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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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七十三 正義と悪

 
前書き
木ノ葉の里人に対してやっぱりアンチ気味です。
すみませんが、ご注意ください!!
 

 
園林に囲まれた池の畔。
ひそやかに隠れ家のような佇まいを見せる、水上の四阿。

美しい朱色の橋が架かる路亭は同じく朱色の柱に四方を取り囲まれている。
綺麗に整えられた美しい庭園に相応しいあずまやは見事な景観を誇っていた。

鳥の囀りと虫の音と蛙の歌声があちらこちらで響いている。
眼に痛いくらい真っ青な空の下に映える朱色の路亭。

その柱の一本に背を預けて、綱手は眼下の透明な水をなんともなしに眺めていた。
自来也の訃報を耳にして、心あらずのまま、ふらふらと立ち寄った園林。
いくらか歩いた先に辿り着いた池の畔で佇む路亭に、彼女は力なく座り込んでいた。


穏やかな池の水面に、綱手の覇気のない横顔が映り込む。
その水面には園林の向こう側に聳え立つ里の街並みも逆さになって微かに映り込んでいた。
池の縁から一望できる木ノ葉の里は水の波と同じく、穏やかで平穏だ。


不意に、屋根から滴る雫が路亭の縁にある岩上へ滴下した。
その小岩に座る蛙の頭に、ぽちゃん、と墜ちた雫は、水滴となって池の一部となってゆく。
蛙はそのまま、池へと飛び込んだ。柱にもたれかかる彼女の手にある酒瓶が池の水音と重なって、とぽん、と音を立てる。

透明な水に波紋が生まれる。
蛙が飛び込んだ衝撃で生じた波紋は、やがて消えゆくほどの小さなモノ。
緩やかに打ち寄せた波が、水面に映る五代目火影の横顔に波紋を幾重にも重ね合う。


しかしながらその波紋が一向に消えない。
波紋が波紋を呼び、輪を描いて広がってゆく。
ややあって、綱手は気づいた。


あれだけ大合唱を奏でていた鳥の囀りも虫の音も、蛙の歌声も、今や何一つ、聞こえてこない。
一斉に響かなくなった演奏会は、今や無音の劇場と化していた。

まるで箱庭に取り残されたかのような。
路亭だけをそっくりそのまま、世界から切り離されたかのような。
そんな錯覚を起こさせる静寂だけが満ちていた。

ただ、波紋だけが途切れずに重なり合っている。
池の水面に微かに映る木ノ葉の里そのものに小石を投げ込まれ、何かしら波乱が起きるかのような予感さえした。
穏やかな静寂が波紋の渦に呑み込まれようとしている。


やがて、その波紋のひとつに、鳥の羽根がふわり、と舞い降りた。

最初は、真っ白な白鷺かと思った。
或いは、蒼の空に透ける透明な花弁が舞い落ちたのかと。

果たして、それはヒトだった。
目深に被った白のフードが風に波打っている。
顔を上げた綱手の視界の端で、波打つ純白が目に鮮やかだった。


「──はじめまして、かな?」


無音の箱庭にようやく響いた音色。

謎の人物から発せられた声色を警戒すると共に、妙に懐かしさを覚える。
違和感を覚えつつ、我に返った綱手は鋭く詰問した。

「……誰だい?」

池の水面に降り立つ人影は、妙に白々と蒼天の下で輝いている。
フードの陰に隠れて顔は全くわからない。気配も隙も窺えない。
けれども、里に住まう人間ではないはずなのに、どこか見知った雰囲気を覚えた。


「――何者だ?」


火影である自分に微塵も悟られず、ここまで接近してきたのだ。
木ノ葉の里に現在そこまでの忍びはいないと、自惚れではなく事実を知る綱手は当然の如く警戒した。

「何者だ」


綱手の再三の詰問に、相手はフードの陰で微かに微笑んだ。
その微笑みが嘲笑でも冷笑でもなく、今や落ち着いている池の水面と同じく穏やかなモノである事実に、綱手は片眉を軽く上げる。

