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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
  シュタージの資金源 その1

 
前書き
 今回の話もだいぶ話数をかけることになると思います 

 
 今回のマサキの東ベルリン訪問は、全くの私人での訪問という建前だった。
だから、仰々しい車列も、儀仗隊のと列も一切なかった。
 なにより、マサキは商売道具を入れたアタッシェケースの他に、着替えの私服を持ってきていた。
それは、将校鞄と呼ばれる大型の鞄で背広とワイシャツを入れることのできるものであった。
今風にいえば、ガーメントケースのことである。
 なぜ、マサキが私服を持ってきたかといえば、ずばり東独内部の調査のためである。
日本軍の制服では、あまりにも目立ちすぎるのだ。
 かといって、着古しの黒い詰襟も、アイリスとの逢瀬にはふさわしくない。
そのようにいろいろと悩んだ末に、アクアスキュータムのオーバーコートと既製服にしたのだ。

 マサキが訪れた場所は、国家人民軍の作戦本部。つまり参謀本部である。
場所はベルリン市街からSバーンと呼ばれる鉄道で1時間ほどで着くシュトラウスベルクにあった。
中央情報センターと呼ばれる建物の他に、複数の兵舎、核爆弾の直撃に耐えられる防空壕を備えた軍事施設である。
 BETA戦争が始まる前までは、モスクワのソ連赤軍総参謀本部との直通電話が通っており、24時間連絡可能であった。
 また、ワルシャワ条約機構軍の構成国との連絡網も備えていた。
 
 そのような場所に西側の、帝国陸軍の制服を着て、門をくぐるのは、何とも言えない感激でもあった。
 『俺は、この国に対して自由にモノが言える』と一人おごっていたのも事実だった。
 
 参謀総長は、基地視察に出かけていたので、参謀次長のハイム少将がマサキと会うことになった。
  四方(よも)やまばなしの末に、
「博士の、時ならぬご訪問は、何事でございますか」と、ハイム少将から訊ねだした。
 マサキはあらたまって、
「貴様は、たしかアルフレート・シュトラハヴィッツと水魚の交わりをしていると聞く。
パレオロゴス作戦の折、シュトラハヴィッツと協力してシュタージの将軍、シュミットを処刑した。
その詳細を聞きたいと思ってな」
 ハイムは、色を失った。自分の予感とちがって、さては、詰問に来たのかと思われたからである。
 だが、隠すべきことでもなく、隠しようもない破目と、ハイムは心をきめた。
  
「私の親友でもあるアルフレートは、本当に一途な男ですから。
あの時、シュタージを止めねば、この国は今まで以上にソ連の傀儡になっていたものでしょう」

 その時、マサキの胸中に、ユルゲンの顔が浮かんできた。
今年の2月下旬に、もし彼と運命的な出会いをしなければ、彼の溺愛する妹のアイリスやベアトリクスと出会えたであろうか。
 もし、KGBの軍事介入の際に、ユルゲンをヘリから発射された熱源ミサイルから助けなかったら……
 KGBのほしいままにさせて居たら、ユルゲンやシュトラハヴィッツは、シュタージに処刑されていただろうか。
 アイリスディーナやベアトリクスは、どんな人生を歩んだのだろうか……
そう思うと、熱い感情が、頬を伝わって落ちた。

「博士、どうなされました」
ハッと現実に意識を引き戻されたマサキは、椅子の上で居住まいをただした。
「颯爽と、支那のハイヴを攻略されたあなたのような存在があって、今の世界は泰平ではありませんか。
なにを憂いとなされるか」
 ハイムの鋭い目線は、上から振り下ろされるように感じる。
今の秋津マサトの若い肉体ゆえに仕方ないことだが、臆さず、答えた。
「将軍……」
マサキは濡れた目をあげて、断言した。
「俺に、シュタージの資金源を教えてほしい。
ユルゲンやアイリスから団欒を奪い、家庭を引き裂いた、ソ連の茶坊主。
ベアトリクスを孤独の中に押し込めて、長い年月苦しめた、邪悪な諜報機関。
KGBの傀儡から、ありとあらゆる秘密を暴きたくなってな……」
 
 その答えに満足したのか、ハイムは相好を崩した。 
目を細めて、マサキを見てくる。
「博士のご胸中、およそわかりました」
 
 シュタージファイルには、東独国民のあらゆる情報の他に、KGBとシュタージの関係、欧州の諜報網が詳しく書かれていた。
だが、その資金源に関しては、厚いベールに包まれていた。
 マサキは、美久に搭載された推論型AIを使って、KGBとシュタージの関係を洗いざらい調べた。
その過程で、中東での国際テロ支援活動や、西ドイツでの赤軍派による誘拐事件の全貌を解明した。
 それでも、シュタージの富の源泉というものには、莫大な資料からたどり着くのには程遠かった。
故に、シュタージと対立関係にある国家人民軍を頼ることにしたのだ。
 
