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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
迫る危機
  危険の予兆

 
前書き
 大分前にいただいた、読者意見反映回になります。 

 
 マサキが、東ドイツに一週間ほどの私的訪問をしている同じころ。
なにやら月面で、不穏な動きがあった。
 
 そのことに一番最初の感づいたのは、米国のジョンソン宇宙センターであった。
基地のレーダーサイトに怪電波が入ったのが発端であった。


「所長、妙な隕石が地球上に接近しています」 
「どうした。隕石の一つなど今に始まったことではあるまい」
 地球上には、毎年2万個の隕石が飛来していた。
そのほとんどは、小型で、人里離れた山奥や大海原に着陸し、発見されることはまれであった。
「月面からです。
ハイヴから、何か飛翔物が……」
 地球上のハイヴは、既に完全攻略されていた。
だが、肝心な月面上の本拠地――ルナ・ゼロ・ハイヴだけは、なおまだ頑としておちずにあった。 
「着陸ユニットか!」
 着陸ユニットとは、BETAの発生源であるハイヴを内包した飛翔物である。
1973年、1974年と続けて地球上に飛来して、多大な被害をもたらした存在。 
 米国では、戦術核の飽和攻撃でハイヴ建設を防いだ。
だが、カナダの東半分が深刻な放射能汚染のために、居住地域が制限されてしまう事態になった。

「コンピュータの計算によりますと、着陸まで3日ほどです」
「軌道上に発射可能な核ミサイルは……」

 この当時の大陸間弾道弾ミサイルは、米ソともに液体燃料であった。
液体燃料ロケットは、軌道制御が簡単な反面、燃料注入に日数がかかるのが難点だった。
固体燃料を主としたピースキーパーミサイルが配備されるのは、1986年になってからである。
  
 1970年代で、世界に先駆けて全固体燃料のロケットを開発したのは、日本であった。
「隼」「鍾馗」を開発した糸川英夫博士が、(きた)る宇宙開発時代に向けて、1950年代から研究していたのだ。 
 それが功を制して、わが日本国は世界で4番目に人工衛星を打ち上げた国家になった。
(ソ連、アメリカ合衆国、フランスに次いで、世界で4番目)
 

「打つべき手段はないものか……」
「日本軍のゼオライマーを使う案はどうですか」
「再突入駆逐艦に乗せて、軌道上に運ぶのかね……
ゼオライマーの大きさは50メートル、500トン。
再突入艦は60メートルだよ」

 再突入駆逐艦とは、大気圏突入用のスペースシャトルである。
全長60メートルで、地球の軌道上から戦術機を輸送するために開発された輸送機である。
 駆逐艦と呼ばれているが、非武装の有人宇宙船である。
ミサイルはおろか、大砲、機関銃すらついていなかった。
 
 所長は、懐中に手を入れると、白に緑の文字が書かれたタバコの箱を取り出す。
「Kool」と書かれた箱から、数本のタバコを抜き出し、机の上にきれいに並べる。
「とりあえず、BETAの攻撃に踊らされず、出来るだけ多くの情報を収集したい」
 整然と並べられたタバコを端から掴んで、口にくわえる。
ジッポライターで、炙るように火をつけた後、悠々と紫煙を燻らせた。
男は、咽頭を通じて伝わる結晶ハッカ油に、心の安らぎを求めた。

 その様を見た副官は、所長の愁眉(しゅうび)を開かせようと、
「任せてください」と、力強く答えた。






 その頃、東ドイツにいるマサキたちといえば。
議長専用のリムジンに、マサキも厚い羅紗のダッフルコートにくるまりながら、同乗し、ベルリン近郊にある、高級幹部専用の住宅地に向かっていた。
 この場所は、ヴァントリッツと呼ばれていたが、実際は違った。
ベルリン郊外のの村落ベルナウ・バイ・ベルリンにあり、ヴァルトジードルングと呼ばれていた。
ミッテ区からA11号道路を40キロほど進んだ場所にあった。

「私が提案した条件は、飲んでくれるのかね」
ソ連製大型リムジン、ジル(ZIL)114型の中で、議長は紫煙を燻らせながら訊ねてきた。
「ああ、まあ……なあ」
 籍を入れなくてもいい、アイリスディーナと式を挙げてほしい。
形だけの人前式を上げてほしいというのが、条件だった。
移動時間は40分程度なのだから、それに合わせて返答してほしいという要求だった。
 後部座席はミラー加工された窓ガラスに変えられ、外から見えなくなっているとはいえ、運転手の存在が気になった。
 黒いスーツに、レイバンの黒縁のサングラスをかけた寡黙な男。
屈強な体つきと見あげるばかりの背丈から、如何にも軍人然とした風貌だった。
「大丈夫だ。運転手は俺が議長になる前からの長い付き合いの男だ。
口は堅いし、こういう事には慣れっこだ」
 議長の言葉に、マサキは、何で今さらといわぬばかりな顔していた。
 いきなり人前式の話を持ちだされて、マサキは焦った。
義理の親とは言え、妙齢の娘の先行きを気にする気持ちはわかる。
マサキも、アイリスディーナとの同居することには意義はない。
 だが、その身分が問題になった。
アイリスディーナは、国家人民軍陸軍少尉。
BETA戦争の為、2年早く繰り上げ卒業をしたとはいえ、士官教育を受けた現役将校。
 いくら東ドイツがOKしても、日本政府が許すわけがない。
外国人との結婚は、その後の進路ばかりか、マサキの日本国内での立場を危うくしかねない。
 