五代目火影を狙った刺客や暗殺者ならば、こうも堂々と姿を見せまい。
なのにこの落ち着いた佇まいは何か。どうしてこうも穏やかに己と相対している。

まるで親しい知人へ話しかけてくるかのような口振りに、五代目火影のほうが動揺する。
改めて何者か問うがやはり無言を貫く相手に、綱手は質問を変えた。


「私に何用だ」
「忠告をしに来ただけですよ、五代目火影殿」


そこでようやく、陽炎のように佇む人影が応えた。
何の感情も窺えない淡々とした物言いは事務的なようでいて、それでいてどこか暖かみのある声音でもあった。
しかしながら、己を呼ぶなら火影だけで事足りるだろうに、何故か五代目をやけに強調した物言いだった。







「──これから『暁』がこの里にお邪魔させてもらう」








今まさに、自来也が死んだ原因の名を出され、綱手の双眸が大きく見開かれる。
ぞわり、と鳥肌が立った。


「…ッ、貴様…!?『暁』か…!?」

綱手の鋭い声に、相手は微笑みを返しただけだった。
それを無言の肯定だと認識して、綱手は殺気と共に、路亭の柱を蹴って水上の人影へ飛び掛かる。

水が五代目火影の渾身の一撃で、パックリ割れた。

凄まじい水柱が立ち上る。
激しい水飛沫を顔に浴びた綱手の背後で、物静かな声が何事もなかったかのように続いた。


「だからと言って『暁』の者全てを敵だと決めつけないでほしい」
「…、世迷い言を…!」


振り返る。己が湧きあげた水柱の飛沫の向こう側を綱手は睨む。

いつの間にか彼女が今し方まで腰掛けていた路亭の屋根の上で、人影は白いフードを棚引かせていた。
綱手に対し、特に何を言うでもなく、依然としてただ微笑んでいるばかりの穏やかな佇まい。

殺気にも鋭い眼光にも物怖じせず、己の様子を仄かに微笑んで見ているだけの相手の態度が気に障る。
だが同時に敵だというのに何故かその人物をそこまで憎めない自分に、綱手自身が動揺した。


「…ッ、『暁』は犯罪者の集まりだろう!?現に人柱力を襲っているじゃないか!」


気を取り直して激昂する。綱手の言葉に、白フードが微かに反応を示した。
けれどそれはどちらかというと“人柱力”という語句にのみ、反応したようだった。
一瞬、複雑な面持ちを浮かべた相手は自嘲の笑みと共に、綱手に肯定を返す。


「…確かに一部はそうだろうな」
「ならば『暁』は悪だ!悪は裁かれねばなるまい」

険しい表情で睨む綱手を、白いフードは静かに見返した。
フードの陰から窺えないはずなのに、その物静かな眼差しに射竦められ、綱手の身体が無意識に強張る。


「…──果たして、本当にそうか?」
「な、に」

綱手の戸惑いに、白フードは毅然と言い放った。


「木ノ葉にとっての正義は、他の里の悪になる。誰かの悪は誰かの正義だ──…木ノ葉が正しく、他が間違っているとでも思っているのか?平和で平穏なこの里が正義だと?その平和に至るまで、他の誰かの正義を踏み躙ってなどいないと本気で言えるのか?」


木ノ葉の里を否定された気がして、ぶわり、五代目火影の誇りが怒髪天を衝いた。
握りしめた拳がチャクラを纏う。


「…だまれ…」
「人の正義は信念は理想は、全て同一ではない。各々がそれぞれに心に抱き、思い描き、行動するモノだ。故に平和とは、積み重なった誰かの正義の犠牲の上で成り立っているに過ぎない」
「黙れ…っ」


足元の水面を打ち砕き、路亭の屋根へ一気に踏み込む。
飛び上がった綱手の手は、しかしながら風を切っただけに終わった。


「それの何が悪い!?平穏になるまでの犠牲を大切に大事に想うからこその平和だ!」
「悪いとは言わないさ。だからこそ『暁』のペインも、その平和を望んでいる。やり方は間違っていてもね」
「…どういうことだ。奴は平和を乱す悪だろう」


