの状況下では「誰にでも偽名と解るほどの、あからさまな偽名」でしたが、それでも、ハドロは少しも気にしませんでした。
 それどころか、いつもどおりの穏やかな口調で、改めてスクライア一族について、アディに次のような一連の説明をします。

 まず、スクライア一族はかつて、管理局の「最高評議会議長」オルランド・マドリガル本人から「ある種の治外法権」を認められたのだ、ということ。
 だから、一族の構成員になれば、もう当局に素性を調べられる心配も無く、あからさまな犯罪者にでもならない限り、当局に身柄を拘束される心配も無い、ということ。
 統合戦争の時代には、何か財宝をため込んでいるとでも勘違いされたのか、『当時の長老が何者かに拉致(らち)されてそのまま「帰らぬ人」になった』などという事件もあったが、今ではもうそんな物騒な話も無く、まして一般の構成員ならば、なおのこと、そんな危険な目に()う心配は無い、ということ。
 また、一族は管理局にいろいろと便宜(べんぎ)(はか)ってもらってはいるが、基本的には「持ちつ持たれつ」の関係であって、必ずしも従属している訳では無い、ということ。
 なお、スクライア一族も昔は「鉄の掟」に縛られた血族集団だったが、120年あまり前に管理局と手を組んでからは、その掟も形骸化し、旧暦のうちに単なる職能集団へと速やかに変貌した、ということ。
 以来、『来る者は(こば)まず、去る者は追わず』を大原則として来たので、今や「マルギス夫妻」のような「純血の」スクライアはむしろ少数派で、外来者やその二世の方が多いぐらいだ、ということ。
 そして、実のところ、かく言う自分やガウルゥもまた外来者なのだ、ということ。

 それを聞くと、アディはふと小首を(かし)げて問いました。
「それでは、去る人もいたのですか?」
「うむ。最近はあまり聞かないが、新暦の初期、いわゆる〈大航海時代〉には、『技能だけを習得して去って行った若者たち』も多少はいたそうだよ。
 実例としては……ウチとは別の支族で、今はアグンゼイドという男が支族長を務めている支族の話になるが……(もと)戦災孤児の「アヴェニール四兄妹」の離反などが有名なところかな。
 スクライア一族には、遺跡発掘などに関してさまざまなノウハウの蓄積があり、我々はそれを『積極的に普及させよう』というつもりも無いが、必ずしも『独占しておきたい』と思っている訳でも無い。一人になっても生きて行ける者が去って行く(ぶん)には、我々は別に構わないんだよ」

 そして、しばしの沈黙の後、ハドロは不意に、こう言葉を続けます。
「ところで、宗教は聖王教で良かったかね?」
 ただそれだけを確認して、ハドロは「アディ・モナス」をスクライア一族の一員として認め、一族の名簿に登録しました。
(スクライア一族には、一族の名簿を五年ごとに管理局に提出する義務があり、次の提出日が来年の春に迫っていたのです。)

 その後、ハドロはまたガウルゥを呼んで食器を下げさせた後、次には「マルギス夫妻」を呼び、アディ(自称、40歳)が「一族の暮らしぶり」に早く馴染(なじ)めるように、彼女の身の回りの世話と生活の指導を頼みました。
 支族の中では技師を務める夫のザール(32歳)と、同様に医師を務める妻のミーナ(31歳)は、長老からの依頼を快諾(かいだく)し、早速、アディを連れてそのテントを(あと)にします。

 そうして、またしばらくすると、今度はガウルゥ(26歳)が再びやって来て、いかにも心配そうな顔つきでハドロに尋ねました。
「本当に、これで良かったんですか?」
「何がかね?」
「彼女、明らかに怪しいですよね?」
 従者としてはごく当たり前の「用心深い態度」でしたが、それでも、ハドロは穏やかに笑って、こう返します。
素性(すじょう)が怪しいなどと言い出したら、知らぬ者から見れば、私や君だって充分に怪しいよ」
「まあ……確かに、それは否定できませんが……」
「五年前に君が来た時の状況も、大変なモノだったが、私の場合は、さらにヒドかった。君には、話したことがあっただろう?」
「ええ。確か……三十年前の〈闇の書事件〉で、あなたが乗っていた貨客船は大破し、脱出艇でも火災が発生して、たまたま近くにいたスクライア一族の船に救助された時には、すでにみな酸欠で倒れており、そこから息を吹き返したのはあなた一人だけだった。その火傷(やけど)の跡もその時のものだ……というお話でしたね」
〈闇の書〉はほぼ十年ごとに「出現しては暴走」を繰り返しており、管理局にとって二度目の直接遭遇となる「新暦25年の事件」では、民間の次元航行船にも相応の犠牲が出ていたのです。