 ミラと結婚した篁と違い、マサキには、爵位も、後ろ盾もない。
武家でもない、この世界では根無し草のマサキにとって、外人との結婚は自殺行為だ。
 
 前の世界の自衛隊の様に、この世界の帝国陸海軍は外国人との結婚には甘くない。
もっとも、陸海空の自衛隊、海上保安庁、警察消防、公安調査庁等々……
 日本国憲法24条によって婚姻の自由は、両性間の合意にのみゆだねられている面が大きかった。
慣習として、外国人との結婚をした治安・法執行機関関係者は、出世を絶たれた。
無論、マサキもそのことを知らぬわけではない。
 
 日本帝国に調略工作を仕掛ける面から言っても、適当な武家や素封家から娘を妻に迎え入れる方が安全なのは知っていた。
ただ、東ドイツに工作拠点の一つを作る点から、アイリスディーナとの関係を利用するのも悪くない。
そう考えていた面もある。

 議長の爛々(らんらん)とした眼が、マサキの顔や姿を見つめ合った。
瞬間は、やはりどうにもならない。
相手の意識に圧しられて、顔のすじも肩の骨も、こわばりきったままだった。 
「形だけの結婚式でもいいんですよ、博士。
そして、いつでもアイリスディーナの所に来てやってください。
但し、このおままごとに関しては決して口外しないと……」 
 それに対して、マサキは十分心が動いた。
その証拠に、応じる色を見せて来た。
「内縁関係……、妾なら考えてもやらんでもないが」

 マサキのつぶやきを聞くと、議長は相好を崩した。
「そう。博士のその言葉を待って居りました」
「うあっ……あ」
 綸言(りんげん)、汗のごとし。
マサキは、自分の失言に、もう全てが、どうでもよくなり、深い後悔の念に苛まれた。

 車窓から見えるのは畑や森林、そして晴れ渡る空に、豊かな自然。
冬の澄み切った空気で、遠くまで一望できる。
 マサキは、後部座席に寄りかかりながら、呆然とその景色を見ていた。

 やがて運転手が、
「あと5分ほどで着きます」と告げると、目的地が見えてきた。
金網のフェンスに囲まれた深い森で、『野生生物保護区』、との看板も見える。

 国家人民軍の勤務服に似た開襟式のジャケットに乗馬ズボン、ワイシャツに黒のネクタイ。
鉄兜に自動小銃を持った一群が近づいてくる。
 彼らはシュタージの武装部隊、フェリックス・ジェルジンスキー連隊の兵士であった。

 車は、キノコ型の守衛所の前に一時停止する。
運転手が鑑札を見せると、兵士たちは敬礼をして、門を開けて、車を中に招き入れた。
 深緑の中に、ぽつぽつと建物が点在している。
薄暗い森林の中に、突如として、閑静な住宅街が出現した。
 マサキが車を降りるなり、背広姿の老翁が近づいてきて、住宅に続く道を案内される。
給仕と思しき老人は、矍鑠としており、一般人でないことは察せられた。
 議長の別荘は、2階建てだった。
15部屋のある戸建てで、広さは、180平方メートル。
 木漏れ日に佇む姿は、ベルリンのパンコウ区の喧騒とは一線を画していた。

「アーベルの家はここから2軒先にある。
もっともアイツは、ベルリン市内で寝起きしているけどな」
 使用人たちが、マサキの脇を通り過ぎ、彼の荷物を運んでいく。
見た感じ、3人以上いるのが分かる。
「俺は、今は一人もんだから、使用人は5人までに減らした。
前議長(おやじ)は、多い時には60人の使用人を使っていた」
「シュタージは家政婦の派遣業もしているのか……」
「ソ連のノーメンクラツーラーの劣化コピーと考えてもらえば、早い」
「だろうな……」

 マサキの察した通り、使用人はシュタージからの派遣であった。
総勢650人の使用人の主な業務は、身辺警護、庭師、運転手、炊事婦、住宅管理。
 そのほかに、140人ほどの警備員が4交代で、24時間体制の警備を敷いている。

 腕時計を見ると、時刻は午後3時を過ぎたあたりであった。
マサキは、深いため息をついた。
『えらいところに連れてこられてしまった』  
 

 
後書き
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