路亭の屋根にいたはずの白フードは今や、寸前まで綱手が佇んでいた水上へ、一瞬で移動している。
反して、綱手のほうが今度は路亭の屋根の上で相手を見下ろしていた。

立ち位置は逆転しているのに、立場は逆転しているはずなのに、それでも真下の白フードから得体の知れない威圧感を感じて、五代目火影の背筋がゾワリと悪寒を覚える。

こちらが見下ろしているのに見下ろされているように感じた。






刹那、白フードの陰から覗き見える双眸に射竦められる。
綱手の足が手が顔が、全身が凍った。


「──己だけが正しいと思い上がるな」




今まで穏やかな物腰だった白フードから放たれた一言。
それは鋭利な刃物となって、綱手の心に突き刺さる。

眼には視えない言葉の刃が、心の奥底に深く、重く。



「『暁』がどうしてできたのか知っているか」



不意に、話題が変わった。
いや、変えてくれたと言うべきか。
緊迫めいた空気が霧散し、綱手は重圧から解き放たれた。
ほっと胸を撫で下ろす。

火影としての矜持と意地で、震える身体と戦慄く唇を叱咤し、呼吸を落ち着かせてからようやく綱手は声を発した。


「…犯罪者軍団の設立など興味もない」
「そうやって頭ごなしに決めつけるからいつまで経っても平行線のままなのだろう?」

白フードの言葉に綱手は反論しようと口を開きかけ、しかし、すぐに口を閉ざした。
押し黙った綱手を白フードは暫し眺めていたが、やがて話の続きを口にする。
その話は、今まで犯罪者でしかないと思っていた五代目火影には、俄かには信じられなかった。


「“対話により争いをなくす”こと。それが当初の『暁』の信念だった。云わば慈善団体のような組織だよ」
「…な、に」
「もっとも今は、平和を目指す故に、戦争を引き起こそうとしているのさ」

しばらく綱手は二の句が継げなかった。
ようやっと硬直が解けた時、口にできた言葉は当然の反応。


「……矛盾している」
「そうだな」

綱手の反論に、相手は肯定を返した。


「だが戦争の痛みを知ることで平和のありがたみを世に知らしめようという考えも、わからなくもないのではないか?」
「…ではまさか、昔も今も『暁』の目的は、」
「やり方は違えど同じ平和を目指す同志と言える」

そこで思わず、綱手は路亭の屋根から飛び降りた。
同じ水面の上に降り立ち、白フードを睨みつける。


「そんなものが…そんなものが平和への道だと本気で信じているのか…!?」

声を荒げる綱手を、相手は白フードの陰から物静かに見つめた。
依然変わらぬ穏やかな眼差し。
怒鳴る自分に対し、怒りも怯みも哀しみも憎しみも湧き上がらない、感情の窺えないその様が不気味で、頭に上っていた血が徐々に下りてきた。

高ぶる感情を抑え込み、比較的口調を落ち着かせ、五代目火影は改めて問い質す。


「人柱力を集めているのも抜け忍の犯罪者ばかりなのも、戦争請負組織なのも、全て平和への糸口だとでも言うつもりか」
「だがペインはそう信じている」

白フードの返答に、綱手は無意識に拳を握った。
怒りと哀しみの感情のままに、爪が拳に食い込む。


「自来也を殺した奴か…」

苦々しげに顔を逸らした綱手に対し、白フードは今までの悠然さとは一変して、気まずげに首を竦める。
言葉を選んでいるようだった。

「その件だが、」

そうして、白フードは苦笑雑じりに真実を告げた。


「生きているぞ」
「は?」
「大蛇丸に救われたな」


しばらく綱手は呆けたように立ち尽くした。口をパクパクと開閉したが、言葉が出ない。
酷く途方に暮れたように、呆然と押し黙っていた。

無言で見つめてくる穏やかな眼差しを受けて、随分間を開けてから綱手は疑問を投じる。
しかしながらようやく発した声には、隠しきれない動揺と困惑が大いに入り雑じっていた。