「しかも、酸欠のせいで、私はしばらく『記憶障害』にかかっていた。当時の状況を考えれば、『脳に深刻な後遺症が残らなかっただけでも幸運だった』と言うべきなのだろうが……普通に考えれば、この経歴は『怪しいにも(ほど)がある』と言うものだよ」
 ハドロはそう言って、やや自虐的な微笑(えみ)を浮かべました。
「まあ、それは確かにそうかも知れませんが……。それと、まさかとは思いますが、彼女は、昨年の〈闇の書事件〉とは関係ありませんよね?」
 ガウルゥが言っているのは、新暦54年の11月に、将来有望な若手艦長クライド・ハラオウンが殉職した事件のことです。
「あの事件が起きた場所は、ここよりもずっと東方だ。クレモナは無関係だよ。それに、あれからもう丸一年以上も()っているんだ。彼女の妊娠もまだ五か月目。少なくとも『直接の』関連は何も無いだろう」

 実は、この時点ですでに、ガウルゥの中には、ひとつの疑念がありました。ハドロは最初から、彼女のことを個人的に知っていたのではないか、という疑念です。
 実は、ガウルゥは昨夜うっかりと声を掛け忘れ、結果として「二人きりの情景」をチラリと覗き見てしまったのですが、ハドロはそこで、眠り続けるアディの髪を優しく撫でさすっていました。ハドロの性格から考えて、彼が「見ず知らずの女性」にいきなりそんなことをするとは、とても思えません。
 しかし、その件に関して自分からは何も語らずにいるハドロの「心の(うち)」を(おも)うと、今ここで軽々しく()くことなど、ガウルゥにはできませんでした。
 結局のところ、「従者」の立場にあるガウルゥが、主人(あるじ)からそれを()き出すまでには、これからなお十年ちかくもの歳月を要したのです。

 翌56年の5月、ミーナ・マルギス・スクライア医師が産婆を(つと)め、アディ・モナス・スクライアは、一族のキャンプ地で無事に男の子を出産しました。
 そして、アディはみずから、その子に「ユーノ」と名づけました。クレモナ語で「平穏無事」という意味の名前です。自分の子供に願いを込めてそう名づけたということは、やはり、彼女自身は相当に波乱に富んだ人生を送って来たのでしょうか。
 しかし、新暦58年の6月末、ユーノが満2歳で遅ればせながら卒乳した直後に、アディは不意に(やまい)に倒れ、その年の8月には早々と病死してしまいました。
 そして、遺言(ゆいごん)により、彼女の墓はそのまま「ナバルジェスにおける、スクライア一族のキャンプ地」のすぐ近くに建てられたのでした。

【管理世界の常識としては、墓を築く場所は「出生した土地、長く住んだ土地、死亡した土地」の三択であり、遺言や遺書などが何も無ければ、優先順位もその順になります。
 しかし、スクライア一族は「流浪(るろう)(たみ)」であり、特定の世界に長く住み続けることも無ければ、生まれ故郷に格別の愛着を持つ者も滅多にいません。
 そのため、死亡した土地にそのまま墓を建てることも、「スクライア一族としては」決して珍しいことではなかったのです。】

『私の身魂(みたま)は、特に(まつ)っていただかなくて構いません。ただ三十年後の「祀り上げ」の時に、この子が一度だけここに来てくれれば、それで充分です。……ただし、私の遺体と一緒に埋めてほしいモノがひとつあります』
 アディは最後に、マルギス夫妻にそう頼んで()くなったのだそうです。

【日本の仏教でも、しばしば故人の「年忌(ねんき)法要」を「三十三回忌」や「五十回忌」で終了として、それ以上はもう(まつ)らないことにしていますが、それを一般に「(とむら)い上げ」と言います。
 この作品では、『聖王教を始めとする〈次元世界〉の諸宗教にも、同様の風習は(ひろ)く存在している』という設定で行きます。ただし、「弔い上げ」と言うと、どうしても仏教用語に聞こえてしまうので、この作品では、これをあえて「(まつ)り上げ」と呼ぶことにします。
 なお、聖王教では、一般に「30回忌」で「祀り上げ」となります。
(その理由などに関して、詳しくは「背景設定10」を御参照ください。)】