 無論、マサキも馬鹿ではない。
シュタージファイルと、CIAからの情報提供から、KGBから警戒されている人物にあたりを付けて、近づくことにしたのだ。
 KGBから嫌われていると言う事は、こちらに協力する公算が高い。
敵の敵は、味方であるという、大時代的な手法をとることにしたのだ。

 密議を終えたマサキは、ハイムの副官の黒髪の男の案内で、作戦本部の最上階から降りていた。
副官であるエドゥアルト・グラーフが、マサキを駅まで送迎することになっていた。
 後ろを歩くマサキは、東独軍にいるアイリスディーナの事を思慕していた。
(『アイリスは今頃、なにをしているのだろうか。
こんな閉鎖された社会にいても、人を信じることのできる純粋な娘……
いつまでも放っておけるものだろうか……
前の世界の事や、二度あの世からよみがえったこと、年の差やあの娘の境遇……
そんな事よりも、純粋なアイリスに誠意を示してやるのが先ではないだろうか』
 つらつらと、そんなことを考えていた時である。
ふと、階段を下りる足を止め、階下を歩く二人の男女に目を留めたのだ。
マサキの顔色が変わったことに気が付いたグラーフは、
「博士、どうなさいましたか」
マサキの顔色が変わったことに気が付いて、声をかけてきたのだ。
 
 マサキの視線の先にあったのは、迷彩服を着て歩くアイリスディーナと一緒にいた偉丈夫だった。
件の男は、栗色の髪をし、中尉の階級章を付けた灰色の勤務服を着て、目をきらりとかがやいて、アイリスと楽し気に話をしていた。
 そのさまを見た、マサキの内心は穏やかでなかった。
嫉妬という感情とは、ほぼ無縁の彼であったが、この時ばかりは違った。
まるで業火の傍にいる様に、体が焼けんばかりに全身の血がたぎった。
(あの小童(こわっぱ)は、何者だ。親しげに話すアイリスもアイリスだ。
俺という男がいながら……)

 マサキは、前の世界で男女の三角関係を用いて、鉄甲龍のクローン人間を苦しめた男である。
塞臥(さいが)祗鎗(ぎそう)という二人の男が、ロクフェルという一人の女をめぐって仲たがいするように遺伝子操作をして楽しんだ男でもある。
 だが、そのマサキ自身が、それに似た状況に置かれるとは思いもよらなかったのだ。

 マサキは、脇にいて心配するグラーフに、安心させるような声をかける。
「すまなかったな。俺は駅まで歩いて帰させてもらうぜ」
「えっ、博士。お車の方は……」
「あばよ!」
そういって、精いっぱいの笑顔を作って、作戦本部を後にした。
 
 駅までの道中、マサキは、己のふがいなさを恥じらう様にうつ向いていた。
(何と言う事だ。この俺があんな小童に負けるとは……
嫉妬で気が違ってしまいそうだ。こんなにもアイリスに惹かれるなんって……)
悲憤のあまり、彼の黒髪はそそけ立って、おののきふるえていた。



 マサキが立ち去って行った、国家人民軍作戦本部。
 その建物の屋上で、将官用の赤い裏地のついた大外套を羽織った二人の男が何やら話していた。
ハイム将軍は、シュトラハヴィッツ少将のほうを振り返って、
「そうか、木原マサキを……」
「ああ……奴は腐りかけているが、腐っちゃいない。
俺たちがこの先の高みに昇るには、奴の力が必要だ」
 静かに脇で聞くハイムを横目にシュトラハヴィッツは、懐中より紙巻煙草を取り出す。
「それにしても、俺は最近こう考える……。
貴様なら、もっとうまくやるとな」
 ハイムは、煙草を口にくわえたシュトラハヴィッツをかえりみた。
しばらく、二人して押し黙っていたが、
「私も同じことを考えていたよ」
と、イムコのオイルライターを取り出して、シュトラハヴィッツに差し出す。
シュトラハヴィッツは相好を崩すと、両手でライターの火を覆い、タバコに火をつける。
 パッチンとライターの蓋を占めると、呟いた。
「いずれにせよ、一刻も早く、シュタージの息の根を止めねば……」 
 

 
後書き
 エドゥアルト・グラーフは、原作でハイムの代わりに建物の下敷きになった副官です。
アニメ版になって、名前と容姿が決まりました。

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