「ま、待て…大蛇丸?なにがどうなって、」
「それは自分の眼で確かめろ」

疑問符だらけの綱手に素っ気なく答えた白フードに、彼女は噛みついた。


「信じられるか、そんな信憑性もない言葉など…っ!」
「そうだな。だからこれは五代目火影の──心の内に留めておけ」

息巻く綱手に、白フードは淡々と言葉を続ける。
先ほど気まずげな様子を一瞬見せたのが嘘のように、感情が一切窺えない声音だった。


「実際に生存を確認してからでも遅くはあるまい」

再び声を荒げかける綱手を、相手は手を挙げて押し留めた。
そうして、最初に姿を見せた時に語った話を蒸し返す。


「それより差し迫る問題を解決するほうが先なんじゃないか」
「…これからペインがこの里を襲撃する話か」

澄んだ水上に映り込む綱手と、得体の知れない誰か。
緊迫めいた空気の中、ふたりの影が水面に波紋を呼ぶ。

「自来也の生存はペインも知っている。ならば自来也が木ノ葉に戻る前に仕掛けてくるのが定石だろう」
「……何故、それを私に伝えた?お前も『暁』なのだろう」


改めてマジマジと綱手は相手を見遣った。
はためく白フードの真意を読み取ろうと態度を窺ったが、相手からは微塵も動揺や困惑を窺えない。
掴みどころのない不可解な印象の存在ということだけが真実だった。


「俺は『暁』を本来の“暁”に戻したいだけだ。だから『暁』全てを悪だと決めつけないでくれ」
「根底には平和を望んでいるから見逃せと?」
「いいや。敵だと認識する前に話を聞いてほしい」
「対話をしろと?今から里を潰しにくる犯罪者と?」
「木ノ葉は平和主義なのだろう?対話をせずに問答無用で争いを選ぶことはないはずだ」


皮肉めいた言葉にしか聞こえなかった。
少なくとも綱手には。


「……対話はする。だが意見が決裂すれば即刻、処罰する」
「そうか。逆に罰せられぬよう気をつけることだ──手を抜けば死ぬぞ」

木ノ葉の里を擁護する気は更々ないという風情がありありと感じられた。
けれどその一方で里全てを全否定するつもりなら、火影である自分にわざわざこうして忠告しに来るはずがないと確信もあった。


「……おまえはどちらの味方だ。『暁』なら私に会いに来るはずもない」
「言ったろう。お邪魔させてもらうと」
「つまり、」

そこで一度、言葉を切ってから、五代目火影は白フードへ鋭く視線を投げた。


「忠告ではなく予告か」
「俺は『暁』を本来の姿に戻したいだけだ。だからペイン以外の『暁』がお邪魔しても見逃したほうが身の為だよ」
「ペインだけでも手がかかるのに他の暁の人員も動員するつもりか」


綱手の言葉に、相手は無言を返した。
肯定も否定もしない白フードの反応に焦れて、彼女は水面を強かに蹴り上げた。
綱手の剛力により打ち砕かれた水が波となって、白フードを襲う。
激しい水飛沫が霧雨の如く、相手に降り落ちた。



「おまえは…おまえは何者なんだ…っ!!」



水飛沫の霧雨。相手の影が雨の向こうで陽炎のように揺らめく。
おぼろげに見えるその影に向かって、綱手は同じ質問を今一度問うた。

霧の向こうで初めて、白フードの眼差しが驚いたように、綱手に注がれる。
水飛沫に阻まれてよく見えないが、その瞳の蒼が鮮やかに輝いて、こんな時なのに、綱手は一瞬、息を呑んだ。
美しい、と思った。


澄んだ水の壁を透かし見えるように、白フードの陰から垣間見える双眸がやわらかく笑んだ。
そんな気がした。



「ただの忍びさ」













霧雨が消える。
己が打ち上げた水柱から降り注いでいた水飛沫が完全に堕ち切ったその時には、白フードの姿はどこにも無かった。


園林に囲まれた池の畔。
ひそやかに隠れ家のような佇まいを見せる、水上の四阿。
美しい朱色の橋が架かる路亭は同じく朱色の柱に四方を取り囲まれている。
綺麗に整えられた美しい庭園に相応しいあずまやは見事な景観を誇っていた。