 同58年の10月には、ハドロの支族は丸三年に(わた)る〈無81ナバルジェス〉での仕事を終え、また別の無人世界へと(おもむ)きました。
 その後は、もっぱらハドロとガウルゥが(ミーナにも手伝ってもらいながら)ユーノを育てたのですが、実のところ、当時のユーノは病弱で、何かと手間のかかる幼児でした。
 その代わり、ユーノは大変に聡明な子で、しかも、4歳で早くもリンカーコアが顕現し、魔力が発現します。そして、ハドロが教えると、ユーノは物凄い速さでさまざまな魔法を習得していきました。
 よほど「天賦の才」に恵まれていたのでしょう。

 また、ユーノは6歳になると、ハドロやガウルゥが実の祖父や叔父ではないことを当人たちから知らされました。実を言うと、それはもう薄々解っていたことだったのですが、ユーノは続けて、母親「アディ・モナス」についてもいろいろと聞かされます。
 ユーノにも、さすがに2歳の時の記憶はもう残っていません。
 母親の話を聞いたユーノは、小児(こども)なりに真剣に考えて、やがて『自分の両親は犯罪者だったのではないか』という結論に到達しました。
 もちろん、詳細は解りませんでしたが……例えば、『盗んだ金の分け前でモメて、アディは排除されたが、ここで下手に「子供の父親でもある、主犯の男」を追えば、犯罪が露見して自分も共犯者として裁かれることになる。だからこそ、アディはわざわざ「この子の父親は決して探さないでください」などと言って、スクライア一族を「隠れ(みの)」に、長らく潜伏することにした』といった状況だったのではないか。
 ユーノはそう考えたのです。
 こうして、ユーノは小児(こども)ながらも、『多分、自分の血筋には何かしら問題がある』と考えるようになってしまったのでした。

 そして、新暦62年の春、ハドロの支族が〈無93スパルトヴァール〉に(きょ)を移したのに合わせて、ユーノ(6歳)は(ひと)り、遠く離れたミッド南部の某魔法学校に入学しました。
「スクライア一族の長老からの推薦」によって、ユーノは「特別寮生」という扱いになったのですが、教師たちからは早々に「神童」と評価され、わずか2年間で「高等科の課程まで」すべて修了してしまいました。
(普通の人間ならば、初等科に5年、中等科に3年、高等科に2年、合わせて10年はかかる行程です。)
 その上、魔法の実技試験も大半がA評価だったため、教師たちからも『あなたは明らかに天才であり、ミッド全体でも「何十年かに一人」というレベルの逸材(いつざい)なので、是非とも特待生として、このまま大学へ』と強く勧誘されたのですが、ユーノ(8歳)はそれを固辞して、一族の許へ戻ることにします。
 しかし、ユーノは卒業と同時に、また不意に体調を崩して現地の病院にしばらく入院しました。その際には、ハドロが保護者としてその病院に呼ばれたりもしましたが、同年の7月には、ユーノは無事に退院した上で、「嘱託魔導師」の資格も取って、スクライア一族の許に戻って来ます。
 それは、ハドロの支族がスパルトヴァールからドルバザウムへと(きょ)を移す、半年ほど前のことでした。


 さて、ここで物語はまた現在(新暦65年の4月)に戻ります。
 長老ハドロは、「行きつけの病院」の前でユーノの決意の固さを見て取ると、ガウルゥの猛反対を制して、ユーノに地球行きの許可を与えました。
「しかし、あれほどのロストロギアを回収し、封印して回るには、やはり、相応のデバイスが必要となるだろう。これを使いなさい」
 ハドロはそう言って、自分の首からペンダントを(はず)し、ユーノにそれを手渡しました。その鎖には、「真っ赤な球形のクリスタル」がひとつ下がっています。
「このデバイスの名は〈レイジングハート〉と言う。少し早いが、『十歳(とお)の祝い』として、お前にこれを与えよう」
 古代ベルカでは、優秀な魔導師であれば、10歳で早々と初陣(ういじん)を飾ることも珍しくはありませんでした。「十歳(とお)の祝い」とは、その際に贈られる「お祝いの品」であり、今で言う「就職祝い」のようなものです。

「え? 良いんですか? これって、長老の大切なモノだったのでは?」
 ユーノがやや狼狽(うろた)えた声を上げると、ハドロは何やら悲しげな(おも)持ちでこう続けました。
「いや。実は、『本来の持ち主』はもういないんだよ。それに、これは高度な〈E-デバイス〉だが、どうせ私の魔力(ちから)ではまともに使いこなすことができない。だから、もう私が持っていても仕方が無いんだ」
 本来の持ち主が『もういない』というのは、やはり、『もう死んでしまった』という意味なのでしょうか。
 ユーノは、内心ではそんな疑問を(いだ)きながらも、ハドロの悲しげな表情を見ると、その疑問を「今ここで」口にすることはできませんでした。