鳥の囀りと虫の音と蛙の歌声があちらこちらで響いている。
眼に痛いくらい真っ青な空の下に映える朱色の路亭。

そんな、いつもの環境音が綱手を我に返らせた。



眼を瞬かせて周囲に視線を走らせても見渡しても、寸前まで対話していた相手の姿など何処にも無い。
水面下を注意深く見たところで、そこに誰かが潜んでいる様子も水上に佇んでいた気配も微塵も無く、ましてや波紋ひとつ、見当たらなかった。


今のが白昼夢だった可能性も無きにしも非ずだったが、それでも幻や空想という一語で終わらせるにはあまりにも鮮明過ぎる。


耳に強く残る正体不明の存在の忠告らしき言葉は予感めいていて、綱手の胸にいくつもの波紋を残していった。


































「ミズキ…!あんな事件を起こしたとは言え優秀な忍びだったおまえが…!」


親友だと思っていた。仲間だと思っていた。憧れさえ抱いていた。

そんなミズキが波風ナルを九尾の狐だと罵った場所と同じ場所で、うみのイルカは声を荒げる。
落陽が廃屋を照らし、射光で別たれた明暗の中、廃屋の影の内側にいる他人の顔をした友の許へ、足を一歩進めた。

懐かしくも忌まわしいこの場では、周囲の森林にイルカの大声が吸い込まれてゆく。

「知ったふうな口を利くな…!」


俺を知っているのはあの子だけだ、と心の内でミズキは拳を握る。
伸びた爪が掌に食い込んだ。

本当に信じている存在の名を隠し、ミズキはイルカへ顔を向ける。
顔や身体つきや声や髪の色まで変わった男は、苦々しげに吐き捨てた。


「俺が信じているのは力だけだ。仲間などという曖昧な絆に縛られると思うな」
「……何故、そこまでしておまえは力にこだわる」
「それこそが全てだからだ」


イルカの言葉に、ミズキは淡々と答える。
かつては水色だった黒髪が、落陽に照らされ、墨のように益々黒く見えた。


「おまえは敵じゃない!同じ里の仲間だ…っ!」


イルカの叫びを、ミズキは鼻で嗤った。


「そういう御託はよせ」

取り付く島もないミズキの傍へ、イルカは一歩前へ再び近づく。
太陽の光を背負うイルカの一歩が眩しくて、ミズキは影の内側で静かに後ずさった。


「それに…おまえは俺の同僚で…同じ火の意志を受け継ぐ木ノ葉の家族だ」


噛んで含むように言い聞かせてくるイルカを、ミズキは見る。
眩しい光の中にいるイルカから逃れるように後退していた足が、その一言で後ずさるのをやめた。

むしろ、決意したようにミズキの足が強く地面を踏みしめる。
影の内側で。どうしようもなく一筋の光も射しこまない闇の中で。


「火の意志…火の意志ねぇ…」


イルカの向こう側に聳える木ノ葉の里。
その里全貌を恨み、憎み、睨みつける。

自分達だけが光の中にいると、火の意志が正義だと信じてやまないと、木ノ葉のみが一番正しいと、忍びの闇も影も哀しみも知らない無知な世界。

仲間主義だと謳いながら、幼な子を甚振り迫害し暴行するような腐った里の奴らは、ミズキの力を認めようとしなかった。だから相反し、里が好むお人好しで優しい性格を演じていた。
だから。

野心家で残忍な性格であるミズキを、裏の顔も本心も本音も知った上で、認めてくれたあの幼い子どもの信用と信頼を、ここで裏切るわけにはいかなかった。

己が歪んだ思想の持ち主であることは重々承知している。
だからさいごまで。


「昔のよしみで穏便に挨拶だけと思ったが…やめだ」


木ノ葉の忍びとして火の意志を尊重し、戻ってきてほしい。
そうイルカが望んでいるのはよくわかっていた。
その理想に応えることはできない。


「誰が正義で、誰が悪か」


火の意志が正義で、それ以外は悪か。


「そんなもん、知ったことじゃねぇ」


誰かの正義は誰かの悪。誰かの信念は誰かの疑念。誰かの希望は誰かの絶望。
誰かの理想は誰かの現実。
だから。


「天と地が引っ繰り返っても、俺が火の意志を選ぶことはない」




所詮、相容れないのだ。
光の中で眩しいモノしか見ていない相手には。
所詮、遠い存在なのだ。

現実では、自分の足許からイルカの足許までには、たかだか五歩くらいの僅かな距離しかない。
その僅かな距離が遠かった。

光の向こう側にいるイルカのほうへは、もう二度と行けないのだから。
だから。


「俺は俺の意志で、」

懐から手繰り寄せた巻物を全て、足許に落とす。
見覚えのある巻物に、イルカの眼が瞬いた。


それはかつて木ノ葉中忍試験、死の森で使ったあの“天”と“地”の巻物。
それぞれ一本ずつ下忍の班に配られている『天の書』と『地の書』の巻物を、五日以内に森の中心にある塔まで『天地』の巻物二種類を揃えて持って行くという内容の第二試験の課題がイルカの脳裏に思い出される。


「おまえらとは相容れない」


奈良一族の森に隠した本物の月光ハヤテの遺体が発見されて、捕まるのは時間の問題だ。
だからどうせバレるなら、とイルカを誘き寄せた。
そしてこの懐かしい場所で正体を告げたのだ。


波風ナルにとっては九尾の狐だと告げられた忌むべき処。
うみのイルカにとっては波風ナルを心から認めたところ。
そしてミズキにとっては己の人生の原点と呼ぶべき場所。


だが、内通者の行きつく道は決まっている。
捕まって生き恥曝すか、逃げて主の顔に泥を塗るか。
ならば第三の選択をとろう。



「な…なにをしている!?ミズキ!?」

中忍試験で使用された大量の『天』と『地』の巻物を、次の中忍試験でも再利用すべきではないか、と五代目火影に申告したばかりのミズキは、その件の巻物を持ち歩いていた。
万が一の為に懐に忍ばせていたが、まさかこんな場所で使う羽目になるとは。

「ミズキ…!馬鹿な真似はやめろ…ッ、」


巻物を発動させる。
足が埋もれるくらいに高く積み上げられた巻物から炎が沸き上がった。
それこそが火の意志だと言うように。


「やめろ…!ミズキ…!」

駆け付けるイルカを、炎の向こう側から見遣る。

以前の中忍試験の課題では、巻物が揃っていない状態で開けば、催眠の術式が施されている巻物によって眠らされ、失格となるという仕様だった。
その睡眠の術式を火遁に変更することを火影に申告していたミズキは、既に巻物の術式を変えていた。

睡眠から、火へと。
火影は火遁の威力を弱めるようにと命じていたが、火力はまだ変えていない。
最大火力のままだ。
だから。





力こそが全て。
そう信じてやまなかった。
あの幼な子の力こそがミズキの全て。
そう望んでやまなかった。

あの幼い子どもが夢を叶えられるように、と願う。
あの子どもが抱く夢を応援したい、と心から望む。
それがミズキの正義で理想で信念だ。


だから、イルカの理想とは真逆の現実を選ぶ。
これが忍びだと現実を突きつける。



それがせめてものミズキにできる──ナルトへの手向けだった。


















「だけど…どうせ焼かれるなら、」


燃え盛る炎の中で、ミズキのものではない月光ハヤテの顔が苦痛に歪む。
顔も身体つきも声も髪の色もまったく違う、他人の姿かたちが火の中で嘆いた。



「こんな赤い火なんかじゃなくて、」


思い出す。走馬灯の如く、脳裏に蘇る。
事実、それは走馬灯だった。


あの時あの瞬間あの時点で。
魅入られ、囚われ、心を掴まれた。
眼に焼き付いて離れない。
決して忘れることのない、忘れることなど出来ないあの鮮烈な蒼の炎。




(──あの青に焼かれたかったなァ…)


 
 

 
後書き
お早い退場…アニメよりはマシな終わり方だと信じたい。
あと、前半は我愛羅との再会の二話『怪しい雲行き』と対になってます。
もしよければ比べてみてください~

これからもどうぞよろしくお願いいたします! 
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