【実のところ、「魔導用のクリスタル」には、互いに結晶構造の異なる二種類のクリスタルがありました。「一般の鉱物」である水晶(Crystal)と区別して、よく普及している方を「D-クリスタル」と呼び、稀少(きしょう)な方を「E-クリスタル」と呼びます。
 昔から、D-クリスタルはもっぱら通常の「デバイス(Device)」や魔導機関などに使われ、E-クリスタルは主に「エネルギー(Energy)結晶体」やごく一部の特殊なデバイス(魔導書やユニゾンデバイスなど)に使用されて来ました。
(いわゆる「ロストロギア」に用いられるのは、後者のみです。両者は結晶構造が異なるため、当然に情報密度や魔力性能にも格段の差があるのです。
 また、理論モデルとしては、E-クリスタルよりもさらに上位の、「F-クリスタル」とでも呼ぶべき「最終(Final)形態」もまた存在しているはずなのですが、これはまだ誰も見たことが無く、『理論の方が間違っていて、現実には存在しないのかも知れない』とも言われています。)
 そして、古来、D-クリスタルから造られた普通のデバイスは「D-デバイス」と、E-クリスタルから造られた特別なデバイスは「E-デバイス」と呼ばれて区別されて来たのですが、次元世界大戦が終結した後は、古代ベルカ以外のすべての世界で、長らく『E-デバイスの作製は技術的に不可能』という状況が続いていました。

 そして、管理局の技術部は、新暦も30年代の末になって、ようやくその技術の再現に成功し、それを「第三世代デバイス」と呼称しました。
(旧暦の末に、管理局全体の統一規格として制定されたデバイスが「第一世代デバイス」で、新暦10年代の末に高度なAIが実用化されたことを受けて、20年代から盛んに造られるようになったインテリジェントデバイスが「第二世代デバイス」です。)
 しかし、E-クリスタルは稀少な存在なので、同じ質量のD-クリスタルと比べると、その価格には軽く何十倍もの開きがあり、それ故、40年代に入っても、第三世代デバイスはそれほど大量に生産されるようになった訳ではありませんでした。
 その上、50年代の末には、D-クリスタルへの「書き込み技術」そのものが格段の進歩を遂げた結果、「新式のD-デバイス」の性能もまた格段に向上し、E-デバイスとの性能の差は、せいぜい三~四倍にまで縮まりました。これが「第四世代デバイス」です。
(カートリッジ・システムを始めとする「長らく失われていた古代ベルカの技術」が再現されたのも、やはり、この時期のことです。)
 こうして、性能の差が価格の差よりも「相当に」小さくなってしまった結果、新暦60年以降、第三世代デバイスの製造は急速に(すた)れて行きました。
 だから、今でも、E-デバイスは(古代ベルカ製のものを除けば)大半が『新暦40年代か50年代のうちに製造されたものだろう』と容易に見当がつくのです。】

 ハドロはさらに続けて、こう語りました。
「もし、お前にも使いこなせず、誰か他にこのデバイスを使いこなせる者がいたら、お前の判断でその者にこれを譲っても構わない」
「え? いや。それは、さすがに……」
「道具は、正しく使われてこそ価値がある。このデバイスの『本来の持ち主』も、きっとそれを望んでいるはずだ。だから、是非そうしてやっておくれ」
「……解りました。もし、そうなった時には、必ず……」
 ユーノはそれだけ言うと、そのペンダントを自分の首にかけ、二人に一礼しました。
「それでは、早速ですが、行って来ます」
「うむ。初めて行く世界だ。体にはよくよく気をつけるんだよ。お前の体は元々あまり免疫力などの強い方ではないのだから」
「無理はするな。もしも現地に頼れる者がいたら、迷わずに頼れ。一人で背負い込みすぎるな」
 ガウルゥはいかにも「不承不承(ふしょうぶしょう)」という顔つきでしたが、それでも、本当にユーノのことを心配してくれています。
 そして、ユーノは元気にうなずき、駆け出して行ったのでした。

 ユーノのそうした後ろ姿を見送ってから、ガウルゥはひとつ深々と溜め息をつくと、またハドロに問いかけました。
「本当に、これで良かったんですか?」
「何がかね?」
「ユーノも言っていましたが、アレは、あなたにとって、とても大切なモノだったんじゃないんですか? 実際、15年前に、私が初めてあなたと出会った時から、あなたはアレをずっと大切そうに首にかけていましたよね?」
「ああ、アレはとても大切な『思い出』だよ。だが、思い出は所詮、過去のものだ。過去のために未来を縛ってはいけない。そうは思わないか?」
「あなたがそこまで言うのなら、もはや私ごときが口を出すべき事柄ではないんでしょうね」
 ガウルゥが(あきら)め顔でそうつぶやくと、ハドロもふっと微笑(えみ)を浮かべて言葉を続けます。
「それに、どのみち、アレは『いつか』あの子に譲るつもりでいた。今回の事件は、ちょうど良い機会だったというだけのことだよ。……さあ、ガウルゥ。私を診察室まで連れて行っておくれ」
 ガウルゥは無言でうなずき、また静かに車椅子を押し始めたのでした。


 ユーノは、6歳の頃から『自分の両親は「悪い人」だったのかも知れない』と考えていました。
 それでは、『悪人の血を引いているのだから、お前もどうせ悪人なのだろう』などと言われないようにするためには、一体どうすれば良いのでしょうか。
 もちろん、日頃の行動(おこない)によって、『自分は両親のような悪人ではない』ということを、みずから証明して見せるより(ほか)にはありません。
 心の奥にそんな(おも)いがあったからこそ、ユーノは「過剰なまでに」正義感や責任感の強い子に育ってしまったのでした。
 もしも、この時点でユーノが「過剰な責任感」に駆られて地球にまで出向いたりしていなかったら、ここから先の「歴史」は大いに変わっていたことでしょう。

(……あれ? でも、確か、地球って魔法文化が無いんだよね? そんな世界に僕が頼れるような相手なんて、いるのかなあ?)
 ユーノはそんな疑念と不安を(いだ)きながらも、大急ぎで次元港に戻り、そこに付属する「管理局直轄の転送施設」へと足を運びました。取り急ぎ、担当責任者に一連の事情を説明します。
 すると、担当責任者もひととおり悩んだ上で、こう述べました。
「解りました。あなたが『それ』の第一発見者で、『それについてよく知っている』という特別の事情があるのならば、こちらも特別に許可を出しましょう。
 本来ならば、こちらから陸士隊の一個小隊ぐらいは随行させなければいけないところなのですが、今はこちらも、一連の事件のせいで、大変な人員不足に陥っておりまして……こんな面倒な仕事を嘱託魔導師の(かた)にお任せするのは、こちらとしても本当に心苦しい限りなのですが……よろしくお願いします。
 とは言え、あなたはあくまでも民間人です。くれぐれも無理はしないで下さい。もしも手に負えないようなら、現地でおとなしく回収部隊の到着を待っていてください。あと一月(ひとつき)もは、かからないはずですから」
 ユーノはそこで『解りました』と即答しましたが、実際には、地球では「過剰な責任感」から無理を重ねてしまうことになります。

 こうして、ユーノは嘱託魔導師の身分で、管理局の転送ポートを使わせてもらえることになり、それからすぐに、その転送施設からファルメロウの上空を経て、「地球周回軌道上にある次元航行船の転送室」にまで即時移動をしました。

【なお、この作品における「即時移動」とは、『魔導師が「転送ポート」を利用して、数秒ないしは十数秒程度の、ごく短い時間のうちに、生身のままで別の世界へ移動する』という行為を指して言う用語です。こうした「即時移動」や「個人転送」に関しては、また「背景設定5」を御参照ください。】

 その輸送船は「原因不明の事故」で機関部が大破したために、自力では次元航行ができなくなって地球の周回軌道上で立ち往生(おうじょう)していたのですが、転送室の装置を何回か稼働させる程度の出力はまだ残っていたのです。
(ただし、元々ただの輸送船なので、まともな魔導師は一人も乗り込んではいませんでした。)
そして、ユーノは簡単な状況の説明を受けた後、あまり間を置かずに、その場からさらに地表へと、ジュエルシードがまとめて落下したと(おぼ)しき場所へと転送されました。

 ユーノ・スクライアは、こうして地球の海鳴市に到着したのでした。
 彼が、高町なのはと出逢う、二日半ほど前の夕刻のことです。

【ちなみに、同じ「転送」という用語を使ってはいますが、「別の世界への転送」と「惑星周回軌道上の次元航行船からその惑星(世界)の地表への転送」とでは、原理が全く異なります。前者は「亜空間経由の移動」ですが、後者はあくまでも「通常空間経由の高速移動」であって、亜空間は利用していません。
(もちろん、「地表から次元航行船への転送(収容)」も、同様です。)
 また、「船(艦船)」と「艇(小型艇)」の違いは、ひとつには、こうした「地表への転送設備」が有るか無いかです。だから、小型艇の乗員が地表に降りようと思うと、小型艇そのものを地表に降ろすより他に方法が無いのです。】

   
 
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